イギリスの名門自動車メーカー、ジャガーに海外メディアの注目が集まっている。2025年4月には月間欧州販売台数はわずか49台で、前年同期比97.5%減を記録したと話題になった。
背景にはガソリン車を全て廃止し、EVに全リソースを投入する極端な経営戦略がある――。
※編集部註:初出時のタイトル・リードの一部を変更しています。(10月22日23時45分追記)
■税金投入で救済の異常事態
かつてイギリスの誇りであった、高級・準高級自動車メーカーのジャガー。栄光の日々は去り、厳しい状況に置かれている。
1950年代から60年代にかけて、ジャガーはル・マン24時間レースで幾度も優勝を飾った。フェラーリやアストンマーティンに匹敵する性能を4分の1の価格で実現する「奇跡のメーカー」として、世界中から称賛を浴びた。
中でも美しいE-Typeは「世界で最も美しい車」とさえ呼ばれ、エリザベス女王をはじめ英国王室にも愛用されてきた。映画『007』シリーズにも登場し、1世紀以上にわたる同ブランドの歴史は、イギリスの優雅さと革新性の象徴でもあった。
そのジャガーが現在、かつてない危機を迎えている。
今年8月31日には大規模サイバー攻撃を受け、同ブランドの生産は完全に停止。英ガーディアン紙によると、従業員は自宅待機となり、10月に入っても生産再開のめどは立っていない。被害総額は数億ポンド(数百億円から数千億円)に上るとみられる。
ジャガーに部品を納める約700社を救うべく、イギリス政府は公金を投じ、ジャガー向けの部品を買い取る異例の救済策を検討している。
かつてル・マンで栄光を手にし、エリザベス女王も愛用したイギリスの誇りが、今や政府の救済なしには立ち行かない窮地に陥っている。しかし、実のところ同ブランドは8月のサイバー攻撃の遥か以前から、滅亡への道を自ら歩み始めていた。
■月間販売台数が97.5%減に
ショッキングな数字が大々的に報じられるようになったのは、今年7月前後のことだ。
米自動車ディーラー向けメディアのCBTニュースが欧州自動車製造業者協会(AECA)のデータを引用して伝えたところによると、ジャガーの欧州での新車登録台数は今年4月、わずか49台のみであった。前年同期には1961台を販売しており、97.5%減という壊滅的な数字だ。
年初からの累計でも、1月から4月までの販売は2665台にとどまり、前年同期から75.1%も落ち込んでいる。その後も状況に目立った改善はなく、5月も前年同期比93.6%減であったと米カー・スクープ誌が報じている。
長期的な推移を見れば、事態の深刻さはさらに際立つ。CBTニュースによれば、ジャガーの世界販売台数は2018年の18万833台から、2024年度にはわずか2万6862台にまで減少。たった6年で販売台数の85%が消えてしまった。
本国のみならず、アメリカ市場も同様に厳しい。
カー・アンド・ドライバー誌は、2023年のジャガーの米国販売がわずか8284台だったと報告している。2017年の3万9594台から約80%も減った。市場シェアは0.05%に過ぎず、かろうじて存在を保っている状態だ。
■経営陣が放った愚策「全ガソリン車を廃止せよ」
販売数低下の原因は、ジャガー経営陣の極端な経営戦略にある。
同ブランドは昨年、ブランドイメージを刷新すべく、これまで販売していたガソリン車全モデルの撤廃を決定。さらなる高級化を果たしたEVモデルのみのラインナップへシフトを図っていた。BMWアウディがガソリンモデルとの併売を続けるのに対し、新モデルが揃うまでは車両の製造を一切停止するという非常に危うい戦略だ。
カー・アンド・ドライバー誌はこの詳細を、昨年10月に伝えている。ジャガーは販売中だった6モデル全ての生産停止を発表。これには、セダンのXEとXF、クロスオーバーのE-PaceとI-Pace、そしてスポーツカーのF-Type、そして量販型SUVのF-Paceが含まれる。I-PaceのみがEVであった。同年末までに生産終了するとの発表を受け、業界に衝撃が走った。

英BBCのトップギア誌はこの動きを、同ブランドの「防火帯」戦略であると紹介。あたかも火災の延焼を防ぐ空白地帯のように、従来の「準高級」ブランドと新しい超高級EVブランドとの間に意図的な断絶期間を設け、過去のイメージを完全に焼き切って生まれ変わる意図だ。ポルシェやベントレーと競う10万ポンド(約2000万円)以上の価格帯を狙うため、あえて製品を発売しない期間を設けるというわけだ。
ただし、評判は芳しくない。米技術解説誌のポピュラーメカニクスは、「近年の自動車業界でも最大級の失態の一つ」と断じた。前述のように新車販売数が97.5%減を記録したほか、ブランドイメージの低下を受け、中古車販売も9%減少している。さらに、記事によると「記録的に低い消費者信頼度」を観測するなど、ブランドイメージの毀損は明らかだ。
業界アナリストのサム・フィオラーニ氏もカー・アンド・ドライバー誌に、「ジャガーが今後のEVに寄せている期待が現実とかけ離れている限り、売れる見込みのない車を大量に作る羽目になるだろう」と警告。EV化への急激な転換に懸念を示している。
■「ブランドイメージばかり高く利益が出ない」
極端な戦略の背後に、ジャガーが長年抱える構造的な問題がある。
ジャガーとランドローバーの2ブランドを展開するJLR社のエイドリアン・マーデルCEOは投資家向け説明会で、内情を明かした。生産終了に至ったXE、XF、E-Pace、I-Pace、F-Typeなどはすべて、「それらの車種はどれも、利益を生んでいなかった」という。

カー・アンド・ドライバー誌によると、JLRのジョー・エバーハート北米CEOは「現在の車は美しく素晴らしいが、ジャガーを他とは違うものにしていた特別なDNAを少々失ってしまった」と認めている。名門ブランドのイメージばかりが残る一方で、実際の車種ラインナップの魅力は低下。資金豊富な購買者層は他の高級ブランドへ流れてしまっていた。
そこへ致命傷となったのが、市場ニーズとのミスマッチだ。同氏は「市場はかなり変化した。我々は3種のセダンを展開していたが、市場の80%はSUVが占めていた」と説明。セダンで成功したBMWのような歴史もないまま、規模、コスト、顧客忠実度のいずれでも劣勢に立たされていた。
英インディペンデント紙は、この事態を冷静に分析している。「ジャガーの販売が崩壊したのは、単純に車を作るのをやめたからだ」と同紙は指摘。売上97.5%減という数字について、「存在しない車は売りようがない」と述べ、生産停止による当然の帰結だと述べている。
意図的にすべての車種の生産を止め、1年以上も新車なしで生き延びようとする自動車メーカーは、歴史的に観てもほぼ例がない。戦略的な販売停止と言えば聞こえは良いが、一度興味を失った顧客層が販売再開時に戻ってくる保証はどこにもない。

■競合他社は慎重路線なのに…
ジャガーが意気揚々と推進するEVへの転換戦略だが、これは皮肉にも市場の流れと逆行する動きだ。高級車市場では特に、EVから各社が距離を置き始めている。
アウディは2月にブリュッセルの工場を閉鎖し、EVモデルであるQ8 E-Tronの生産を打ち切った。フェラーリも6月、EV需要の低迷を受け、EVモデルの第2弾を先送りしている。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は今年9月、こうした動向を念頭に、ジャガーの戦略がいかに危ういかを指摘している。
ロンドンで活動する自動車ジャーナリストで「Brown Car Guy」メディアを運営するシャーザド・シェイク氏は、同紙の取材に応じ、ジャガーへの手厳しい意見を述べている。
「高級車の顧客はガソリンエンジンの音と感触を愛していますし、燃料代を気にする必要もありません」と指摘。「ジャガーが若い層にアピールしようとするリブランディングが成功するかは別として、『EV専業になる』と宣言したことで、自ら首を絞めているのです」と断じた。
これまでジャガーが市場に投入したEVも、散々な実績となっている。トップギア誌によれば、同社初のEVであるI-Paceは同ブランドにとって「金食い虫」だったという。製造をオーストリアの下請け業者マグナ・シュタイヤーに頼らざるを得ず、薄い利益率に苦しんだ。魅力的なリース条件を提示する体力もなかったことが重なり、モデルは失敗に終わった。

■「計画通り」と主張する経営陣
それでもジャガーの経営陣は、驚くべきことにこの惨状を「計画通り」だと言い張っている。
ジャガーのローデン・グローバー常務取締役の発言からは、これまで同ブランドを愛した顧客層への容赦ない決別が読み取れる。ウォール・ストリート・ジャーナル紙が9月に伝えたところでは、グローバー氏は「リブランド後は、今の顧客の15%しか買わないだろう」とあっけらかんと語った。
つまり、既存顧客の85%を切り捨てる覚悟だということだ。同氏は「リスクを恐れず、大胆に行動する必要があった。デザインが賛否両論を呼ぶことは承知の上だった」と述べ、「それでまったく構わない。万人受けする必要はない」と開き直った。
問題の新型車は、昨年12月にマイアミ・アート・ウィークで公開された4ドアEVの「Type 00」コンセプトカーを指す。ジャガーの伝統にそぐわない突飛で無骨なデザインと、実用性を疑う巨大なサイズで物議を醸した。
Type 00は10万ポンド(約2000万円)以上の価格設定で、象徴的なジャガーのロゴを廃止し、ミニマムデザインのモノグラムを採用している。エレガントで洗練された、英国紳士的な優雅さを愛したこれまでの顧客にとって、容易に受け入れられるものではない。
CNNは、新型車が従来の自動車ショーではなくアート展で発表されたことも物議を醸したと指摘。「ジャガーの将来のデザインの方向性を示す」モデルだと謳われたが、賛否両論に終わった。
■独りよがりのブランド戦略に走ってしまった
こうした大胆なイメージ変更は、超高級市場へのシフトを意図したものだ。
英フィナンシャル・タイムズ紙は、ジャガーは年間わずか3万台を売るだけで黒字になる体制を目指している、と解説している。最盛期の6分の1以下の台数を売れば黒字という、理想的な体制だ。
しかし、その打算もすべて、新型EVが売れることが前提だ。ジャガーは今年後半に「4ドアGT」と呼ばれる新車種の発表を予定しているが、同紙はそのサイズを問題視している。
全長5.1メートルという大きさは「イギリスや欧州の大部分で売るには大きすぎる」と記事は指摘。さらに、排ガス規制が緩和されEVの勢いが失速している今、ジャガーは「電気自動車の後発組」でしかないと厳しく評価している。
BMWやメルセデス・ベンツがガソリン車とEVを両立させ、市場の変化に柔軟に対応している中、ジャガーだけが退路を断ってEV一本に賭けている。それは勇気ではなく、無謀というべきなのかもしれない。
既存顧客を切り捨てるイメージ変更も相まって、独りよがりのブランド戦略が批判の的となった。長年愛されたイギリスのジャガーブランドは今、顧客への向き合い方を問われている。

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青葉 やまと(あおば・やまと)

フリーライター・翻訳者

1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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