※本稿は、村上伸治『発達障害も愛着障害もこじらせない もつれをほどくアプローチ』(日本評論社)の一部を再編集したものです。
■不登校のきっかけが解決しても学校に行けない
不登校の始まりに具体的なきっかけがある例はしばしばあります。先生に怒られたとか、友達に嫌なことをいわれたなどです。ただ、だがそういう場合も、元気だった子に大きな原因が生じたために起きた不登校なのか、それとも長い無理の蓄積に小さなきっかけが加わって限界を超えたのか、どちらなのかを考える必要があります。元気な状態に具体的なきっかけが加わったもので、それが対応可能なものであれば、迅速に対応すべきです。ですが実際には、そのきっかけが解決しても、やっぱり行けないという例は多いのです。
例えば、風邪やインフルエンザなどで数日休んだことをきっかけに不登校が始まる例は少なくありません。これなど、既に限界に近い状態になっていて、風邪などが体力と気力を落としたために、限界を超えたのだととらえるべきです。運動選手の疲労骨折をイメージしてください。骨折の主たる原因はその日の練習なのではなく、既に骨折手前の状態になっていたからです。最後のひと押しと、主な原因とは分けて考える必要があります。
■根本原因を探してみる
不登校の原因ははっきりしないことが多いと述べましたが、原因がわかる例もあります。実はいじめを受けていたなどの、誰でも納得がいく例もありますが、この場合は精神科に来ることは少ないでしょう。結構多いのは発達障害の特性をいくらか持っていて、例えば聴覚過敏があり、クラス替えで騒々しいクラスとなり、その騒々しさに耐えられなくなったとか、コミュニケーションの苦手さが以前からあったなど、本人の特性が関係する例です。
なので、登校渋りが始まったとしたら、短期的にはなだめながら行ってもらうのはありですが、平行して解決可能な原因がないかを探してみる必要があります。不登校になってから、発達障害特性に気づかれる子もよくいます。普通学級に行っている発達障害児の場合、無理をせずに支援学級に行っていれば、長期の不登校にならずに済んだのではないかと思うことがしばしばあります。「学校に行けていればOK」ではなく、無理をさせてないかを考えたいです。
■「なんで行かないの?」が子どもを追い詰める
無理や疲労の蓄積の結果、不登校になった子にまず必要なのは、何といっても休むことです。そしてそれは、親が味方である状況で休むことです。「なんで行かないの?」と思っているなど、親が味方でないと、家は強制収容所になってしまい、休むことはできません。学校を長期に休んでいるのに、心としては全然休めてない、ということになります。
親が味方となり、家が安心できる場になると、子どもはやっと休めるようになります。休むことでエネルギーの充電も始まります。しっかりとした充電が始まると、急速充電のように元気になる子もいます。ですが現実の多くの例では、親が味方でなくなってしまうので、充電していても充電電流は微弱であり、逆に放電電流の方がはるかに大きいので、長期に休んでも充電は進まず、なかなか元気が出て来ないことになります。
しっかり休める路線に入ると、12時間以上眠るような時期がしばらく続く子も少なくありません。親が不登校を責める雰囲気がなくなると、昼夜逆転は起きにくいです。不登校を責める雰囲気があると、子どもにとって朝の時間は「針のむしろ」であり地獄の時間です。そんな時間に起きられるわけはありません。家で常にプレッシャーを感じ、親に気を遣い、それに消耗している子は結構多いです。家にパワハラ上司がいるような状況では、休む効果はいつまで待っても出て来ないことになります。
■集団として扱いやすい子を求める学校
教室に入れない子のために、多くの学校が別室を用意しています。別室登校なら行ける子もいますが、嫌がる子も多いです。
学校については、今の学校自体の問題もあると思います。子どもたちはいわゆる同調圧力を強く感じており、学校では「みんなと一緒に振る舞うように、みんなから外れないように」必死であることが伝わってきます。教員も忙し過ぎて、子どもの個性や多様性を尊重する余裕がありません。そのため、教師の指示に従って同じ行動をする、集団として扱いやすい子であることを求めてしまいます。みんなと同じ行動ができることを求め、教育の多様性のないことが、不登校と密接に関係していると感じます。
■ゲームとネットの役割
不登校に限らず、ゲームやネットは何かと悪者にされます。良くない面があるのは確かです。
子どもたちに尋ねてみると、「ゲームは楽しい」と答える子もいますが、「あまり面白くない」という子の方が多いです。「何もしてないと気持ちがしんどくなるからする」とか「ゲーム中は嫌な事を考えなくて済むから」などと言います。「SNSで死にたいと書き込むと、わかるよとか、死なないでとか書き込んでくれる人がいてくれたりして、自分は1人じゃないと感じる。この感覚は親や先生たちは分かってくれない」と話す子もいます。
■親子での雑談を大切に
不登校はその理由が本人にもよくわからないことが対応を難しくさせています。対応の基本は、自分の気持ちに気づいて言葉にする能力を育てることです。思っていることを言葉にする訓練として最も手軽で効果があるのは雑談です。
親との雑談が豊かになると、親の対応に問題があれば、本人が気軽に文句を言えるようになります。なので、親が良かれと思って本人に害を及ぼすことが減ります。私は親を前にして本人に、親への要望や文句はないかを尋ねることを常に行うようにしています。
不登校が受容された後、夜になると親にあれこれ話し相手を求めるようになる子がよくいます。親は眠くて困るのですが、この時期はとても重要です。
■とにかく「普通にして欲しい」
不登校は、不登校自体が第1の苦しみであり、味方や支えを失うことが第2の苦しみとなります。「親にどうしてもらいたい?」と尋ねると、「不登校を怒らないで欲しい」「学校に行けない自分を哀しい目で見ないで欲しい」などと言います。そして、結局はみんな「普通にして欲しい」と言います。その普通とは、「学校へ行っていた時と同じように接して欲しい」ということであり、「登校しようがしまいが、同じように愛して欲しい」という意味です。
不登校を直接なくす努力を熱心にすればするほど、事態は悪化しやすくなります。このような状況を、森田療法の創始者の森田正馬は繋轆橛(けろけつ)と呼びました。綱で杭に繋がれたロバが束縛から逃れようとしてグルグル歩き回った結果、綱が杭に巻きついてどんどん短くなり、遂には全く身動きができなくなる有様を表しています。必要なのは巻きついた縄、もつれた紐をほどく作業です。不登校をなくす努力を止め、学校に行こうと行くまいと親子関係をどう豊かにするかを親子で話し合えるようになると、敵対していた親子が同じ方向に向かって歩み始めます。
■充電が終われば子どもは勝手に動き出す
学校に行こうが行くまいが、自分は親に愛されていると感じられる環境で十分休めた子には、エネルギーが充電されます。十分に充電された子は、勝手に何かを始めます。しばらくはゲームばかりだったりもしますが、もっと楽しいことを始める子が多いです。逆に、ゲーム等から離れられない場合は、本人が周囲から責められる状況が続いていたりします。
好きなことを始めた子は、どんどんエネルギーが出てくるので、見ていても楽しいです。ある母親は息子が料理に興味を持ったので、褒めておだてて料理を任せるようになりました。そうすると母親としても助かるため、素直な気持ちで子どもに感謝します。すると親子の間で好循環が回り始めました。「仕事から帰ってきたら、御飯ができているんです。とっても助かります。先生、今あの子が学校に行き始めたら、私は困ります」と言って苦笑しました。その後、その子は登校を再開しました。
実際には、再登校以外の方向で、元気になる子が多いです。別の方向で元気になった後に、通信制などに行き、気が付くと働いていたり大学生になっていたりします。
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村上 伸治(むらかみ・しんじ)
精神科医
1989年岡山大学医学部卒業後、岡山大学助手、川崎医科大学講師を経て、2019年より川崎医科大学精神科学教室准教授。専門は青年期精神医学。著書に『実戦 心理療法』『現場から考える精神療法 うつ、統合失調症、そして発達障害』(共に日本評論社)、編著として『大人の発達障害を診るということ 診断や対応に迷う症例から考える』(医学書院)などがある。
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(精神科医 村上 伸治)