東京の銭湯は減少し続け、現在はピーク時の1割以下となっている。そんな中、リニューアルにより1日の来客数を120人から250人へ倍増させたのが荒川区にある「斉藤湯」だ。
いったいどのような取り組みをしたのか。ライターの圓岡志麻さんが取材した――。
■銭湯の現状と新しい銭湯
「銭湯」が若い人を中心に、ちょっとしたブームになっている。いわゆる「サ活」人口の増加が直接のきっかけで、その背景にあるのが、浴場としての機能以外に付加価値を備えた「新しい銭湯」の台頭だ。
新しい銭湯では、例えばおしゃれな建築や、ドリンク・フードの充実、企業とのコラボイベントなど、これまでにない銭湯の魅力を発信。若年層まで客層の裾野を広げている。もちろんサ活ブームの中、サウナに力を入れる銭湯もある。
戦後、公衆衛生のために全国につくられた銭湯だが、家庭風呂の普及とともに、1960年代をピークに減少を辿る。例えば東京都では1968年に約1万8000件あった銭湯が、現在は1562件と1割以下になっている(全浴連調べ)。
それに加え、施設の老朽化や後継者不足、燃料費の高騰などが理由で、多くの銭湯が廃業しているのが現状だ。
■一見普通のこぢんまりとした町の銭湯
銭湯の経営者にとっては存続の危機である。しかしそれだけでなく、日本ならではの良き文化を未来に伝えていきたいという思いから、今の時代に合った銭湯を模索しているところも多い。

東京都荒川区・日暮里の「斉藤湯」も、そうした新しい銭湯の一つ。
一見は普通のこぢんまりとした町の銭湯だが、お湯を主役に、楽しめる、そして心地の良い空間が作り上げられている。
まず浴室には露天風呂を含めた5つの浴槽があり、22度から44度まで5つの温度帯で管理されている。22度はほとんど水だが、一旦浸かってしまえば、いつまでも入っていたい心持ちになってくる。冷たくても入れるのは、この施設の水が地下水を専用の機械で調整した超軟水で、肌あたりがやわらかいせいもあるだろう。
露天風呂は非常に細かい泡(ナノバブル)を立てた「シルキーバス」。入浴剤は何も入っていないが、ナノバブルによって白濁しているように見え、肌ざわりが滑らかだ。41度とぬるめなので長く入っていられる。
お湯に弱い電流を流し、体をほぐす「電気風呂」もある。
■うきうきするような、親しみのある雰囲気
風呂から上がれば、生ビールや、果物を丸ごと絞ったドリンクも楽しめる。筆者がたまたま訪れた際の、若いスタッフの接客もちょうどよい距離感。元気の良い声かけのおかげもあって、例えるならお祭りの、うきうきするような、親しみのある雰囲気が醸し出されていた。

シャンプー、リンス(男湯はリンスインシャンプー)、ボディシャンプーは用意されており、タオルは40円で借りられるため手ぶらで出かけられる。日暮里駅から徒歩3分と近く、こだわりの飲食店も多い下町の風情も相まって、人気のスポットとなっているのだ。平日は日に約250人、土日は約380人が訪れる。
斉藤湯の歴史は古く、1934年「谷中湯」として営業を開始した。もっとも、3代目社長の斉藤勝輝さんによると、これは文書の記録上のことで、それより昔からあったことも考えられるそうだ。
■経営が成り立つかどうかの瀬戸際にまで落ち込んでいた
創業時からは場所も移動して店名も変えたが、地域に根ざし営業を続けてきた。1970年代以降は客が減少、日に120人ほどと、経営が成り立つかどうかの瀬戸際にまで落ち込んでいた。
「先代の父も『これからは浴場だけでは経営が大変になる』と考え、サウナ施設やビルの経営などを多角的に行っていました。しかし銭湯は魅力がある商売。地域から銭湯を消したくない、という思いがありました」(斉藤湯社長 斉藤勝輝さん)
2000年代から、「築50年の銭湯にできること」を模索。まずはその歴史を生かし、メディアの取材は極力受けて認知度をアップした。「日本最後の三助(入浴客の背中を流す、江戸時代からの職業)がいる銭湯」として取り上げられたこともある。
なお、その方は2013年まで務められていたそうだ。
柚子湯や菖蒲湯、タンカン、よもぎ、緑茶といった「変わり湯」を定期的に行ったり、荒川区と提携しての「銭湯寄席」を開催するなど、話題をつくり、客を飽きさせない工夫を取り入れた。
また近隣のホテルと連携し、インバウンド客を誘致する取り組みも行った。
■リニューアルの費用は4~5億円
そして2015年には、時代に合った、新しい価値の提供を目標に、ついに浴場のリニューアルに踏み切る。リニューアルの計画には、企業に勤めながら中小企業診断士としても活動する、息子の斉藤裕一さんも協力した。
リニューアルの費用は4~5億円。都が行う浴場施設改築、改修に対しての補助金で3分の1程度を賄ったほかは、土地を担保にして資金を借り入れた。
新しい銭湯のコンセプトは、「0歳から100歳まで楽しめる、サウナのない東京下町銭湯」。
「以前は若い女性のお客さんが10人のうち1人いるかいないか。お湯が熱すぎて、子供さんが入れなかったのも理由でしょう。家族で来られる、賑やかな銭湯に戻したいと思いました」
湯の温度を5種類設定し、ぬるめの浴槽を多くしているのも、幼児から高齢者まで幅広い年齢層への対応だ。
■なぜサウナを作らなかったのか
そして、あえてサウナは作らないと決めた。
当時も人気があり、斉藤勝輝さん自身も週に2~3回は通っているのに、なぜ設置しなかったのだろうか。
「やっぱり、お湯で温まってもらうのが銭湯の原点。じっくり浴槽に浸かった後、ポカポカした体で、風に当たりながら歩くと本当に気持ちがいいですから。またサウナ目的のお客さんが増えることで、浴場の雰囲気が変わってしまうのも心配でした」
サウナは利用時間が長いほか、管理が難しく光熱費がかかるなど、実際的な理由もある。サ活ブームの今も、サウナを作らなかったことを後悔はしていないそうだ。
さらに、客のうち7割が男性だったことから、女性客を呼び込む工夫も始めた。一つが年4回の「スペシャルレディースデー」だ。客は女性限定で、男湯も開放し女湯と行き来自由にする。浴槽にバラの花びらを浮かべたり、女性に人気のあるLUSHのバスボム(入浴剤)を使うなど、見た目や香りによる演出を凝らす。キャンドルやイルミネーションのサービスを行うこともある。
銭湯が提供する新たな価値として、こだわったのがドリンクだ。確かに銭湯といえばコーヒー牛乳、フルーツ牛乳などが、非日常感を添えてくれる楽しみと言える。

斉藤湯ではこれらのほか、生ビール、生のフルーツを丸ごと絞ったスカッシュ、地元の企業がつくるクラフトコーラなどを提供。ロビーのカウンターテーブルやベンチでちょっと一杯、楽しむことができる。
■2022年から生搾りスカッシュを提供
生ビールは小さな樽で仕入れて回転をよくする、清掃を徹底するなど、おいしさを追求。結果、覆面調査によるメーカー認定も受けることができた。
生搾りスカッシュは2022年から専用の機器を導入してスタート。グレープフルーツやレモンなどの果実に穴をあけ、内側から搾る。そのまま残った果実ごとカップに載せて提供するので見栄えもよい。旬の果物を地元の八百屋から仕入れており、時期によってはパイナップルがメニューに並ぶ。
そのままか、炭酸水で割って提供するが、好みでジンを入れることもできる。
生ビールは600円、生搾りスカッシュはレモンが300円からと、安めに設定されている。これは満足度を高め、リピート率を上げるための工夫だという。
■東京都の入浴料は現在「550円」
銭湯の入浴料は第二次世界大戦後の物価統制令によって、自治体ごとに上限が設けられている。
東京都は現在550円だ。サービスを向上しても勝手に価格転嫁はできないため、収益をアップしようと思えば、客数を増やすしかないわけだ。
斉藤湯では現在、週2~3回、あるいは毎日通ってくれる常連が6~7割というから、取り組みが成功しているといえるだろう。ただ、月に70~80万、時には100万円近くかかるガス代など、高い運営費に加え借金の返済もある。日に250人の客数は収益が得られるギリギリとのことだ。とくに雨の日は客が落ち込むという。
将来的な課題として挙げられるのが、近年の光熱費の高騰から予測される入浴料の値上がりだ。斉藤さんは、600円、1000円と上がったときのことも今から考えているという。
「お客様にとっての体験の質を上げていくことが大事だと考えています。そこで斉藤湯が力を入れているのが『設え』です。常に設備投資を行い、対価に見合う価値を提供できるようにしています」
例えば前述のロビーに置かれているカウンターテーブルは、イギリスのインテリアセレクトショップ、コンランショップで仕入れたもの。5~6名が並べるぐらいの大きさがあるが、スタイリッシュで圧迫感がない。
またのれんやタオル、スタッフTシャツは常連客でもある東京藝術大学卒のデザイナーがデザインしてくれたものだそうだ。根津にある東京藝術大学の学生にとっては地元の銭湯なのだ。
■女湯の脱衣場にはダイソンのドライヤー
脱衣場にはダイソンのドライヤーを設置。メーカーのサイトで見ると安いもので4万円近くする。2分10円の利用料とのギャップが面白い。
女湯のみだが、シャンプーやリンスはポーラの商品を設置している。
また、筆者にとっては綿棒が備え付けてあるのもポイントが高かった。
そして斉藤湯が銭湯の基本としてもっとも大切にしているのが、「清潔と挨拶」と、店長の西出直樹さん。息子の裕一さんの義兄にあたる。
「とくに女性のお客様は細かいところまで見ていらっしゃいますから、隅々まで清掃を徹底しています」(西出さん)
浴室を含めて店内全体を清掃するのには述べ7時間かかる。店長やスタッフが手分けをして午前中から行い、営業開始の14時に間に合わせる。開店を待つ客が並んでいる場合は13時50分には店を開けるそうだ。
■スタッフは「元お客様」
挨拶は来店時、料金をもらう際、客が脱衣場へ向かう際、商品購入時、退店時にそれぞれ声掛けする、「5つの挨拶」をスタッフに徹底している。「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」など当たり前の言葉だ。
さらにスタッフそれぞれの個性が接客に出て、サービス品質につながっているようだ。
「アルバイトは15名いて、明るい人、キャラクターのある人が揃っています。人は店頭チラシやSNSで募集しますが、だいたい、お客様として来たことのある人が応募してきて、その日中か翌朝までには決まりますね」(西出さん)
スタッフの良さについては、近隣の銭湯経営者などからもよく指摘されるそうだ。
斉藤湯のこれまでの業績を聞くと、リニューアル後の2016年度こそ利益率が20%を超えたが、以降は5~6%で、コロナ禍などマイナスになった年もある。2024年度はやっと11%を超えた。斉藤さんによると利益率5%前後が健全なのではないかとのこと。
「お湯に浸かる気持ちよさ」を柱に据え、細かな工夫を重ねることでリピート客を増やした結果だろう。写真映えのするドリンクなど、SNSを活用する戦略は新規客の開拓に役立っている。銭湯には、スーパー銭湯とは異なり、日本の文化や地域の歴史とも入り混じった魅力がある。斎藤湯では、それをうまく発信している。
一方で、斉藤湯のように立地に恵まれ人気がでているところでも、運営費が大きく、天候にも左右される。この厳しい業界で「新しい銭湯」を模索する、銭湯経営者のさまざまな挑戦に今後も注目していきたい。

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圓岡 志麻(まるおか・しま)

フリーライター

東京都立大学人文学部史学科卒業後、トラック・物流の専門誌の業界出版社勤務を経てフリーに。健康・ビジネス関連を両輪に幅広く執筆する中でも、飲食に関わる業界動向・企業戦略の分野で経験を蓄積。保護猫2匹と暮らすことから、保護猫活動にも関心を抱いている。

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(フリーライター 圓岡 志麻)
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