闇バイトと疑っても手を染めてしまうのはなぜか。犯罪ジャーナリストの多田文明さんは「私が取材した一児の母である30代の女性は、SNSで探した日払いバイトに行くと、途中で紙袋を渡され闇バイトを疑った。
しかし、そうした疑問をぶつけたのは仕事の上で一番身近に感じていた指示役の男性であり、簡単に丸め込まれてしまった」という――。
※本稿は、多田文明『人の心を操る 悪の心理テクニック』(イースト・プレス)の一部を再編集したものです。
■なぜ闇バイトと気づいても、手を染めてしまうのか
接触の回数を増やして信頼を得る×打ち合わせの回数はなるべく少なくする
○打ち合わせや雑談など接触の回数を増やす

近年騒がれている闇バイトのニュースをみていると、犯罪に手を染めてしまった人たちは「どうして犯罪だと気づいて、途中でやめないんだろう?」と疑問に思ったことはないでしょうか。実はここにも、だまされている本人も気づかないような罠が潜んでいるのです。
私が取材したのは一児の母である30代の女性。子どもを保育所に預けているスキマ時間に仕事ができればと思い、SNSで「日払いバイト」と検索して「日給1万5千円! 平日9時から18時の間で週4日くらいできる方」という求人を見つけます。さっそくDM(ダイレクト・メール)で応募し、相手からの返信で「暗号資産の仕事」と連絡があり、仕事の内容の説明を受けます。
仕事の説明をした男性によると「これは相対(あいたい)取引です。本来なら互いに顔を合わせて取り引きするものを、遠方に住んでいて直接会うのが難しい両取引先に代わり、自分たちが代行して取り引きしています」といいます。
女性は暗号資産についての知識はありませんでしたが、「それなら私にもできそう」とやってみることにします。彼女は闇バイトの存在は知っており、あやしい仕事には手を出さないように注意していましたが、もっともらしいビジネスの説明をされ、その時点では犯罪だと気づけなかったそうです。
女性の初仕事は、路上で中年の男性が持ってきた荷物を受け取り、それを指定した場所に届けるという簡単な仕事でした。
つゆほども闇バイトとは思わずにこなします。
しかし、彼女は2回目の仕事で「闇バイトかもしれない」と気づくことになります。
■指示役の男性に疑問をぶつけてみた結果
2回目の仕事は、応募時の説明にもあった相対取引で、取引先に向かうよう住所が送られてきました。住所の付近に到着するとメッセージアプリで次のような連絡がきます。
「立ち止まらないで、そのままその住所の家の前を通りすぎてください。周りにあなたと同じような同業者はいないでしょうか?」
特に人影もなかったので、彼女は「いません」と答えます。そして取引相手の服装が伝えられ「相手がこれから紙袋を持って来られるので、書類を受け取ってください」と指示されます。しばらくすると、指定の場所に、80代くらいの高齢女性が紙袋を持ってやってきます。
彼女は近づき、「書類を受け取りに来ました」というと、高齢の女性は「はい」と答えて紙袋を渡してきます。しかし、荷物を受け取って高齢女性と別れた後に、彼女の心に不安がよぎります。
「路上で紙袋を渡される。もしかすると袋の中身は現金かもしれない……」
ここで、女性は指示役の男性に電話をかけ、「この仕事はもしかして、詐欺や犯罪ではないですか?」とはじめて疑問をぶつけます。

しかし、指示役の男性は冷静に「それはあなたの先入観です」と諭してきました。そして、あらためて相対取引というのはどういうものかということを延々と説明されます。
結局、女性はうまく言い包められ、子どものお迎えの時間もあり、疑問を持ちながらも、紙袋を次の人物に渡す行為をしてしまったといいます。
指示役の男性の背後には犯罪グループが存在し、このような様々な事態は想定され、対策していると考えられます。そのため女性の疑いを丸め込むのはいとも簡単だったことでしょう。
■疑いを持った時点で、誰に相談すべきだったか
さて、ここまで闇バイトの事例をみてきて、どこに罠があったかおわかりでしょうか? 女性が指示役の男性の説得で丸め込まれてしまった場面でしょうか? 実は、そうではありません。
この事例で、女性が切り抜けなければならなかったのは、闇バイトかもしれないと疑いを持った時点で、「誰に相談すべきだったか」という点です。
なぜ女性は、疑いを持った相手(犯罪グループ)に相談を持ちかけてしまったのでしょうか。犯罪グループに「犯罪ではないですか?」と持ちかけても、そのような事態を想定されていれば、丸め込まれてしまうことは目に見えています。冷静に考えれば、両親や家族、知人、警察など、第三者に相談することもできたはずです。
これには単純接触効果(ザイアンスの法則)と呼ばれる心理現象が働いていると考えられます。
女性は犯行に至るまで、指示役の男と長い期間、仕事の説明や指示などを電話やメッセージでやり取りしていました。
非対面ではありますが、犯罪グループは、何度も話したり交流を持ったりすることで相手との接触回数を多くし、信頼を積み重ねていったと考えられます。
■自分では気がつきにくく、誰でも陥ってしまう可能性
その結果、どんな些細なことでも、上司・部下の関係のように報告、連絡、相談をする関係まで信頼を高められていたのです。
そのため、不安がよぎった女性は、仕事の上で一番身近に感じていた指示役の男性に相談を持ちかけてしまったのです。
この心理現象は自分では気がつきにくく、誰でも陥ってしまう可能性があります。
この単純接触効果は、世間一般でもよくみられ、マーケティングでいえば、コマーシャルや広告を繰り返し放送・表示させるテクニックが、この効果を期待した手法の一つといえるでしょう。ビジネスシーンでいえば顧客との雑談や交流の機会を設けたり、何度も打ち合わせの時間をつくったりすることで、好感や信頼の度合いをあげることができます。
POINT:打ち合わせ、雑談、電話など接触の回数を増やして信頼を得る
■大手の求人広告で募集の「海外での高級時計の買いつけ」
はじめは与えてその気にさせる×目先の利益にとらわれる
○はじめは与えて行動を起こさせる

コロナ禍の海外渡航の規制が落ち着いた時期から多発しはじめたのが「海外での高級腕時計の買いつけ」のバイトと称し、被害にあうケースです。これもいわゆる闇バイトの一種といえますが、大手の求人広告で募集されていることもあり、だまされてしまう人が多くいました。
求人では「海外旅行が好きな人にぴったり」「海外バイヤーで高収入」など甘い言葉で勧誘しています。実際に、この募集に応募した男性の話を聞くことができました。
男性が求人に応募すると、とあるビルの一室で面接が行われたといいます。すると30代くらいの男が出てきて、履歴書をみながら「海外で商品の買いつけをするバイヤーの仕事です」と、次のように詳しく説明をされます。

「海外にはグループで行き、先輩のバイヤーさんに先導してもらうので安心してください。具体的な仕事の内容は、お店で高級時計を買いつけてもらいます。購入はご自身のお金(クレジットカード)で買っていただきます。報酬は購入した金額に応じた出来高払いです」
面接をする男はさらに続けます。
「個人で買いつけをされる方もいますが、自分でバイヤーをしようと思うと、渡航費用や宿泊費の出費や、高級時計の売り先を探すのが大変ですよね。
その点、弊社では渡航費用や宿泊費を負担し、先輩のバイヤーさんが買いつけのやり方まで教えてくれるので、心配はありません。購入先もすでにつき合いのあるお店ですし、時計の持ち帰りも、経験のある先輩のバイヤーさんがまとめて税関でやってくれます」
このように説明され、応募した男性は「魅力的な仕事だな」と感じてきます。さらに男は、報酬についての説明を詳しくはじめます。
「報酬は支払った代金にプラスして手数料を購入金額の5~6%お渡しします。クレジットカードはお持ちですか? あらかじめカードのショッピング枠を増額してもらうと、カードが4枚あれば1200万円程度の買いつけができるので、60万~72万円の報酬になります」
このようにして多額の報酬に心ひかれて、仕事を受けてしまう人が多く出たのです。
■「はじめのうちはきちんと報酬が支払われていた」
実際にこの手口では、面接の説明の通りに無料で海外へ渡航し、指示役(首謀者)から指南を受けた、長くバイトをしている先輩バイヤーとともに指定された店で買いつけを行います。
人によっては、1年に渡り報酬と時計の購入代金が支払われました。
実際に、被害にあった別の女性に話を聞くと「疑問を持つことはなく、入金もされたので安心しきっていた」といいます。
しかし、買いつけを行っていたある日突然、入金が止まり、指示役の男と連絡が取れなくなってしまうのです。すでに高級腕時計は指示役に手渡しているので、商品は手元になく、買いつけた多額な金額が負債となりました。
この手口が巧妙なのは、「はじめのうちはきちんと報酬が支払われていた」点です。
悪質業者は相手の求めるもの(報酬)をはじめに与えて信頼を獲得し、相手を手玉に取っています。相手の「実際に稼げた」「入金されて安心」と思う心理を利用し、「もっと稼ぎたい」と思わせて、はじめは数百万円だった買いつけ額を、数千万円にまで金額を広げさせているのです。
つまり悪質業者は、はじめは報酬を支払って「損」を取り、買いつけ金額を引き上げ、結果的にたくさんの高級時計をだまし取って「得」をしているわけです。
この「損して得取れ」の手法は、目先のわずかな利益にとらわれず、将来の利益を見すえて行う投資のようにとらえ直すこともでき、ビジネスやマーケティングでもよく目にします。飲食店などがPRで行うクーポン券や無料券の配布がその一つでしょう。
無料券を配れば飲食店は一時的に損をするわけですが、広い目で見れば店に来てもらって常連客となるきっかけとなったり、ほかの商品の「ついで買い」につながったりと、損した分以上のメリットが多くあるのです。
POINT:はじめは「損」をしても与え、相手に行動を起こさせて「得」を取る

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多田 文明(ただ・ふみあき)

ルポライター

詐欺・悪質商法に詳しい犯罪ジャーナリスト、キャッチセールス評論家。1965年北海道生まれ、仙台市出身。
日本大学法学部卒業。雑誌「ダ・カーポ」にて『誘われてフラフラ』の連載を担当。2週間に一度は勧誘されるという経験を生かしてキャッチセールス評論家になる。キャッチセールス、アポイントメントセールスなどへの潜入は100カ所以上。悪質商法や詐欺などの犯罪にも精通する。著書に『ワルに学ぶ黒すぎる交渉術』(プレジデント社)、『信じる者は、ダマされる。元統一教会信者だから書けた「マインドコントロール」の手口』(清談社Publico)などがある。

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(ルポライター 多田 文明)
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