■「食事」は常に取り寄せだった
NHK朝の連続テレビ小説「ばけばけ」。異国の地で結ばれたヘブン(トミー・バストウ)とトキ(髙石あかり)の新婚生活。1月15日木曜日・第74回のラストシーンで、山橋薬舗の別室で山橋(柄本時生)がふるまう西洋料理を食べていたところをトキに踏み込まれ「オーマイゴッド……」と絶句した八雲。
翌16日金曜日・第75回は、冒頭から、錦織(吉沢亮)との打ち合わせとウソをつかれていたトキが「そげに、私や母の料理がいやですか」と、怒り心頭。しかし、ヘブンが正座に和食にと、いちいち話題にされるのに疲れていたのだと判明。家族だったら言って欲しかったというトキだが、お互いに心を開いたことで、どうにか円満に解決。二人でビーフステーキに舌鼓をうつことに。こうして、いきなり訪れた夫婦の危機にも一安心。
こうなると気になるのは、史実の八雲の食事風景。セツと結婚した後は、当然セツが毎日愛情たっぷりの食事をつくっていたと思うだろう。違う。
なんだ八雲? ブルジョアか?
そんな当時の食生活を詳しく記しているのが、桑原羊次郎『松江に於ける八雲の私生活』(山陰新報社1953年)だ。ここで著者の桑原は1940年に存命だった、当時の女中・高木八百に詳しく話を聞いている。
それによれば、八雲の朝食は決まって「牛乳2合瓶と生卵5個」。パンも米も食べない。ただひたすら、牛乳と生卵だけ。これは最初に滞在していた冨田旅館での頃から、まったく変わらない習慣だった。
想像してみてほしい。朝起きて、牛乳をゴクゴク飲み、生卵を5個も一気に流し込む外国人の姿を。現代の感覚でも、かなりヘビーな朝食だ。
■夕食は毎晩「ビフテキ付きの洋食フルコース」
昼食は、曳野旅館から毎日届けられた。
メニューに特別な注文はなかったが、煮物や卵料理を特に好んでいたという。西洋人でありながら、和食の繊細な味わいを理解していたのだろう。後年、八雲が松江を訪れた際にはここを定宿にしていたというから、相当好みの味付けだったに違いない。
朝はガツンと栄養を取り、昼は和食……なるほど健康的な食生活のようにみえる。
問題は、夕食である。女中・八百の証言は続く。
夕食は必らず洋食でありまして、まず珈琲、パンなど加えて五品位の料理でありまして、その一皿は必ずビフテキでした。この洋食は松江市材木町(現東本町)の西洋料理店魚才こと鎌田才次より取り寄せました。
毎晩、ビフテキ付きの洋食フルコース。
しかも八雲、この時すでに40歳を超えている。朝は牛乳2号瓶と生卵5個、昼は和食、夜はステーキを含む洋食5品。
胃袋に相当な自信がなければ、とてもマネできない。繊細さゆえに、小食なイメージのある八雲だが、実によく食べるのだ。
■食堂経営の過去、料理への造詣は深かった
八雲は食に対する関心が人一倍深かった。ニューオリンズ時代には、実際に食堂を経営した経験もある。すべてのメニューが5セント、10セントあれば腹いっぱいになれるというふれ込みで開業した。だが、ビジネスパートナーに売上を持ち逃げされ、わずか1カ月で閉店に追い込まれている(Woellert, Dann. "Eating with Lafcadio Hearn in Cincinnati, New Orleans, Martinique and Japan." Dann Woellert The Food Etymologist(blog), November 5, 2023)。
しかし、八雲の食への情熱はそこで終わらなかった。1885年、クレオール料理を徹底的に取材し、膨大なレシピを収録した『La Cuisine Creole』(日本語版は『復刻版 ラフカディオ・ハーンのクレオール料理読本』CEメディアハウス2017年)を出版する。
これは、ニューオリンズの名シェフや評判の高いクレオール家庭の主婦たちから集めたレシピをまとめた、クレオール料理本の先駆けとなった。食堂経営は失敗したが、料理への造詣は本物だったのだ。
そんな八雲の奇矯な行動の中で、特に注目したいのは毎日の晩酌である。
■ビールの後には「甘いお菓子を5~6個」食べた
興味深いのは、酒の肴である。八百はこう語っている。
先生の酒のお肴は実に妙なものでして、毎晩アサヒビール2本それをお飲みになりますと、必らずのその後で、今は松江に見当たりませんが黄金牡丹と申しまして、卵黄製で黄色の花弁の中央が必ず紅色になっていました、誠に柔らかい菓子を5、6個食べられました。結局ビールのお肴が菓子という訳です。
この黄金牡丹(こがねぼたん)は、明治時代にはよく流行した和菓子だった。近年、松江市内の和菓子店が復刻を試みるなど、八雲ゆかりの菓子として注目されている。
その製法は、次のようなものだ。
上製白餡百目につき黄身4粒 白玉三匁くらい黄身と白玉をよくすり合わせ餡を丸め上下へ指のあとをつけてその中へ入れ取りだして蒸し籠へ入れて蒸すものなり
(村上俊次『和洋菓子製造方法仕様独習案内』村上菓子製造所 1897年)
白餡に卵黄。この時点で、甘くてカロリー高いことは確定である。しかも、これを5、6個食べるというから驚きだ。
■怪談話を書き留めるための“燃料補給”だったか
そんな八雲がビールを飲むのは、毎夕食の後。つまり、ビフテキ付きの洋食を平らげた後に、ビールを飲みながら白餡たっぷりの和菓子を5、6個つまむのである。
これは、食べ過ぎというより執筆活動を支えるエネルギー源だったのだろう。
考えてみれば、夕食の後は、セツから日本の怪談を聞き取る時間になることもある。妻が語る不思議な話に耳を傾け、それを英語で書き起こす作業は、相当な集中力を要したはずだ。
確かに、これだけの仕事をこなすには、しっかりとパワーをつけておかなければならない。仕事だけではない。屋敷に一緒に暮らすセツは23歳、八百は18歳である。
下世話な意味ではなく、どうしても生活のペースは若い二人に引きずられてしまいがち。40代半ばの八雲にとっては「おじさん、もう歳だからついていけないなあ~」という場面も多かったのではないだろうか。
これもまた、相当なエネルギーを必要としたはずだ。
■煙を極端に嫌っていた八雲
しかし、月給100円の高給取りとはいえセツの家族には援助しなければならないことを考えると、一人で三世帯を養っているわけで、金が有り余っているというわけではない。セツと女中、二人も家事の担い手がいるわけで、食事くらい自宅でつくればよいと思うのだが、そうはいかない理由があった。
当時の煮炊きはかまどである。当然生じる煙を、八雲は極端に嫌っていたからだ。八百は、こう語っている。
もっと先生の嫌いなことは、割木をたいた時の煙は非常にお嫌いでした。そのために炊事は一切割木を用いませんでした。すべて木炭を使いました。朝の牛乳を温めますにも勿論炭火で、先生のお目覚め前に温めておきます。また午飯夕飯も他所より取り寄せましたのも、実は先生が焚き火を好まなかったためでもありました。ただ寒中は炭火で室内を暖めました。
煙が嫌いだから、毎日出前……。相当の出費をしてでも煙には我慢できないというのだから徹底している。煙嫌いはとにかく徹底していて、八百には風呂まで炭火で沸かすように指示していた。当然、炭火なんかではぬるいお湯にしかならない。結果、いつも烏の行水になっていた。
■煙は嫌いだが、煙管は大好き
ところがそんなに「煙は嫌いだ」と避ける一方で、八雲はヘビースモーカーでもあった。そして、煙管の掃除も八百の役目だったのだが、その吸い方も独特だった。
先生の煙草は葉巻と日本の刻み煙草に限っていました。煙管は日本出来のもの3、40本ありまして、いずれも羅宇の長いもので1、2回吸うと直ちに他の煙管と取り替えて座れる癖でした。私がこの3、40本の煙管の掃除をやりましてこれを一つの箱に収めておきました。
普通、煙管は詰まるまで吸い続けるものだが、八雲は違った。ちょっと吸っては取り替え、また吸っては取り替え。まるで煙管のリレーである。挙げ句に他人が出す煙はダメだが、自分が出す煙はOK。これはもう、完全にわがままである。こんな八雲に愛情を注いでいたのだから、やっぱりセツは母性の塊である。
一方で、八雲の子供みたいな自分勝手さは度を超しているところもある。例えば、前の家から一緒に引っ越して来た猫の扱いだ。セツが、子供たちに苛められていたのを助けて連れてきた猫を、八雲は懐にいれて可愛がったと、後年セツは語っている(小泉節子・小泉一雄『小泉八雲』恒文社 1976年)。
■ひっかいてきた猫を追放
ところが、八百の語るその後の猫の扱いはとんでもない。
その後小猫がだんだん成長しましたが、先生の愛撫方は非常なものでした。それにもかかわらず、ある日その猫がどんなはずみか先生の手をひっかきまして先生は非常に不快の色を致されましたが、この小猫は嫌いだということになり中原町の某にやられました。
一度ひっかかれただけで、追放してしまう。それまでの溺愛ぶりからみると、いきなり豹変しすぎである。たいていの女性なら、夫がこんな行動をすればとても一緒には暮らせないと冷めてしまうだろう。
しかし、セツはそうではない。セツの回想では、彼女自身も八雲の一国者(頑固者の意味)な性格に悩まされていたことが吐露されている。ところが、それでもセツはこう語るのだ。
私はまだ年も若い頃ではあり、世馴れませんでしたから、この一国には毎度弱りましたが、これはヘルンのごくまじりけのないよいところであったと思います。
■“わがままで偏屈な行動”も愛した妻のセツ
もはや、母性とかそんなレベルではない。
普通なら「夫の身勝手さに呆れた」となるところを、「純粋な人だった」と肯定的に受け止めている。その目線は、八雲の母・ローザが生まれ育ったレフカダ島の聖堂に掲げられたイコンのマリア様レベルである。包容力とか、そんな言葉ではとても表現できない。
しかも、セツは苦労してきたとはいえ、まだ23歳。ずっと年上の八雲が子供でもやらないようなわがままで偏屈な行動をしているのを、「まじりけのない」と慈しむのである。
ともすれば、わがまま放題の夫に悩まされる妻みたいな構図になりそうだが、そうならなかったのは、やっぱりセツだったからだろう。
煙が嫌だと毎日出前、煙管30~40本、猫は一瞬で追放……現代なら確実に「モラハラ夫」認定される行動パターンである。それを「まじりけのない」と受け止められる人間など、この世にどれだけいるだろうか。
こんな人生のパートナー、千金万金を積んでも見つけることなどできない。
八雲が世界的な作家になれたのは、才能のおかげではない。セツに出会えたからである。もはや、これはハリス(ギリシャ語で神様の恵み)を超えたイコノミア(同、人と人とを巡り合わせる神様の働き)といっても過言ではない。
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昼間 たかし(ひるま・たかし)
ルポライター
1975年岡山県生まれ。岡山県立金川高等学校・立正大学文学部史学科卒業。東京大学大学院情報学環教育部修了。知られざる文化や市井の人々の姿を描くため各地を旅しながら取材を続けている。著書に『コミックばかり読まないで』(イースト・プレス)『おもしろ県民論 岡山はすごいんじゃ!』(マイクロマガジン社)などがある。
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(ルポライター 昼間 たかし)

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