幸せに生きるために大切なことは何か。花まる学習会代表の高濱正伸さんは「容姿や経済力に恵まれなければ幸せになれない、自分はダメだという思い込みは今すぐ捨ててほしい。
手放さないと、本当にダメな人生を送ることになる」という――。
※本稿は、高濱正伸『16歳のキミへ 自分らしくどう生きるかが見つかるヒント』(実務教育出版)の一部を再編集したものです。
■人生というゲームに勝つための最強手札は何か
「自分のゲーム」を生きる。それは自分にある手札(強み)を使って、自分がワクワクできることや、自分の喜びを満たすことをめざして一生懸命取り組む生き方のこと。
では、いまのキミは、どんな手札をもっているのだろう?
手札は、これから増やすことができるのだろうか?
トランプゲームをするにも、自分がどのカードをもっているか、どのカードを手に入れるかは、ゲームの戦略を練るうえでとても重要です。
この章では、人生というゲームにおける手札について考えてみましょう。
「この手札をもっていると、人生が有利になりそうだ」と思われがちなものの代表が「容姿」と「経済力」です。
■ぼくも容姿コンプレックスに苦しんだ
たしかに、容姿はひとつの武器になるでしょう。
でも、外見へのこだわりがいきすぎると、理想の顔やスタイルと比べて自分の劣っているところばかりが気になり出して、容姿コンプレックスをこじらせていくことになります。
最近ではSNSを通じて、美容大国とも言われる韓国の文化に触れる10代も多い。韓国では日本よりも美容整形が身近にあるため、「私も整形をすれば、より良い人生を送れるのではないか」と考える10代も増えているように思います。
容姿にこだわる気持ちが、わからないわけではありません。
むしろぼくは人一倍、容姿に引け目を感じて育ってきたほうだと思います。
ぼくは3人兄弟の真ん中で、2歳下に「ハンサム」ともてはやされる弟がいた。子どもの頃は、彼と自分を比較しながら劣等感を覚えていました。
それにぼくは、子どものときから頭がすごく大きいんです。小学校に入学するとき、ぼくの頭に合うサイズの紅白帽がなかったほど。
小学校5年生になると、頭の大きさが原因で、いじめの標的になりました。クラス全員から、「でこっぱち」とはやし立てられた。どんどん容姿に対するコンプレックスを引きずっていきました。
■失恋したのは本当に容姿が原因なのか
容姿の悩みは、年齢を重ねると、恋愛の悩みとも密接に絡んできます。
好きな子に好かれないと、本当につらい。これからいくらでも素敵な人が現れるよ、と言われても、その瞬間は「この人に受け入れられないということは、もう人生終わりだ」と思ってしまいますよね。
その原因が自分の容姿にあるのでは、と考えて落ち込むのは、何も特別なことではありません。

整形することがいいか悪いかは、人それぞれ考えが違うでしょう。ぼくは、全面的に否定すべきとまでは思わない。
でも、問題なのは「いまの自分の見た目では、自分には価値がない」、つまり理想の容姿という手札を手に入れなければ人生を楽しめないと思い込んでしまうことです。
■モテに容姿は関係ない
キミたちより少し長く生きた人間として言わせてもらうと、見た目はどうしたって変わっていくんですよ。性別にかかわらず、美しさや若々しさといった価値は、年齢を重ねるごとに下がり続けていく。
一方、この人とずっと付き合い続けていきたいなと思わせるのは、中身です。だから年齢を重ねるごとに、内面の魅力が重要な手札になっていく。
高校時代に付き合った、ぼくにとっての第二の母というくらい人生を教えてくれた彼女がいます。彼女は他の女の子たちがキャーキャー騒ぐイケメンの男の子たちには、まるで目をくれませんでした。
「高濱(たかはま)くんは、一緒にいてもずーっとおもしろそうだから」
というのが、彼女がぼくを選んだ理由でした。
当時は「ぼくのほうが見た目が素敵だから、ではないんだ」とがっくりしていたのですが、いま考えると誇りに思うべきことですよね。
容姿という手札がすべてではない。

「一緒にいるとおもしろそう」と思われることも、手札になるのです。
■「親ガチャ失敗」で大成功
経済力についても同じです。それに恵まれなければ人生で何のチャンスも得られない、ということはありません。
むしろ偉人の伝記を読んだり、成功した有名人の生い立ちを聞いたりしていると、貧しい家で生まれ育った話がたくさん出てきます。
経済的に恵まれなかったからこそ、他とは違う視点や反骨心を養うことができた、というように、むしろ貧しかったことが人生で有利に働いたのでは、と思ってしまうエピソードも多いです。
いまふうに言えば、「親ガチャ失敗」したから大成功している人がいる。
つまり、人生の手札は「容姿」と「経済力」以外にもたくさんあるということです。それなのに、「この二つだけで勝負しなければいけない」と思い込んでしまうと、つらくなっていくのですよね。
何が手札になるか、もっとさまざまな視点から知ってみる。
すると、いま「自分には手札がない」と思い込んでいる人も、世の中や自分のことが少し違って見えてくるのではないでしょうか。
■手札は、キミの「当たり前」の中にある
手札になることは、さまざまなところにあります。
たとえば、味の違いがわかる舌をもっていることも、手札のひとつです。

おいしい料理をつくることができるシェフは、優れた舌をもっている。ふしぎですが、同じレシピで料理をつくっても味の違いが出るものです。味の違いがわかる人は、おそらく他の人にはわからないレベルで、繊細な味つけの調整をしているのでしょうね。
最後までやりきる力や、コツコツ続けられることも手札になります。自分で事業を立ち上げて成功した人は、「バテない体力」という手札をもっていることが多いです。
ぼくも高校生のときに、「迷ったらまずは体を鍛えておけ。それは10年後、20年後のキミの財産になる」というようなことが書かれた文章を読んだことがあります。高校生の頃は部活しかしていなかったけど、野球部ではたくさん練習をして、10キロ単位のランニングもした。
その頃に比べると体力はだいぶ落ちたけど、当時必死で練習したのが財産になっているのでしょうね。いまだって、花まる学習会のサマースクールで朝から晩まで子どもたちと遊んでいても、まったくバテません。なんなら20代、30代の若いスタッフのほうが先にバテている(笑)。
筋力や持久力、基礎体力は、若いうちからもっていると、強い手札になると思いますね。

■自分の手札は自分では気づきにくい
キミにとっては当たり前で、「これができるからといって、何なの?」と思うようなことが、実はすごく良い手札だというケースもあります。
ぼくの友人に、小学校に勤めながら教育コーディネーターとして活動している古内しんご君がいます。彼がもっている最強の手札は「おせっかい」です。
ある日彼がキャンプをしていたときのこと。夜中に、別のテントから子どもの泣き声が聞こえてきたのですが、それが尋常でない様子だった。親御さんもさぞ困っているだろう、と思いました。
こんなとき、古内君はたとえ相手が見ず知らずの人であっても、放っておけない。そのテントのところまで行って、「ちょっとすみません。僕、学校の先生をやっているんですが、ひょっとしたら少し散歩すれば気持ちが落ち着くかもしれません。よかったら、僕が一緒に散歩しましょうか?」と話しかけているんですよ。
なかなかできることではないですよね。
ぼくはその話を聞いて、古内君はいまの時代にもっとも必要とされる手札をもっている、と感じました。

いまは人との関わりをできるだけ避ける人が多い。
「知らない人とは話さないように」と子どもたちも親から言われているし、見ず知らずの人に声をかけたり、頼まれてもいないのに困りごとに介入したりすることは、なかなかできなくなっている。
だけど本当は、関係ない第三者の「おせっかい」でうまくいくことって、結構あるんじゃないかな、と思っています。
実際、そのときも古内君の提案を聞いて、親御さんは「ぜひお願いします」とお子さんを預けたそうです。古内君は泣いていた子どもを連れてキャンプ場を散歩し、気持ちを落ち着かせてあげていました。
困っているとき、古内君のような「おせっかい」をしてくれる人がいたら、喜ぶ人がたくさんいるでしょうね。これはとても強い手札です。
でも、当の本人は自分の「おせっかい」が手札になるとは気づいていないのです。泣いている子どもがいたら声をかけるのは、古内君にとって当たり前のことだから。
何が自分の手札になるのかは、案外、自分ではわからないものなのですね。
■数値化できる強みにばかり惑わされない
何が手札になるのか、みんな無意識のうちに先入観をもって判断しています。
たとえば、学校や会社で評価されやすいことや、年収、ランキング、偏差値のように数値化できることばかりを、強みだと思い込みがちです。
でも、たとえば大谷(おおたに)翔平(しょうへい)さんで考えると、彼にとって最強の手札は、はたして年収なのだろうか? たしかに大谷さんはロサンゼルス・ドジャースとの契約金が、10年間で総額7億ドル(約1078億円/1ドル154円で計算)。とんでもなく稼いでいる。
でも、その金額は後からついてきた結果でしょう。彼は「1000億円稼ぐぞ」という目的で、がんばってきたわけではない。野球が好きで好きでたまらないからこそ、これまで技術を磨き続けてこられたのだと考えると、最強の手札は「野球が好き」という内面のほうですよね。
だから、お金など、わかりやすく比較できるものばかりに注目していては、本質を見誤ります。もったいないよね。
■あなたの弱点は強みである
自分がコンプレックスを感じていたことが、実は手札だった、というケースも多々あります。
母親アップデートコミュニティを運営している鈴木(すずき)奈津美(なつみ)(なつみっくす)さんは、幼い頃から控えめで目立たず、内向的な自分にコンプレックスを感じていたそうです。
しかし、そういう自分の特性を変えるのではなく、内向型という強みを活かせばいいのだと気づきました。
そして、内向型の性格にまつわる本を100冊以上読んで、自分の可能性を活かすための方法を試行錯誤してこられた。
そして内向的であることの強みを活かすノウハウを使って、母親を取り巻く課題や環境をアップデートしていくコミュニティを立ち上げました。
従来は、コミュニティを率いる人というと、明るく元気で、人前で話したり社交の場が得意だったりする、目立つタイプだと考えられがちでした。
でも、なつみっくすさんはそういうタイプではない。
その分、一対一や少人数で話すことが得意だといいます。そういう自分の特性を活かして、コミュニティを築いたり、イベントを立ち上げたりしているのです。
しかも自分がやってみて役立つと感じたことを『I型(内向型)さんのための100のスキル』(中央経済社)という本にまでまとめあげたのだから、すごいです。
つまり、見方によってはマイナスに思われることも、ひっくり返すと、ものすごい手札になることがあるのです。
■発達障害も強みでしかない
他にも、たとえば時間を忘れてひとつのことに集中しすぎてしまい、他の作業に手がつかなくなってしまう人がいます。「過集中」と言われる状態で、ADHD(注意欠如多動症)のある方に現れやすい特性といわれます。
集中しすぎて遅刻してしまったり、人から声をかけられても気づかなかったりするので、学校では怒られがちです。
興味のないことは先送りしてしまうので、仕事でもいろいろな期限に間に合わないことがあります。
でも、経営者や研究者、アーティストには、過集中ぎみの人がとても多いのです。学校や会社などの仕組みにはなかなか合わないので、そういう場所では落ちこぼれになってしまう。
しかし、「あなたの好きなことに、存分に取り組んで良い」というシチュエーションになると、自分のもっている集中力を発揮できて、ものすごい成果をあげることもあるんですね。
ぼくも典型的なADHDで、下着の表裏を逆にしてしまったり、靴の左右を間違えたり、ちょっとでもやるべきことを強制されるとものすごく嫌になったりします。
一方で、自分がやりたいと思ったことは、ずっとやっていても飽きないし、疲れません。これは自分の強みだと思っています。
■自己否定こそが最大の敵
自分を否定してばかりいる人は、自分が実はすごい手札をもっていることに、気づきません。
容姿コンプレックスや親ガチャ失敗を、ずっと嘆いている人がいる。外見や親のせいにしているうちに、自分の価値を低く見積もることが習慣になってしまう。それで、他にもっているはずの強みがわからなくなるのです。
「高校受験に失敗した」「失恋した」というような、自分の思いどおりにならなかったことをいつまでも引きずっていては、すぐに10年や20年が経ってしまいます。
ちなみに、60代にもなっていまだに「女性から男として見られなくなったら終わりだ」と言っている人もいるんですよ。自分のもっている強みは異性にモテることだけで、それがなくなったら価値がないと思い込んでいる。そんなふうに歳を重ねていくのは、すごく怖いですよね。
自分を否定しているうちに、あっという間に人生なんて終わってしまうんです。
才能と弱点は、表裏一体。
人から「○○だからあなたはダメだ」と言われたことを鵜呑(うの)みにして、落ち込んでいては損です。
いまキミが抱えている悩みや、コンプレックスだと思っていること、過去に人から怒られたことを裏返してみたら、キミにとっての「最強のカード」になるかもしれないのですから。

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高濱 正伸(たかはま・まさのぶ)

花まる学習会代表

東京大学卒、同大学院修士課程修了後、1993年、「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、「作文」「読書」「思考力」「野外体験」を主軸にすえた学習塾「花まる学習会」を設立。1995年には、小学校4年生から中学3年生を対象とした進学塾「スクールFC」を設立。全国に生徒数は増え続け、近年は音楽教室「アノネ音楽教室」、スポーツ教室「はなスポ」、囲碁教室や英語教室など全国で多岐にわたる教室を展開している。算数オリンピック委員会の作問委員や日本棋院理事も務める。

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(花まる学習会代表 高濱 正伸)
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