■メンタル不調から復帰した社員への“叱咤激励”
休職していた上原さんが復職することになった。
私より1年前に入社した上原さんはもともとIT企業にシステムエンジニアとして勤めていて、営業職は未経験だったらしい。金融の知識もなく、かんぽ生命の営業に苦労し、1年近く契約を1件も取ることができなかった。そのプレッシャーもあったのか、メンタルに不調をきたし、休職。しかし、奥さんと3人の子どもを抱えていて休んでいるわけにもいかず、職場復帰を果たすことになった。
「上原です。心機一転、新たな気持ちでがんばりますので、みなさんよろしくお願いします」
まだ30代半ばだが、苦労のためか頭髪はかなり薄く、自信なさそうな表情とも相まって頼りなく見える。研修所時代に同部屋だった大林さん(※1)の姿がオーバーラップした。
「半沢です。私もまだ新人なんでよろしくお願いします。上原さんも体調に無理のない範囲でぼちぼちやっていきましょう」
プレッシャーをかけないように私がそんなふうにあいさつすると、
「長いこと休んでしまって、勘が戻らないけど、やるしかないっすからね」と言う。彼自身も復帰に向けて期するものがあるようだった。
だが、結果至上主義のタッコー(編集部注 部長の白石達光。名前の「たつみつ」を音読みして呼ばれている)にとっては病み上がりかどうかなど関係ない。
「上原クン、とにかくかんぽの挙績だわ。かんぽ、かんぽ、かんぽだで。契約が取れんもんにゃ居場所はないでね。歯を食いしばってでもがんがん成績をあげるんが重要だわ」
復帰早々こんなふうに圧をかけていいものだろうか。他人事ながら上原さんのメンタルが心配になる。
※1 同部屋だった大林さん
国立の研修以降、結局、大林さんとは一度も連絡を取ることはなかった。根拠はないけれど、大林さんはもう郵便局にはいない気がする。
■給与明細に胸を躍らせる
業務に慣れてきた私と新人・森君(※2)は吉井代理との同行から独立し、吉井代理は上原さんをフォローすることになった。この前まで私がやっていたアポ取りが上原さんの役割だ。
「わたくし、Y郵便局の金融渉外部の上原と申します。
見た目は自信なさそうな上原さんだが、アポ取りトークは悪くない。むしろ私よりもうまいくらいだ。追い抜かされないように私もがんばらなければならない。
5月下旬、本格的に営業職として稼働し始めてから初の給与明細をもらう。
総支給額29万円。4月以降は吉井代理と同行するかたちながらも挙績を計上していた。初めて獲得したボテ(※3)は「営業手当A:5993円」という表記で記載されていた。
銀行員時代は支店のノルマのために数字を追いかけた。個人ごとの歩合給は存在しない。ここでは、取った契約に応じてボテが付く。
※2 新人・森君
私と同じ「吉井班」のルーキー・森君も着実に成績をあげていた。森君は金融商品の知識もなく、営業の経験も少ない。しかし、その分好感度とフレッシュさがあった。かんぽ営業に必要なのはこれなのかもしれない。
※3 初めて獲得したボテ(編集部注 ボテは郵便局で支払われる「募集手当」のこと)
初めて獲得したのは前述した3月の宮部さんの定額貯金360万円分だが、締め日の関係で5月の明細に記載された。これとは別に6月の明細には「営業手当B」として2140円が計上された。
■「あんまり口外できないこと」
「半沢ぁ、これからはひとりでやらんといかんでな。先輩に追いつけるようにがんがん取ってちょーよ」
時折タッコーは金融渉外部のメンバー一人一人にこうして声がけする。一種の締め付けともいえるが、「見てるぞ」というメッセージでもある。タッコー流の人心掌握術なのだ。
「はい、ぼちぼちやっていきます」私がそう答えると、
「貯金残高があるとこ狙わんといかんでよ。掛けてもらう保険料はできるだけ高いほうがええがね。それから端末見とることはあんまり口外せんほうがええで」
タッコーがボソッとつぶやく。最初は何を言わんとしているかがわからなかった。そのうちに社内のパソコンでゆうちょ口座のデータにアクセスすることそのものが問題行為なのだと気づいた。
かんぽ生命の保険営業を行なうのは「日本郵便株式会社」だ。これに対し、貯金などの金融サービスを扱うのは「株式会社ゆうちょ銀行」である。この2つはグループ企業で、「ゆうちょ銀行」は「日本郵便」に業務委託しているとはいえ、まったくの別会社だ。「ゆうちょ銀行」が管理する口座情報を、「日本郵便」が扱うかんぽ生命の営業にお客の同意を得ずに用いれば、個人情報保護の観点からも、企業倫理の観点からも重大な違反になる。実際にこれはのちのち事件化し、日本郵政の幹部が謝罪に追い込まれている(※4)。
このとき、Y郵便局金融渉外部の全メンバーは当たり前のようにゆうちょ銀行の個人口座情報にアクセスし、アポ取りを行なっていた。
そして、タッコーら管理職も「あんまり口外するな」と注意しつつ、「できるだけ保険料の高い契約をがんがん取れ」とわれわれの尻をたたいた。
私は罪悪感も持たぬまま、必死にゆうちょ口座のデータを検索し続けた。
※4 謝罪に追い込まれている
2025年3月18日のNHKニュースは次のように報じた。「全国の郵便局を運営する日本郵便が、金融商品の勧誘に使うため、グループのゆうちょ銀行の顧客のべ1000万人分の情報を不正にリスト化していたことがわかり、日本郵政グループは日本郵便の社長などグループの役員14人の報酬を減額する処分を発表しました。日本郵政グループでは去年10月、日本郵便がグループのかんぽ生命の保険商品の勧誘に使うため、ゆうちょ銀行の顧客およそ155万人の情報を同意を得ずに不正にリスト化していたことが明らかになりました。グループで追加の調査を行なった結果、不正にリスト化したと推定される顧客の人数は投資信託の販売目的でおよそ775万人、国債の販売目的でおよそ52万人、かんぽ生命以外の保険の募集目的でおよそ16万人にのぼり、あわせてのべ1000万人分の情報を不正にリスト化したことになります」
■毎朝繰り返される営業成績発表
毎日の朝礼時、前日の挙績を発表するのは吉井代理の役割だ。
「では、まずはかんぽです。広瀬さん、1万5497円!」
前日に契約を取ってきた営業マンの名前と金額が読み上げられ、一同から拍手が起こる。私も元気よく拍手。
「続きまして富岡さん、久々の挙績ありがとうございます。2万7110円」
再び、一同が拍手。
「そして、昨日のヒーローはなんと言っても寺尾さん。8万7051円です。
タッコーは全体を見渡し、しっかり拍手をしていない社員がいれば、怒声を飛ばす。拍手ひとつとっても手抜きは許されないのだ。
「え~、昨日はこの3件でしたが、みなさんのおかげで全体としてはラップを上回っています。この調子で昨日挙績のなかった方もがんばっていきましょう!」
■この日の生贄に投げられる容赦ない一言
吉井代理の報告が終わると、それを待っていたようにタッコーの怒鳴り声が響く。
「上原ぁ、今月末までに挙績あがらんかったら、おまえ、ホントにクビだでぇ(※5)」
上原さんは伏し目がちに立ち尽くしている。この日は上原さんが生贄(いけにえ)にされたが、挙績をあげられていないメンバーにとってはいたたまれない場となる。
吉井代理との慣らし運転を経て、独り立ちして営業をスタートした上原さんだったが、相変わらず成績はあがらなかった。電話がけは精力的にこなし、「制度改正」を使ったアポ取りもうまい。だから、訪問まではたどり着く。しかし、契約にまで至らない。上原さんには訪問したあとの「プラン」がないのだ。
※5 クビだでぇ
この当時は「クビだ」「バカヤロー」「タワケが」といった暴言が平気で飛び交っていた。このころからまだ10年も経過していないが、今こんなことを言えば、間違いなくハラスメント認定だろう。組織風土が良い方向に変わっていることを願っている。
■ついにやってきた初契約
ただ、がんばり続ける人間を神さまは放っておかない。ついにそのときがやってきた。ある日の夕刻、上原さんが意気揚々と帰ってきた。
「契約、取れました!」声を弾ませる。
「やったがね。ようやくかぁ。PT3の操作(※6)、大丈夫だったか?」タッコーも嬉しそうだ。彼の苦労とがんばりを見ている金融渉外部の面々も、このときばかりは一斉に祝福ムードになった。
ただ、私には気がかりなことがあった。保険の契約に至る関門「健康告知」だ。契約に不慣れな上原さんは健康告知をしっかりとやってきたのか? 心配になったが、「初荷」に大喜びしている上原さんにそんなことを尋ねる気にはなれなかった。
営業マンはそれぞれが契約用タブレットを保有している。ここにはほかのメンバーの契約状況もすべて表示される。契約手続き後、何もなければ、翌日かその次の日には「契約成立」の文字が現れる。逆に、もし健康告知などで引っかかれば、「謝絶」の表記が出る。契約を取ったあとの数日間、営業マンは誰もがびくびくしながらこのタブレットで契約状況を頻回にチェックするのだ。
※6 PT3の操作
覚えるのが難儀というのは前述したが、電波が悪いと途中で画面が固まってしまい、契約手続きを最初からやり直すという事態がたびたび発生した。Y郵便局のテリトリーには山あいのお宅もあり、電波状況の悪さに冷や汗をかいた。
■健康告知で不正をしなかった
翌日もその翌日も、上原さんの「初荷」はお預け(※7)になっている。
結局、この案件は「契約成立」に至ることはなかった。どうやら健康告知で引っかかり、謝絶案件(※8)となってしまったらしい。私は上原さんにかける言葉もなかった。
とはいえ、私は上原さんの行動に感心していた。
彼は挙績のプレッシャーに追われながらも、健康告知で不正を行なわなかった。金融渉外部のメンバーには健康告知をごまかす者も見られる中、彼はきちんと正しい仕事のやり方を押し通したのだ(もしかしたら不正のやり方を知らなかっただけかもしれないが……)。自分が逆の立場だったら、彼のような判断ができるだろうか。
健康告知をインチキして週に何件も契約を獲得するよりも、上原さんのやり方のほうが間違いなく正しい。しかし、会社はそう評価しないし、ボテは稼げず生活は苦しくなる。
それからほどなく、上原さんはまたしても休職に入ることになった。朝礼で真島課長から「上原さんは本日よりお休みになります」とだけ報告があった。表面張力ぎりぎりで耐えてきた水面が何かのきっかけで崩壊したのだ。
※7 「初荷」はお預け
明らかに重たい病気はすぐに謝絶となるのだが、微妙なものについては数日を要した。このあたりはかんぽ生命の診査部門がしっかりと仕事をしているのだろう。
※8 謝絶案件
健康告知でNGとなったケースについては、タッコーや真島課長は鷹揚としており、叱責などはない。「またほかのお客、捕まえてこいよ」という程度でスルーされていた。営業マンのほうも「まあ、しゃあねえか」程度の反応だった。そこに「お客さまに対しての想い」など存在しないのだ。
■お荷物社員に居場所はない
上原さんが再び休職になると聞き、タッコーと真島課長の反応が心配になった。
「いつまでも休んどるんだて、早よ出てこい!」
そんなふうに上原さんがタッコーから叱責されると思ったのだ。
ところが、まったくその逆のことが起こった。
「上原さん、もう限界なんじゃない? ここはいったん退職して体調を整えてみたらどうかな?」
真島課長が電話で上原さんを諭している。
年度初めに目指すべきノルマが提示され、年度末に向けてメンバー全員で猪突猛進していくのが郵便局金融渉外部の営業スタイルだ。このノルマは構成メンバー(社員)の頭数で設定されているわけだが、退職となれば、その数から除外される。つまり、局の年間目標がその分、軽減する。
タッコーと真島課長に促されるようにして、上原さんはY郵便局を退社した。お荷物社員(※9)に居場所はない。使えない社員の退職は金融渉外部にとってプラスなのだ。
上原さんが会社を去ってしばらくして、彼の分が減額となった新たなノルマが本部から通達された。
※9 お荷物社員
ド新人でも、営業マンとして入社したからには数カ月後には初荷をあげることを期待される。それが1年働いて挙績ゼロ。上層部にとってみれば、この時点で上原さんはもうお荷物社員の烙印を押されていたのかもしれない。
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半沢 直助(はんざわ・なおすけ)
元かんぽ生命 営業マン
1975年、愛知県生まれ。大学卒業後、大手都市銀行に入行。その後、地方銀行、信用金庫、乗合保険代理店を経て、40歳をすぎて日本郵便に入社。東海地区の郵便局に配属され、かんぽ生命の保険営業に従事。かんぽ営業の手法、その裏側を実体験から描き出す。
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(元かんぽ生命 営業マン 半沢 直助)

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