■ドクロマークの水が音楽フェスで大人気に
黒地に白く描かれた、おどろおどろしく溶けてゆくドクロのロゴ。「Murder your thirst(渇きを殺せ)」という過激なスローガン。これがただの水の缶に描かれているのだから、誰もが二度見してしまう。
アメリカやイギリスのZ世代の若者たちを虜にしているこの缶飲料の名前は、「死の水」を意味する「リキッド・デス(Liquid Death)」。英ガーディアン紙によると今夏の音楽フェスティバルでは、この物騒な名前の缶飲料を持ち歩く姿が目立ったという。
500ml缶に入ったこの商品は、ビールやエナジードリンクを思わせるデザインだが、中身は純粋なミネラルウォーターだ。米スーパーチェーンのターゲットでは、500ml缶が1缶あたり1.89ドル(約280円)で販売されており、水としては決して安くはない。
一風変わった商品だが、「リキッド・デス」ブランドへの愛着はエナジードリンクにも迫る勢いで高まっている。現在同ブランドはティックトックとインスタグラムで、合計1400万人以上のフォロワーを獲得。米アトランティック誌は昨年3月時点ですでに、レッドブルとモンスターエナジーに次ぎ、飲料ブランドとして第3位の座を占めていたと指摘している。
■毎年3桁成長を続ける「死の水」
リキッド・デスは独立系ブランドとして、2017年に創業した。
米食品業界メディアのフード・インスティテュート誌によると、リキッド・デスは2024年に3億3300万ドル(約492億円)の売上を記録し、前年から26.6%増加した。だが、これも控えめな数字だ。2019年の販売開始から2023年までは、毎年3桁の成長率を維持してきた。
この成功は業界でも注目を集めた。ファストカンパニーは毎年発表する「世界で最も革新的な企業」の2025年版で、リキッド・デスを50社中43位に選出。水というどうにも捻りようのない商品で、これほどの革新性を認められることは極めて異例だ。
■元ネットフリックス広告マンがフェスで見つけた商機
ブランドの仕掛け人は、元ネットフリックスの広告ディレクター、マイク・セサリオ氏だ。
刈り込んだ髪と整えたあごひげに、カジュアルなファッションが似合う40代。いかにも人好きのする彼のアイデアの原点は、2009年の音楽フェスティバルでの意外な光景にあった。
米CNBCのインタビューに応じたセサリオ氏は、当時をこう振り返る。デンバーに住んでいた彼は、友人のバンドのステージを見ようと音楽フェスティバルに駆けつけた。
モンスターエナジーがツアーのスポンサーだったため、ミュージシャンたちはモンスターの缶を持ってステージ上に現れたが、実はこっそりと中身をエナジードリンクではなく水に入れ替え、演奏中の水分補給に利用していたという。
■「なぜマジメな水しかないのか?」
スポンサー事情のほか、バンドのイメージ戦略も影響していた可能性がある。同音楽フェスはパンクロックバンドが集まっており、アーティストとしては健康的なミネラルウォーターを客前で飲みづらい。
セサリオ氏はCNBCに対し、「なぜ健康的な商品に関して、もっと面白くてクールで、そして型破りなブランディングがないんだろうと考え始めた」と語る。「最も面白くて記憶に残る型破りなブランディングやマーケティングはこれまで、すべて(エナジードリンクなどの)ジャンクフード向けだった」
そして2014年、砂糖入りエナジードリンクの健康リスクについての公共広告キャンペーンに携わっていた彼は、「エナジードリンクをからかうスタント(パロディ)として、缶入りのウォーターというものを出してみる」というアイデアを思いついた。クライアントには却下されたが、セサリオ氏は自由時間にこのコンセプトを練り続けた。
同氏はCNBCに対し、当時からヒットの確信があったと語る。「もしも知り合いが店でこれを見かけたら、間違いなく手に取って『これは何だ?』と思うはずだ」「そして、誰かが手に取った時点で、ほぼ勝利したも同然なんだ」
■ファンの心を掴む「ルール破り」のブランド戦略
なぜ消費者は「死の水」という不吉な名前の商品に魅力を感じるのか。その答えは、既存の常識を覆すブランドのPR姿勢にある。
マーケティング会社オレンジPRのミーガン・ドリアン氏は、ガーディアン紙に対し、「この厳しい時代において、消費者はルールを破るブランドを熱烈に求めています」と指摘する。同氏によれば、ファンは「次は何が来るのか?」という要素を楽しんでおり、リキッド・デスのゲリラマーケティングは特にZ世代に響いているという。
環境問題への取り組みでさえ、同社は型破りな遊び心を忘れない。
だが、教科書的に環境保護を訴えることはなく、CMにはポルノスターを起用した。随所に性的なメッセージとのダブルミーニングを仕込んだユニークな動画で視聴者の話題をさらった。
現在CEOを務めるセサリオ氏は、アトランティック誌に対し、「人々が物を選ぶ理由の98%は合理的ではない。感情的なものだ」と語る。商品を売るのではなく、感情に訴えかける。その戦略が、単なる水を10億ドル規模のビジネスに変えた。
■企業への厳しい道…「死と書かれた商品など置けない」
「缶入りミネラルウォーター」という物珍しいアイデアだが、最初から受け入れられたわけではない。
セサリオ氏が投資家や飲料業界関係者に構想を持ち込むと、反応は極めて冷ややかだった。CNBCによると、「缶のデザインがビールに似すぎているため、顧客を混乱させるおそれがある」「小売店が『Death』と書かれた商品を棚に置くことは、絶対にない」など、否定的な意見ばかりだったという。
セサリオ氏はCNBCに対し、「あまりに突飛なアイデアだったので、誰も小切手を切ろうとはしなかった」と振り返る。
しかし、彼は諦めなかった。
■「どこで買えるの?」架空の商品ページに問い合わせ殺到
さらにセサリオ氏は、妻の友人の女優を起用し、1500ドル(約22万円)のポケットマネーを投じて約2分間のコマーシャルを撮影。その上、貯金を崩して「数千ドル(数十万円)」を捻出すると、動画を有料広告として展開した。
反響は予想をはるかに上回った。セサリオ氏はCNBCに対し、「4カ月で動画は300万回再生された」と語る。「フェイスブックのページには、約8万人のフォロワーがついた。これは当時の(米ペプシコが販売する水ブランドの)アクアフィーナのフェイスブックのフォロワー数よりも多かった」
フェイスブックのページへはメッセージが殺到した。どこで購入できるか、尋ねる内容だ。飲料の卸売業者からも、店舗に置きたいので営業担当者を探しているという問い合わせが相次いだ。
大反響を受け、投資家の目は変わった。2年間アイデアを売り込み続けた末、2019年1月にサイエンス・ベンチャーズから160万ドル(約2億4000万円)のシード資金を獲得。
■戦闘機を用意した常識外れのプレゼント企画
リキッド・デスのマーケティングは、時に度を超えた企画で世間を驚かせる。
2024年5月、同社は前代未聞のキャンペーンを発表した。CNBCなどが報じたこの企画は、40万ドル(約5900万円)相当の戦闘機「アエロ L-39C アルバトロス」を1名にプレゼントするという内容だ。当選者には格納庫6カ月分の無料使用権なども付いてくる。
戦闘機が欲しくない場合は、代わりに25万ドル(約3700万円)の現金が詰まったブリーフケースを受け取ることもできるという。企画はペプシコへの皮肉だ。1996年、ペプシコが「700万ペプシポイントでハリアー戦闘機がもらえる」というジョークCMを流したところ、大学生が実際に約70万ドル(約1億円)を投じて規定のポイントを入手。戦闘機がもらえなかったとして裁判に発展したが、最終的には「(CMは)明白な冗談だった」として訴えは棄却された。
リキッド・デスの過激なPR活動は他にもある。ガーディアン紙は、スーパーボウルで「魔女」を雇い、観客席から片方のチームに呪いをかけさせたエピソードを紹介。同紙が引用した専門家は「成功の要因は全て巧妙なマーケティングにある」と分析し、こうしたゲリラマーケティングが娯楽を重視するZ世代にヒットしていると述べている。
■ブランドが愛される秘訣は「自分が楽しむこと」
リキッド・デスの成功の秘訣は、若者に響くこうしたジョークにある。企業と消費者の関係性を捨て、あたかも内輪ネタを共有する親しい仲間同士のような、対等かつ親密なイメージを打ち出した。
同社のクリエイティブVPアンディ・ピアソン氏は、フード・インスティテュート誌に対し、「もし私がリキッド・デスで何か学んだとしたら、それは『自分が楽しんでいれば、人々も一緒に楽しんでくれる』ということだ」と語る。
同誌によれば、アメリカ人の16%がリキッド・デスを飲んだことがあり、そのうちZ世代とミレニアル世代が約80%を占めるという。
こうしてリキッド・デスは、CNBCが指摘するように、ブランドの「クールな」名前とデザインを好む若者から、子供にエナジードリンクよりも健康的な飲み物を飲ませたい母親まで、幅広いファンを獲得することに成功したのだ。
■健康が退屈である必要はない…枠を超えた発想で勝利した
リキッド・デスは、ミネラルウォーターの枠を超えて展開しつつある。
ブルームバーグによると、同社は昨年アイスティーを発売し、Amazonでボトル入りアイスティー売上1位を獲得した。フレーバーウォーターでは「キラー・コーラ」「グレーブ・フルーツ(グレープでなく墓を意味するグレーブ)」といった商品を展開している。
米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、同社が来年1月、エナジードリンク市場に参入すると報じた。カフェイン量は100ミリグラムに抑えており、最近の新興ブランドの約半分だ。
セサリオ氏は同紙に対し、カフェイン競争に傾倒するエナジードリンク業界を尻目に、「正気の」カフェイン量に保ったと語っている。水をあえて不健康にマーケティングした後は、エナジードリンクを健康的にプロデュースするという逆の行為で意表を突く。
パンクバンドが隠れて飲んでいた水から生まれたアイデアは、ミネラルウォーターが健康的でなければならないという既存の価値観を覆し、新たな市場を創造した。リキッド・デスの挑戦は、健康志向の商品が陥りがちな「退屈さ」への挑戦でもある。
日本でもスーパーの棚を見渡せば、健康的すぎて食べる前から味の悪さを想起してしまう商品や、いかにも年配層をターゲットにしており若者が敬遠してしまう商品は多い。あえて「ワル」を狙うイメージ戦略の可能性を、私たちは見逃しているのかもしれない。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)