※本稿は、多田文明『人の心を操る 悪の心理テクニック』(イースト・プレス)の一部を再編集したものです。
■相手の口から自然に情報が出てくるように仕向ける
「聞く」7割「話す」3割で会話する×「この商品はいかがでしょうか!」
◯「最近はどのような商品を使っていますか?」
近年、組織的な詐欺による被害が深刻になっています。息子になりすます「オレオレ詐欺」、保険料を払いすぎているからお金を戻しますと嘘をついて逆にATMでお金を振り込ませる「還付金詐欺」など、昔からある手口は、今もなお多くの被害を引き起こしています。手口を知っているはずなのに、なぜだまされてしまうのでしょうか?
詐欺師の電話というと、一方的に話を進められてだまされるという印象を持つ方が多くいますが、詐欺電話の最初の段階では話を聞くことに時間を費やしています。
このような話を聞いて情報を収集するアポイント電話(アポ電)で詐欺師たちは相手の口から自然に情報が出てくるように仕向けます。
例えば、手に入れた名簿をもとに高齢女性の家に家族をかたって電話をかけてきたとします。「オレだけど」といわれると、高齢女性はつい「○○かい」と息子や孫の名前を口にしてしまいがちです。
そして息子や孫になりすました詐欺師は「今、一人なの?」などと尋ねて「おじいさんは出かけていて夕方帰ってくるからね」というように家族構成の情報を巧みに引き出します。この場合、高齢者世帯で二人暮らしである可能性が高いことを詐欺師に把握されてしまうわけです。
さらに「このところ寒いから心配だけど、体は大丈夫?」などと聞いて、現在の様子や、本人の性格も把握しようとします。そしていったん、電話を切ります。
詐欺グループはアポ電で取得した情報を通じて、どのようにして高齢女性をだますのかを考え、その後に詐欺におとしめる本番の電話をかけてくるわけです。
■相手のニーズを把握し、心に刺さる一手を選択する
私が詐欺師や悪質業者と話した経験では、アポ電において「聞く」が7割、「話す」が3割でアプローチしてきているように感じています。詐欺師たちは最初の電話で自分が話す以上の時間を、聞く時間に使い、情報の収集をしているのです。
この会話のセオリーは、通常のビジネスでもみられます。例えば健康食品を販売する営業電話で商品をすすめたときに、消費者から「ほかの商品を買っているからいらない」といわれたとします。
そのときに話を聞くことに徹して「ほかの商品はなにか」が聞き出せれば、その消費者が「どのような健康の悩みを抱えているのか」「どんな栄養素に興味を持っているのか」「どのぐらいの金額なら購入してもらえるか」などの情報を得ることができるのです。
一方的に「こちらの商品はいかがでしょうか」と商品をすすめても、断られてしまえばそこで話が終わってしまいます。はじめは聞くことに時間を割き、相手のニーズを把握することで、相手の心に刺さる一手を選択することができます。
POINT 話すよりも聞くことに時間を費やし、相手の口から自然に情報を語らせる
■詐欺師が「買い物などは一人で行くか」と聞くワケ
二択の質問で情報を抜き出す×「いくら貯金をお持ちですか?」
◯「600万円よりも上ですか? 下ですか?」
詐欺師たちは事前にアポ電という、だます相手の個人情報を聞き出すための前触れ電話をかけてくることは先に述べた通りです。この電話で家族構成や資産の状況などを聞き出そうとするわけですが、詐欺師たちはターゲットにした相手から、重要な個人情報を聞き出そうとする巧みな話術を持っているのです。
以前に、テレビ番組の関係者をかたったアポ電がありました。実際の番組名を出しながら「お年寄りの方を対象に調査を行ってます」とアンケートを装う電話をかけます。
最初に聞く質問は、「お一人暮らしですか?」です。
次に「お買い物などは一人で行かれるんですか?」と尋ねます。最後に「○○県の平均的な貯蓄額は統計上600万円です。個人情報ですので、金額を聞くわけにはいきませんので、上か下で答えていただけますか?」と聞いてきます。
それに対して、高齢者が「上です」と答えると「アンケートありがとうございました」といって電話を切ります。こうして貯金を持っている一人暮らしの高齢者であることを把握するわけです。
一つ目の質問では、一人暮らしであることを聞き出していることはわかりますが、二つ目の質問の意味はなんでしょうか? これは、買い物が一人でできるかどうかを知ることで、本人が銀行でお金を引き出せる人かを判断していると思われます。
高齢者の人のなかには、外に出るのが容易でない人もいるので、もし本人が一人で出歩けない状況であれば、自宅にキャッシュカードをだまし取りに行くなどの、ほかの手法を考えます。
■プライベート情報を聞き出しやすくする質問の仕方
なにより、長く電話で話をすれば、本人の性格もある程度わかります。このときの公開されたアポ電の音声を聞くと「お買い物などは一人で行かれるんですか?」との質問に対して「はい」と答えた女性に、なりすました番組関係者は「大変ですよね」と非常になごやかな相づちをいれており、その反応をみながら、本人の性格を読み取っていっていると思われます。
ここからわかることは「いくら貯金をお持ちですか?」というプライベートに踏み込む質問は、相手に警戒心を持たれやすく、直接質問をすることはNGということです。
そこで基準を設定して「上ですか、下ですか?」の二択に絞り、質問の意図をぼやかして答えやすくしているのです。
一般のアンケートでも、設問を設定して自由に記述させるよりも「はい」か「いいえ」の方が答えやすいはずです。
貯金額や年収、年齢などのような、プライベートで警戒されやすい質問は、上か下、あるいは「はい」か「いいえ」という抽象的な答えの形になるような質問の仕方にすることで、情報を聞き出しやすくなるというわけです。
POINT:直接的な質問ではなく、二択の質問にして情報を聞き出しやすくする
■高齢者からお金を奪うためのマニュアル
間接的な質問で答えを誘導する×「ご家族はいらっしゃいますか?」
◯「ご家族の方にも聞いていただけますか?」
組織的な強盗が行われる前には、家の間取りや高齢者世帯なのかなど、入念な情報収集が行われます。犯罪グループ側には、お金を奪うためのマニュアルがすでにあって、そこにターゲットにした人の細かい最新情報を組み入れることで、効率的に犯行ができるからです。
近年、一般家庭を狙った強盗事件が次々に起きましたが、被害を受けた家の近くでは多くのリフォーム業者などを装った不審な訪問があったことがわかってきています。
これは強盗を行うための下見の可能性があります。そこで得られた、間取りや防犯体制などの最新情報を入手して、犯罪グループの指示役らは実行犯に強盗を指示したと考えられています。
家を訪問した情報の聞き出し方の例として「工事をしていて近所から苦情を受けた」という業者がやってきて「塗装の臭いがしませんでしたか?」と尋ねてきたものがあります。もし、みなさんが業者からこのように尋ねられれば、どのように答えるでしょうか。
「(塗装の臭いは)していません」と答えるかもしれません。そもそも工事などしていないのですから、そう答えることは想定済みですので、この答えをしてしまうこと自体が危ないと思ってほしいのです。
おそらく続いて、次のように尋ねるはずです。
「ご家族の方にも(臭いがしなかったか)聞いていただけますか?」
それに対して家人が「私は一人暮らしなので」や「主人や息子にも聞いてみます」などと答えてしまえば、家族状況を相手に知らせてしまうことになります。
ここで一人暮らしや高齢夫婦世帯であることが知られてしまえば、詐欺や強盗に襲われる危険が高まってしまうのです。
■決定権者を導く間接的な質問はこれ
つまり、「NO」という答えは想定済みで、その先に本当に聞きたい質問がまぜられているわけです。
「ご家族はいらっしゃいますか?」と直接尋ねれば、警戒心を相手に持たせることにつながりますが、「聞いていただけますか?」と尋ねる形で答えを誘導しています。
ビジネスにおいても、交渉している案件の決定権は誰が持っているのか、どのような人たちが関わっているのか、わからないことも多いと思います。
そこで「決定権を持つのは誰なのでしょうか?」と直接に尋ねるのではなく、提案した内容を「上の方に聞いていただけますか?」と間接的な形で質問をすることで、自然に「○○部長に聞いておきます」などの話を引き出せるはずです。
あるいは「○○グループのメンバーに聞いてみましたが、この案ではダメでした」という答えが得られるかもしれません。誰に決定権があるのか、誰がこの案件に関わっているのかを聞き出せれば、その次の提案をしやすくなります。
強盗の下見役と思われる人たちもしているように、「教えてください」という直接的な質問の言葉ではなく、「聞いていただけますか」というような間接的な質問が有効なのです。
POINT:間接的な質問をして、相手に気づかせずに知りたい情報を得る
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多田 文明(ただ・ふみあき)
ルポライター
詐欺・悪質商法に詳しい犯罪ジャーナリスト、キャッチセールス評論家。1965年北海道生まれ、仙台市出身。日本大学法学部卒業。
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(ルポライター 多田 文明)