ロシアによる情報工作は、アメリカやウクライナだけでなく日本でも行われている。イスラエルの元諜報部員イタイ・ヨナトさんは「私の調査では、ロシアを支持する日本のインフルエンサーや政治家をスカウトしていると見られる」という――。
※本稿は、イタイ・ヨナト『認知戦 悪意のSNS戦略』(文春新書)の一部を再編集したものです。
■トランプ勝利のために米大統領選でロシアが行った工作
ロシアはサイバー攻撃や影響力工作において、非常に高度で実効的な能力を持っています。2016年のアメリカ大統領選でトランプ氏を勝たせるために、ロシアはサイバー攻撃やSNSなどを使って、民主党のヒラリー・クリントン候補の選挙活動を妨害したことは、すでに周知の事実です。
現在、ロシアが展開する影響力工作のうち、その半数はサイバー攻撃や、ソーシャルメディアやフェイクニュースでナラティブを拡散するものです。ディープフェイク技術も高く、2024年のアメリカ大統領選期間中にカマラ・ハリス前副大統領がトランプ氏を侮辱しているようにみえる偽動画を作成。この動画はロシア政府系メディアRT(旧ロシア・トゥデイ)の特派員がXで拡散しました。
ロシアは、自らの影響力を行使するために、世界中のさまざまな国々に積極的に干渉してきました。アフリカ、アジア、ヨーロッパ、アメリカにおいて、ロシアは武器販売、民間軍事請負業者の提供、ソーシャルメディアにおけるディスインフォメーションによる工作の拡散などをおこなうことによって、各地域の政策に影響を与えようとしてきたのです。
■ソ連時代から続く情報戦のDNA
まずは歴史を振り返ってみましょう。
1917年にロシア革命が起きて、ソビエト連邦が成立した頃から、コミンテルン(共産主義インターナショナル)は情報戦や心理工作に長けていました。共産主義が資本主義に勝利するためには情報戦や欺瞞工作が欠かせない。そう考えていたコミンテルンは世界各国での革命をめざし、各地の共産党に革命のための援助をおこなってきました。
別の視点から言えば、ソ連は近代における影響力工作の理論と方法を生み出した張本人であるとも言えます。ソ連が1990年に崩壊した後も、ロシアはその伝統を引き継ぎ、ロシア語で「情報偽装工作」や「欺瞞」を意味する「マスキロフカ(маскировка)」という言葉は、彼らの戦い方のDNAに組み込まれています。ロシアは今もなお影響力工作における新たな能力や技術、方法論を構築しており、じつに革新的です。
■原発反対運動も操られていた
冷戦時代、ソ連は巨大な軍事力を構築すると同時に、西側諸国に向けての心理戦も活発化させ、じつに長い間、多くの影響力工作をおこなってきました。この作戦は非常に重要かつ興味深いものなのですが、西側諸国は注意を払わず、監視してこなかったのです。
一例として、原発をめぐるキャンペーンが挙げられます。
ソ連は1970年代に国際環境保護団体のグリーンピースなどへの支援を始めました。ソ連は西側の「役に立つ馬鹿者」をうまく利用して、原発反対運動をさせようと考えたのです。
その狙いは二つありました。ひとつは西側の核開発能力を阻害するため。そしてもうひとつは、ソ連は石油とガスの最大の輸出国なので、西側諸国の化石燃料への依存度を低下させないようにするためです。
ソ連とロシアによるこの戦略的キャンペーンは約50年間も続けられ、徐々にではありますが、確実に支持者を獲得してきたのです。
■偽情報で巧妙に準備されたウクライナ侵攻
ロシアによる工作で、最近のもっとも有名な事例は、ウクライナへの侵攻に関するものです。
戦争前から、ロシア政府は自国民とウクライナ国民の双方に対して工作をおこなっていました。
ロシア国民に向けては「なぜウクライナを叩く必要があるのか」を、一方のウクライナ国民に向けては「なぜウクライナはロシアの影響下にとどまるべきなのか」を納得させるようなナラティブを大々的に流していたのです。
ロシアがウクライナに侵攻した2022年2月24日から最初の3日間、私たちはさまざまな影響力工作を目撃しました。ウクライナ人に対しては「我々(ロシア側)は本当は戦争を止めたいのだが、ゼレンスキー政権が戦争を仕掛けている」と喧伝し、世界に対しては「ロシアがウクライナのネオナチ勢力を制圧した。現地のロシア語を話す人たちからは歓迎されている。それが事実だ」などと伝えていました。
しかも緒戦で勢いを失ったロシアはますます影響力工作に頼るようになり、「ロシア=善人、ウクライナ=悪人」という構図の情報を大々的に垂れ流すようになったのです。
では、日本はどのような影響を受けるのか。日本の読者の方々は、次のように考えている方も少なくないでしょう。
「現時点では、ロシアにとって日本は敵ではない。
はっきり言って、このような考えは間違いです。
■日本の軍事力を恐れているロシア
ロシアは日本との間に北方領土という問題を抱えています。しかも、日本は10年前に比べて、高い軍事力を獲得しています。一方、ロシアはウクライナ戦争で明らかに疲弊しています。言いかえれば、ロシアは自分たちの立場が弱くなっていることを知っており、日本の軍事能力を恐れているのです。
日本人は「自衛隊はあくまでも専守防衛であって、ロシアを攻撃するつもりはない。北方領土は日本固有のものだが、ロシアから武力で奪い返すつもりはない」と言います。
ところが、ロシアは領土問題については偏執的であり、日本を決して信用しません。クレムリン(ロシア大統領府)は自分たちの本音はけっして言わず、相手の言うことも信じていません。彼らは「相手は、ロシア人と同じように考えているはずだ」と考えるのです。
ロシアは依然として日本に対する工作活動を続けています。そして、世界に対しては「日本政府は再び軍事力を強化している」と日本の危険性をアピールするとともに、日本国内では北方領土の四島返還をトーンダウンさせるような方向で影響力工作を展開しています。
さらに、ロシアは沖縄においても工作活動を展開していると私は考えています。在日米軍基地問題をテーマに日米の離間工作を仕掛けることは、ロシアにとって大きな利益になります。
■日本の野党議員にいる「役に立つ馬鹿」
日本に対するロシアの工作について、私たちはいくつかの調査を実施し、その証拠を集めました。また、ロシアを支持する日本のインフルエンサーや政治家をスカウトしていると見ています。
たとえば、Xのフォロワー数が40万人以上を誇る野党の国会議員が、ロシアを擁護する発言を繰り返しています。ユーチューブで配信した動画で「アメリカよりもロシアのほうが表現の自由がある」などと語り、「NATOの東方拡大がロシアの戦争を招いた」というディスインフォメーションに基づく主張を展開したことがあります。また昨年2月、ロシア国営メディア「スプートニク」のインタビューで「ロシアが悪でウクライナが善という考え方は、歴史を見てもあり得ない」と語りました。
私は彼がロシアのスパイだと言っているのではありません。私が言いたいのは、この政治家の投稿が、フェイクユーザーやボットによって真偽不明の形で増幅されているということです。この関係性はあまりにも不自然であり、この野党政治家とロシアの特別なつながりが疑われます。少なくとも彼は「役に立つ馬鹿」*です。
*「役に立つ馬鹿」……プロパガンダに利用されていることに気づかない者
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イタイ・ヨナト
元諜報部員
1968年、イスラエル生まれ。
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(元諜報部員 イタイ・ヨナト)
(第2回)
※本稿は、イタイ・ヨナト『認知戦 悪意のSNS戦略』(文春新書)の一部を再編集したものです。
■トランプ勝利のために米大統領選でロシアが行った工作
ロシアはサイバー攻撃や影響力工作において、非常に高度で実効的な能力を持っています。2016年のアメリカ大統領選でトランプ氏を勝たせるために、ロシアはサイバー攻撃やSNSなどを使って、民主党のヒラリー・クリントン候補の選挙活動を妨害したことは、すでに周知の事実です。
現在、ロシアが展開する影響力工作のうち、その半数はサイバー攻撃や、ソーシャルメディアやフェイクニュースでナラティブを拡散するものです。ディープフェイク技術も高く、2024年のアメリカ大統領選期間中にカマラ・ハリス前副大統領がトランプ氏を侮辱しているようにみえる偽動画を作成。この動画はロシア政府系メディアRT(旧ロシア・トゥデイ)の特派員がXで拡散しました。
ロシアは、自らの影響力を行使するために、世界中のさまざまな国々に積極的に干渉してきました。アフリカ、アジア、ヨーロッパ、アメリカにおいて、ロシアは武器販売、民間軍事請負業者の提供、ソーシャルメディアにおけるディスインフォメーションによる工作の拡散などをおこなうことによって、各地域の政策に影響を与えようとしてきたのです。
■ソ連時代から続く情報戦のDNA
まずは歴史を振り返ってみましょう。
1917年にロシア革命が起きて、ソビエト連邦が成立した頃から、コミンテルン(共産主義インターナショナル)は情報戦や心理工作に長けていました。共産主義が資本主義に勝利するためには情報戦や欺瞞工作が欠かせない。そう考えていたコミンテルンは世界各国での革命をめざし、各地の共産党に革命のための援助をおこなってきました。
ロシアは1世紀以上にわたって、西側諸国など敵対的な国際環境に直面してきたので、アメリカやそのパートナー国の間に対立の火種をまいて内部分裂を起こさせる手法もとってきました。
別の視点から言えば、ソ連は近代における影響力工作の理論と方法を生み出した張本人であるとも言えます。ソ連が1990年に崩壊した後も、ロシアはその伝統を引き継ぎ、ロシア語で「情報偽装工作」や「欺瞞」を意味する「マスキロフカ(маскировка)」という言葉は、彼らの戦い方のDNAに組み込まれています。ロシアは今もなお影響力工作における新たな能力や技術、方法論を構築しており、じつに革新的です。
■原発反対運動も操られていた
冷戦時代、ソ連は巨大な軍事力を構築すると同時に、西側諸国に向けての心理戦も活発化させ、じつに長い間、多くの影響力工作をおこなってきました。この作戦は非常に重要かつ興味深いものなのですが、西側諸国は注意を払わず、監視してこなかったのです。
一例として、原発をめぐるキャンペーンが挙げられます。
ソ連は1970年代に国際環境保護団体のグリーンピースなどへの支援を始めました。ソ連は西側の「役に立つ馬鹿者」をうまく利用して、原発反対運動をさせようと考えたのです。
その狙いは二つありました。ひとつは西側の核開発能力を阻害するため。そしてもうひとつは、ソ連は石油とガスの最大の輸出国なので、西側諸国の化石燃料への依存度を低下させないようにするためです。
ソ連とロシアによるこの戦略的キャンペーンは約50年間も続けられ、徐々にではありますが、確実に支持者を獲得してきたのです。
■偽情報で巧妙に準備されたウクライナ侵攻
ロシアによる工作で、最近のもっとも有名な事例は、ウクライナへの侵攻に関するものです。
戦争前から、ロシア政府は自国民とウクライナ国民の双方に対して工作をおこなっていました。
ロシア国民に向けては「なぜウクライナを叩く必要があるのか」を、一方のウクライナ国民に向けては「なぜウクライナはロシアの影響下にとどまるべきなのか」を納得させるようなナラティブを大々的に流していたのです。
ロシアがウクライナに侵攻した2022年2月24日から最初の3日間、私たちはさまざまな影響力工作を目撃しました。ウクライナ人に対しては「我々(ロシア側)は本当は戦争を止めたいのだが、ゼレンスキー政権が戦争を仕掛けている」と喧伝し、世界に対しては「ロシアがウクライナのネオナチ勢力を制圧した。現地のロシア語を話す人たちからは歓迎されている。それが事実だ」などと伝えていました。
しかも緒戦で勢いを失ったロシアはますます影響力工作に頼るようになり、「ロシア=善人、ウクライナ=悪人」という構図の情報を大々的に垂れ流すようになったのです。
では、日本はどのような影響を受けるのか。日本の読者の方々は、次のように考えている方も少なくないでしょう。
「現時点では、ロシアにとって日本は敵ではない。
ロシアはウクライナにかかりっきりで忙しいので、日本のことなどほとんど気にかけていない」
はっきり言って、このような考えは間違いです。
■日本の軍事力を恐れているロシア
ロシアは日本との間に北方領土という問題を抱えています。しかも、日本は10年前に比べて、高い軍事力を獲得しています。一方、ロシアはウクライナ戦争で明らかに疲弊しています。言いかえれば、ロシアは自分たちの立場が弱くなっていることを知っており、日本の軍事能力を恐れているのです。
日本人は「自衛隊はあくまでも専守防衛であって、ロシアを攻撃するつもりはない。北方領土は日本固有のものだが、ロシアから武力で奪い返すつもりはない」と言います。
ところが、ロシアは領土問題については偏執的であり、日本を決して信用しません。クレムリン(ロシア大統領府)は自分たちの本音はけっして言わず、相手の言うことも信じていません。彼らは「相手は、ロシア人と同じように考えているはずだ」と考えるのです。
ロシアは依然として日本に対する工作活動を続けています。そして、世界に対しては「日本政府は再び軍事力を強化している」と日本の危険性をアピールするとともに、日本国内では北方領土の四島返還をトーンダウンさせるような方向で影響力工作を展開しています。
さらに、ロシアは沖縄においても工作活動を展開していると私は考えています。在日米軍基地問題をテーマに日米の離間工作を仕掛けることは、ロシアにとって大きな利益になります。
■日本の野党議員にいる「役に立つ馬鹿」
日本に対するロシアの工作について、私たちはいくつかの調査を実施し、その証拠を集めました。また、ロシアを支持する日本のインフルエンサーや政治家をスカウトしていると見ています。
たとえば、Xのフォロワー数が40万人以上を誇る野党の国会議員が、ロシアを擁護する発言を繰り返しています。ユーチューブで配信した動画で「アメリカよりもロシアのほうが表現の自由がある」などと語り、「NATOの東方拡大がロシアの戦争を招いた」というディスインフォメーションに基づく主張を展開したことがあります。また昨年2月、ロシア国営メディア「スプートニク」のインタビューで「ロシアが悪でウクライナが善という考え方は、歴史を見てもあり得ない」と語りました。
私は彼がロシアのスパイだと言っているのではありません。私が言いたいのは、この政治家の投稿が、フェイクユーザーやボットによって真偽不明の形で増幅されているということです。この関係性はあまりにも不自然であり、この野党政治家とロシアの特別なつながりが疑われます。少なくとも彼は「役に立つ馬鹿」*です。
*「役に立つ馬鹿」……プロパガンダに利用されていることに気づかない者
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イタイ・ヨナト
元諜報部員
1968年、イスラエル生まれ。
OSINT(公開情報の収集・分析・活用手法)インテリジェンス企業インターセプト9500の創業者兼CEO(最高経営責任者)。イスラエル工科大学で修士号を取得。イスラエル軍に入隊し、諜報部員として様々な作戦に従事。現在、各国政府のアドバイザーを務める。
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(元諜報部員 イタイ・ヨナト)
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