わかりやすく話すためには何をすればいいか。スピーチコンサルタントの阿部恵さんは「説明下手は準備もせずに『即興パフォーマー式』で話し始める。
一方で、説明上手は『名探偵コナン式』で聴衆分析を欠かさない」という――。
※本稿は、阿部恵『きちんと伝わる説明の「型」と「コツ」』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■説明上手がしている「緊張を乗り越えるための対策」
説明上手は「緊張対策」をするが、

説明下手は「緊張MAX」のままで臨む
人前で話すことに苦手意識を持たれている方は多いでしょう。社会人を対象とした調査では、「84%が人前で話すことが苦手」と答えています。
しかし、緊張しているのに上手に説明できる人がいるのも事実です。それは、説明上手が「緊張を乗り越えるための対策」をしているからです。
一方、説明下手は何の対策もとらず「緊張MAX」のままで説明に臨みます。
実は、私も緊張しやすく、若手の頃は極度の緊張状態から、うまく話せないことが何度もありました。しかし、ある出来事をきっかけに、“気持ちの切り替え方”を学んだのです。
バラエティ番組の仕事で、ベテランの芸人さんと一緒に司会をすることになりました。事前にその芸人さんの楽屋へ行き挨拶をしたのですが、私とは一切目を合わせてくれず、「あぁ」と返事をするだけ。まだ若手だった私は完全に萎縮してしまい「これでは、本番でうまくいかないかもしれない」と泣きそうでした。

ところが、本番前。「5秒前、4、3、2……」とカウントダウンが始まると、その人の表情がパッと変わって、「どうも~、○○で~す!」と明るくお客様に話し始めたのです。それを見たとき、「ここでは、この人に何を言っても大丈夫だ!」と安心しました。もちろん、私ともしっかり目を合わせて進行してくれました。
おそらくその芸人さんは、人見知りが強く、初対面の人とのコミュニケーションが得意ではなかったのでしょう。しかし、プロとして仕事はこなさなくてはならない。だから本番では人見知りは封印して、自分で「心のスイッチをON」にしたのです。
■人前に出るときは、自ら「心のスイッチをON」に
私は自分が恥ずかしくなりました。緊張を言い訳に、少しでも不安要素があると「できない」とこぼしていたからです。以来、仕事として人前に出るときは、自ら「心のスイッチをON」にするようになりました。その芸人さんから学んだ緊張対処法です。
ほかには、「小物や衣装の力を借りて、違う自分を演じる」という方法もあります。

あるメーカーの若手女性社員は、クリスマスイベントでお客様に店舗前でMCや呼び込みをすることになったそうです。
「緊張して司会なんてできない」と思っていたのに、いざサンタクロースの衣装を着ると、「自分でもびっくりするほど大きな声でお客様に話すことができました」と語っていました。衣装や小物が「スイッチ」となり、緊張や恥ずかしさを乗り越えられたのかもしれません。
また、自分が安心するグッズを活用することも効果的です。心理学の考え方に「ライナスの毛布効果(※注)」というものがあります。これは、特定の物に愛着を持つことで心の安定を得られる現象のこと。自分にとっての「安心毛布」、つまり心を落ち着かせる小物を持つことで、緊張状態にある脳に、安心のシグナルを送ることができるのです。
これは、プロのスポーツ選手でも取り入れている手法です。
選手たちは大舞台で自分の力を出し切ることに、魂をかけています。緊張状態のまま本番に臨むのではなく、お気に入りのウエアやラッキーアイテムを身につけることで、気持ちを整え、本来のパフォーマンスができるように対策しているのです。
■「何を話すか」よりも、まず「誰に話すのか」を知る
説明上手は「名探偵コナン式」で準備し、

説明下手は「即興パフォーマー式」で本番に臨む
TVアニメシリーズ『名探偵コナン』をご存じでしょうか? 主人公のコナンが、鋭い観察眼と推理力で、数々の難事件を解決に導くミステリーです。コナンは事件解決に至るまで、事件現場や登場人物について入念に調査し、推理を組み立てていきます。

この姿勢、説明上手が聞き手の属性や説明する際の状況について入念に調べてから臨むのと全く同じなのです。唯一違うのは、事件が起きていないということだけ。
国会議員の政策担当秘書時代のことです。議員から、
「今度応援演説に行く○○市の、高齢化率や医療体制について調べておいてくれる?」
と指示を受けました。議員はさまざまな地域へ応援演説に行きますが、それぞれの地域の特性や抱えている課題について調べてから臨みます。
その地域は高齢者が多いのか? あるいは子育て世帯が多いのか? 交通インフラは整っているか? 災害対策はどうなっているかなど、その地域特有の事情がわからなければ、聴衆の心に届く演説はできないからです。
例えば、あなたが過疎化の進む山間部にお住まいだとしましょう。災害が起きたら道路が寸断され、支援物資が届かないかもしれない。そんな地域の選挙演説で、
「待機児童の問題を解決しないといけません!」「ワークライフバランスの推進を!」
なんて聞かされたら、どうでしょうか?
「待機児童? ここは年寄りしか住んでないよ!」「ワーク……ナントカより、災害対策を考えてよ」
と思うのではないでしょうか? 高齢者が多いエリアとは知らずに、子育て世帯向けの話をするのは、明らかにリサーチ不足。聴衆の支持を得ることはできません。
このように説明をする際には「何を話すか」よりも、まず「誰に話すのか」を知る【聴衆分析】が欠かせません。だから、「名探偵コナン式」で、事前に相手の状況やニーズなどを調べる必要がある、というわけです。

(※注)アメリカの人気コミック『PEANUTS』に出てくる少年ライナスが、いつも青い毛布を持ち歩いていることに由来。別名「ブランケット症候群」とも。
■相手の知識量によっても説明の仕方が変わる
一方、説明下手は準備もせずに「即興パフォーマー式」で話し始めます。
例えば、「このドライヤーは、他社の製品とどう違うの?」と質問されたとします。このとき「他社製品? うちの製品のほうが高品質ですよ。価格は少し高めかもしれませんが、長く使えばコスパはいいのでおすすめです」と、その場しのぎの曖昧な返答をしたらどうなるでしょうか。
「うちは、上場しているA美容院チェーンやBホテルが取引先なんでね。競合他社の製品と比べてどれだけ品質がいいかを、役員会議で説明しないといけないんだ。悪いけど今の説明じゃ、役員を説得できないよ」と、相手の信頼を損ねるかもしれません。
新商品発表会、会社主催のセミナーなどでは、参加者の性別、年齢、肩書などの基本的な属性を調べる。取引先へのプレゼンなら、聞き手の職種や役職を調べる。上司から部下への説明では、相手の知識量によっても説明の仕方が変わってきます。

聞き手を知る事前準備は、あなたの説明をより伝わりやすくするための大前提です。

----------

阿部 恵(あべ・めぐみ)

スピーチコンサルタント

元TBS系列中部日本放送アナウンサー、元国会議員政策担当秘書。神奈川県川崎市出身。中部日本放送(CBC)にアナウンサーとして入社。CBC「サンデードラゴンズ」キャスター、TBS「おはようクジラ」中継キャスター等を歴任。TBS系列28局の中で最も優れたアナウンサーに与えられる「アノンシスト賞・最優秀賞」ほか、数々の賞を受賞。その後、フリーアナウンサーとして活動したのち、出産を経て、キャリアチェンジ。国会議員政策担当秘書資格を取得し、政財界のトップリーダー、官僚らとやりとりしながら政策立案、国会質問原稿作成、選挙戦略策定等に従事。有権者にきちんと伝わる説明や話し方指導を行う。政治家や元総理夫人、上場企業の社長・役員、弁護士等のトップリーダーから企業研修まで、これまで6000人以上にスピーチ指導を実施。

----------

(スピーチコンサルタント 阿部 恵)
編集部おすすめ