■「朝はなかなかエンジンがかからない」
こんにちは、産業医の武神です。毎年秋口から年末にかけて、産業医面談では「なんとなく気分が重い」「午前中とくに仕事のギアが入らない」「ふと寂しい感じがする」といった不調の相談が明らかに増えます。夏の疲れが残っている側面もありますが、この時期の不調の大きな背景には、日照時間の減少という季節的要因が深く関わっています。
そこで今回は、この仕組みと対策となる習慣についてお話しさせていただきます。
私のクライエントの衛生委員会で毎月顔を合わせるAさん(50代)は、ベテランで同僚からの信頼も厚い人です。彼女は毎年、夏が終わり涼しくなり始めると、決まってこう口にします。「ああ、またこの季節がやってくる」。
この時期Aさんが感じ始める不調は、深刻な抑うつとは少し異なります。具体的には、朝、布団から出るのに時間がかかるようになり、「朝はなかなかエンジンがかからない」と感じます。午前中は、集中力が散漫になりがちで、周囲からは「秋口は少し静かで、テンポが遅くなる」と認識されているようです。
■日照時間の減少に伴う体内リズムと気分の変化
しかし、食欲は普通にあり、眠れないわけでもありません。
私は、Aさんの訴えと毎年繰り返されるパターンから、これには季節性の気分変動の影響が強く関わっていると感じました。具体的には、日照時間の減少に伴う体内リズムの変化と、それに伴う気分の変化です。
そこで、Aさんには薬物療法ではなく、以下の具体的な生活習慣の改善策を提案し、実践してもらっています。
まずは、朝一番の日光浴。朝起きたらすぐに、日光を意識的に浴びること。具体的には、時間的余裕があれば自宅で窓の近くで15分ほど過ごす。難しい場合は、通勤途中に一駅歩くなどして、意識的に屋外で日光を浴びることです。
昼休みは、ビルの地下街などを歩くのではなく、地上を歩いて日光を浴びるようお願いしています。
■環境調整で体調の波に対処する
仕事に関しては、季節に応じたペース配分を意識すること。体調が優れないことが多い秋の時期は、無理に新しいことや大きなタスクを試すのを減らし、ペースダウンを容認すること。本人も、仕事において、朝一番からの重要な会議を極力控えるといった工夫を実践しています。
Aさんは、こうした対策を毎年継続することで、秋冬の不調を乗り切っています。そして春になると、元通りのいきいきとした笑顔を見せてくれるのです。
このケースは、メンタル不調とまでは言えなくとも、季節の変わり目に誰もが経験しうる体調の波を、環境調整によって上手に対処できた好例と言えるでしょう。
■朝一番の日光浴で「幸せホルモン」を増やす
Aさんのケースで、私がまず提案したのは「朝一番の日光浴」でした。これこそが、Aさんのような季節性の気分変動に対して最も重要とされる対策の一つです。その鍵を握るのが、「幸せホルモン」とも呼ばれるセロトニンです。
セロトニンは、気分や精神の安定、衝動の制御、集中力、そして睡眠に深く関わる脳内神経伝達物質です。
光が目から入ると、その刺激は脳に伝わり、体内時計がリセットされます。これによりセロトニン神経が活性化し、日中のセロトニン分泌が促進されます。この分泌が滞ると、気分が落ち込んだり、集中力が低下したり、ひいては夜間の睡眠を促す脳内物質であるメラトニンの生成にも影響し、悪循環に陥りやすくなります。
Aさんが通勤時に地上を歩いたり、お昼休みにビルの外で過ごしたりすることを心がけているのは、このセロトニンを効率よく増やし、体内時計を季節の変化に適応させるための理にかなった生活習慣なのです。
■朝食には「納豆、豆腐、乳製品、バナナ、ナッツ類」
セロトニンを増やすための手段は日光浴だけではありません。Aさんのように「何か対策を打ちたい」と考える方が日常で実践できる習慣は他にもあります。
ウォーキングや軽いジョギング、階段昇降、さらには深呼吸やガムを噛むといった一定のリズムを持つ運動は、セロトニン神経を刺激し、その合成を促進することが分かっています。無理のない範囲で日常に組み込むことが、気分の安定につながります。
また、セロトニンは、必須アミノ酸の一つであるトリプトファンを原料に作られます。トリプトファンは体内で生成できないため、食事から摂取する必要があります。
Aさんが秋冬の不調を乗り越えられているのは、日光、運動、食事という生活習慣の中から彼女自身が可能な環境調整を複合的に、かつ継続的に取り入れているためです。このようなセロトニンの分泌を支える生活習慣は、メンタル不調の予防や回復において、この時期以外でも重要な基盤となります。
■孤独感や漠然とした不安に悩むBさん
Aさんのような「朝のエンジン」の不調とは異なり、精神的な満たされなさや孤独感が秋口から強まるという訴えで面談に訪れるケースもあります。次に紹介するのは、都内で働く独身の30代後半・営業職Bさんのケースです。
Bさんは仕事への意欲が高く、平日は多忙ながらも充実しています。しかし、毎年秋から冬にかけて、週末に気分が落ち込みやすくなると産業医面談で教えてくれます。
Bさんは、うつ病や他のメンタルヘルス疾患を思わせるほどの状態ではありません。食欲もあり、睡眠も良好で仕事にも集中できます。しかし、秋の夜長や、気温の低下で外出がおっくうになる週末、誰とも会わない時間が続くと、内面で人知れず寂しさが募るそうです。
「平日は昼も夜もチームのメンバーと活発にやり取りしているし、目標達成の喜びもある。でも、土曜日の朝、目が覚めた瞬間に『あれ、なんか気分が重いな』と感じます。
「ストレスというより、精神的な栄養不足みたいな感覚」と面談では表現していました。コロナ禍で在宅勤務が続いた時に感じた感覚で、出社するようになりなくなったものの、今は秋の週末に蘇ってくるとのことでした。
■「愛情ホルモン」と呼ばれるオキシトシン
Bさんのケースで注目したのは、心の安定に深く関わるオキシトシンの分泌機会の不足でした。オキシトシンは「愛情ホルモン」「絆ホルモン」と呼ばれ、スキンシップや温かい共感的なコミュニケーションによって分泌が促され、ストレスの緩和や幸福感をもたらします。
そして近年、このオキシトシンの分泌メカニズムと、季節性の不調の要因である日光の間に、意外な関連性が示唆されています。
これまで、日光は「幸せホルモン」セロトニン分泌を促すことが知られていましたが、最近の動物研究(マウス)では、光刺激がオキシトシン系の活動に直接影響を与える可能性が報告されています。そのメカニズムは複雑ですが、要約すると以下の通りです。
1.光の受容:網膜にある特別な細胞が光(特に青色成分)を受容します。
2.オキシトシン神経の活性化:その光の信号が、脳の視床下部のオキシトシンを産生する神経核へ伝達されます。
3.分泌の促進:これによりオキシトシン神経が活性化され、オキシトシンの放出が促されます。
■日光を浴びることがオキシトシン分泌を増やす可能性
この研究は、新生仔マウスの脳発達において、光によるオキシトシン活性化が皮質のシナプス形成を助けることを示しています。
※参考文献:Zhou et al.,“Lighting up Oxytocin Neurons to Nurture the Brain” 2022
つまり、秋冬に体調や気分が低下する背景として、光の入力が減ることで、この「光―オキシトシン神経」の駆動が弱まり、結果的にオキシトシン系の活性が相対的に下がる可能性が考えられるのです。マウスの実験で光入力の欠如が脳内オキシトシン低下を招いたことから、人間の季節変動においても、光量の季節差がオキシトシン系に影響する可能性は否定できません(ただし、人間の季節変動としてのオキシトシン分泌低下については、まだ直接的なデータが十分ではありません)。
■低リスクで高コスパなセルフケア
このような研究結果は、Aさんのような「朝の不調」や、Bさんのような「孤独感」の訴えへの対策として、セロトニン分泌を促す「起床後~午前中の日光浴」や「リズム運動とセットで光を浴びる」といった行動が理にかなっていることを示しています。
Bさんのケースは、季節の変わり目の心の不調が、日照不足だけでなく、人とのつながりの希薄化(によるオキシトシン低下)によって深まっている可能性を示唆しています。忙しいビジネスパーソンにとって、意図的に人との絆を深める機会を作り出すことが、精神的な安定に不可欠なセルフケアとなりえます。
AさんやBさんの症状が少しでもあてはまるように感じた人は、特にこれからの季節は日光浴を意識した生活習慣、人や動物との温かい触れ合いでセロトニンやオキシトシンの分泌システムを整えるこの二重のアプローチこそが、低リスクで実践価値の高い(高コスパな)セルフケアと言えるでしょう。
いつでもココロとカラダの健康を保つことはとても大切なことです。しかし、このように、明らかなストレスがなくても、調子を崩してしまうことがあります。今日の話が、少しでも皆様の健康管理にお役に立てば光栄です。
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武神 健之(たけがみ・けんじ)
医師
医学博士、日本医師会認定産業医。一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。ドイツ銀行グループ、バンク・オブ・アメリカ、BNPパリバ、ムーディーズ、フォルクスワーゲングループ、BMWグループ、エリクソンジャパン、テンプル大学日本校、アドビージャパン、テスラ、S&Pといった大手外資系企業を中心に、年間1000件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を実施。働く人の「こころとからだ」の健康管理を手伝う。2014年6月には、一般社団法人日本ストレスチェック協会を設立し、「不安とストレスに上手に対処するための技術」、「落ち込まないための手法」などを説いている。著書に、『職場のストレスが消える コミュニケーションの教科書』や『不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣』『外資系エリート1万人をみてきた産業医が教える メンタルが強い人の習慣』などがある。働く人のココロとカラダをサポートする無料AIチャット相談サービス「産業医DrT」を運営。
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(医師 武神 健之)

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