「ぶつけた覚えはない」「そもそも傷なんて見えない」。そんな利用者の声を無視するように、レンタカー会社から数万円を請求されるケースがある。
米大手レンタカー会社が導入した“AIスキャナー”は、1ミリ単位の傷まで検出。容赦なく「損傷」として請求するシステムを稼働させ、利用者の間で波紋が広がっている――。
■まさかの高額請求、レンタカー利用者に広がる波紋
今年7月4日、ニューヨーク州在住のケリー・ロジャース氏夫妻はアトランタ空港で、レンタカーを借りた。その際の出来事が、利用者の間で波紋を呼んでいる。
夫妻は親族の結婚式に出席するため、家族を送迎できるミニバンをレンタルした。ニューヨーク・タイムズ紙によると、往復の運転は何事もなく終わり、アトランタ空港で車を返却した際も、夫妻は車体を点検して損傷がないことを確認したという。記事によるとレンタカー会社の従業員も返却時に車両を検査したが、特に問題はないとした。
ところが、夫妻が返却手続きを終え、空港の保安検査を通過した直後のタイミングで、利用していたレンタカーのアプリから通知が届いた。システムが自動的に、助手席側のフロントドアにへこみを検出したというのだ。
請求額は195ドル(約2万9000円)。内訳は損傷に対する修理費用として80ドル(約1万2000円)と、請求処理にかかる費用や損傷の検出・見積もりコストとして115ドル(約1万7000円)の手数料だった。迅速な支払いを促すかのように、1日以内に支払えば130ドル(約1万9000円)に減額するとの案内も添えられていた。

ロジャース氏は請求内容を見て困惑した。問題の箇所の写真をアプリで確認したものの、本当の傷なのか照明の加減による影なのかすら判断が難しいほどの小さなものだったと語っている。肉眼では確認が難しいほどの微細な「損傷」で、日本円で約3万円もの請求を突きつけられたわけだ。
夫妻はカスタマーサービスに連絡を取り、料金の取り消しを求めている。レンタカー会社の広報担当者は、この件を検証したところ、新たなへこみであることが確認されたと主張している。
■「5倍の損傷を検出、6倍の収益を生む」
夫妻が利用したレンタカー会社は、大手チェーンの米ハーツ(Hertz)だ。同社が導入したAIスキャナーシステムは、イスラエルの新興企業ユーブイアイ(UVeye)社が開発した。
このシステムはレンタカー店舗に専用の車両ゲートを設け、レンタカーの受け取りと返却時の計2回、車両をスキャンする。数千枚の高解像度画像を全方位から撮影し、AIがこれらを比較・分析。ハーツ社の広報によると、システムが損傷リポートを自動的に作成・顧客に送信するという。顧客から異議があった場合にのみ、従業員が報告書を確認する。
開発元のユーブイアイ社は自社ウェブサイトで、「手動チェックの5倍の損傷を検出」でき、「発見した損傷の請求総額が6倍になる」とうたっている。
人間の目では見逃されていた微細な傷まで発見し、それを収益源にする技術として売り込んでいる。
ハーツ側はシステム導入の狙いを、透明性と公平性を高めるためだと説明している。全米日刊紙のUSAトゥデイによると、同社の広報担当者は「この技術でスキャンした車両の97%以上は請求対象となる傷がなく、ほとんどの貸し出しで問題は起きていない」と述べている。
前の利用者が付けた傷なのか、今回の利用で生じた傷なのかをはっきり区別できるため、顧客は不当な請求を受けることがない――と同社は利点を強調する。
しかし、米自動車専門メディアのカー・スクープスが指摘するように、顧客には不安が広がっている。現在このシステムは、アトランタのハーツフィールド・ジャクソン国際空港、ヒューストンのジョージ・ブッシュ国際空港、シャーロット・ダグラス国際空港、フェニックス・スカイハーバー国際空港、タンパ国際空港、ニューアーク・リバティ国際空港の6カ所で稼働している。同誌によればハーツは、年内に100拠点への拡大を計画しているという。
■3センチ未満の傷で6万5000円
アトランタ空港では、さらに高額な請求事例が発生した。
ある利用者は、ハーツ傘下のスリフティで借りた車を返した直後、アプリで通知を受けた。USAトゥデイ紙によると、運転席側後輪のタイヤにある1インチ(約2.5センチ)の擦り傷をAIスキャナーが検出。縦列駐車で縁石にこすってできるような、ごく一般的な傷だ。
この利用者は、修理費として250ドル(約3万7000円)、処理費として125ドル(約1万8000円)、そして管理費として65ドル(約9600円)、合計440ドル(約6万5000円)の請求を受けた。
国際ニュースメディアのIBタイムズ英国版も同じ内訳を報じており、2日以内なら52ドル(約7600円)割引、1週間以内なら32.50ドル(約4800円)の割引を与えるとの通知もあったという。
思わぬ請求を受けたこの利用者は、サポートと連絡を取ろうとした。だが、チャットボットから先に進めず、人間の担当者にはついにつながらなかったという。
異議申し立てを行えば担当者に再審査を求めることもできたが、利用者はそこまで制度を熟知していなかった。通常の「お問い合わせ」リンクからメッセージを送信したところ、返事が来るまで10日もかかったという。時間が経てば割引も受けられなくなる仕組みとなっており、利用者は苦い思いをしたことだろう。
■ビデオで証拠を押さえても取り合ってもらえない
今年7月下旬、10年来ハーツを愛用してきたという顧客も、予想外の仕打ちを受けた。
ユーザー名「Akkasca」を名乗るこの利用者は、海外ネット掲示板のレディットに、ヒューストンのジョージ・ブッシュ国際空港で車を返した際の出来事を綴った。
返却の直後、アプリで「損傷を検出」の通知が鳴った。同氏は心配になり、シャトルバスを降りて荷物を全部持って駐車場に戻り、車両を確認したという。この件を報じたカー・スクープスに対して同氏は、「10年間ハーツを利用してきて、いつも車を良い状態で返してきました」と述べ、信頼関係を築いてきた同社への困惑を隠さない。
AIが指摘した損傷箇所を確認したところ、どう見ても無傷だったという。
「まったく問題なかったんです。損傷など影も形もなかった」と同氏は述べている。その場でビデオを撮り、車の状態を記録したが、動画でも傷らしきものは何も見当たらなかった。
サポート体制にも問題があったようだ。従業員も上役もみな「AIスキャナーの問題だ」と責任逃れをし、カスタマーサポートに連絡するよう促したという。「請求について何の権限もない」と主張する彼らの態度からは、人間の判断が入り込む余地のないシステムであることがよくわかる。カスタマーサポートの電話担当者も「何もできない」と繰り返すばかりだった。
そればかりか、この利用者によれば、同じ車に前の利用者がつけた傷があったが、AIはそれを見逃していたという。これが本当なら、システムの信頼性そのものに疑問符が付く。借りる前からある傷を明確にできるシステムとは名ばかりということになる。
■「この店舗は避けるべき」自衛策を迫られる旅行者たち
こうした状況を受けて利用者たちは、ネット上で盛んに情報交換をし、不当な請求から身を守るための自衛策を議論している。
IBタイムズ紙によると、レディットやフェイスブックなどのソーシャルメディアでは、顧客たちが「人間の目では見えないような小さな車両の損傷を見つけ出し、高額な料金を課している」と批判し、ハーツのボイコットを呼びかけている。

カー・スクープスによると、レディットのユーザーたちはAIスキャナー設置の空港店舗のリストを共有し、入念すぎるAIチェックを回避する戦略について議論しているという。
対策用のアプリで護身するユーザーもいる。ニューヨーク・ポスト紙は、対策の指南記事を掲載。アップルのiOSユーザーであれば「Proofr」と呼ばれるAI搭載アプリを利用するよう勧めている。
機械学習でレンタル前後の車両の状態をチェックできるアプリで、自分で証拠を確保しておく手段として注目されている。ただしカー・スクープスは、こうした証拠をハーツが認めるかは分からないと注意を添えている。
AI検査はアメリカだけでなく、イギリスにも広がっている。英テレグラフ紙によると、レンタカー大手のシクスト(Sixt)社がロンドンのヒースロー空港で、仏プルーヴステーション(ProovStation)社製のAIスキャナー「カーステーション(CarStation)」を導入している。
同社のガブリエル・ティサンディエCEOはソーシャルメディアのリンクトインで、この技術で「レンタカーの透明性と信頼が刷新される」と投稿。同スキャナーは「車を1ミリ単位でスキャンし、あらゆる損傷や変化を見逃さない」とうたう。
■日本人旅行者にはさらなる負担に
英国車両レンタル・リース協会(BVRLA)の広報担当者は、「アメリカで車両損傷スキャナーの使用が拡大しており、イギリスでも導入が始まっている」と認めた上で、利用者にすぐ結果が分かる利点もあると述べている。
しかし現実には、レンタカー利用の負担が増えている形だ。
これまでであれば社会通念上請求対象とならなかった傷についてまで、AIの執拗な検査で請求される。回避するには、どの店舗にシステムが導入されているか、ネットでの情報収集が欠かせない。
日本からアメリカへ向かう旅行者にとっても、この問題は他人事ではないだろう。レンタカーを借りる際、利便性を考えれば、空港で借りるケースも少なくない。
言語の壁がある日本人旅行者は、とりわけ不利になる。返却後に突然「損傷を検出」の通知を受けても、英語でのやり取りに不慣れな場合、適切に主張を伝えることは難しい。チャットボットとの会話、カスタマーサービスへの電話、現地スタッフとの交渉など、すべて英語でやり取りしなければならない状況で、傷について反論することは相当な負担になる。
今のところ確実なのは、残念ながらハーツを避けることだ。しかし、「収益が6倍になる」とうたわれている技術だけに、他社も追いかける可能性は否定できない。また、イギリスにもすでに導入されていることから、日本国内のレンタカー店舗に導入が広がる日も遠くないのかもしれない。

----------

青葉 やまと(あおば・やまと)

フリーライター・翻訳者

1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

----------

(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
編集部おすすめ