テスラや中国メーカーが「完全自動運転」を次々と打ち出し、海外では運転手のいない車が公道を走っている。なぜ日本では実現しないのか。
モータージャーナリストの清水和夫さんは「日本車メーカーが遅れているからではない。海外とは異なる日本特有の事情がある」という。経済ジャーナリストの安井孝之さんが清水さんに取材した――。
■「自動運転」に沸く自動車メーカー
――ジャパンモビリティショーでも自動運転のプレゼンが目立ちました。運転をクルマのシステムにすべて任せるレベル4の世界が提案されていましたが、現状をどう見ていますか。
【清水】トヨタ自動車が移動店舗やシャトルバス用の「eパレット」(自動運転レベル2)を2900万円で売り出したので、日本でも自動運転がようやく動き出したかなと思っています。
でも世界を見ると、ヨーロッパの自動車メーカーはレベル4に対してさほど積極的ではなく、むしろ高速道路など一定の条件下で、自動運転ができるレベル3に注目しています。
また運転支援の高度化(レベル2)やコックピットにAIを装備することで、移動価値が大きく変わることに期待しています。いずれにしても乗用車分野では当面、レベル4は難しいという判断をしているメーカーが多いと思います。
――完全な自動運転となるレベル4はコストもかかり価格が高くなります。乗用車の場合、購入者は少なく、マーケットも小さいということでしょう。超富裕層は買うかもしれませんが。

【清水】レベル2、3までは事故が起きてもドライバー責任ですが、レベル4になると、システムに全ての責任が負わされます。何か問題が起きたらシステムを作ったメーカーが製造物責任を負わされます。
そのためレベル4はメーカーが一気にコンサバティブになってしまうという事情があります。レベル2や3と4の間には相当深い谷があるのです。
■実証実験が進む商用車の「レベル4」
――一方でトラック、バス、タクシーの運転手不足などやバスの減便など社会課題が顕在化している分野ではレベル4への期待が高まっています。商用車ならば稼働時間が長くなり、高いコストを吸収することも可能です。
【清水】確かにバスやトラック、タクシーなどの商用車の分野ではレベル4の開発は進んでいます。例えば九州の熊本がいい例です。
台湾の半導体メーカーTSMCが熊本に工場を建設を進めているので(第一工場はすでに稼働)、地価も上がり、人口も増えています。ところが空港から乗るタクシーがない。渋滞が起きるという問題が発生しています。
そこで熊本市はロボタクシーや自動運転バスの導入を検討中です。
自動運転バスの実証実験がいろんな自治体で実施されていますが、神奈川県平塚市はトップランナーと言ってもいい。いすゞ自動車が車を提供し、自動運転のシステムはTier4というテック企業、またアイサンテクノロジーなどの会社が地図作りで取り組んでいます。しかも神奈川中央バスという交通事業者と平塚市が連携し、実証実験を進めています。
自動車メーカー、自動運転システム開発会社、行政、バス会社がタッグを組んで、社会実装に向けた道筋を描こうとしています。平塚市の中で、碁盤の目のように区画整理できている地域には自動運転車を走らせ、無人化する。
それで余裕ができる運転手さんを道が狭かったり、カーブが多かったりする運転が難しい地域を走るバスの担い手にして、十分な運行を確保するという計画です。とても現実的な計画をつくっています。
■自動運転を阻む高い壁
――商用車分野ではレベル4が期待できるということですか。
【清水】商用車分野といってもそんなに簡単ではありません。多くの場所で自動運転バスなどの実証実験をしていますが、社会で実際に運用するとなると、なかなか難しいのが実情です。
もともと人口が少ない地域で導入するわけですから、日々の需要が多いわけではありません。自動運転のためにはバスの車両価格プラス2000万円ぐらいが必要ではないかと見られています。

そのうえドライバーレスにするためには遠隔監視をしなければいけません。道路交通法では運転手は安全運転に努めるほか、万が一事故が起きた場合には救護義務があると定められています。AIだけでは救護ができないので、遠隔監視をしながら事故時には救援部隊を派遣する仕組みをつくらねばなりません。
その負担を交通事業者だけに負わせるのではなく、市民社会の理解を得た上で、社会全体で負担するというコンセンサスを得る必要があるでしょう。
■「トロッコ問題」というジレンマ
――ロボタクシーならお客様を増やすために相乗りタクシーにして、シェアリングの考え方を導入する方策もありますね。自動運転車をレベル4で運用するにはいろんな工夫が必要です。
【清水】商用車で自動運転を実現するには難しい課題もあります。トラックのような荷物ではなく人を運ぶバスでは、安全に対する考え方がシビアになります。バスの前に子供が飛び出してきて急ブレーキを踏んでしまうと、満員のバス車内で立っている人がひっくり返って怪我をする、という問題があります。
自動運転バスが急ブレーキをきかせる場合も同じことが起きます。いわゆる「トロッコ問題」が起きます。歩行者を守るのか、乗客を守るのかというジレンマをAIが解決しなければいけません。

■自動運転に「リスクゼロ」を求める日本の課題
――大きな荷物を積んでいるトラックでも、急ハンドルを切ったり、急ブレーキを踏んだりはできません。自動運転でも同じです。制御不能になってしまう。
【清水】ロボタクシーの場合は乗用車とほぼ同じなので、ロボタクシー独自の課題は解決しやすいと思いますが、いろんな商用車を一括りにして議論はできません。自動運転に向けてそれぞれに解決すべき課題があるということです。
バスの場合、立っている人がぶつかりそうな硬い場所に柔らかいパッドをつけて、ぶつかっても致命傷を負わないようにするという対策をとって、自動運転化を進める考え方もあります。ISOなどの国際規格では安全の定義を「許容できないリスク(unacceptable risk)がないこと」としています。致命傷を負うのは困るけれど、たんこぶや擦り傷程度なら「許容する」という考え方です。
でも日本では「リスクはゼロ」の絶対安全を求めることが多いので、パッドをつけるだけで自動運転を受け入れてもらえるかわかりません。もしも、そうなると日本では自動運転バスの実現が難しくなってしまいます。
――海外と日本との間にある安全に関する考え方の違いは自動運転の開発にも影響を及ぼしますね。安全の概念や自動運転の社会的な受容性が、日本で変わらない限り、モビリティショーで語られた夢のような世界は、なかなかこないのではないでしょうか。

【清水】モビリティショーではちょっと夢を見すぎたかもしれません。確かに街中や高速道路をレベル4で走る自動運転は難しいかもしれませんが、一定速度以下の限られた場所でのレベル4なら可能だと思います。
■駐車場でのレベル4実現は可能
――どんなレベル4ですか。
【清水】例えばイオンの駐車場の入り口でクルマを停める。そこでみんなが降りて、ドアを閉めて、スマホかなんかでプチッとスイッチを入れたら、空いている駐車スペースに自動的にクルマが移動する、という仕組みです。
これも自動運転の定義では一定条件下ですが、すべてをシステムに委ねているレベル4です。駐車場から出る時には、クルマが勝手に出口まで来てくれます。
このシステムで何がいいかというと、駐車スペースでドアを開け閉めしなくてもいいので、隙間なく駐車できます。そのため同じ駐車場でも3割ほど多くのクルマが停められます。
――駐車場という特定の場所で、時速10キロまでの速度で動き、駐車場の角にはカメラなどを設置すれば、そんなに難しいこともないでしょうね。
【清水】センサーもそんなに重厚長大なものはいらない。乗用車でも20万円ぐらいのセンサーをつけておけば、自動パーキングは可能になるでしょう。
すでにドイツではメルセデス・ベンツが、メルセデス・ベンツ博物館で同じようなシステムを入れています。駐車場の柱にライダー(レーザー光を使ったセンサー)をつけています。
■自動運転の主戦場は商用車と公共交通機関
――ある意味で、公共交通システムをサポートするレベル4と言えますね。清水さんのお話をうかがっていると、自動運転の主戦場はタクシー、トラック、バスという商用車、公共交通機関ということですね。そこに駐車場の効率化のための限定的な自動運転というものも加わるかもしれません。家族で観光地までワイワイガヤガヤしながら自動運転車に乗っていくというのは今のところ夢に過ぎないと考えても良さそうですね。
【清水】私は公共交通へのサポートがレベル4の一番の「大義」だと思います。テスラはそんな考え方とは違っていて、テキサスのオースチンの工場で完成したクルマをドライバーなしで、数マイルぐらい先のディーラーに納車しています。オースチンに行くと運転手のいるタクシーが珍しいみたいな状態です。
だから日本は随分、遅れていると、受け止められています。でも何度も話していますが、乗用車のレベル4はちょっと考えにくい。すごくコストがかかるからです。カローラが1000万円、2000万円になったら、誰も買いません。
またゲームをしたり、動画を見たりしながら自家用車で移動したい、という人たちのために自動運転車を開発するという「大義」も今のところは少ないと思います。しかしレベル3(高速道路限定)なら乗用車で取り組む意味もあると思います。ドイツではメルセデス・ベンツが高速道路で90Km/hまでレベル3を実装しています。
■テスラや中国勢に惑わされてはいけない
――商用車は価格が高くなっても社会的な意味があります。人手不足で困っている物流業者やバス会社、タクシー会社などが運用することでコストアップを吸収できる可能性がある。滞る物流や全国に2500カ所あると言われる交通空白地帯の解消に役立つかもしれません。
【清水】ヤマト運輸さんや佐川急便さんなど運送事業者はトラックメーカーと一緒になって高速道路のレベル4の実証実験をやっています。タクシー業界もレベル4のハードルは低くはないけれど、実現の可能性は見えていて、タクシー業者やソフトバンク、トヨタなどの投資も活発になってきています。
レベル4は運用が大事で、クルマをたくさん稼働しながらコストを下げていくことが大切です。テスラや中国勢の派手なレベル4への動きに惑わされることなく、商用車の分野で一つ一つの課題をクリアし、しっかり開発を進めることが重要だと思います。

----------

安井 孝之(やすい・たかゆき)

Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト

1957年生まれ。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京経済部次長を経て、2005年編集委員。17年Gemba Lab株式会社を設立。東洋大学非常勤講師。著書に『2035年「ガソリン車」消滅』(青春出版社)、『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。

----------

(Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト 安井 孝之)
編集部おすすめ