シニア世代の求めているものは何か。医師の和田秀樹さんは「いまのシニア世代は若い頃からファッションに触れ、自己表現の一つとして楽しんできた世代なのに求めている商品がなかなか手に入らない。
10万円以上払ってもゼニアのデニムを履きたいと思うシニアは私だけではない。そこには大きなビジネスチャンスが眠っている」という――。
※本稿は、和田秀樹『65歳、いまが楽園』(扶桑社)の一部を再編集したものです。
■ユーミンやサザンを聞いてきた世代をナメるな
同世代の友人たちと「健康」について熱心に話し始めるようになり、「ああ、自分も歳をとったのだなあ」と感じている人は多いかもしれません。
ただ、自分が実際にその年齢になったことでよくわかるのですが、たとえば65歳を過ぎたからといって、毎日健康のことばかり考える、みたいなことになるわけではありません。
にもかかわらず、シニア向けの商品やサービスというと健康食品や介護グッズばかりがクローズアップされがちです。
どうも世の中全体が、かつての高齢者のイメージにいまだにとらわれているように思えてならないのですが、よく考えてみてください。
聞いてきた音楽も、若い頃に親しんできたファッションやファッション誌も、ライフスタイルもメディア体験、昭和のシニア世代といまの60代・70代はまったく違います。
音楽もファッションも一気に多様化した時代を経験し、ユーミンやサザン、海外アーティストなども当たり前に楽しんできた世代なのです。
これだけ違う背景を持つ人たちが、同じような「高齢者」になるはずはありません。
■中高年世代の「ときめきの場」となる店を
少なくとも70代までの人たちは、「ちょっと贅沢をしたい」「かっこよくいたい」「美しくありたい」「もっとおしゃれしたい」「もっとおいしいものを食べたい」「もっといい車に乗りたい」という欲を決して失ってはいません。
たとえばサプリを飲んで膝の痛みがなくなり、以前のように歩けるようになったらそれで満足できるわけではなく、「せっかく歩けるようになったのだから思い切って海外旅行に行こう!」というところまで考えたりするわけです。

ところがそうしたリアルなシニア世代の欲をいまの日本はほとんど汲み取ろうとしていません。
ファッションの分野を見ても、それは明らかです。
かつての百貨店には、質の高い服をじっくり選べる専門店が並び、ファッションにこだわる中高年世代の「ときめきの場」だったはずです。
けれどいまや、その多くが撤退し、代わりに並んでいるのは若者向けの低価格ブランドです。そして街にあるのは、どこもかしこも安価で画一的なファストファッションばかり。
「自分らしくおしゃれを楽しみたい」と願うシニア世代の人はたくさんいるのに、その気持ちを満足させてくれるような店はほとんどありません。
■年を取ると「どうでもよくなる」という固定概念
私自身もカジュアルすぎたり、安っぽすぎたりすることのない、自分の年齢にふさわしい、上質で落ち着いたデザインを求めているのに、それがなかなか手に入らないのです。
つまり、ここにも「シニア世代はおしゃれにあまりお金をかけない」といった勝手な思い込みが透けて見えるように思えてなりません。
けれども、前述のように、いまのシニア世代は若い頃からファッションに触れ、自己表現の一つとして楽しんできた世代です。そんな人たちが年齢を重ねたからといって、急に「どうでもよくなる」なんてことがあるでしょうか?
みんなが履いているようなユニクロのデニムではなく、10万円以上払ってもゼニアのデニムを履きたいと思うシニアは私だけではないと思います。
そこに大きなビジネスチャンスがあるはずなのに、なぜあまり盛り上がっていかないのでしょう?
■シニアの食欲は「量」ではなく「質」に向いている
シニアの欲求に応えきれていないのは、ファッションだけではありません。
外食においても似たような構図が見て取れます。

街を歩けば目立つのは、安さやボリュームを売りにした店ばかり。
「コスパ最強」「食べ放題」「メガ盛り」などが持てはやされすぎて、量よりも質を大切にしたいシニア世代のニーズには、必ずしも応えられていません。
「たくさんは食べられないけれど、おいしいものを少しずつ、ゆっくり味わいたい」と考えているシニアは多いはずなのに、そういうニーズにちゃんと寄り添ってくれる店は、まだまだ少ないと感じます。
最近では「ハーフポーション対応可」といった表記を見かけるレストランはたしかに増えてきました。
これ自体はとても良い兆しですが、まだまだ例外的なサービスの域を出ていません。
多様性の時代を謳うのであれば、そのようなスタイルはスタンダードになっていくべきではないでしょうか。
さらに言えば、「小学生以下お断り」の静かなレストランがあるように、「60歳以上限定」「シニア専用タイム」のような、大人のための落ち着いた空間を提供する店があれば、きっと流行ると私は思います。「高級車での送迎付き」みたいなサービスがあれば、そのぶん料金が上乗せになっても利用したい人はきっといるはずです。
贅沢な雰囲気の中で、年齢にふさわしいもてなしを受けながら、ゆったり食事を楽しむ。そんな時間を求めているシニア世代は少なくありません。
繰り返し書いているように、多くのシニア世代には(その気になれば)、自由に使えるお金も時間もそれなりにあるのですから、多少割高だったとしても、そこに価値があると思えば、ちゃんとお金を使ってくれるはずです。
■「人生の後半にこそ乗るべきクルマ」として新たな伝説を
そうした「シニア世代の欲」をビジネスチャンスとする発想自体がないように見えるのは、自動車メーカーも同じです。

心の中では「いまよりいい車に乗りたい」と考えているシニア世代はたくさんいて、本来であれば大事な顧客になるはずなのに、「高齢者は免許を返納しろ」という世の中の空気に反論する自動車メーカーは一つもありません。
自動車メーカーは製薬会社に忖度する必要などないのですから、このあとの第4章で紹介するアメリカの論文などを精査するなり、独自に調査するなりして、暴走事故の原因は高齢であることではなく、薬のせいであることをはっきりさせたらいいじゃないかと私は思うのですが、そういう気配すらありません。
ビジネスという観点で考えるなら、衝突感知機能を充実させたり、ブレーキとアクセルの踏み間違いを防ぐ機能を標準装備にしたりするなどして、徹底的に安全に配慮したシニアモデルを開発し、免許返納のムードに待ったをかければいいでしょう。
また、75歳が免許返納の目安とされることを逆手にとって、「75歳以上でも安全に乗れるクルマ」ということを大々的に打ち出せば、クルマ好きの多くのシニア世代におおいに喜ばれるはずです。
仮にそれが2000万円だったとしても、そのクルマに乗っている限りは免許返納しろなどと言われる心配がないとなれば、決して高くないと感じる方は多いのではないでしょうか。
また、かつて「いつかはクラウン」という広告キャッチコピーがあったように、そのクルマに乗ることがシニア世代にとってのステイタスのようなイメージ戦略ができれば、「人生の後半にこそ乗るべきクルマ」として、新たな伝説をつくることだってできるはずです。
■「欲あるシニア世代」こそ、日本の希望
シニア世代にとって「欲」とは、単にモノを手に入れるというより、「満たされる時間をどう過ごすか」という感覚に近いのではないかと私は考えています。サービスや商品を提供する側がそこにちゃんと目を向ければ、ビジネスのヒントなんていくらだってあると思います。
言い換えれば、そこには大きな可能性があるということでもあります。
シニア世代の欲を、企業や社会がうまくキャッチすれば、新たな市場はどんどん広がっていくはずです。
また、シニア自身も遠慮したりせずに、「こういうものが欲しい!」「こういうことをしたい!」という「欲」をアピールしていくべきだと思います。
もちろんシニア世代のイメージが昭和の時代とは激変し、その傾向が今後ますます顕著になることはわかりきっているので、さすがにこの先は多少なりとも変化が起こることは期待できると思いますが、世の中の商品やサービスというのは「求められること」でこそ実現しやすくなります。

それが結果的に、同じ世代の仲間たちの暮らしをより豊かにし、社会全体を動かしていく力になるのです。
繰り返しになりますが、シニア世代が自分の欲を満たそうとしたり、贅沢を楽しもうとしたりすることこそ、日本経済にとっての大きな貢献でもあります。
シニア世代が消費者として堂々とふるまい、世の中のサービスや商品を変えていくこと。それが、これからの日本の活力につながっていくと私は確信しています。
資本主義社会において、本当に尊敬されるのは、「お金を持っている人」ではなく、「お金を使ってくれる人」です。シニアが主役として経済を動かしていく時代は、すでに始まっているのではないでしょうか。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。
川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。

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(精神科医 和田 秀樹)
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