自民党総裁選挙で高市早苗氏が選ばれ、新しい総裁に就任した。コラムニストの河崎環さんは「『極右政治家』とまで称された彼女のこれまでの道のりは、60代バブル世代の女性である彼女が強固な男性社会の中でこの位置までやって来るための処世術であったのではないか。
実際にはバランス感覚を失わないリアリストなのではないか」という――。
■出世の頂点に立った「超保守おばさん」
なんてタイトルを、と、お品のよろしい方々がまた眉をひそめるのが目に見えるようだ。だが、おばさんはおばさんである。週末の日本が驚いてひっくり返った自民党新総裁、高市早苗氏(64)。私(52)もまごうことなきおばさんであり、現代ではおばさんをおばさんと呼んでコンプラ的にセーフなのはおばさんだけなので、遠慮なく書く。
日曜日、総裁選出後の記者会見を「本当に高市さんになったんだ」と呆然と見た視聴者は多かったに違いない。おそらく彼女としては「怖くないですよ」というアピールであり、イメージコントロールなのであろう、時折ちょいちょい挟み込まれる作り笑いや猫撫で声がむしろ怖い。女性リーダーに、そんな「怖くないですよ」を装う仕草がいまだに求められてしまうのが、日本の現在地である。
だが若い世代にはその仕草は不自然と映り、逆にあれが気持ち悪くて仕方ないと語る人もいる。若者には、あれは「日本初の女性自民党総裁の誕生!」として映るよりも、「日本の偏った男性社会の中で必死に適応して出世し、頂点に立ったおばさん妖怪の姿」と思えるのだそうだ。彼らはよく見抜いている。
■「男性優位政党の超保守のスター」
高市総裁誕生を報じる海外メディアは、日本のメディアよりもはるかに直接的な言葉で、日本初の女性首相となる見込みの女性を評した

「政治において女性が非常に過小評価されている日本での画期的な出来事」(米紙ニューヨーク・タイムズ電子版
「限られた閣僚ポストしか与えられてこなかった保守的な自民党の女性議員」「男性優位政党の超保守のスター」(米AP通信
「英国初の女性首相となったマーガレット・サッチャー氏の長年の崇拝者」「鉄の女になるとの大望」「多くの女性有権者は高市氏を進歩の擁護者とみなしていない」「高市氏は……(選択的夫婦別姓法案について)……伝統に反するとして長い間反対して聞いた強硬な保守派。同性婚にも反対している」(英BBC放送

フランスの経済紙レ・ゼコーに至っては、「nationaliste radicale(急進的ナショナリスト=極右)」とズバリ、「密かにタリバンと呼ばれている」と日本人には覚えの薄い表現まで飛び出し、実に手厳しい。
海外からもそんな「超保守」と見なされる60代の女性政治家が総理大臣(見込み)という古典的な立身出世の頂点に立った、この結果。いわば、これが「解党的出直し」に対して自民党が出した回答だ。そしてそこにはキングメーカー、麻生太郎・自民党最高顧問のまだまだ健在な姿がしっかりとあった。
■あの米国よりも先に女性首長が誕生か
前回のコラムで「女たちは同じ女だからといって高市早苗氏を支持していない」と書き、男女問わぬ読者からやんやの喝采を頂戴した私ではあるが、「結局、あの米国よりも日本の方が先に首都も国家も女性首長の誕生が実現した(する公算が大きい)」という一点のみでは、感慨を抱くのは事実である。
もちろん、新総裁が小泉進次郎氏であったなら大幅な若返り、高市氏であったなら初の女性首相誕生の見込みという、どちらへ転んでも新しい話題を提供する選択ではあった。特に、例えば詳しい人物像を知らずに若さや女性という「属性」だけで見るのであれば、事情を知らない海外の人などはどちらであっても刷新イメージを受け取るのかもしれない。
国際金融市場は、日本は小泉進次郎を選んで石破現政権同様の路線を維持するとの共通の強い見通しを持っていたため、高市新総裁誕生には国内の我々と同じ驚きや焦りをもって反応した。強いリーダーシップと資本主義に則った経済政策を評価する市場はアベノミクス再来と好感、日経平均株価は急騰し過去最高値を大幅に更新し、「高市トレード」が始まった。高市氏が利上げに否定的であること、円安志向であるとの読みから同時に円安も進んだが、経済通であることが強みの高市氏としては、少なくとも市場の好感は祝砲に聞こえるだろう。
■論功行賞と派閥への配慮で「自民党らしさ」全開
だが、もちろん高市早苗総裁を期待している人ばかりではなかった日本国内では、さまざまな感情、反応が渦巻く。

総裁選後一夜明けた高市氏がさっそく麻生氏と面会した後、麻生太郎・新副総裁、鈴木俊一・新幹事長という、総裁選の最後の一押しに大いに貢献した麻生氏と(「派閥解消何それおいしいの」な)麻生派へ配慮した党内人事がいち早く発表された。しかもそれが総裁選前に内定していたとも報じられた時には、やっぱり自民党における流儀とは否定しがたくそういうものなのだという、既視感のある諦念があった。
まして「裏金議員」代表格とされた旧安倍派幹部の萩生田光一氏を、「党内処分と国政の審判も経てみそぎは済んだ」との認識から幹事長代行へ起用すると報道されていることに至っては、野党は「激おこ」である。
■処世術に隠されたバランス感覚
野田佳彦・立憲民主党代表はこの人事を「ザ・自民党」「解党的出直しになっていない」とし、首班指名選挙前の時点で高市総理誕生を確実視した閣僚人事プランがチラ見せされることにも「我々を舐めている」と激しく批判。立憲としては、高市氏の連立構想から外れた維新などとの連携で野党統一候補を擁立し、首班指名選挙へ臨む姿勢を明確にした。
現代のもう一人のスターである国民民主党代表・玉木雄一郎氏を推すとの案も冗談混じりに口にされたようだが、昨年以来の玉木氏の動きや野心を見れば、決して「玉木雄一郎首相」も冗談ではないかもしれないと思わせるから、面白くなりそうである。
とはいえ、ここまで報道された人事プランを見ると、高市氏は麻生派、旧安倍派に目配せをしつつ、すでに女性議員の登用、総裁選を戦った他4候補も適材適所で起用するとの方針を明確にしており、秋の靖国参拝を見送ると表明するなど、これまでの主張やイメージとは異なる顔を見せている。高市政権の樹立に至れば、もしかして実践レベルではかなりバランスに配慮した、ある意味丸まった政治を行っていくのではとの印象も受ける。
それは、経済家の高市氏にとって、イデオロギーよりも金融や経済のリアクションの方が行動指標、評価となるからではないか。経済分野の人間でも理解と同意が難しく、国民に対しては確実に大きな説明責任を伴う「責任ある積極財政」派の彼女はある意味、「市場からの採点」に素直な“経済優等生”になるのかもしれない。
「極右政治家」とまで称された彼女のこれまでの道のりは、60代バブル世代の女性である彼女が強固な男性社会の中でこの位置までやって来るための処世術であったのではないか、だから「実践はまた別」と底の部分で心得ており、実際にはバランス感覚を失わないリアリストなのではないか。女とはそういうものだ、と、私もどこかでそう感じる。
高市早苗氏のありようは、日本の女の現在地でもあるのだ。
■進次郎氏の大挑戦が終わった
なお、蛇足だが、今春の政府備蓄米騒動があった頃、某大学病院関係者内には、ある密かな伝達が回ったそうだ。「全科、小泉進次郎氏の申し入れがあった場合には迅速に受け入れ、対応すること」。
すわ進次郎氏が病の淵に? ではない。その病院には、院内アクセスが悪くて病室としては不向きだが政治家が健康を理由に隠れるのには最適というので有名なVIPルームがあり、農水相オファーを受けて備蓄米問題と取り組むことに決めた進次郎氏のチームでは、その後の政治進展も見越して「万一の逃げ場」を用意していたのだ。
そう考えると、44歳進次郎氏にとっておそらく重大な覚悟との引き換えであったのだろう、2025年春夏の大挑戦がやっと終わったのだとも思える。
おのおのの政治家にプランあり、戦いあり、政治家人生あり。何が起こっても政治は面白い、つくづく飽きないと思えるのは、こんな瞬間だ。

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河崎 環(かわさき・たまき)

コラムニスト

1973年、京都府生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。時事、カルチャー、政治経済、子育て・教育など多くの分野で執筆中。著書に『オタク中年女子のすすめ』『女子の生き様は顔に出る』ほか。


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(コラムニスト 河崎 環)
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