※本稿は、土井美和『「自分」というブランドを売る 元ルイ・ヴィトントップ販売員が大切にしてきたこと』(大和出版)の一部を再編集したものです。
■「将来の目標」なんて持てなくてもいい
私にとっての長年抱えてきた、いわば呪いのような言葉がありました。
それは、「これからどうなりたい?」「将来のビジョンは?」「夢は?」「目標はありますか?」といった、未来に関する問いかけです。
販売員時代、店長や上司との面談でも、私はいつもこの質問に答えるのが苦手でした。一度口にしたら絶対に叶えなければいけないと、プレッシャーを感じるからかもしれません。
私がいつも大切にしていたのは、「どうなりたいか」という未来よりも、「どうありたいか」という、今の自分の在り方です。私には「求められる自分でありたい」「必要とされる人でありたい」という思いがいつも根底にありました。
だからこそ、今いる場所で、全力で応えていく。
言葉にすると漠然としていますが、販売員時代の売上もポジションも、今いる場所で最大限のパフォーマンスをすることで付いてきた結果です。
「この人を選んでよかった」「この人がいてよかった」と思ってもらうことが、私にとっての最高の喜びであり、目標でした。
■数字とは関係ない目標を掲げる
年間の売上予算もあまり意識したことはありません。
もちろん、販売員である以上、数字を全く意識しないのは現実的ではありません。
そこで、一日一日の売上目標と常に向き合うのではなく、数字とは関係のない目標を掲げてみることです。
■販売に繋がることがどんどん増えた
当時、ルイ・ヴィトンにご来店いただくお客様の多くが、バッグや財布などのレザーグッズを見にいらしている中、取り扱い始めたばかりのシューズやフレグランスを販売するのは容易ではありませんでした。
私は「シューズエキスパート」や「フレグランススペシャリスト」というタイトルを持っていましたが、新しいカテゴリーを取り扱い始めたばかりの頃は、接客自体が怖かった、というのが正しいかもしれません。
経験がないのですから、当然ですよね。
では、そのような商品を見にいらっしゃるお客様を待ち続けるのか?
一日中、そのコーナーに立ち続けて待てば、販売できるかもしれませんが、そうもいきませんよね。
そこで、私が辿り着いたのは、とにかく、「今日接客するお客様全ての方に、必ず紹介する」というものでした。
断られることを恐れずに、とにかく紹介していきました。
売上を意識している時は、数字に繋がらず、空回りばかりしていた私でしたが、とにかく「必ず紹介する」を目標に、日々一人ひとりのお客様を大切に接客していくと、気づけば、販売に繋がることがどんどん増えていきました。
■やるべきことを愚直にやる
シューズを見るつもりはなかったお客様、フレグランスの存在すらも知らなかったお客様が興味を持ってくださり、バッグと一緒にご購入いただいたり、後日改めて購入しに来ていただけることも増えたのです。
「年間にシューズを何足販売する」「フレグランスを何本販売する」という目標はありますが、一日一日、自分がやるべきことを愚直にやっていった結果が、年間の売上実績に繋がったのだと確信しています。
もしも、あなたが私と同じように、先の夢や目標が見えなくても、目の前のことを全力でやっていくことで道が拓けていくと伝えたいのです。
これまでの人生を振り返れば、とにかく人と運に恵まれてきた人生でした。
でも、もしかしたら、目の前のことを全力でやっていく姿勢が、ふとした時に誰かの目に留まっていたのかもしれません。
今目の前にある、半径一メートル(今は三メートルくらいまでを見るように心がけています)を全力でやっていけば、そんなあなたに興味を持ってくださる方や、応援してくださる方とのご縁があるのではないでしょうか。
■商品ではなく「未来」を売る
私たち販売員は、単に「商品そのもの」を販売しているように見えがちですが、実際は商品を通して得られる「未来」を売っています。
たとえば、商品が洋服ならば、それを着た時に感じられる自信や、友達から「素敵だね」と褒めてもらえる瞬間。化粧品ならば、ケアしながら香りに癒される時間や、肌が整っていく実感。バッグであれば、毎日の通勤が快適になることや、雨の日や荷物が多い日も心地よく過ごせること。車であれば、週末に行くドライブの高揚感、トランクにキャンプ道具を積んで行く家族旅行の楽しさ。
たとえば、目の前のお客様が、小さなお子様を持つお母様であれば、ご紹介するバッグのサイズや素材の話だけでなく、
「お子様の送り迎えの際に、自転車のカゴの中が荷物でいっぱいになっても、このように斜めがけもできるバッグなら安心ですよね」
と、実際のライフスタイルの中で、バッグにどんな価値を感じられるか、お客様が想像できるようにお伝えします。
それは、ただ商品の素晴らしさを伝えるだけではなく、「お客様の生活の中に商品がどう溶け込むのか」「それでお客様はどんな気持ちになるか」まで想像してお伝えするということです。
そのためには、まずお客様の生活を知る必要があります。
家族構成や仕事、趣味やライフスタイルを知ってこそ、自分も深く想像ができて、リアルな未来をお客様にお伝えできるのです。
■「今日買ってもらうこと」に執着し過ぎない
もう一つ、私は「今日の販売で終わらせない」ことも意識していました。
販売員は、日々の予算や数字のプレッシャーがあるため、どうしても「今日の売上」にフォーカスしがちだと思います。
ですが、たとえ今日購入されなくても、お店を後にしてからもずっと悩んで、翌日に「昨日見せてもらったあれ、やっぱり購入したくて」と再来店されることもありますよね。それは翌週かもしれないですし、お給料日の後、ボーナスが入ってからかもしれません。あるいは、誕生日やクリスマスに大切な方と、再来店してくださる可能性もあります。
「今日買ってもらうこと」も大切ですが、それに執着し過ぎないことです。
時に私は、「今日は一旦ゆっくり考えてみてください」と伝えたり、「まだ一軒目だとおっしゃっていたので、ぜひこの後色々なお店もご覧になってきてください」と笑顔でお見送りすることもありました。これは、お客様と一緒に過ごした時間から、「また来てくださる」と確信を持てたからこその言葉です。
そして、お客様に納得して選んでもらいたい、という想いがあるからです。
■「またこの人にお願いしたい」と思われる接客を
今回の購入が、たとえ別のブランドの別の商品になっても、一度きりではなく、「またここに来たい」「またこの人にお願いしたい」と思っていただけるような接客を心がけてきました。
そして、このような考えは、お客様との会話の中で育ててもらったものです。
「あの後いろんなブランドも見てきたんですけど、お姉さんみたいに笑顔で『他のブランドも見てきてください』なんて言われたことなかったから、よっぽど商品に自信があるんだなと思って(笑)。やっぱり、ここで買いたいなと思ってきました!」
と再来店された時の言葉。
「こういうのを探していたの!」と目を輝かせて喜んでいただける瞬間。
そんなお客様の声が、私にとっての学びになり、接客で大切にするべき軸を少しずつつくってくれたように思います。
商品を売るのではなく、未来を売る。それは、販売という仕事の面白さでもあると今は思っています。
そして、日々の接客は、種まきみたいだと感じていました。
その日すぐに芽が出るとは限らないけれど、翌日、来週、来月、来年、いつか蒔いた種が時間を経て実る日をたくさん経験してきました。
たとえ今日の売上にならなくても、今日はいつかの売上の種を蒔いたのだと思えたら、日々の接客もずっと楽しく、お客様との未来に繋がる関係を大切に育めるのではないでしょうか。
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土井 美和(どい・みわ)
株式会社Clienteling Advisory代表取締役
2001年ルイ・ヴィトンジャパンに入社。2012年に日本全国で顧客保有数No.1の実績を獲得し、それ以来150名以上の顧客ポートフォリオを継続的に担当する。長年の現場経験で培った「選ばれ続ける信頼関係づくり」のノウハウを基に、現在は全国各地で研修・講演活動を行っている。
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(株式会社Clienteling Advisory代表取締役 土井 美和)