文部科学省が実施した調査(※1)によると、小学校・中学校で通常の学級に在籍していながらも、学習面または行動面で著しい困難を示し、何らかの特別な教育的支援を必要とする児童生徒の割合は8.8%(※2)。しかし小児科専門医の西村佑美さんは「『AIにほとんどの仕事が代替される』と憂慮されるこれからの時代、発達特性がある子は、AIに負けない人材になれる可能性がある」という――。
(取材、構成=ライター・勝目麻希)

※1:文部科学省「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果について」(令和4年)

※2:小・中学校の学級担任教諭を対象とした上記調査(質問紙調査)の推定値
■今は“普通の子”の基準が高すぎる
――発達特性のある子が増えている、と言われている原因について教えてください。
【西村】発達特性のある子が増えているというより、病院の受診を勧められ診断を受ける子が増えていると言われています。実際、ADHD(注意欠如多動症)やASD(自閉スペクトラム症)などの診断がつく子が増えているのは間違いありません。
10年ほど前まで、発達障害(現在は正式名称「神経発達症」に移行中)という表現はあまり普及していなかったですし、発達が気になって病院に行く流れも認識されていませんでした。しかし、テレビや書籍、インターネット、そしてSNSの普及で、いわゆる人と少し違う子どもたちに対して「もしかしたら発達障害かもしれない」という認識が一気に広がりました。その結果、親が心配して医療機関に繋がるケースが増えていることが要因の1つです。
また、同時期に神経発達症の診断基準も変わりました。以前は「グレーゾーン」あるいは「個性の範疇」と判断されていた子たちも、診断基準の変更により、診断対象に含まれるようになったとも言えます。その結果、なんらかの神経発達症と診断されるケースが増えたと考えられます。
■テレビ番組でも個性の強いキャラが減った
ただ、昔から発達の特性がある子はたくさんいました。先日、1982年から1992年にNHK「おかあさんといっしょ」で放映されていた「にこにこ、ぷん」を観たのですが、じゃじゃ丸は衝動性と多動があるADHDタイプで、ぴっころは空気を読まない癇癪持ちのASDタイプ、ぽろりは繊細さんみたいですよね。きっと今だと“普通ではない”と思われてしまう子どもかもしれません。

でも、当時は「そういう子もいるよね」と自然に捉えられていました。
同じく1990年から放映されているアニメ「ちびまる子ちゃん」のキャラクターも個性というか、特性がとても豊かです。いろいろな子供がいることが自然と受け入れられていたような気がします。
そこから30年ほど経って、“普通の子”の感覚が変わってきたなと。ここ10年ほどの『おかあさんといっしょ』を観ていると、キャラクターたちが良い子すぎるかもしれないと感じます。きっと、親も社会もまわりからはみ出さない「普通の」「良い子」を求めている傾向があるのかもしれません。
■スマホが親子のコミュニケーションを阻害
――確かに、昔なら通常学級にいた少しやんちゃな子やコミュニケーションが苦手な子にも、何らかの診断がついていると感じます。
気を付けたいのは、仮に診断がついても、診断名がその子のすべてを表現しているわけではない、ということ。成長に伴い、診断がつかなくなるほど困りごとが目立たなくなる子もたくさんいます。
また、スマホが普及したことによる親子間のコミュニケーション力の低下も、発達特性が目立つようになった要因に関連しているのかもしれません。乳児期から子どもがグズったらすぐにスマホを見せる……これを繰り返すと、親子間で学ぶべきコミュニケーションの力や社会性がどうしても弱くなり、結果的に言葉の発達が遅れたり、ちょっとした嫌なことへの我慢が苦手になり癇癪を起こしやすくなったりする可能性も考えられます。
■会話の苦手な少年が「アート」に目覚めた
――お子さんの発達特性に気付き、落ち込んでしまう親御さんも多いと思います。
発達特性を活かした子育てを実践している事例を教えてください。
では、3名の事例をお伝えします。
ある小学1年生の男子は人との会話や集団適応が苦手なASDタイプで、初めてのことへの苦手意識も強かったそうです。そのお母さんはどうやったらコミュニケーション力を伸ばせるか、息子の得意なことや趣味を見つけてあげられるかと悩んで、私の個別コンサルを申し込まれました。
そこでいろいろと話した末、発達特性がある子どもたちは独特な感性を持っていることが多いため、何らかの形でアートに触れさせることをおすすめしました。するとその子は、アート関係のテレビ番組にハマり、町中にさまざまな「パブリックアート(公共空間に設置された芸術作品のこと)」が設置されていることに気づき始めました。
最近では、パブリックアートの本を買って、電車に乗り関東中のパブリックアートを見に行く親子の趣味ができたそうです。小学1年生からパブリックアートが好きなんて、すごくユニークで素敵ですよね。
アートを自分で描いたり作ったりするだけではなく、その内容を解説する仕事もあります。海外の素敵な作品を見つけてきて日本に紹介する仕事もできるかもしれません。
■不登校ぎみの子が数学を学ぶように
私立の小学校に通っていて、eスポーツにハマった子がいました。だんだん学校にあまり行かなくなり、親御さんはかなり悩んでいました。
しかし、彼が夢中になれることを応援しようと、最低限のルールを決めてゲームを続けさせていたら、小学生ながらeスポーツの大会に出場できるようになったそうです。
本人は「18歳までに世界一になる」という夢を持ち、私立の小学校だと勉強が大変なので、自分の意志で転校。プロになるためには数学の知識が必要だと気付き、自ら勉強を始めました。
子どもは自分が本当にやりたいことを見つけると、自主的に勉強するようになりますし、モチベーション高く取り組めるようになります。このように、環境を変えることで一気に成長するケースもありますので、他の子と違う部分を悲観的に見るのではなく「自分らしさを保ちながら人生を歩める」ことにフォーカスするのが大切です。
■なかなか寝ない子は“ストーリーテラー”だった
これは、言葉の遅れがあった我が家の長男の例です。2~3歳の時から、いろいろなヒーローのフィギュアやブロックで自作したロボットなどを使いながら、寝る前に毎日人形劇をしていました。延々と一人でブツブツ話していたんですよね。
ある日、長男がいつものように30分ほど劇をしていたところで、早く寝るように声掛けをしたら「もうすぐ終わるから待ってて!」と言われました。そこで試しに観察していたところ、更に60分も劇を続けて「終わったから、僕やっと寝られる!」と、伸びをしながら言ったのです。
その時私は、長男が寝る時間になってもダラダラと人形で遊んでいるのではなく、頭の中で“たくさんのキャラクターが登場する起承転結がある90分のドラマ”を作っていたことに気付きました。クリエイティブなタイプだとびっくりしたと同時に、感心しました。
最近は、オリジナルの物語を作っては弟や妹に演じてもらい、映画のような短編動画を撮って遊んでいますよ。
親の言葉が聞こえないぐらい集中できるのは1つの強みで、将来仕事をする際にも役立つ可能性があります。親の価値観を押し付けず、子どもの特性を見守る姿勢も大事だと思います。
■“普通の子にはない可能性”に目を向ける
――今後、仕事の大半がAIに代替されると言われています。発達特性のある人は、その特性をどう活かせばよいのでしょうか。
AIの普及により、特にこの数年間で価値観が大きく変化していると多くの方が実感しているのではないでしょうか。しかし、必要なスキル・能力・価値観がガラっと変わっていく時代なのに、親も学校の先生もその変化に追いつけていないようにも感じます。
自分が受けてきた教育や“普通という概念”にとらわれすぎると、自分の子が普通ではないことに恐怖や焦りを覚えると思うのですが、その考え方をアップデートしていただきたいです。これからの時代は「普通じゃないこと」こそが強みになると思っていますので。たとえば「10人中1人~2人しか考えられない発想」がうちの子にはできるのだと、ポジティブに考えてほしいと思います。もしその発想が3つできたら、100人や1000人に1人の発想力につながるかもしれない……。
優秀な学校に入って卒業して、大企業に就職すれば人生安泰という時代が終わる……と、いろいろな方がおっしゃっていますよね。
何らかの発達特性があると、たしかに「普通の子」と比べて子育てで苦労することは沢山あると思います。ですが「うちの子はなかなか育てがいがあるぞ」と少しでもワクワクして子育てをしていただきたいです。
■独裁的・許容的な子育てはNG
――子どもの発達特性を活かすために、親はどんなことに気をつけて育児をするべきでしょうか?
お子さんの発達特性を強みにする一番大事なポイントは、社会のルールが守れるように育てることです。自分の好きなことだけを押し通して、わがままばかりが通る状況にしてはいけません。
発達心理学者のバウムリンド博士によると、親御さんの子育てのスタイルは、権威的・独裁的・許容的・関係欠如的の4つに分けることができます。
ザ・昭和な育てられ方をした親は、自分の子どもに対しても厳しくしなければいけないと、独裁的なスタイルになりがちです。しかし、親に怒鳴られ続けると、自信をなくし自己肯定感が低い子になってしまいます。実際にこのような独裁的な接し方は避けたほうが良いということも、研究で明らかになっています。
■目指すは「権威的な親」
その真逆で、子どもがやりたいことを自由にすることを許してしまう許容的な親だと、子どもはなんでも自分の思い通りになると勘違いして、わがままを言ったり、癇癪を起こして親を困らせ言うことを聞かせようとするようになります。厳しく怒鳴りつけるのは子どもの自尊心を傷つけてしまい良くないと思っている親ほど、許容的な親になりがちです。
ただ、許容的な親は自分の子が言うことを聞かないことが続くと、だんだんイライラしてきて最後に独裁的な怒り方をしがちです。人格否定をしたり、「おもちゃを捨てるよ!」と脅したり……。
そういう怒り方をしてしまうと、子どもが混乱して良くないですね。親の言うことには一貫性が大切です。
――普段は優しく接しているのに、自分に余裕がないと強い口調で怒ってしまう……。確かに、お子さんも混乱してしまいそうですね。
だからこそ、親御さんは子どもに対して、普段から年齢や理解力に応じた制限をかけつつ、温かみがある権威的なリーダーシップを取るスタイルを意識することが大切なのです。
権威的な親は「ダメなものはダメだよ」としっかり伝えます。例えば子どもが「自分の好きなことじゃないからやりたくない」と言った時に、それを許すのではなく「どうやったらできるかを考えよう」と子どもと一緒に問題解決していく姿勢を持つのが理想的です。
子どもの社会適応が進めるためにも、ぜひ権威的でリーダーシップを発揮する親になって社会のルールを教え、子どもの特性を強みにしていってほしいです。
■「発達ゆっくりさん」との関わり方
――発達がゆっくりな子には、いつから社会のルールを教えていったらよいのでしょうか。
言葉の遅れなどがあると、知的な理解が遅いと思われがちですが、年齢相応のタイミングで社会のルールを教えてほしいと思っています。耳からの情報だとうまく処理できないタイプのお子さんには、絵や動画などを見せて教えると良いでしょう。交通ルールから社会のルール、すなわち友人との付き合い方のマナー、会話の例、物の扱い方などを、「どうせわからないだろう」と決めつけず説明して、根気強く教えてあげてください。
■親が意識したい「肯定的な注目」
――発達特性がある子を育てていると、成長を促そうと頑張りすぎてしまう親もいると思います。親がダウンしないコツも教えていただきたいです。
今の時代に合わせて、考え方をアップデートすることです。これからは「学歴より新しい発想ができる」「好きなことをとことん追求して頑張れる」といった人が求められると思っています。考え方をアップデートすることで「人と違うところがあっても良い」と心の余裕ができますよ。
また、子どもの性格ではなく「行動」を常に観察して、それを肯定的に見て実況中継する「肯定的な注目」も実践してほしいです。これは発達支援の専門家も行うテクニックです。
例えば「この子は普通と違う、困った子だ」というふうに見ると、肯定的に子どものことを見られません。例えば、おもちゃをたくさん出して遊んでいると「また散らかしている」と思うでしょう。
しかし「おもちゃをたくさん広げて、ジオラマのようにして遊んでいるね」と実況中継すると、「うちの子はダイナミックに遊ぶんだな!」という見方ができるようになります。
こうした見方は親の気持ち一つでできるので、ぜひ肯定的に子どもの行動を見て、お子さんの新しい側面を発見できるよう少しでも心がけてみてください。

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西村 佑美(にしむら・ゆみ)

小児科専門医・子どものこころ専門医

一般社団法人 日本小児発達子育て支援協会 代表理事。最重度自閉症のきょうだい児として育つ。2011年から日本大学医学部小児科医局に所属、小児科医として大学病院に勤務。以降、のべ1万組以上の親子を診てきた。自身も発達特性がある子を育てる母親。2020年から“ママ友ドクター®”として独自の支援を開始。専門性の高さに加え、親しみやすさ・前向きさを大切にし、発達特性に悩む保護者からの共感を集めている。著書に『最新の医学・心理学・発達支援にもとづいた子育て法 発達特性に悩んだらはじめに読む本』(2024年、Gakken)がある。

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(小児科専門医・子どものこころ専門医 西村 佑美 取材、構成=ライター・勝目麻希)
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