■「日本叩き」を続ける中国メディア
年が明けてもなお、中国メディアは日本への強硬な論調を崩していない。
中国共産党系タブロイド紙の環球時報は、日本の観光業が中国人旅行客の減少で深刻な打撃を受けていると繰り返し報じている。同紙は毎日新聞や日経新聞といった日本メディアを引用しつつ、2025年11月に中国政府が出した渡航注意喚起の影響で中国人観光客が減り、日本経済が痛手を被っていると主張する。
同紙はまた、金子恭之国土交通大臣が記者会見で発表したデータを掲載。日中関係が冷え込む中、中国からの旅行者数が伸び悩んでいると強調した。日経新聞の報道も持ち出し、「日中間の緊張の中、中国人旅行者の低迷により先行き不透明感が漂う」と引用した上、日本の旅行収支の黒字幅が6カ月連続で前年を下回っていると指摘している。
記事はまた、航空データにも同じ傾向が見えると議論を展開。中国の航空データプラットフォーム「フライトマスター」が環球時報に提供した1月15日時点の情報をもとに、春節シーズンの海外渡航先人気ランキングでタイが首位を奪還した一方、日本は前年比43.7%減と大きく後退したと報じる。中国本土発の日本行き便は計2376便がキャンセルされ、キャンセル率は36%に達しているとの内容だ。
だが、中国人観光客がもたらす経済効果が薄れているのは、日本だけの話なのだろうか。実は世界各地の観光地で同じ現象が起きている。中国政府の渡航注意喚起とは関係なく、中国人旅行客の消費行動そのものが変わりつつある。
■海外紙が報じた中国人客の異変
韓国がその典型例だ。ビジネスコリアが韓国免税店協会のデータを伝えている。
記事によると昨年の外国人観光客数は12月23日時点で1850万人を超え、過去最高を記録した。にもかかわらず、免税店の売上は落ち込んでいる。1~11月の売上高は11兆4140億ウォン(約1兆2308億円)で、前年同期を12%下回った。
インド経済紙ビジネス・スタンダードによると、2025年1月から11月に韓国を訪れた中国人は約500万人に達し、コロナ禍前の2019年の9割を超える水準まで戻った。パンデミック前ならば、中国人観光客は韓国の免税品売上の約7割を担っていた。
しかし今、その売上は10年前の水準にまで落ち込んでいるという。訪問者が戻っても、かつてのような消費には結びついていないのが現状だ。
韓国免税店協会が公表した昨年1~10月のデータも、この傾向を裏付けている。韓国通信社のアジュ・プレスによると、同期間の国内免税店売上は73億ドル(約1兆1546億円)で、前年から16.6%落ち込んだ。年末商戦を加味しても、通年では2015年の約81億ドル(約1兆2811億円)以来の低水準に沈む見通しだ。対照的に、中国客を含む外国人観光客は同期間で1582万人と前年比15%増えている。観光客は増えているが、売上は逆に減っている。
■中国人客増でも窮地の韓国免税店
こうした逆風を受け、窮地に陥っているのが空港の免税店だ。
コリア・タイムズによると、韓国免税店大手の新羅免税店と新世界免税店は昨年9月から10月にかけて、仁川国際空港での営業権の一部を手放した。売上が振るわず、賃料も高騰しているためだ。
仁川空港の免税店営業権といえば、かつては韓国の免税店業界で喉から手が出るほど欲しがられた特権だった。それを大手2社が手放すほど、業界は追い詰められている。
2社は、仁川国際空港での営業権を期限前に返上した。それぞれ1900億ウォン(約204億8900万円)を超える違約金が発生したが、アジュ・プレスによれば、赤字を垂れ流すよりも高額の違約金を払ってでも撤退する方がまだ合理的であったという。
都市部でも縮小の動きが広がる。ロッテ免税店はソウルのロッテワールドタワーにある旗艦店を縮小し、現代免税店は東大門店を閉鎖、COEX店舗も規模を縮小した。
アジュ・プレスは、韓国の主要免税店5社が昨年、合計3000億ウォン(約323億5106万円)を超える損失を計上したと伝えている。かつて観光ブームの象徴だった業界が苦境に陥っている。
その一方で躍進しているのが、低価格帯の店舗だ。同通信社が入手したカード決済データによると、昨年1月から9月にかけて、カプセルトイの「ガチャ」ショップでは取引件数が142%増加。文具店も48.7%増、書店も39.9%増と、低価格店が軒並み好調だった。
■爆買い消滅、100円ショップ行脚に
こうした変化の背景には、中国人観光客の旅行スタイルが大きく様変わりしたことがある。
ビジネスコリアは、かつて免税店の売上を支えていたのは、転売目的で大量に買い付ける代理購入業者や団体旅行客だったと指摘。ところが今では、そうした客層は減り、個人旅行が主流になっている。
象徴的なのが、若い訪韓客の間で定番となっている「オルダム」巡りだ。オルダムとは、ドラッグストアの「オリーブヤング」、日本発の生活雑貨店「ダイソー」、ファッション通販の「ムシンサ」――この3店の頭文字を取った言葉だ。
中国国内においても、こうした消費トレンドが広がっている。ウォール・ストリート・ジャーナルによると、中国のSNSでは「消費ダウングレード」という言葉が流行しているという。少しでも“お得”な商品を追い求め、ブランド品よりも安価な代替品を選ぶ消費行動を指す。
同紙は、中国の消費者が安価かつ癒やしを感じられるグッズを求めていると指摘。ひところ流行したラブブの人形もこうした傾向を反映していたほか、安価に楽しめるタピオカの人気も未だ根強い。
また、こうした国内事情に加え、そもそも海外旅行のあり方が変わった。かつて海外旅行といえば、中国では富裕層の特権とされていた。昨今では中間層が厚みを増すにつれ、学生から退職者まで誰もが旅に出るようになった。旅行者のすそ野が広がった分、一人当たりの支出は減っている。結果、中国客が多く訪れる各地では、オーバーツーリズムが加速する一方、経済的な恩恵は小幅に留まる。
■客が増えても経済が潤わない
中国の消費者心理が変化した背景には、中国政府の政策転換がある。
かつて中国では「代購」と呼ばれる個人バイヤーが海外で高級品を大量に仕入れ、国内で転売するビジネスが盛んだった。各地の免税店の売り上げを支える存在でもあった。
しかし習近平政権は近年、こうした代購を取り締まる一方で、国内の免税店を拡充してきた。また、中国の消費者は今や国内のネット通販や免税店で海外製品を手に入れられるようになり、渡航先でわざわざ買い物をする必要性が薄れた、とコリア・タイムズは解説する。
さらに同記事によると、中国は昨年12月、南部の海南省の島全体を免税区に指定。同地域に持ち込まれる海外商品の輸入関税や付加価値税、消費税を大幅に引き下げた。翌2026年1月1日には、スイスの旅行小売大手アボルタが、外国事業者として初めて上海浦東国際空港で免税店の運営に乗り出している。
会計大手KPMGによると、北京だけで月間の免税売上高は約1億元(約22億6590万円)にのぼる。海外に流れていた消費を国内に呼び戻すという中国政府の戦略が、着実に実を結びつつある形だ。
反面、旅行先の現地店舗では消費を控える傾向が顕著に。中国人観光客が押し寄せる各地では、旅行客は増えるが経済は潤わない状況が鮮明になっている。
■深刻化する観光公害
経済面での恩恵が縮小する一方で、観光客のマナー問題は深刻化している。
京都市の「観光総合調査」によると、2024年に京都を訪れた国内外の観光客は5600万人を超えた。地域にもよるが一般に、訪日客の約3割を中国人客が占めるといわれる。
混雑は明らかで、海外客からも「思い描いていた日本と違う」の声が聞かれる。妹と一緒に日本を旅行したアメリカ人の女性は、CNNの取材に、「京都は旅行中で最も混んでいて、一番がっかりした場所だった」と振り返る。
伏見稲荷大社では人混みを避けようと朝5時に出発。にもかかわらず、「登りは人が少なかったけれど、下りでは大勢の観光客が押し寄せてきた」という。
こうした状況は、京都で暮らす約150万人の住民の生活にも重くのしかかる。狭い路地は観光客であふれ、通勤や通学に使う電車やバスも混み合う。読売新聞の調査では、市民の約9割が観光公害に不満を訴えた。
■懸念されるマナー問題
こうした問題は中国国内でも認識されている。中国政府は昨年4月から6月にかけて旅行中のマナー違反行為ワースト10を国民投票で選び、7月に発表した。英観光業界ニュースサイトのツーリズム・レビューによると、1位は禁煙エリアでの喫煙。以下、観光地での落書き、キャンプ地でのゴミ放置、公演中の私語、列への割り込み、禁止区域でのフラッシュ撮影などが続いた。
報復措置のように訪日自粛を呼びかける中国政府の行動は残念だが、一方で旅行客の減少に胸をなで下ろす人々がいるのも想像に難くない。
こうした問題は今に始まったことではない。
環球時報は11年前の2015年1月の時点で、タイでの中国人観光客のマナー問題を報じている。バンコク発の格安航空便では、座席配置に腹を立てた女性客が客室乗務員に熱いラーメンを浴びせ、連れの男性が飛行機を爆破すると脅す事件が発生。「ヌードル・レイジ(ラーメン騒動)」として大きな批判を浴びた。王宮では、観光客の一団が柵を押し倒して貴重な壁画を傷つける騒ぎも起きている。
ただし同紙は、問題行動を起こすのはあくまで少数派だとも主張。海外を旅行する中国人の大半は礼儀正しいが、マナーを守る人々がニュースになることはない。こうした振る舞いは経済成長の過程で避けられないものだとして擁護し、かつてヨーロッパを旅行し始めた頃のアメリカの中産階級も騒がしく横柄で粗野だったと引き合いに出している。
■「渡航自粛で日本がダメージを受ける」は本当か
同記事は、中国当局がマナー違反への対応を強化していることも報じている。習近平国家主席は2014年9月、モルディブを国賓として訪れた際、サンゴ礁を傷つけたりペットボトルを捨てたりしないよう国民に呼びかけ、海外旅行中のマナー改善を促した。数十ページにおよぶガイドラインを国民に配布し、マナー向上に努めたのもまた事実だ。
一方、中国人客の人気を取り戻そうと奔走する店もある。投資会社ヘリオス・アンド・パートナーズのハンフリー・ホーCEOはコリア・タイムズの取材に応じ、価格だけでなく独自性やサービス、買い物体験で勝負することが欠かせないと意気込む。業界が生き残れるかは、「旅の特別な思い出として購入を正当化できるか」にかかっていると語った。
訪日自粛問題については、国境を越えた自由な往来が失われたことは嘆かわしい。しかし、中国メディアが喧伝するほど日本にダメージが生じているかは不明だ。経済的に一定の損失は否めないが、オーバーツーリズムの適正化とあわせ、両面から議論する必要がある。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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