■もう止められない「不登校が当たり前」の社会
不登校ひきこもり専門カウンセラーのそたろうと申します。
近年、不登校のお子さんは11年連続で増加し、過去最多を更新し続けています。令和6年10月に公表された不登校の児童生徒数は小中学校をあわせて34万人となりました(文科省「令和5年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」)。30人クラスに必ず一人は不登校の生徒がいる割合です。
多くの方が「なぜ、これほどまでに増えているのだろう?」と疑問に思われているかもしれません。
その背景には、僕たちの社会、そして時代の大きな変化があります。
親御さん世代が子どもだった頃と今とでは、社会の「当たり前」が大きく変わりました。インターネットやスマートフォンの普及によって、子どもたちは多様な生き方や価値観に触れる機会が爆発的に増えています。
学校に行かなくても学べる方法があること。会社に所属しなくても収入を得られる道があること。世界には、自分たちが想像もしなかったような多様な人生の選択肢が存在すること。
ここで、ひとつ想像してみていただきたいのですが、かつてこの世には「洗濯機」は存在せずに「洗濯板」で手荒れを起こしながら、時間をかけて洗濯をするのが当たり前でした。そこに「洗濯機」という便利なものが登場しました。そうしたら、どうでしょうか。一度その便利さを知ってしまったら、もう一度「洗濯板」だけで衣類を洗い続ける生活に戻るのは、非常に難しくなったはずです。決して洗濯板が悪いわけではありません。ただ、より楽で効率的な選択肢を知ってしまった以上、それを選ぶのはごく自然なことなのです。
実は、これと同じことが今、子どもたちの価値観にも起きています。
■親と子どもの間に生まれている「大きな隔たり」
子どもたちの中にはプロゲーマーになりたい、YouTuber、TikTokerと親御さんに話す子もいます。
親御さんとしては「そんなに甘いものではない」「安定した仕事に就いてほしい」「現実から逃げているだけでは?」と感じてしまうのも、お子さんを心配する親心として、無理のないことかもしれません。
ただ、その思いの背景にある親御さん世代の「当たり前」と、子どもたちが生きる現代の「当たり前」には、大きな隔たりが生まれているのです。
親御さん世代の「当たり前」であった、「学校を卒業し、会社に就職する」という生き方だけが、唯一の幸せの道ではないことを、彼らはすでに知っています。
しかし、親御さんがその変化に気づかず、ご自身の経験に基づいた「常識」や「当たり前」を愛情ゆえにお子さんに示し続けてしまうと、どうなるでしょうか。
新しい価値観(洗濯機)を知っているお子さんに対して、良かれと思って古い価値観(洗濯板)を提示し続けることは、意図せずしてお子さんを追い詰め、身動きが取れない状態にしてしまうのです。
言い過ぎのように思われる方もいるかもしれません。しかし、この点は不登校ひきこもりの問題に深く関わっているのでしっかりと掘り下げて考えていきたいと思っております。
■親は「子どもの不登校」でなぜ悩むのか
僕はこれまで、不登校やひきこもりに悩む親御さんのお話を、何百回、何千回と伺ってまいりました。
そうした親御さんがどのようなことで悩まれているかというと、たとえば「子どもは学校には行かないけれど、家ではスマホやゲームをする元気はある」というケースや、「子どもが家の中で無気力になり、部屋からなかなか出てこない」といったケースなど、本当にさまざまです。
では、なぜ親御さんがそこで悩んでしまうのでしょうか。
そこには、親御さんのなかの「学校には行かないといけない」「友達と仲良くできないといけない」「勉強をしていい学校に行かないと就職の際に不利になる」といった価値観があります。
そして今の子どもの状態が「それとは違う」から「良くない」と、無意識のうちに捉えてしまっているのです。
■親の期待に応えられない子どもの絶望
親御さんに悪気があるとは、僕はまったく思っておりません。
お子さんの幸せを願うからこそ、「学校に行ってほしい」「生活習慣を整えてほしい」「社会とつながってほしい」と願われるのだと思います。僕も、そうした親御さんの切実なお気持ちを、これまで本当に多く伺ってまいりました。
ただ、それが結果的に、お子さんにとって「自分を縛る鎖」になってしまうことがあるのです。
「親が求める姿」「社会が求める普通の姿」――つまり、一般的、理想的、あるいは“最低限こうであってほしい”とされる姿に、自分がかけ離れてしまっていると、お子さんは日々痛いほどに感じています。
お子さんが不登校やひきこもりの状態にあるとき、親御さんが落ち込んだり、ストレスを感じてしまうと、子どもは「自分が存在しているだけで、親に迷惑をかけている」「自分はこの家族にとってお荷物なんだ」という強い自責の念を持ってしまうのです。
そうなると、「自分には存在する価値がないのではないか」「いっそ死んだ方がましだ」「なぜ自分を産んだんだ」というような、強い葛藤や叫びを親にぶつけてしまうこともあります。それは、親の期待に応えられない自分や、ありのままの自分を認めてくれない親への深い絶望から発せられている言葉なのです。
■「ひきこもり」に至るまで
もちろん、子どもたちも最初から「不登校・ひきこもりになろう」と思っていたわけではありません。
なんとかそこから抜け出したいと「動こう」「変わろう」「少しでも前に進んでみよう」と思い、自分を奮い立たせてきたはずです。しかし、そのときも親の価値観が大きなプレッシャーになっています。お子さんは親御さんの期待を敏感に感じ取っているのです。
「ここで失敗したらどうしよう」「うまくいかなかったら、また親をがっかりさせてしまう」――こうした思いが、お子さんに必要以上のプレッシャーを与えてしまい、なかなか最初の一歩を踏み出せなくなってしまいます。
あるいは、踏み出すことができたとしても、無理をしすぎてしまい、結果としてまた学校に行けなくなってしまったり、社会とのつながりを築くことが難しくなってしまうということが、実際に起きているのです。
■親は「最悪の未来」を受け入れよう
では、親御さんはどのようにしたら、古い価値観を手放せるのでしょうか。
逆説的ですが、親御さんがもっとも恐れている“最悪の未来を受け入れる”ことです。
人は「最悪の未来だけは避けないといけない」と思えば思うほど、その不安に強くとらわれてしまいます。例えば「ピンクの象を想像しないでください」と言われると、かえってピンクの象を思い浮かべてしまうように、人の意識はそこに集中してしまうのです。親御さんがその不安にとらわれていると、その思いがお子さんを縛る新たな鎖となり、結果的にその最悪の未来に近づいていくことになります。
そこで、一つのワークを提案させてください。
まず、あなたにとっての「最悪の未来」を具体的に想像します。例えば、「子どもが社会人になれず、ずっとひきこもりのままでいる」という未来だとしましょう。
そして、「子どもが社会人になれず、ずっとひきこもりのままでもいい」と、声に出して言ってみるのです。
きっと、胸がざわざわしたり、嫌な気持ちになったり、暗い気持ちになると思います。それでいいのです。大切なのは、そのときに出てきた感情を否定しないこと。
そうやって、最悪の未来と、そこから生まれるご自身のネガティブな感情の両方を受け入れることができたとき、不思議と心は軽くなっていきます。
■親子に訪れる不思議な変化
親御さんが古い価値観を手放すことができると、不思議な変化が現れます。
僕の相談者のなかにはお子さんが家庭を出て、祖父母の家で事情があって暮らしていたり、大学生として一人暮らしをしているものの、学校には通わず、親御さんとの距離が生まれているというようなケースもあります。
そのような中でも、親御さんがご自身の心、そしてお子さんの心を縛っていた価値観の鎖をほどいていったとき、これまで連絡が取れていなかったお子さんから、ふと連絡が来ることがあるのです。しかも、その文章がどこか柔らかくなっている――そうした不思議な変化が、実際に起きてくるのです。
親子は、どこかで深くつながっているからこそ、親御さんが変わることで、お子さんにも自然とその変化が伝わっていくのです。そして、それは親御さんから醸し出される、ほんのわずかな「雰囲気」の変化でも十分に伝わるものです。
無理に「いい雰囲気」を作ろうとしても、お子さんはすぐに見抜いてしまいますので、やはり本質的に変わっていくことが何よりも大切になります。
たとえば、親御さんが仕事から帰宅する際の玄関のドアの開け方や、廊下を歩く音、もしキッチンで料理をしていれば、そこから聞こえる音。そういった日常のちょっとした雰囲気を、お子さんは壁を隔てていても敏感に感じ取っています。また、言葉のちょっとした柔らかさや態度の変化にも、自然と気づいてくれているのです。
■古い価値観を手放せない自分を許す
中には、親御さんが変わっても「お子さんの心には、まだ鎖が残っているように感じる」というケースがあります。「この子はまだ『学校に行かなければいけない』『もっとできる自分でいないといけない』という考えに縛られている気がする」と。
「その鎖をほどいてあげたい」「苦しみから解放させてあげたい」という親心は、非常によく理解できます。しかし、ここで大切なのは――その鎖を「取ってあげよう」としてもうまくいかない、ということです。
「苦しまなくていいよ」「気にしないでいいんだよ」と言っても、お子さんはやはり苦しいものですし、気になってしまうものです。そうしたときは、「苦しいんだね」「つらいんだね」と、その感情をそのまま受け入れ、寄り添うことの方が、結果的にその鎖をゆるめ、ほどくことにつながっていきます。
これは、親御さんご自身が「自分を縛っている鎖」を手放すときにも、非常に大切な視点です。
僕たちが持っているさまざまな価値観には、それぞれ意味があり、背景があるのです。たとえば、「学校には行くべき」「青春を謳歌してほしい」と願うのは、お子さんに安定した、安心できる、そして充実した人生を歩んでほしいという、親心から来ている価値観です。
ですので、そうした価値観を否定したり、ダメだと決めつけてしまうと、それを手放すことがかえって難しくなってしまいます。
「そういう価値観があったんだね」「その価値観で、今までよく頑張ってきたんだね」と自分自身を認めてあげること――それが、価値観を手放すための第一歩として、非常に大切な姿勢になるのです。
■受容された経験が社会に踏み出す勇気になる
お子さんが悩んでいたり、葛藤していたり、「友達とうまくやっていけるかどうか」と不安を感じているときには、「不安なんだね」とその気持ちに寄り添って話を聞いてあげるだけでも、非常に大きな力になります。
また、「できることがあったら言ってね」「私はあなたの味方だよ」と伝えることで、お子さんは「悩んでいる自分でもいい」「葛藤している自分でもいい」「グズグズして動き出せない自分でもいい」と、少しずつ自分を受け入れられるようになっていきます。
その受容の積み重ねが、自分を縛っていた鎖を手放し、より自由な形で社会や人間関係を育んでいく力につながっていくのです。
■子どもの不登校はギフト
僕は、「不登校やひきこもりは、親御さんにとって“ギフト”である」とお伝えすることがあります。それは、自分と向き合うきっかけを、子どもの不登校やひきこもりという出来事を通じて得た、という意味です。
「子どもには苦しい思いをさせてしまったかもしれないけれど、今ではお互いに許し合えて、穏やかな関係を築けています。もし子どもが不登校やひきこもりになっていなかったら、自分を大切にするとか、自分の本心に気づくような機会は持てなかったと思います。だから、あのとき不登校という形で私に伝えてくれたんですね。今では“気づかせてくれて、ありがとう”と心から思えています」
――このように話してくださる親御さんも、たくさんいらっしゃいます。
これからも、不登校やひきこもりの子どもたちや若者の数は、自然と増えていくかもしれません。ですがそれは、時代の大きな転換点にいる親御さんが、ご自身の人生を見直すための、重要なきっかけにもなり得るのです。
心の鎖を手放していく過程の中で、親御さん自身が人生を楽しめるようになったり、無理をせずに仕事や家庭と向き合えるようになったり、日々の中に幸せを感じられるようになっていきます。
そして、親御さんが穏やかに、寛容に、充実した毎日を過ごせているとき、お子さんが人生に絶望し続けるというのは、自然と難しくなってくるのです。なぜなら、親御さんの心の鎖がほどかれたとき、お子さんの心の鎖もまた、自然とほどけていくからです。
親子関係――つまり人間関係の根本を見直すということは、人生そのものを見つめ直すことに他なりません。
どうか、親御さんご自身、そしてお子さんの心の鎖を少しずつ手放し、より自由で、より幸せを感じられる穏やかな日々を歩んでいっていただければと思います。
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そたろう(そたろう)
不登校ひきこもり専門カウンセラー
20代の頃、理学療法士として働く傍ら、夫婦関係や仕事に行き詰まったことをきっかけに自分が心の問題を抱えていることに気づき、心理学を学び始める。その過程で自己受容の大切さを知る。2019年、子どもを受容する声かけなどを指導する「不登校ひきこもり専門カウンセラー」今野陽悦さん〔今野陽悦『学校に行けない子どもに伝わる声がけ』(WAVE出版)〕に出会い、仕事を手伝いはじめる。2022年に独立。累計300人、約8000回(2025年9月末時点)のカウンセリング実績のなかで、不登校を本質的に解決する具体的なメソッドを構築。自身のYouTubeチャンネル「不登校ひきこもり解決そたろう」で発信を行っている。クライアントの9割が自分自身を大切にすることを学ぶなかで、家族関係が改善し、子どもが再登校をしたり、社会復帰するなど問題解決を果たしている。著書に『親が変わると、世界が変わる 不登校・引きこもりを本質的に解決したある母の物語』がある。
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(不登校ひきこもり専門カウンセラー そたろう)