チームのメンバーが伸び伸びと力を発揮するには何が必要か。らしさラボ代表の伊庭正康さんは「私が若手課長として、ある会社に出向した時に“優秀な営業”として紹介されたHさんは、仕事のプレッシャーから消費者金融で800万円借りて架空受注し、自主的に退職することになった。
こうならないためにも、上司が『安心して話せる空気』を意図的につくることが必要だ」という――。
※本稿は、伊庭正康『リーダーの「任せ方」の順番 部下を持ったら知りたい3つのセオリー』(明日香出版社)の一部を再編集したものです。
■プレッシャーに追い詰められた優秀な営業の末路
Psychological safety(心理的安全性)「やったふり」と「不正のワナ」を予防する

私がリーダー研修で、必ず伝えている法則があります。それは、「心理的安全性がない職場では、人は本音を隠し、やったふりをする」ということ。心理的安全性とは、誰が何を言っても“安心・安全”が保証されることを指します。
あなたの職場を見渡してください。
帳尻を合わせるような、報告やレポートはないでしょうか?
もちろん、プレッシャーを感じることは大事です。
ただ、それは心理的安全性が担保されてこそ。
さもないと、「やったふり」が、あなたの知らないところで横行します。
これがエスカレートすると、中には超えてはいけない“改ざん” “虚偽”などの「不正」に足を踏み入れる人も出てくるのです。
生々しい話をしますね。もう、時効になった話なのでOKでしょう。

私が若手課長として、ある会社に出向した時のことでした。
その時、“優秀な営業”として紹介されたのがHさん。
Hさんは、主要な顧客を任され、大きな目標を課されていました。
しかし、私は、すぐ違和感を持ちました。
なぜか、複数の顧客からの入金が数日、遅いのです。彼女の顔色もどこか悪い……。
私が直接、顧客に確認をしたところ――
彼女が顧客に代わって、自分のお金で賄っていたことが発覚しました。「架空受注」です。
その額は800万。消費者金融で借りて払っていました。
会社での事情聴取でHさんは、こう言ったそうです。
「目標を外すわけにもいかず、責任を感じて、ついしてしまった」
Hさんが架空計上に手を染めたのは、私の前任課長の時でしたので、私は懲戒になることはなかったのですが、前任課長は、厳重注意の懲戒処分を受けることに。

理由は、管理不行き届きでした。そして、Hさんも自主的に退職することに……。
■心理的安全性をつくる“3つの心得”
こうならないために、やるべきことがあります。
やはり、上司が「安心して話せる空気」を意図的につくることです。
私が現場で実践し、研修でも紹介する対話法を紹介しましょう。
1.「言い訳」を否定せず、学びに変える
「言い訳するな」と思いたくなるのは普通ですが、あえて「言い訳」を否定せず、5分程度は、聞くことだけに徹してください。「そうか、それで、どうして」とただ聞くだけでOK。「言い訳」は、部下の「言い分」でもあるのです。
「言い分」を一通り聞いたら、「学び」の会話にシフトします。
「そこから、どんなことが考えられる」「次は、どんな風にするのがいいかな」と。失敗を「学び」に変えて、部下は安心して挑戦できるようになります。
2.あえて「弱み」を見せる
心理的安全性を担保する大きなカギは、「リーダーの自己開示」。

特に、上司の失敗談や恥ずかしい話は、親近感につながり、一気に安心感が芽生えます。実は、完璧さより、「弱さを見せられる上司」のほうが、うまくいきます。
3.「多様性」を尊重する
たとえば、「仕事がツラい=やる気がない」なんて決めつけないことも大事。
「そういう人もいる、以上」、このように割り切る感覚を持つことも重要です。
「自分が正解」と思っている上司ほど人事からの評価は低い、それが、研修先の人事から伺う実感です。
今は、価値観の違いを否定しないことが、安心して働ける土台をつくるからです。
任せる際は、モチベーションの観点だけではなく、リスクマネジメントの観点からも「心理的安全性」をセットで考えておきましょう。
■ご褒美では本気になれない
Ownership(自己決定感)部下に「執着心」を授ける

「どうしたら、部下が自ら動くようになるのか?」
この問いに、多くのマネジャーが悩みます。
答えは案外シンプル。「内発的動機づけ」を担保すること。
「評価されるからやる」

「報酬があるから頑張る」
――これは外発的動機づけ。
「面白いからやる」

「自分で決めたから頑張る」
――これが内発的動機づけ。

そして、人は外発より、内発で動いた時にこそ、もっとも強く、長く、深くコミットします。心理学者エドワード・デシとリチャード・フラストが著した『人を伸ばす力内発と自律のすすめ』で述べられている面白い実験を紹介しましょう。
2つのグループに分かれて、同じパズルを解いてもらいます。
・Aグループには「パズルを完成させるごとに1ドルの報酬」を与えるので、頑張りなさい、と指示。

・Bグループには報酬はありませんが、「自分たちが、とことん考え、納得できるパズルをつくってください」と指示。考えさせることに重きを置きます。
さて、両グループに休憩時間を与えると、Aグループは誰もパズルに手をつけません。
しかしBグループは……なんと、休憩中にもブロックを触り続けたのです。
任せる際、いかに内発的動機づけを担保するのかが、カギとなることがわかります。
■自己決定感を担保する対話とは
つい私たちは、任せる前に「正解」を言いたくなります。
「こうしたほうがいいよ」

「これが正解だよ」
――でも、それでは内発的動機づけを担保できません。
私にも、上司の親心で、かえってやる気を失った経験があります。

「そこまでは、伊庭が考えなくていいよ。こちらで全部、やっておくから。伊庭は、これをしておいてくれたらいいよ」
任せてくれないんだ……と憎々しく感じたものです。
では、どうすべきなのか。
「どう思う?」「どうしたらいいと思う?」と先に尋ねること。
つまり、任せる側の考えは後から言う、“後出しジャンケン”が鉄則なのです。
自分で考え、自分で選んだ、という感覚。
これこそが、自己決定感の源泉だからです。
もちろん、間違いに気付かせるのも上司の役割。
ただし、その時にすべきは、すぐに答えを与えることではありません。
「それ、本当に実現できそう? 時間切れの不安はないかな?」

「もしこの部分が失敗したら、どうリカバリーする?」
そんな問いかけで、気付きを引き出すようにしてみてください。
それが任せるという行為の、真の価値を高めるのです。

「自分で考え、自分で選び、自分で動く」ための対話こそが、任せる時の対話の鉄則です。
■部下も上司も学習の機会を得られる「経験学習モデル」
Wrap-up(振り返り)先に「振り返り」のタイミングを決めておく

「任せれば、人は成長する」、確かにそれは正論です。
ですが、現実はそう甘くありません。いろいろと準備をして任せても成長していない人は少なくありません。ほとんどの場合、本人に問題があるのではなく、「経験を学びに変える」対話がないことが原因であることが多いのです。
予め「振り返りの機会」を必ずセットしておきましょう。
部下にとっての学習だけでなく、あなたにとっての学習の機会にもなるはずです。
教育心理学者のデイヴィッド・コルブ氏が提唱する「経験学習モデル」は参考になります。次のサイクルを通じて、人ははじめて“学び”を自分のものにするという、有名な理論です。
Step1 経験してみるStep2 振り返る
Step3 学びに仕立てる
Step4 試行する

■経験を学びに変える4つのプロセス
ある一例をみてみましょう。
Step1 経験してみる
・若手の部下にチームミーティングの司会進行を任せる。
・しかし、時間配分がうまくいかず、議論もまとまらない状況に陥ってしまう。
Step2 振り返る
・実施後、上司が振り返りに関わる。
「やってみてどうだった?」(本人の自己評価を確認)
「想定したより、難しかったところは?」
「もう一度やるなら、どう工夫してみたい?」と、対話で本人に気付きを与える。
Step3 学びに仕立てる(意味づける)
・ここから得られたことを本人に考えてもらう。
「今後の成長に向けて、何を学べた?」
Step4 試行する(もう一度やってみる)
・次にやるべきことを決め、挑戦。
いかがでしょう。このような機会がないと、部下の中に「気付き」が生まれないことがわかりますよね。
経験を学びに変える最大のきっかけは、Step2~3の「振り返り」「学びに仕立てる」プロセスです。
まず、任せる際は、「振り返り」の機会を必ずセットしましょう。
このプロセスを踏襲することで、「任せる=育成」に変わるのです。
■「誰かのため」は、エネルギーになる
Essence(意義・重要性)人を本気にさせる「利他性」の魔法

想像してください。
あなたが忙しさを感じている時、
「今度、ミーティングの司会をお願いできますか?」
そんな言葉をかけられた時、あなたはどんな気持ちになりますか?
面倒だな、と思いませんか。
でも、そこに“意味”や“誰かの役に立つ感覚”が加わったらどうでしょう?
「あなたなら、みんなが意見を言いやすくなると思うんだ。だから、あなたにお願いしたい。どうかな?」
そんなふうに言われたら、どうでしょうか。
誰かのためになると思えた瞬間、前向きなエネルギーが湧いてきませんか?
この「誰かのために」が、実は人を動かす最強の原動力であることを任せる側は知っておくべきでしょう。
社会心理学者ダニエル・バトソンが提唱した「共感‐利他性仮説」も、それを裏づけています。
「共感利―他性仮説」とは、人は“共感”を感じた時、自己利益を超えて他者のために行動できるという考え方。そしてこれは、ビジネスの現場、特に「人に仕事を任せる場面」でも十分に応用できる考え方です。
■人を動かすには、「大義」が必要
私がリーダーシップ研修の際に提唱している法則をご紹介しましょう。
「They Before After」の法則です。
人を本気で動かすための、シンプルかつ強力なメソッド。
特に、“誰かに仕事を任せる時”にこそ、その真価が発揮されます。
人を動かすには、「大義」が必要です。
人は、ただ「やれ」と命令されて動くわけではありません。
「なぜそれをやるのか」「誰のためにやるのか」――この“矢印”が自分の外に向いた時、人はもっとも力を発揮します。
つまり、「誰かのために」という理由が、行動の燃料になるのです。
このことを、私は自分の経験からも痛感しています。
まだ私が部下の立場だった頃の話です。
ある日、当時の上司からこう告げられました。
「伊庭、この顧客を担当してほしい」
そのお客様は、社内でも“クセが強い”ことで有名な会社。
担当者が疲弊しやすく、関わりたくないという空気すら漂っていた相手でした。
正直、私も「なぜ自分が……」という思いがありました。
上司はこう言いました。
「このお客様は伊庭が担当してほしい。実は、このお客様は離職が多いなど、課題が山積しているんだ。でも、社長は上場を本気で目指している。
今のままではムリ。なので、俺のところにも相談がくる。
伊庭なら、経営のパートナーになれる。経験も実績もある。
君が担当してくれたら、この会社は変わる可能性がある」
■「They―Before―After」で、任せ方が変わる
それまでは「面倒な仕事を押しつけられた」と感じていたのが、
「自分にしかできない大事な役割を任された」に変わった瞬間でした。
このやりとりにこそ、「They Before After」の本質が詰まっています。
「They」――“誰か”のため
「あなた(You)のため」「会社(We)のため」ではなく、「誰か(They)のため」。
「Before」――相手の困っている状態
その“誰か”が、今、どのような状態になっているのか。
「After」――任せた結果、どう未来が変わるかを描く
あなたの関わりによって、その“誰か”が、どのような未来を手に入れるのか。
この「They Before After」の法則があるかどうかで、伝わり方は180度変わります。
実は、経営者はこの法則を知っています。
あなたの会社の理念も、きっと「顧客のために」「社会のために」という「誰かの未来を創造する」といった文脈で語られているはずです。
これが人を熱くする絶対のセオリーだからです。
しかし、現場のリーダーになると、この「大義」が置き去りにされてしまうことが多いのです。
「今度、会議の司会を頼む!」「このお客様を担当してほしい」
そんな言葉では、忙しい部下の心は動きません。
大義を伝えることで、頼まれた側は「自分の出番だ」と感じるようになります。

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伊庭 正康(いば・まさやす)

らしさラボ代表

1991年、リクルートグループ入社。営業部長、フロムエーキャリア代表取締役を歴任後、2011年に研修会社らしさラボを設立。YouTubeチャンネルでも営業のノウハウを配信中。近著に『超効率的に結果を出す テレアポ&リモート営業の基本』(日本実業出版社)がある。

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(らしさラボ代表 伊庭 正康)
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