なぜコメの値段は下がらないのか。キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は「JAは農業協同組合という本来の姿から離れ、金融事業をメインとする組織になっている。
■農協改革のアメリカ陰謀説
コメの値段が高騰し、JA農協に対する批判が高まっている。
コメの供給(生産)が前年より50万トンも増え米価は下がるはずなのに、JA農協は通常の年では玄米60キログラム当たり1万2000円だった農家への概算金(仮渡金)を2.5倍の約3万円に、前年に比べても倍近く引き上げている。これだと消費者が払う価格は精米5キログラム当たり5000円を超えそうである。昨年初めには2000円だったことを考えると異常な高騰である。これは、JA農協が独占的な市場支配力を持ち、それを行使しているからに他ならない。
JA農協は、これが安倍政権および数年前に小泉自民党農林部会長が行おうとした「農協改革」につながらないか心配しているようだ。JA農協系の農業経済学者は、農協改革の本丸は、
① 農林中金の貯金の100兆円と全共連の共済の55兆円の運用資金を外資に差し出し、
② 日本の農産物流通の要の全農をグローバル穀物商社に差し出し、
③ 独禁法の「違法」適用で農協の農産物の共販と資材の共同購入を潰すことだ
と主張している。外資とはアメリカ企業でグローバル穀物商社とはカーギルなどを指す。
本当にそのようなことがあるのか。一つひとつ、説明していきたい。
■「郵政民営化のアメリカ陰謀説」と同じ
これは郵政民営化に反論するためアメリカが350兆円の郵貯・簡保資金を狙っているという主張をなぞったものだ。
しかし、郵政民営化についての主張も根本のところで間違っている。
仮に、郵政もJA農協も、三菱UFG銀行やみずほ銀行のように株式会社にされ、アメリカ企業がこれらの銀行の株式を取得し経営権を握ったからといって、日本の個人や法人が所有権を持つ預金がアメリカのものになることはない。
そんなことをすれば、刑法的には窃盗または横領・背任の罪に問われることになり、民法的には不法行為による損害賠償請求を要求される。こんなことが起きるなら、日本の個人や法人は怖くて日本に進出している外資系銀行に預金しないはずだ。
■外資系企業に経営権を握られていない
少しまともな議論は、アメリカ企業が郵政の株式の大部分を取得して経営権を握り、これをアメリカに投資することで、アメリカの利益にするというものである。
しかし、巨額の預金量を持つ三菱UFG銀行やみずほ銀行も株式会社なので、外資系企業による株式・経営権の取得ということが起きる可能性はあるかもしれないが、現実には実現していない。
さらに、株式の20%超を保有する場合(主要株主)には、あらかじめ金融庁長官の認可を受けなければならないし、株式の50%超を保有する場合(支配株主)には、金融庁長官は銀行経営の健全性維持のため監督上必要な措置ができることとなっている。銀行については、外資を含め大株主に勝手なことをさせないような規制があるのだ。
そもそもアメリカに投資することがなぜ悪いのだろうか?
貯蓄から投資というNISAを利用して、日本の個人も利益の高いアメリカの株式や投資信託で資産運用している。アメリカへの投資はアメリカだけでなく日本の個人や法人にとっても利益になる。投資した銀行が利益を上げれば、預金者には金利の上昇という利益が還元されるだろう。
■JAバンクの経営権を外資が握るのは不可能
郵政民営化に反対する主張は、JA農協にはもっと当たらない。
根本的には、JAバンクは農協であり、その全国組織である農林中金はJA農協を会員・出資者とする組織で株式会社でもないことだ。JA農協を株式会社とすることは、農業協同組合法によって設立された協同組合を会社法に基づく株式会社にすることとなり、法的に不可能である。会社でない以上、外資系銀行が株式を取得して経営権を持つことすら不可能なのである。
それだけではない。JAバンクの108兆円の預金の約7割は、農林中金がわが国最高レベルの機関投資家としてウォールストリートで米国債等に投資している。既にわがJAバンクはアメリカで資産運用をして同国経済に大いに貢献しているのだ。アメリカは農協改革を日本政府にさせる必要すらない。
JA農協系の農業経済学者が、協同組合やJA農協に関する法律上または実態上のファクツも知らないで、主張を展開しているのは、奇妙なことである。しかも、それがJA農協系の誌面に掲載されているということは、JA農協自体がこれを容認していることになる。これまた奇怪である。
■JAバンクについての正しい議論
農業の生産額は9兆円しかないのに、JAバンクの預金量は100兆円を超える。預金のほとんどは兼業農家のサラリーマン所得と農地を宅地等に転用して得た膨大な資金である。
ほとんどが農外の活動からの資金で、農業からの資金はわずかだ。JA農協が減反・高米価政策を推進するのは、コストが高く本来はコメ農業から退出しているはずの兼業農家を組合員として維持し、そのサラリーマン所得を預金として活用したいからである。
他方で、融資先も農業へは1~2%に過ぎず、准組合員(農家でない組合員という農協特殊な組合員制度)への住宅ローンや元農家のアパート建設資金等に3割、残りの7割をウォールストリートで運用している。もはやJAバンクは農業系の銀行ではなくなっているのである。
アメリカに預金を取られることを心配するより、本来の農業銀行としてのあり方を議論すべきではないだろうか? 正しい議論の方向は、いまの脱農業的なJAバンクや農林中金は農協から独立した通常の銀行とし、農業のための金融機関はこれとは別に創設することだろう。JA農協から金融部門を切り離せば、JA農協にとって減反・高米価政策を推進する意味がなくなる。
■郵政民営化で日本は損をしたのか
これまで郵政民営化への反論が主張したような事態は実現していない。
あるとすれば、アメリカ政府が「政府の信用が背後にあるかんぽ生命が民間と競合する保険を販売するのは民業圧迫であり、外国企業の参入を妨げる非関税障壁である」と主張した結果、日本郵政子会社のかんぽ生命にアフラックのがん保険を売らせる譲歩を行わされたと批判されたことくらいだろう。
日本郵政の投資は失敗続きである。
オーストラリアの物流大手企業トール・ホールディングスを2015年、6200億円という巨額を拠出して買収したにもかかわらず、買収の2年後の2017年3月期に約4000億円の減損損失を計上し、2021年3月期にはトール・ホールディングスの不採算事業の売却に伴い、674億円の特別損失を計上している。
ところが、郵政民営化反対論者から問題視されたアメリカ・アフラックについては、これへの出資によって2025年3月から持分法が適用され、これが日本郵政の1千億円超の増益の3分の2を生んでいる。今や日本郵政の収益はアフラック頼みである。
■全農の巨大穀物輸出施設はいらない
金融以外のJA農協に関する主張についてもコメントしよう。
JA全農(農業部門の全国組織)についてカーギルが狙っているのはニューオーリンズに全農が持っている巨大穀物輸出施設だと言う。しかし、国内農業のための組織だったJA全農がアメリカ産農産物の日本への輸出拡大を支援し、日本の食料自給率を下げてきたのであり、このような施設はとっととカーギルに譲渡した方が良いのではないか?
同じ論者が、アメリカの小麦業界がコメの消費を減少させてきたと主張しているが、まさに同じことをJA全農が行ってきたのだ。食料自給率を下げたのはJA農協である。
■JAは「独禁適用除外」は正しいのか
また、独禁法の「違法」適用で農協の農産物の共販と資材の共同購入を潰すと主張している。現在JA農協はカルテルなど独禁法の適用を除外されている。
しかし、准組合員制度があるため、本来ならJA農協は独禁法の適用除外にならない法人なのに、農協法に特別な規定を設け、JA農協を独禁法の適用除外規定の要件を満たすものと「みなす」ことで救済している。JA農協に独禁法の適用除外規定を適用すること自体が、本来合法ではないのである。
JA農協は、コメで5割、肥料で8割、農薬や機械で6割の市場シェアを持つガリバー企業である。これに独禁法が適用されないのはおかしくないか? 今回コメの概算金を吊り上げ消費者に多大の負担を強いている。また、肥料等の農業資材は、原料はアメリカと同じなのに、その価格はアメリカの倍もする。
■JA農協は「農家いじめ」をやめよ
本業がサラリーマンの兼業農家は、自分で農産物の販路を開拓したり、安い農業資材を買おうとはしない。JA農協に“おんぶにだっこ”の状態である。これらの零細な農家がJA農協から高い農業資材を買って農産物価格を高くしている。JA農協の金融事業を改革することは、消費者にコメなどの農産物を安く届けることにもなるのだ。
独禁法の全てが適用除外されているのではない。カルテル規定は適用されないが、優越的な地位を利用した行為など「不公正な取引方法」を禁止した規定は適用される。
農家がJA農協を通さないでコメを販売したり肥料等を購入したりすることに対して、JA農協はこれらの農家に融資しないなどの対応を行ってきた。これ以外にもJA農協による農家イジメはたくさんある。
筆者が農水省で働いてきた若いころ、上司の課長に「君は農協が農家のために働いていると思っているのか」とあきれたように言われたことがある。JA農協は農家のための組織ではない。農協改革は当然ではないか。
■JA農協を農家のための組織に戻せ
最後に筆者が考えるJA改革について触れたい。
具体的には、農業から信用(銀行)・共済(保険)まで多様な事業を行う“総合農協”にまで拡大したJA農協の解体である。農業協同組合法、水産業協同組合法、消費生活協同組合法、中小企業等協同組合法の4つの協同組合法を全て廃止して、共通の一般協同組合法を作ることである。
農協法の前身の産業組合法は、そのようなものだった。新しい協同組合には、金融事業を兼務することは認めない。農業金融のための協同組合が必要なら、今のJA農協から金融部門を独立させ、一般協同組合法の下で、農業信用協同組合を作ればよい。信用組合等があるので必要なのかどうか分からないが、准組合員の金融機関が必要なら、地域信用協同組合を作ればよい。
これによって零細な兼業農家を温存するために、減反・高米価を続ける必要はなくなる。コメの値段は下がり、消費者が苦しむこともなくなるだろう。
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山下 一仁(やました・かずひと)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)、『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)など多数。近刊に『コメ高騰の深層 JA農協の圧力に屈した減反の大罪』(宝島社新書)がある。
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(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 山下 一仁)
このままJAが変わらなければ、コメ価格はずっと高いままだ」という――。
■農協改革のアメリカ陰謀説
コメの値段が高騰し、JA農協に対する批判が高まっている。
コメの供給(生産)が前年より50万トンも増え米価は下がるはずなのに、JA農協は通常の年では玄米60キログラム当たり1万2000円だった農家への概算金(仮渡金)を2.5倍の約3万円に、前年に比べても倍近く引き上げている。これだと消費者が払う価格は精米5キログラム当たり5000円を超えそうである。昨年初めには2000円だったことを考えると異常な高騰である。これは、JA農協が独占的な市場支配力を持ち、それを行使しているからに他ならない。
JA農協は、これが安倍政権および数年前に小泉自民党農林部会長が行おうとした「農協改革」につながらないか心配しているようだ。JA農協系の農業経済学者は、農協改革の本丸は、
① 農林中金の貯金の100兆円と全共連の共済の55兆円の運用資金を外資に差し出し、
② 日本の農産物流通の要の全農をグローバル穀物商社に差し出し、
③ 独禁法の「違法」適用で農協の農産物の共販と資材の共同購入を潰すことだ
と主張している。外資とはアメリカ企業でグローバル穀物商社とはカーギルなどを指す。
本当にそのようなことがあるのか。一つひとつ、説明していきたい。
■「郵政民営化のアメリカ陰謀説」と同じ
これは郵政民営化に反論するためアメリカが350兆円の郵貯・簡保資金を狙っているという主張をなぞったものだ。
しかし、郵政民営化についての主張も根本のところで間違っている。
仮に、郵政もJA農協も、三菱UFG銀行やみずほ銀行のように株式会社にされ、アメリカ企業がこれらの銀行の株式を取得し経営権を握ったからといって、日本の個人や法人が所有権を持つ預金がアメリカのものになることはない。
そんなことをすれば、刑法的には窃盗または横領・背任の罪に問われることになり、民法的には不法行為による損害賠償請求を要求される。こんなことが起きるなら、日本の個人や法人は怖くて日本に進出している外資系銀行に預金しないはずだ。
■外資系企業に経営権を握られていない
少しまともな議論は、アメリカ企業が郵政の株式の大部分を取得して経営権を握り、これをアメリカに投資することで、アメリカの利益にするというものである。
しかし、巨額の預金量を持つ三菱UFG銀行やみずほ銀行も株式会社なので、外資系企業による株式・経営権の取得ということが起きる可能性はあるかもしれないが、現実には実現していない。
さらに、株式の20%超を保有する場合(主要株主)には、あらかじめ金融庁長官の認可を受けなければならないし、株式の50%超を保有する場合(支配株主)には、金融庁長官は銀行経営の健全性維持のため監督上必要な措置ができることとなっている。銀行については、外資を含め大株主に勝手なことをさせないような規制があるのだ。
そもそもアメリカに投資することがなぜ悪いのだろうか?
貯蓄から投資というNISAを利用して、日本の個人も利益の高いアメリカの株式や投資信託で資産運用している。アメリカへの投資はアメリカだけでなく日本の個人や法人にとっても利益になる。投資した銀行が利益を上げれば、預金者には金利の上昇という利益が還元されるだろう。
■JAバンクの経営権を外資が握るのは不可能
郵政民営化に反対する主張は、JA農協にはもっと当たらない。
根本的には、JAバンクは農協であり、その全国組織である農林中金はJA農協を会員・出資者とする組織で株式会社でもないことだ。JA農協を株式会社とすることは、農業協同組合法によって設立された協同組合を会社法に基づく株式会社にすることとなり、法的に不可能である。会社でない以上、外資系銀行が株式を取得して経営権を持つことすら不可能なのである。
それだけではない。JAバンクの108兆円の預金の約7割は、農林中金がわが国最高レベルの機関投資家としてウォールストリートで米国債等に投資している。既にわがJAバンクはアメリカで資産運用をして同国経済に大いに貢献しているのだ。アメリカは農協改革を日本政府にさせる必要すらない。
JA農協系の農業経済学者が、協同組合やJA農協に関する法律上または実態上のファクツも知らないで、主張を展開しているのは、奇妙なことである。しかも、それがJA農協系の誌面に掲載されているということは、JA農協自体がこれを容認していることになる。これまた奇怪である。
■JAバンクについての正しい議論
農業の生産額は9兆円しかないのに、JAバンクの預金量は100兆円を超える。預金のほとんどは兼業農家のサラリーマン所得と農地を宅地等に転用して得た膨大な資金である。
ほとんどが農外の活動からの資金で、農業からの資金はわずかだ。JA農協が減反・高米価政策を推進するのは、コストが高く本来はコメ農業から退出しているはずの兼業農家を組合員として維持し、そのサラリーマン所得を預金として活用したいからである。
他方で、融資先も農業へは1~2%に過ぎず、准組合員(農家でない組合員という農協特殊な組合員制度)への住宅ローンや元農家のアパート建設資金等に3割、残りの7割をウォールストリートで運用している。もはやJAバンクは農業系の銀行ではなくなっているのである。
アメリカに預金を取られることを心配するより、本来の農業銀行としてのあり方を議論すべきではないだろうか? 正しい議論の方向は、いまの脱農業的なJAバンクや農林中金は農協から独立した通常の銀行とし、農業のための金融機関はこれとは別に創設することだろう。JA農協から金融部門を切り離せば、JA農協にとって減反・高米価政策を推進する意味がなくなる。
■郵政民営化で日本は損をしたのか
これまで郵政民営化への反論が主張したような事態は実現していない。
あるとすれば、アメリカ政府が「政府の信用が背後にあるかんぽ生命が民間と競合する保険を販売するのは民業圧迫であり、外国企業の参入を妨げる非関税障壁である」と主張した結果、日本郵政子会社のかんぽ生命にアフラックのがん保険を売らせる譲歩を行わされたと批判されたことくらいだろう。
日本郵政の投資は失敗続きである。
オーストラリアの物流大手企業トール・ホールディングスを2015年、6200億円という巨額を拠出して買収したにもかかわらず、買収の2年後の2017年3月期に約4000億円の減損損失を計上し、2021年3月期にはトール・ホールディングスの不採算事業の売却に伴い、674億円の特別損失を計上している。
ところが、郵政民営化反対論者から問題視されたアメリカ・アフラックについては、これへの出資によって2025年3月から持分法が適用され、これが日本郵政の1千億円超の増益の3分の2を生んでいる。今や日本郵政の収益はアフラック頼みである。
アメリカに略奪されるどころか、助けてもらっているのだ。
■全農の巨大穀物輸出施設はいらない
金融以外のJA農協に関する主張についてもコメントしよう。
JA全農(農業部門の全国組織)についてカーギルが狙っているのはニューオーリンズに全農が持っている巨大穀物輸出施設だと言う。しかし、国内農業のための組織だったJA全農がアメリカ産農産物の日本への輸出拡大を支援し、日本の食料自給率を下げてきたのであり、このような施設はとっととカーギルに譲渡した方が良いのではないか?
同じ論者が、アメリカの小麦業界がコメの消費を減少させてきたと主張しているが、まさに同じことをJA全農が行ってきたのだ。食料自給率を下げたのはJA農協である。
■JAは「独禁適用除外」は正しいのか
また、独禁法の「違法」適用で農協の農産物の共販と資材の共同購入を潰すと主張している。現在JA農協はカルテルなど独禁法の適用を除外されている。
しかし、准組合員制度があるため、本来ならJA農協は独禁法の適用除外にならない法人なのに、農協法に特別な規定を設け、JA農協を独禁法の適用除外規定の要件を満たすものと「みなす」ことで救済している。JA農協に独禁法の適用除外規定を適用すること自体が、本来合法ではないのである。
JA農協は、コメで5割、肥料で8割、農薬や機械で6割の市場シェアを持つガリバー企業である。これに独禁法が適用されないのはおかしくないか? 今回コメの概算金を吊り上げ消費者に多大の負担を強いている。また、肥料等の農業資材は、原料はアメリカと同じなのに、その価格はアメリカの倍もする。
独占力を背景に、農家に高い資材価格を押し付けているのである。コスト意識の高い主業農家は、農業資材を農協から買わない。大きな農家は韓国から肥料を輸入している。その方がJA農協から買うより3割も安いからだ。
■JA農協は「農家いじめ」をやめよ
本業がサラリーマンの兼業農家は、自分で農産物の販路を開拓したり、安い農業資材を買おうとはしない。JA農協に“おんぶにだっこ”の状態である。これらの零細な農家がJA農協から高い農業資材を買って農産物価格を高くしている。JA農協の金融事業を改革することは、消費者にコメなどの農産物を安く届けることにもなるのだ。
独禁法の全てが適用除外されているのではない。カルテル規定は適用されないが、優越的な地位を利用した行為など「不公正な取引方法」を禁止した規定は適用される。
農家がJA農協を通さないでコメを販売したり肥料等を購入したりすることに対して、JA農協はこれらの農家に融資しないなどの対応を行ってきた。これ以外にもJA農協による農家イジメはたくさんある。
このような行為は独禁法上の「不公正な取引方法」に該当するとして、公正取引委員会からたびたび違反を指摘されている。
筆者が農水省で働いてきた若いころ、上司の課長に「君は農協が農家のために働いていると思っているのか」とあきれたように言われたことがある。JA農協は農家のための組織ではない。農協改革は当然ではないか。
■JA農協を農家のための組織に戻せ
最後に筆者が考えるJA改革について触れたい。
具体的には、農業から信用(銀行)・共済(保険)まで多様な事業を行う“総合農協”にまで拡大したJA農協の解体である。農業協同組合法、水産業協同組合法、消費生活協同組合法、中小企業等協同組合法の4つの協同組合法を全て廃止して、共通の一般協同組合法を作ることである。
農協法の前身の産業組合法は、そのようなものだった。新しい協同組合には、金融事業を兼務することは認めない。農業金融のための協同組合が必要なら、今のJA農協から金融部門を独立させ、一般協同組合法の下で、農業信用協同組合を作ればよい。信用組合等があるので必要なのかどうか分からないが、准組合員の金融機関が必要なら、地域信用協同組合を作ればよい。
これによって零細な兼業農家を温存するために、減反・高米価を続ける必要はなくなる。コメの値段は下がり、消費者が苦しむこともなくなるだろう。
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山下 一仁(やました・かずひと)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)、『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)など多数。近刊に『コメ高騰の深層 JA農協の圧力に屈した減反の大罪』(宝島社新書)がある。
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(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 山下 一仁)
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