京都の国道で起きた“居眠り運転”による悲惨な事故。トラックがセンターラインをはみ出し、対向車線を走行していた軽ワゴン車に衝突、男性が死亡した。
■ドラレコが捉えたトラックの異常走行
「何の落ち度もなく、ただ自車線を走行していただけの父と母……。加害者はそんな二人の未来を一瞬にして奪い、私たち家族を地獄の底に突き落としました。なぜ、この事故は防ぐことができなかったのか。ハンドルを握る方々に、『居眠り運転』の現実とその恐ろしさをぜひ知っていただきたいと思います」
そう語るのは、星野亜季さんです。
以下は亜季さんから送られてきた加害トラックと後続車、2つのドライブレコーダー映像を、約1分にまとめて編集したものです(実際の動画には衝突前から10分以上記録されています)。ご覧ください。
「やっぱり、事故った……」
衝突直後、後続車のドライバーが発したその言葉が、全てを物語っています。
加害トラックは、事故の数分前から右へ左へとふらつきながら走行。動画には、トンネルの中で左側の壁にぶつかりそうになる様子に危険を感じた後続車のドライバーが、「離れよう」「ヤバい」と言いながら車間をとる様子も記録されています。
加害者はこのときすでに、第三者から見ても異常な走行をしながら、「逆走」へのカウントダウンを始めていたのです。
被害者夫妻の長女である亜季さんは語ります。
「まずは、この映像を警察に提供し、捜査にご協力くださった後続車のドライバーの方に、感謝をお伝えしたいと思います。私はこれらの映像を、刑事裁判の第二回公判で初めて見たのですが、加害者は制限時速40キロの道にもかかわらず100キロ近い速度で走ったり、ふらふらしながらセンターラインを越えたりして、すれ違う対向車と何度もぶつかりそうになっていました」
■父は1時間後に苦しみながら絶命した
蛇行が始まってから衝突現場までの距離は約10キロ、その間、トラックを左に寄せて休憩をとれる場所は何カ所もありました。
加害者は眠気を自覚し、蛇行運転に陥っていることを認識していたにもかかわらず、自車を停止せず走行を続けました。そして、約10分後、緩やかな左カーブで、制限速度をオーバーしたままブレーキもかけず、そのままセンターラインを越えて対向車線へ突っ込んでいったのです。
「裁判で映像を見た時、事故の場所が近づくにつれ私は心拍数がどんどん上がるのを感じました。そして、最後に響く激しい衝突音と、対向車を押し返すときの金属音、タイヤのスリップ音……。本当に、心臓が握りつぶされるような感覚でした。あの一瞬で、父は両足ともに膝から下がほとんどちぎれ、骨盤骨折、多発内臓破裂、胸のかたちも変形していました。それでも、目撃者の話によると、父はしばらくうめき声をあげていたそうです」
現場には間もなくレスキュー隊が到着しました。しかし、車の損壊は激しく、フロント部分が運転席側に大きくめり込んでいたため、救出までに1時間以上を要したといいます。
「結局、父は苦しみながら死に至りました。そのときの両親の絶望感をどのように表現すればよいのか……。いま思い返すだけでも、息苦しくなります」(亜季さん)
■事故はなぜ起きたのか
事故は、2022年9月21日、京都府笠置町の国道163号で発生しました。
以下は、本件を報じる新聞記事です。
●正面衝突で男性死亡、妻は重体/京都府(「朝日新聞」2022.09.23)
21日午後1時半ごろ、笠置町の国道163号で軽ワンボックスカーと2トントラックが正面衝突し、ワンボックスカーを運転していた奈良市大宮町の無職山本隆雄さん(65)が全身を強く打ち、搬送先の病院で死亡が確認された。助手席に同乗していた妻の倫代さん(65)は頭などを打って重体。木津署は、トラックを運転していた大阪府交野市倉治2丁目の会社員岩瀬徹郎容疑者(41)を自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致傷)の疑いで現行犯逮捕した。容疑を同致死に切り替えて調べている。
署によると、現場は片側1車線のゆるやかなカーブという。
現行犯逮捕された加害者は、警察での取り調べや実況見分で、「居眠り運転をしていたことは間違いない」と認め、強い眠気を催した地点や仮睡してしまった地点などを具体的に指示説明。その後、過失運転致死傷罪で起訴されました。
ところが、刑事裁判が始まると、『記憶にない』『運転中のことは覚えていないが、居眠りの事実は認めない』『前方注視困難になった記憶が無いので停止義務は無かった』と主張し、これまでの供述内容を一転させ起訴事実を完全否認したのです。
そのときの怒りを、亜季さんはこう振り返ります。
「蛇行運転を裏付ける自車と後続車のドラレコ映像のほかに、自分自身の具体的な供述があるにもかかわらず、いざ裁判が始まると、『記憶がない』などと言い、過失を否認し出すのですから、驚くと同時に失望させられました。謝罪も一言もありませんでした。事故を起こしたこと自体にももちろん怒りはありますが、反省も謝罪もない態度に、それ以上の怒りがこみ上げました」
■「記憶にない」と一転否認…加害者が裁判で見せた冷淡な態度
「居眠り運転」は、「過労運転」(違反点数25点)とみなされ、道路交通法上は飲酒や薬物使用時の運転と同じく危険な行為として禁止されています。一方、「わき見運転」は、「安全運転義務違反」となり、罪の重さは「居眠り運転」より格段と軽くなります。加害者が突然供述を変えてきたのは、減刑を意識してのことかもしれません。
しかし、2023年4月21日、京都地裁の増田啓祐裁判官は判決文の中で、
『このような走行をしていた理由としては、被告人が眠気を催し、前方注視が困難な状態になりながら運転していたことが考えられ、かつ、他にそのような走行をしていた理由は現実的には考えられない』
と断じ、
『被告人は、単に本件事故に至るまでの状況について記憶がないと述べるだけでなく、前記の通りドライブレコーダーの映像等から当時被告人が眠気を催していたことは明らかであるのに、これを前提としても本件過失責任を認めないかのような供述ないし主張もしており、被告人が述べる反省の言葉や被害者側宛の手紙に記した謝罪等が真摯な内容等に基づくものか疑問があるが、その点を考慮するまでもなく被告人は上記の通り実刑を免れない』
と、加害者の法廷での態度を厳しく糾弾し、禁錮2年8月の実刑判決を下しました。そして、判決文を読み上げた後、本人に向かって次のように説諭しました。
「刑事裁判が終わり、刑に服しても、それで終わりとは思わないように。被害者には終わりがないことを忘れず反省してほしい。被害者の娘さんからの意見陳述でもあったように、自分の発言で遺族がどのような気持ちになったのか、考えるべきである」
■「反省も謝罪もない」裁判官は実刑判決を下した
ところが、こうした裁判官の言葉は加害者の胸には届かなかったようです。
2025年4月、刑期満了まであと約8カ月というタイミングで、関東地方更生保護委員会から届いた一通の書面に、亜季さんは大きなショックを受けたといいます。
「それは、加害者の仮出所が検討されていること、仮出所について私たち被害者遺族に意見を求めるものでした。こちらとしては、禁錮2年8月でも刑期が短かすぎると思っているのに、なぜ、反省も謝罪も一切ない加害者でそれを更に短縮しなければならないのか、理解に苦しみました」
仮釈放を検討しているという通知を受けた亜季さんは、加害者が間もなく出所する可能性があること、出所すればもう二度と本人に気持ちを伝える機会がないことを痛感し、「心情伝達制度」(*1)を使って、刑務所にいる加害者に以下のことを伝えることにしました、
●被害者遺族が加害者の言動でどれだけ傷ついたのか
●反省し、謝罪の気持ちは持っているのか
●助手席で重傷を負った母が、どれ程後遺症に苦しんでいるのか
●裁判長の説諭に対して感じたことはあるか
しかし、それに対して加害者から返ってきたのは、およそ納得し難い言葉でした。
■「覚えていない」「居眠りだからしょうがない」
「収監中の加害者は、裁判長の説諭、私の意見陳述内容は『一切覚えてない』と答え、また、『居眠り運転だからしょうがない』と述べました。また、出所後は、『元の物流会社で運行管理者をやる』とのことでした。
理不尽に家族の命を奪われた側からすれば、到底『しょうがない』など思うことはできません。また、居眠り運転を繰り返し、遂には死亡事故を起こしたドライバーが、出所後、『運行管理者をする』と堂々と遺族に言うとは……、思わず言葉を失いました。彼は何ひとつ反省していないと確信しました」
実は、本件の加害者は、この事故を起こす数カ月前にも、トラックで業務中に蛇行運転をおこない、それを目撃していた第三者から勤務先の運送会社へクレームが入っていたことが警察の調べで明らかになっています。
「調書によれば、そのとき会社の管理者から口頭で注意は受けたものの、これといったペナルティは課されなかったとのこと。この時点で、居眠り運転の危険性をもっと重く見て、具体的な再発防止策を講じてくれていれば……、そう思うと悔しくてなりません」
(*1)令和4年6月に成立した「刑法等の一部を改正する法律」により、刑事施設及び少年院において、申出のあった被害者や御遺族の方々からその心情等を聴取し、矯正処遇・矯正教育に生かすほか、受刑者等に伝達するという制度が新たに導入され、令和5年12月までに施行されることになります。(法務省のサイト『刑の執行段階等における被害者等の心情等の聴取・伝達制度に関する検討会』より抜粋)
■「事故は一瞬、でも苦しみは一生続く」
今回、事故の動画を公開したことについて、亜季さんはその思いをこう語ります。
「まもなく、加害者は刑務所から出所し、元の生活に戻ります。でも、私たち家族は、あの日から、ずっと地獄の中で過ごし、これからもその生活は続きます。
もちろん、『居眠り運転』による事故が、法律上、『過失』であることは理解しています。しかし、私たち遺族にとって、加害者のあの危険極まりない行為は、到底『過失』の範疇には納まりません。悪質な交通事犯への刑罰の軽さも、疑問に思わざるを得ません。
この記事を読み、動画を見てくださった方は、どうか自分を過信せず、体調管理を万全にし、他者への思いやりを持って安全運転をしてください。事故は一瞬です。でもその一瞬で、命も、人生も、未来も、何もかも奪われます。どうかそのことを忘れないで下さい。このような事故が1件でも減ることを願うばかりです」
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柳原 三佳(やなぎはら・みか)
ジャーナリスト・ノンフィクション作家
1963年、京都市生まれ。ジャーナリスト・ノンフィクション作家。交通事故、死因究明、司法問題等をテーマに執筆。
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(ジャーナリスト・ノンフィクション作家 柳原 三佳)
同乗していた妻は意識不明の重傷を負った。事故から3年、遺族が事故の瞬間を記録したドライブレコーダー映像を公開。ノンフィクション作家の柳原三佳さんが、いまも続く遺族の苦しみを取材した――。
■ドラレコが捉えたトラックの異常走行
「何の落ち度もなく、ただ自車線を走行していただけの父と母……。加害者はそんな二人の未来を一瞬にして奪い、私たち家族を地獄の底に突き落としました。なぜ、この事故は防ぐことができなかったのか。ハンドルを握る方々に、『居眠り運転』の現実とその恐ろしさをぜひ知っていただきたいと思います」
そう語るのは、星野亜季さんです。
以下は亜季さんから送られてきた加害トラックと後続車、2つのドライブレコーダー映像を、約1分にまとめて編集したものです(実際の動画には衝突前から10分以上記録されています)。ご覧ください。
「やっぱり、事故った……」
衝突直後、後続車のドライバーが発したその言葉が、全てを物語っています。
加害トラックは、事故の数分前から右へ左へとふらつきながら走行。動画には、トンネルの中で左側の壁にぶつかりそうになる様子に危険を感じた後続車のドライバーが、「離れよう」「ヤバい」と言いながら車間をとる様子も記録されています。
加害者はこのときすでに、第三者から見ても異常な走行をしながら、「逆走」へのカウントダウンを始めていたのです。
被害者夫妻の長女である亜季さんは語ります。
「まずは、この映像を警察に提供し、捜査にご協力くださった後続車のドライバーの方に、感謝をお伝えしたいと思います。私はこれらの映像を、刑事裁判の第二回公判で初めて見たのですが、加害者は制限時速40キロの道にもかかわらず100キロ近い速度で走ったり、ふらふらしながらセンターラインを越えたりして、すれ違う対向車と何度もぶつかりそうになっていました」
■父は1時間後に苦しみながら絶命した
蛇行が始まってから衝突現場までの距離は約10キロ、その間、トラックを左に寄せて休憩をとれる場所は何カ所もありました。
加害者は眠気を自覚し、蛇行運転に陥っていることを認識していたにもかかわらず、自車を停止せず走行を続けました。そして、約10分後、緩やかな左カーブで、制限速度をオーバーしたままブレーキもかけず、そのままセンターラインを越えて対向車線へ突っ込んでいったのです。
「裁判で映像を見た時、事故の場所が近づくにつれ私は心拍数がどんどん上がるのを感じました。そして、最後に響く激しい衝突音と、対向車を押し返すときの金属音、タイヤのスリップ音……。本当に、心臓が握りつぶされるような感覚でした。あの一瞬で、父は両足ともに膝から下がほとんどちぎれ、骨盤骨折、多発内臓破裂、胸のかたちも変形していました。それでも、目撃者の話によると、父はしばらくうめき声をあげていたそうです」
現場には間もなくレスキュー隊が到着しました。しかし、車の損壊は激しく、フロント部分が運転席側に大きくめり込んでいたため、救出までに1時間以上を要したといいます。
「結局、父は苦しみながら死に至りました。そのときの両親の絶望感をどのように表現すればよいのか……。いま思い返すだけでも、息苦しくなります」(亜季さん)
■事故はなぜ起きたのか
事故は、2022年9月21日、京都府笠置町の国道163号で発生しました。
以下は、本件を報じる新聞記事です。
●正面衝突で男性死亡、妻は重体/京都府(「朝日新聞」2022.09.23)
21日午後1時半ごろ、笠置町の国道163号で軽ワンボックスカーと2トントラックが正面衝突し、ワンボックスカーを運転していた奈良市大宮町の無職山本隆雄さん(65)が全身を強く打ち、搬送先の病院で死亡が確認された。助手席に同乗していた妻の倫代さん(65)は頭などを打って重体。木津署は、トラックを運転していた大阪府交野市倉治2丁目の会社員岩瀬徹郎容疑者(41)を自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致傷)の疑いで現行犯逮捕した。容疑を同致死に切り替えて調べている。
署によると、現場は片側1車線のゆるやかなカーブという。
現行犯逮捕された加害者は、警察での取り調べや実況見分で、「居眠り運転をしていたことは間違いない」と認め、強い眠気を催した地点や仮睡してしまった地点などを具体的に指示説明。その後、過失運転致死傷罪で起訴されました。
ところが、刑事裁判が始まると、『記憶にない』『運転中のことは覚えていないが、居眠りの事実は認めない』『前方注視困難になった記憶が無いので停止義務は無かった』と主張し、これまでの供述内容を一転させ起訴事実を完全否認したのです。
そのときの怒りを、亜季さんはこう振り返ります。
「蛇行運転を裏付ける自車と後続車のドラレコ映像のほかに、自分自身の具体的な供述があるにもかかわらず、いざ裁判が始まると、『記憶がない』などと言い、過失を否認し出すのですから、驚くと同時に失望させられました。謝罪も一言もありませんでした。事故を起こしたこと自体にももちろん怒りはありますが、反省も謝罪もない態度に、それ以上の怒りがこみ上げました」
■「記憶にない」と一転否認…加害者が裁判で見せた冷淡な態度
「居眠り運転」は、「過労運転」(違反点数25点)とみなされ、道路交通法上は飲酒や薬物使用時の運転と同じく危険な行為として禁止されています。一方、「わき見運転」は、「安全運転義務違反」となり、罪の重さは「居眠り運転」より格段と軽くなります。加害者が突然供述を変えてきたのは、減刑を意識してのことかもしれません。
しかし、2023年4月21日、京都地裁の増田啓祐裁判官は判決文の中で、
『このような走行をしていた理由としては、被告人が眠気を催し、前方注視が困難な状態になりながら運転していたことが考えられ、かつ、他にそのような走行をしていた理由は現実的には考えられない』
と断じ、
『被告人は、単に本件事故に至るまでの状況について記憶がないと述べるだけでなく、前記の通りドライブレコーダーの映像等から当時被告人が眠気を催していたことは明らかであるのに、これを前提としても本件過失責任を認めないかのような供述ないし主張もしており、被告人が述べる反省の言葉や被害者側宛の手紙に記した謝罪等が真摯な内容等に基づくものか疑問があるが、その点を考慮するまでもなく被告人は上記の通り実刑を免れない』
と、加害者の法廷での態度を厳しく糾弾し、禁錮2年8月の実刑判決を下しました。そして、判決文を読み上げた後、本人に向かって次のように説諭しました。
「刑事裁判が終わり、刑に服しても、それで終わりとは思わないように。被害者には終わりがないことを忘れず反省してほしい。被害者の娘さんからの意見陳述でもあったように、自分の発言で遺族がどのような気持ちになったのか、考えるべきである」
■「反省も謝罪もない」裁判官は実刑判決を下した
ところが、こうした裁判官の言葉は加害者の胸には届かなかったようです。
2025年4月、刑期満了まであと約8カ月というタイミングで、関東地方更生保護委員会から届いた一通の書面に、亜季さんは大きなショックを受けたといいます。
「それは、加害者の仮出所が検討されていること、仮出所について私たち被害者遺族に意見を求めるものでした。こちらとしては、禁錮2年8月でも刑期が短かすぎると思っているのに、なぜ、反省も謝罪も一切ない加害者でそれを更に短縮しなければならないのか、理解に苦しみました」
仮釈放を検討しているという通知を受けた亜季さんは、加害者が間もなく出所する可能性があること、出所すればもう二度と本人に気持ちを伝える機会がないことを痛感し、「心情伝達制度」(*1)を使って、刑務所にいる加害者に以下のことを伝えることにしました、
●被害者遺族が加害者の言動でどれだけ傷ついたのか
●反省し、謝罪の気持ちは持っているのか
●助手席で重傷を負った母が、どれ程後遺症に苦しんでいるのか
●裁判長の説諭に対して感じたことはあるか
しかし、それに対して加害者から返ってきたのは、およそ納得し難い言葉でした。
■「覚えていない」「居眠りだからしょうがない」
「収監中の加害者は、裁判長の説諭、私の意見陳述内容は『一切覚えてない』と答え、また、『居眠り運転だからしょうがない』と述べました。また、出所後は、『元の物流会社で運行管理者をやる』とのことでした。
理不尽に家族の命を奪われた側からすれば、到底『しょうがない』など思うことはできません。また、居眠り運転を繰り返し、遂には死亡事故を起こしたドライバーが、出所後、『運行管理者をする』と堂々と遺族に言うとは……、思わず言葉を失いました。彼は何ひとつ反省していないと確信しました」
実は、本件の加害者は、この事故を起こす数カ月前にも、トラックで業務中に蛇行運転をおこない、それを目撃していた第三者から勤務先の運送会社へクレームが入っていたことが警察の調べで明らかになっています。
「調書によれば、そのとき会社の管理者から口頭で注意は受けたものの、これといったペナルティは課されなかったとのこと。この時点で、居眠り運転の危険性をもっと重く見て、具体的な再発防止策を講じてくれていれば……、そう思うと悔しくてなりません」
(*1)令和4年6月に成立した「刑法等の一部を改正する法律」により、刑事施設及び少年院において、申出のあった被害者や御遺族の方々からその心情等を聴取し、矯正処遇・矯正教育に生かすほか、受刑者等に伝達するという制度が新たに導入され、令和5年12月までに施行されることになります。(法務省のサイト『刑の執行段階等における被害者等の心情等の聴取・伝達制度に関する検討会』より抜粋)
■「事故は一瞬、でも苦しみは一生続く」
今回、事故の動画を公開したことについて、亜季さんはその思いをこう語ります。
「まもなく、加害者は刑務所から出所し、元の生活に戻ります。でも、私たち家族は、あの日から、ずっと地獄の中で過ごし、これからもその生活は続きます。
居眠り運転、ながら運転、飲酒運転、スピード違反等、悪質運転にはさまざまありますが、『今まで大丈夫だったからこれからも大丈夫』『自分は事故を起こさないだろう』と、こうした行為を甘く考える人たちが違反を繰り返した末に重大な事故を起こし、何の非もない人々を巻き添えにします。私は両親を死傷させた加害者の言動を見聞きし、そのことを痛感しています。
もちろん、『居眠り運転』による事故が、法律上、『過失』であることは理解しています。しかし、私たち遺族にとって、加害者のあの危険極まりない行為は、到底『過失』の範疇には納まりません。悪質な交通事犯への刑罰の軽さも、疑問に思わざるを得ません。
この記事を読み、動画を見てくださった方は、どうか自分を過信せず、体調管理を万全にし、他者への思いやりを持って安全運転をしてください。事故は一瞬です。でもその一瞬で、命も、人生も、未来も、何もかも奪われます。どうかそのことを忘れないで下さい。このような事故が1件でも減ることを願うばかりです」
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柳原 三佳(やなぎはら・みか)
ジャーナリスト・ノンフィクション作家
1963年、京都市生まれ。ジャーナリスト・ノンフィクション作家。交通事故、死因究明、司法問題等をテーマに執筆。
主な作品に、『私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群』(講談社)、『自動車保険の落とし穴』(朝日新書)、『開成をつくった男 佐野鼎』(講談社)、『家族のもとへ、あなたを帰す 東日本大震災犠牲者約1万9000名 歯科医師たちの身元究明』(WAVE出版)、『真冬の虹 コロナ禍の交通事故被害者たち』(若葉文庫)などがある。また、児童向けノンフィクション作品に、『泥だらけのカルテ』『柴犬マイちゃんへの手紙』(いずれも講談社)などがある。■ウェブサイト
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(ジャーナリスト・ノンフィクション作家 柳原 三佳)
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