■日経平均は最高値を更新
日本株の上昇が止まらない。日経平均株価は2024年2月にバブル崩壊後の高値を更新した後、1年以上レンジ相場が続いた(図表1)。
しかし、2025年4月にトランプ政権による相互関税導入ショックで安値を付けた後は、再び上昇基調に転じ、同年10月には5万円を突破。2026年に入っても上昇基調に歯止めはかからず、5万円台半ばまで上昇している(2/3終値:5万4720円)。昨年4月の安値から直近高値までの上昇率は75%に達した。
かつて「失われた30年」の象徴とも言われた日本株の復活は、何を意味するのか。市場では、日本株上昇について様々な要因が指摘される一方、急激な相場上昇に対する警戒感もくすぶっている。
特に、これまで日本株に投資をしていなかった個人投資家にとっては、これほどの上昇局面を目の当たりにすると、「今から日本株に投資するのはもう遅いのではないか」「高値掴みをするリスクが高いのではないか」といった疑問や不安が生じるのも自然である。
本稿では、最近の日本株上昇の状況を整理したうえで、その背景にある日本経済・企業行動の構造変化を分析する。その上で、「日本株投資はもう遅いのか?」という問いに対する答えを考えてみたい。
■相場を押し上げた3つの要因
昨年4月以降の相場上昇の要因としては、TACOトレード、AIブーム、高市トレードなどが挙げられる。
まず、TACOトレードだが、TACOはTrump Always Chickens Out(トランプ米大統領はいつも怖気づいて退く)の略語で、トランプ大統領が他国に大幅な追加関税を課すと脅しながら、市場が混乱するとすぐに引き下げるということを、皮肉を込めて言った造語である。
2025年4月に世界各国に10~50%の追加関税を課すという内容の相互関税導入を発表した際には、景気への悪影響が懸念され、世界的に株価が急落した。株安に加え、高関税による輸入物価上昇が米国のインフレ圧力を高めるとの警戒感から米長期金利が上昇したこともあり、トランプ政権はすぐにベースの10%を除いた追加関税の適用を延期した。

その後、徐々に各国と相互関税について合意していったが、基本的には当初発表から関税率は引き下げられた。例えば、日本の場合当初24%と発表されたが、15%で合意した。こうした動きを受けて、トランプ関税は当初懸念していたほど経済への悪影響はないとの安心感につながり、米国を中心とした株高の要因となった。
■AI関連株に吹いた追い風
次にAIブームであるが、これは、生成AIの急速な普及を背景に、半導体やクラウド関連企業の成長期待が高まり、設備投資拡大と高い収益成長を織り込んで株価が大きく上昇している現象である。
米国大手半導体企業であるエヌビディアを筆頭にAI関連株の上昇が近年の米株高を牽引(けんいん)してきた。米国のAIブームは日本株にも影響を及ぼし、特に昨年後半以降の日経平均とAI関連株を除いた日経平均を比較すると、パフォーマンスが大きく乖離している。一部の値がさ半導体株やAI関連株が日経平均の上昇に大きく寄与していたといえる(図表2)。
■火をつけた高市首相の“積極財政”
3つ目の要因である高市トレードとは、高市早苗氏の首相就任によって財政拡張、金融緩和的な政策が推進されるとの思惑から、投資家が日本株買い・円売りのポジションを持とうとすることを指す。実際、高市氏が自民党総裁選で勝利した昨年10月に高市トレードが活発化し、株価の上昇を促した。
また、年明けに衆議院の解散・総選挙が報じられると、総裁選で自民党が勝利すれば高市首相が進める積極財政などの政策が一段と加速するとの思惑から、再び高市トレードが復活し、日経平均を5万4000円台まで押し上げた。
高市トレードでは円安も加速した。円安は日本経済にとっては輸入物価を押し上げて消費の抑制や企業のコスト増につながるなどマイナス面も多いが、輸出企業にとっては収益押し上げ要因となる。
日本の上場企業の場合、利益や時価総額の大きい輸出企業の影響を受けやすいことから円安は株価の上昇要因となりやすい。
高市トレードでは、円安がさらに株価の上昇を加速させることになった。日経平均と米国のS&P500を比較すると、昨年10月以降、日経平均のパフォーマンスが上回っているが、これが高市トレードで押し上げられた部分ともいえる(図表3)。
■相場を支えてきた自社株買い
では、日本株の上昇局面では誰が買っていたのだろうか。
東京証券取引所が公表している投資部門別売買状況をみると、昨年4月以降のTACOトレードによる戻り局面、昨年10月や今年1月の高市トレードによる上昇局面では、海外投資家の買いが目立つ(図表4)。
昨年来の相場上昇局面において、海外マネーの流入が、指数全体を押し上げる大きな原動力となったといえるだろう。
確かに日々の投資家動向で日本株に影響を与えやすいのは海外投資家の売買である。ただし、より長い目で見ると、近年の日本株の上昇は必ずしも海外投資家のみが主導してきたとは言えない。
日本株の投資部門別売買動向を2006年からの累積額でみると、海外投資家はアベノミクスへの期待から大きく買い越した2013年以降は、むしろ減少しており、一定期間大きく買い越したとしても年間を通じてみると、売り越しもしくは概ね横ばいとなっている年も多い(図表5)。
つまり、海外投資家は相場材料や独自の需給要因から日本株を買い越したとしてもその後利益確定売りなどで一部またはすべて売却してしまうことも少なくないと思われる。
ところが、日本株の推移をみると、2013年以降は概ね上昇傾向で推移してきた。累積売買動向をみると、一貫して買い越しを続けているのは事業法人である。
近年事業法人による自社株買いの動きが活発化しているのはよく知られているところだが、自社株買いが下落局面における海外投資家による売りを吸収する形で相場を支えてきたことがうかがえる。
今後も、相場に影響を与える投資主体で特に注目されるのは海外投資家と事業法人ということになろう。
■海外で始まった「日本株再評価」の動き
海外投資家が再び日本株に資金を入れ始めた要因としては、前述の米株に追随した動きや新政権による政策期待ということだけではない。より本質的には、日本の2つの構造変化に対する期待が海外投資家の日本株見直しにつながってきたとみられる。
1つ目は日本企業によるコーポレートガバナンス改革の進展である。東証による資本効率改善要請や、株主との対話の重視により、日本企業の経営姿勢は大きく変化している。ROEやPBRを意識した経営が求められる中で、企業は自社株買いや増配に積極的になっている。
事業法人の買いが自社株買いによって近年増加していると指摘したが、これもコーポレートガバナンス強化の流れが背景にある。ただし、コーポレートガバナンス改革という観点からは、余剰資金を自社株買いや配当に使うだけでなく、中期的な成長のための投資に振り向けるべきだという論調が強まっている。
実際、金融庁はコーポレートガバナンス・コードの見直しにおいて、現預金の有効活用として設備・人的資本・知的財産への投資を促進するための項目を加えることを検討している。これによって、自社株買いはやや減るかもしれないが、企業の投資が増えることによって中期的な企業価値の向上につながるとすれば、むしろ日本株にとってはプラス面のほうが大きいといえよう。
■デフレからの卒業、好循環への期待感
2つ目は日本経済自体の構造変化である。
日本経済は失われた30年とも言われる1990年代後半から続いたデフレ経済から漸く脱し、インフレ経済に移行している。デフレが異常事態だったとすれば、ようやく正常化してきたといえるであろう。
きっかけとなったのはコロナ禍とロシア・ウクライナ戦争を受けたグローバルインフレである。これを契機に日本でもインフレ圧力が高まり、物価上昇率は4年連続で物価目標の2%を上回っている。
きっかけが輸入インフレによるものであることから、企業のコスト増や消費の抑制につながるため、物価高=悪というイメージが広がっている。しかし、一定のインフレ経済は企業にとってプラスであり、日本経済の成長を促す要因となる。
インフレによる名目GDPの拡大に伴い企業の売上高は増加しやすくなる。実際、コロナ禍以降の物価高によって、長らく横ばい圏で推移してきた日本企業の売上高は増加傾向に転じた(図表6)。デフレ下では難しかった値上げも徐々に進み、価格転嫁による限界利益率上昇も加わって、経常利益の伸びは売上高以上に加速している。利益の増加は投資余力の拡大につながる。人手不足で企業の省力化やDX関連の投資意欲は強い。
近年はコーポレートガバナンス強化の要請から利益の多くを株主還元に使ってきた企業も、設備投資や研究開発投資、人的資本投資など将来の成長に向けた投資を増やしていくことが期待される。
それによって、日本の成長期待が高まれば、さらに国内投資に資金が向かうという好循環につながることになろう。
■インフレヘッジとしての日本株
以上を踏まえると、冒頭の「日本株投資はもう遅いのか」という問いに対する答えは、「時間軸によって異なる」と言わざるを得ない。短期的には、急上昇の反動による調整リスクを十分に意識する必要がある。
AIブームが調整する可能性や高市政権の政策に対する過度な期待が剥落する可能性は否定できない。一方、中長期的な視点に立てば、日本経済と日本企業が構造的な転換点にあることを踏まえ、日本株を戦略的に評価する余地は依然として大きいといえよう。
インフレ環境下において、株式は代表的なインフレヘッジ資産とされる。企業が価格転嫁を通じて収益を維持・拡大できる限り、株価は中長期的にインフレに追随しやすい。これまでデフレに苦しんできた日本株は、この点で十分に評価されてこなかった。
NISAへの投資が増える中で、S&P500やオルカンといった海外株式への投資の人気が高く、日本株への投資は限定的にとどまっているといわれてきた。重要なのは、過去30年の日本株の低リターンというトラックレコードを、そのまま将来に当てはめることが適切とは限らないという点である。
■「米国一辺倒」がリスクになる恐れも
前提となるマクロ環境が変化している以上、過去のデータは将来を説明する力を失いつつある。むしろ、現在進行中の構造変化をどう評価するかが、投資判断の核心となる。

もちろん、S&P500やオルカンといった海外株式への投資意義が薄れるわけではない。米国企業の競争力や、世界経済全体の成長を取り込むという観点から、これらの資産は引き続き魅力的な投資対象といえるだろう。
しかし、それらに加えて、為替リスクを伴わない日本株を長期投資ポートフォリオの一角として組み入れる意義は、これまで以上に高まっているのではないだろうか。

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武内 浩二(たけうち・こうじ)

伊藤忠総研 主席研究員

1993年北海道大学法学部卒業。日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行し、市場投資調査部、調査部で企業アナリスト、市場調査、経済調査に従事。みずほ総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ)内外経済・金融市場総括、首席エコノミストなどを経て、2025年より現職。著書に『債券取引の知識』(日経文庫)、『サブプライム金融危機』『ソブリン・クライシス』(いずれも日本経済出版社、共著)等。

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(伊藤忠総研 主席研究員 武内 浩二)
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