「初の女性首相」として大きな注目を集めた高市早苗政権。しかし、英語圏メディアの焦点はそこにない。
台湾発言、財政運営への懸念、働き方と“Karoshi(過労死)”文化の象徴化、政治スタイルのキャラクター化……こうしたテーマが、これまでの政権交代とは比べものにならない量で、同時に報じられている。国際社会は今、「静かで安定した日本」という従来のイメージでは説明できない動きを読み取ろうとしている。
だが、その変化の大きさを最も過小評価しているのは、実は日本自身かもしれない。
国内では支持率や話題性として消費されがちな出来事が、海外では安全保障や市場、民主主義の行方を占う重要なシグナルとして受け止められている。
本稿では、英語圏メディアの論調を基に、日本の存在感の高まりが何をもたらし、どんなリスクを伴うのかを考えていく。
■台湾問題で世界が驚いた、日本外交の“揺れ”
「日本は、世界が台湾について考えるべき方法を変えた」
ワシントンD.C.を拠点とする超党派のシンクタンクFoundation for Defense of Democracies(FDD)のクレイグ・シングルトン氏が、NYタイムスに寄せたオピニオン・エッセイのタイトルだ。
問題の核心は、日本が長年維持してきた「戦略的曖昧さ」を、初めて明確な言葉で破った点にある。高市首相は、中国による台湾への攻撃や封鎖が、日本の「生存への脅威」になると述べた。この言葉について、記事はこう説明する。
「日本の存亡に関わる脅威とは、東京が海外に軍隊を派遣することを可能にする法的基準である」
つまり発言は、単なる認識表明ではなく、「台湾有事=日本の軍事関与の可能性」を初めて公に明文化したものだと受け止められた。
■「静かな傍観者」からの卒業
またロイター通信は、「日本が『台湾の封印を破った』という表現を使い、外交交渉をいくら試みても、この事実は変わらない」とまで表現した。
そしてTIME誌はこう総括する。
「高市氏は、台湾に関して日本が慎重に築いてきた戦略的曖昧さの姿勢を覆し、暗黙の了解を明文化。本土との再統一を主張する中国のレッドラインを越えた。この発言の余波は、依然として衝撃波を送り続けている」
海外で重く受け止められているのは、日本の言葉が、もはや象徴ではなく、地域の動向を変えうる「シグナル」になったからだ。日本は今、世界から「静かな傍観者」ではなく、情勢を動かしうる当事者として見られ始めている。その現実が、これほどの注目と緊張を生んでいるのである。
■安定した大国イメージの崩壊
暗黙の了解を明文化し、世界の台湾問題を見る目を激変させる日本――この変化は、英語圏メディアが長年抱いてきた日本像とは、あまりにも異なる。
1990年代初頭にニューヨークへ移り住んだ筆者にとって、アメリカの報道に映る日本は、常に「静かで、予測可能で、安定した国」だった。政治的な主張が前面に出ることは少なく、大きな混乱も起こさない。良くも悪くも、国際ニュースの主役になることはまれだった。
確かに日本では、過去30年間で首相が13回も交代している。
この「関心の薄さ」は、日本政治への無関心とも言えるが、裏を返せば、不安定な世界情勢の中で「日本だけは安定した大国」というイメージが、長年にわたり信頼の土台になってきたとも言える。
ところが今回は、明らかに報道の温度が違う。主要メディアは慎重に言葉を選びつつも、緊張の高まりを隠していない。例えばロイター通信は「今回の問題が短期的にクールダウンできたとしても、地政学的にヒートアップしているのを覆い隠すことはできない」と懸念を表明している。
さらにロイターは、中国の空母が日本近海で集中的な航空作戦を展開したとの報道で、「東アジアの隣国同士が外交的応酬を続ける中、紛争が激化し、関係はさらに緊張を深めている」と、危機感を前面に押し出した。
曖昧でも安定していたかつての日本のイメージは崩れ去り、緊張をはらんだ「揺れ動く国」に変貌しつつあることが、こうした記事から感じ取れる。
■金融市場までもざわつかせる高市政権
高市政権が国際社会をざわつかせた理由は、安全保障だけではない。むしろ海外の金融市場がより強く反応したのは、日本の財政リスクだった。
高市政権の誕生とほぼ同時期、日本の国債市場に異変が起きた。12月3日、10年物国債の利回りが約17年ぶりの高水準に達したのである。長年「世界で最も静かな債券市場」と見なされてきた日本が、この瞬間から突然、「市場を揺るがしかねない国」として見られ始めた。
海外メディアの反応はストレートだった。英国の保守系紙テレグラフは、
「日本の“偽サッチャー”が債券市場を破壊する」という衝撃的な見出しを掲げた。
■国際社会が懸念する「日本ショック」
国債の利回りが上がるということは、国がこれまでより高い利息を払わなければ資金を調達できなくなる、という意味だ。市場が、日本という国家とその財政に対し、静かに疑問符を付け始めたことを示している。
背景にあるのは、日本の特殊で不安定な財政構造だ。政府債務はGDPの約260%と、先進国で突出して多い。そのうち約半分は、日本銀行が買い支えてきた「動かない国債」で、市場のルールが働きにくい状態が続いてきた。
この状況で高市政権は、防衛費の大幅拡大を政策の前面に掲げた。財源は、増税か国債発行しかない。
さらに状況を難しくしているのが、止まらない円安だ。円が弱いままでは、国債の利回りが上がっても、外国人投資家は為替損を被る。「利息では儲かるが、為替で損をする」という最悪の組み合わせになる。
結果として、日本国債は今、「金利は上がるが、安心して買えない」という、きわめて危うい段階に入りつつある。国際社会が「日本発の市場ショック」を警戒し始めている理由は、そこにある。
■円安のさなかの「21兆円経済対策」に海外は慎重
前段で述べたように、海外はすでに日本の財政全体に強い警戒感を示している。
ここで注目したいのは、その中でも特に「政策の中身」が、国際市場からどう見られているかだ。
海外メディアの多くは、高市内閣の経済政策を単なる景気対策ではなく、「国内世論を強く意識した財政拡大」として捉えている。
ロイター通信は、高市政権が打ち出した約1370億ドル(約21兆円)規模の景気刺激策について、「国債利回りを押し上げ、円をさらに弱体化させるリスクがある」と警告。重要なのは、インフレと円安が収まらない中で、財政拡大だけが先行しているとみられている点だ。
そのため市場では、2022年に英国で起きた「トラスショック」が引き合いに出されている。就任直後のトラス首相が国内向けの大規模減税と景気刺激を打ち出した結果、国際市場の信認を失い、株・債券・通貨が同時に急落し、わずか49日でスピード辞任に追い込まれた出来事である。
海外では、日本についても「日本版トラスショック」の可能性も語られ始めている。
■「内向きの政治」が海外に与える影響
さらに警戒されているのが、物価高対策の給付型支出だ。おこめ券などの具体的な政策名には触れていないが、海外報道では、こうした支出がポピュリズム政治に典型的な「短期的な人気取り」ではないかという見方が、繰り返し示されている。
前出の英国テレグラフ紙は、こう締めくくっている。
「かつて懸念されていたのは、日本が不安定な世界から巨額の資金を引き揚げる可能性だった。しかし今、懸念すべきなのは、日本の国内政治そのものが、そうした行動を日本に強いるかもしれない点だ」
ここで問題視されているのは、日本の政策が内向きの政治論理で決まり、それが世界市場に波及するリスクである。
国内では支持率の上昇として評価される動きが、海外では市場リスクとして警戒される。このズレこそが、いま国際社会が日本に向ける最大の不安要因だ。
■「キャラクター政治化」する日本
さらに海外メディアの関心を集めているのは、政治そのものが“キャラクター消費”の対象になりつつある日本の変化だ。
「高市氏は政治ではなく、そのスタイルと“働いて働いて”というスローガンで支持を集めている」という見出しはAP通信の記事だ。
記事は、国内初の女性首相である高市氏の仕事着やファッションが話題となり、若い女性の間で「Sana-katsu(サナ活)」と呼ばれる動きまで生まれていると紹介している。
政治家の装いが、アイドルやインフルエンサーのように消費される現象は、これまでの日本政治ではほとんど見られなかった。
英ガーディアン紙はも、「働いて、働いて」というキャッチフレーズが日本の今年の流行語に選ばれたことを報じつつ、日本社会に根付く「Karoshi(過労死)」の問題を同時に取り上げた。ここから浮かび上がるのは、高市氏が単なる首相ではなく、賛否を巻き込む“政治的ポップアイコン”として扱われている姿だ。
■合理性より「国内向けのわかりやすさ」を重視していないか
こうした報道を見て、多くのアメリカ人が連想するのがトランプ大統領である。トランプ政治の特徴は、政策そのもの以上に「キャラクター」や「語り口」が注目され、支持者が熱狂する点にあった。高市氏にも、スタイルが政策を超えて、SNS時代に最適化された言語戦略で支持を集めるという共通点が見られる。
象徴的なのが、高市氏が総裁選直前に引用した「奈良公園で観光客が神聖な鹿を蹴った」という情報だ。真偽を巡る議論を超えて、怒りと反発がSNSからメディアへと一気に拡散した。この展開は、トランプ氏が選挙戦で「ハイチ移民が犬や猫を食べている」という情報を拡散したケースと酷似している。
真実かどうか、賛成か反対かにかかわらず、怒りが怒りを呼び、情報が爆発的に広がる「Rage bait(レイジ・ベイト)」は、英国のオックスフォード大学出版局の「今年の言葉」にも選ばれた。こうした手法は、外国人や移民への不安を抱く有権者の支持を一気に引き寄せる一方で、社会の分断を深める。その分断そのものが、政治的なエネルギーに転化されている。
これに対し海外メディアからは、政策が合理性ではなく「国内支持をどう動員するか」で決まる危険性が指摘されている。国内向けに発せられた「強さ」や「わかりやすさ」のメッセージが、国際社会では「不安定化のシグナル」と受け取られている点も見逃せない。
■日本はようやく「無視できない存在」になりつつある
冒頭で紹介したニューヨーク・タイムズのエッセイは、高市首相の発言を次のように評価している。
「高市氏が利害関係を明確にしたことは、沈黙よりも安定への確かな道である」
つまり、日本が曖昧さをやめ「覚悟」を示したこと自体が抑止力となり、結果的に戦争を遠ざけるという肯定的な見方だ。
この論調から読み取れるのは、日本がようやく「無視できない存在」へと近づいたということだ。
実際、海外メディアで「サナ活」などの現象が報じられることで、日本は「面白い国」「動きのある国」として再発見されている。さらに台湾情勢について、明確な立場を示す日本は、「影響力のある意見を発信できる国」「強い意思を持つ国」として認識され始めている。外交、安全保障、文化のすべてにおいて、日本の国際的な存在感は確実に増している。
これは明確なメリットだ。日本の発言が世界の議論の一部となり、良い動きはこれまで以上に速く、広く評価される。長らく「何を考えているのかわかりにくい国」だった日本が、ようやく世界の論調の中で語られる存在になりつつあるとも言える。
■「海外からのフィードバック」を受けられるようになった
しかし、存在感の増大は、同時に大きなコストも伴う。知られる国になればなるほど、批判や反発も強まる。現時点では、海外報道の多くが、日本の安全保障リスクや財政不安に焦点を当てているのも事実だ。「強い日本」というイメージは、同時に「危うい日本」として受け取られている。
それでも、ポジティブに捉える余地はある。欧米メディアの基本姿勢は、政治に対して鋭い批判を向け、問題点を可視化することにある。日本が本音と現実をさらしたことで、世界からの視線は厳しくなったが、その分、寄せられる批判も具体的で、的確になった。これは、日本がこれまで避けてきた「外からのフィードバック」を、本格的に受け取る段階に入ったことを意味する。
海外からの批判に向き合うことは、日本社会が抱えてきた内向き体質を壊す契機にもなり得る。閉じた議論ではなく、国際的な視点で自国を問い直すことができれば、それ自体が長期的な強さにつながる。
いま日本に問われているのは、「強さをどう見せるか」ではない。「強さをどう使うか」である。
存在感が増した今こそ、その使い方次第で、日本は信頼を積み上げる国にも、不安を広げる国にもなり得る。その分かれ道に、日本はいま立っている。
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シェリー めぐみ(しぇりー・めぐみ)
ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家
NY在住33年。のべ2,000人以上のアメリカの若者を取材。彼らとの対話から得たフレッシュな情報と、長年のアメリカ生活で培った深いインサイトをもとに、変貌する米国社会を伝える。専門分野はダイバーシティ&人種問題、米国政治、若者文化。ラジオのレギュラー番組やテレビ出演、紙・ネット媒体への寄稿多数。アメリカのダイバーシティ事情を伝える講演を通じ、日本における課題についても発信している。
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(ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家 シェリー めぐみ)

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