長生きするために必要不可欠なことは何か。医師の和田秀樹さんは「長生きするために何をするのがもっとも有効なのかは未だ解明されていない。
ただ、日本人の死因のトップで日本人の3人に1人は『がん』で亡くなっているという事実は決して無視できない」という――。
※本稿は、和田秀樹『65歳、いまが楽園』(扶桑社)の一部を再編集したものです。
■血圧を下げても長生きできるとは限らない
薬を使ってまでも血圧や血糖値を基準値まで下げさせようと躍起になる医者はたくさんいますが、少なくとも日本では未だにそれらに関する大規模な調査は行われていません。「血圧や血糖値を基準値内で維持した人のほうが長生きできる」という明確なエビデンスは実際には存在しないのです。
血圧に関して言うと、たしかにアメリカでは、もともと血圧が高かったシニアの人(平均年齢が72歳で上の血圧の平均が170mmHGの人たち)を、血圧を下げる薬を飲む群と偽薬を飲む群に分けて5年間フォローアップした比較検査があり、薬で血圧を下げれば脳卒中の発症率が8.2%から5.2%に下がるというエビデンスが得られています。
ただ、体質や食生活がアメリカ人とは違う日本人にも同じことが言えるとは限りません。そもそも薬を飲んで血圧を下げても5%以上の人が脳卒中になり、薬を飲まなくとも90%以上の人が脳卒中になっていないのです。
海外では普通に使われている薬が、日本で認可が下りるまでに長い時間を要するのも、その薬が本当に日本人にも効くのか、思いがけない副作用が起きたりしないかを確かめるための治験を重ねることが義務付けられているせいです。
よしんば日本人で同じ結果が得られたとしても、はっきりするのは、「血圧を下げれば脳卒中の発症率が下がる」ということだけです。ほかの病気も含めた全体の死亡率が下がるとまでは言えません。
つまり、血圧を下げたからといって必ずしも長生きできるとは限らないのです。
■「基準値まで下げておくこと」のデメリットも
血圧や血糖値が高すぎるのは良くないとされ、生活習慣を改善するとか薬を使うとかで、とにかく下げなくてはいけないという風潮があります。

これらの数値が高いことで弊害が生じる人は確かにいますし、極端に高い場合は当然治療も必要でしょう。
だから、そのおかげで長生きできるかどうかは別として、数値をコントロールすることがまったく無意味だとまでは言いません。
ただし、「基準値まで下げておけば損はない」と考えるのは早計で、デメリットが一切ないわけではありません。
多少なりとも動脈硬化が進んでいるシニアの方は血圧がそれなりに高くないと血流を維持することはできないですし、実際に降圧剤のせいで脳の血管が詰まって起こる脳梗塞が増えるという調査結果がいくつも出ています。
血糖値を無理に正常値まで下げようとすると低血糖に陥ってしまったりします。ある大規模調査では、そのようなケースが16%以上になるという結果にもなっています。
その結果、頭がぼーっとしたり、体がふらついたりして、元気なシニア世代ではいられなくなってしまう可能性だってあるのです。それどころか交通事故の原因にもなります。
■薬を飲んでぼんやりし、気力が奪われた経験
特にシニアの方の場合、血圧や血糖値が高めの人のほうが押し並べて元気で、生き生きとした毎日を送れている、というのが老年医療に長く関わってきた私の率直な印象です。
私自身も、放っておくと上の血圧が200を超えることがあり、そこまで高くなると流石(さすが)に心臓に負担がかかると言われて、薬を飲んで正常値まで下げていたこともあるのですが、頭がぼんやりして仕事が進まず、外に出かける気力も奪われました。
いまは薬の量を減らしてやや高めの160~170mmHGをあえて維持しているのですが、そのおかげで毎日を生き生きと過ごせています。
血圧が高いとか、血糖値が高いとか、あるいはコレステロール値が高い、みたいな話は健康診断や人間ドックなどで指摘されることが多いでしょう。

日本には、「労働安全衛生法」という法律があり、社員に健診を受けさせるのは雇用主の義務なので、会社にいる間は健診を受けさせられることになります。また、会社員でない人も自治体からお知らせが届いて「積極的に健診を受けましょう」と呼びかけられるので、「健康診断を受けることこそが健康や長生きの第一歩」だと思い込んでしまいがちです。
■自分が健康かどうかは、自分で判断する
でも、体調の悪さを訴えているわけではない人に対して、半強制的に健康診断を実施している国は日本以外にありません。
そういう文化があるせいで日本人は、自分が健康かどうかを判断するのに、血液検査などの数値が基準値内にあるかどうかといった客観性ばかりを求めがちです。こうやって数値との追いかけっこを繰り返し、基準値内にあれば「健康」であるかのように思い込んでいるわけです。
「基準値」というのは「健康と思われる人の平均」から設定される相対評価に過ぎません。簡単に言えば、他人と比べて高いか低いかというだけの話であって、数字そのものがその人の健康状態の良し悪しを決めるものではないのです。
そもそもの話、血圧や血糖値がきれいに基準値内におさまっていたとしても、頭がぼーっとしてなかなかやる気が起きず、やりたいこともできなくなる状態は、果たして本当に健康なのでしょうか?
私はそうは思いません。
だから、自分が健康かどうかは、基本的に自分で判断すると決めています。数値がどうであれ、好きなことを楽しめて快適にそして元気に過ごせているなら、それこそがすなわち「健康」なのだと思っているのです。
■「異常値のまま」だと本当に死亡リスクは高まるのか
不調が出ないうちに病気の兆候を見つけ出し、早めに対処することで脳卒中や心筋梗塞などの深刻な疾患になるのを未然に防ぐという健康診断の建前を信じている方は、私の言うことに納得がいかないかもしれません。
それなりの対処をすれば、「異常」とされた数値が基準値内に「改善」する可能性は高いですし、些細(ささい)な「異常」のうちに対処するほうがより早く「改善」できるのは間違いないでしょう。

しかし、ノルウェー・コクランセンターのLasse T Krogsboll氏らによる2012年11月20日付のBMJ誌(世界で最も権威ある臨床医学雑誌)電子版での報告によると、健診を受けた人と受けなかった人で、全体の死亡率、心臓病、脳卒中、がんによる死亡率に差は見られませんでした。つまり、健康診断を受けたからといって死亡率が下がるというわけではないのです。
ちなみに、日本のメタボリックシンドロームの健康診断で、生活習慣病のリスクが高いと判断されて保健指導の積極的支援を1年間受けた人は、受ける前に比べて腹囲や体重が減り、血圧や血糖値、脂質の数値が「改善」したという研究結果が報告されています。
ただし、わかっているのはここまでです。
「腹囲や体重が減り、血圧や血糖値、脂質の数値が改善したこと」が「全体の死亡率を下げることにつながったのか」はおろか、それによって「脳卒中や心臓病の予防効果があったのか」ということさえ、調べられていません。
要するに、健康診断大国であるはずの日本には、「異常値」のままだと本当にその後病気になるとか、死亡リスクが高まるといった明らかなエビデンスは存在しないのです。
■日本人の死因トップ「がん」だけは無視するな
私自身も含め、いろんな人が「長生き」をテーマにした本をたくさん書いていますが、何が本当に長生きをもたらすのかは、実は完全にはわかっていません。
なぜなら死因は一つではないですし、ある病気のリスクを下げるための対策が、別の病気のリスクを上げることもあるからです。
医療の介入がない人たちのほうが、いろんな病気のリスクが少なかったという「フィンランド症候群」という現象は統計上認められているのですが、いずれにしても長生きするために何をするのがもっとも有効なのかは未だ解明されていません。
ただ、日本人の死因のトップが「がん」であり、日本人の3人に1人はがんで亡くなっているという事実は決して無視できないことだと思います。
がんを遠ざけるのはなんと言っても免疫力です。
そして、「健康的」とされる生活習慣にこだわるあまり、好きなものを我慢せざるを得なくなればどうしてもストレスが溜まるので、それによって免疫力が落ちてしまう可能性は高いです。

たとえば、私もラーメンを一切食べないことにして塩分の摂取量を減らせば、それに伴い血圧を下げられるのかもしれません。その結果、心血管疾患のリスクが多少下がることがあったとしても、大好きなラーメンを我慢しなくてはいけないというストレスに苦しむことは目に見えています。
そういう理由で免疫力が落ちてがんになり、結果として早死にしてしまう人は決して少なくないのではないでしょうか。その結果、がんが日本人の死因の1位になっているのではないかと私などは思ったりするわけです。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。
2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。

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(精神科医 和田 秀樹)
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