※本稿は、矢野香『偉ぶらないけど舐められないリーダーの話し方』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。
■トップダウンでは若手が動かない理由
人は基本的に、自分が決めたことしかやりません。ですから、リーダーはメンバーに仕事を「自分ごと化」してもらう必要があるのです。
この原則を、子育てに当てはめて考えてみましょう。
例えば、ピーマン嫌いの子どもに、ただ「体にいいから食べなさい」と言っても、返ってくるのは反発だけです。しかし、一緒に畑でピーマンを育てたり、キッチンで料理したりすると、「自分がつくったピーマン(料理)だ!」と、喜んで食べるようになることがあります。人は、正論だけでは動きません。自分との関わりを感じたときに、初めて動き出すのです。
ビジネスでも同じです。リーダーが一人で決めた年間目標を理由も背景も語らないままトップダウンで示す。
■「リーダーの決めたこと」から自分ごとへ
一方、関わらせる工夫をして伝えたらどうでしょう。例えば、会社の理念設定や年間の目標設定を考える場に、ワークショップ形式でメンバーが参加する。そこで決めた目標は、「組織やリーダーが勝手に決めたこと」から、「私たちが決めたこと」へと変わります。
すると、目標は与えられた指示ではなく、行動の理由になります。結果として、リーダーが声を荒らげなくても、メンバーは自ら動くようになります。
このとき、メンバーの意識だけでなく、リーダーに対する見方も変わります。「命令する人」ではなく、「みんなで決めた目標を代表して語る人」になる。この役割の変化こそが、人を動かすリーダーシップの秘訣です。
■体験型の入社式で新入社員を迎えたトヨタ
「自分ごと化」を、巧みに実践しているのがトヨタ自動車です。
トヨタは、入社式で一般的な祝辞や式典だけでなく、新入社員を「クルマ屋の一員」として巻き込むための独創的な「体験」を用意しました。
まず、会場の外に、会長の豊田章男氏や社長の佐藤恒治氏をはじめとする役員たちの愛車14台をずらりと並べ、新入社員を出迎えました。トヨタに新たに加わる仲間に対して、「愛車公開」というサプライズを用意したのです。その上で、佐藤氏は次のようなスピーチを新入社員に贈りました。一部を抜粋してご紹介します(*)。
*トヨタ自動車株式会社「トヨタイムズ」〈「社長として私の最初の仕事です」 佐藤新社長から1440人へ、"クルマ屋"が贈る入社式〉
「皆さん、今日、来るときにたくさんのクルマが展示されていたと思います。あのクルマたちは、豊田会長、おやじの河合(満)さん、東(崇徳 総務・人事、現在は経理)本部長、そして執行役員の本物の愛車です。
今日が大切な日だからこそ、その思い出の真ん中にはクルマがあってほしい。クルマ屋の一員となったことを感じてほしい。そんな想いを込めて、私たちの愛車で皆さんをお迎えすることにいたしました。トヨタ、レクサス、CR。
トヨタがフルラインアップの会社であることが愛車からもわかると思います。それぞれのクルマへの想いや、皆さんへのメッセージも紹介していますので、後ほどゆっくりとご覧いただき、思い出の写真を撮ってみてください。そして、誰のクルマが一番カッコよかったかぜひ後で教えてください」
■新入社員の行動を引き出す「許可」の言葉
特に注目してほしいのが、新入社員の「行動」を促した最後の言葉です。
「後ほどゆっくりとご覧いただき、思い出の写真を撮ってみてください」
「そして、誰のクルマが一番カッコよかったかぜひ後で教えてください」
想像してみてください。厳粛な入社式で、新入社員が自らスマートフォンを取り出して写真を撮るという行動は、なかなか勇気がいるものです。「失礼にあたるのではないか」と、多くの人がためらってしまうでしょう。しかし、リーダーがこうして明確に「許可」を与え、行動を促すことで、その心理的なハードルは一気になくなります。
また、単に「投票してください」と指示するのではなく、「誰のクルマが一番カッコよかったかぜひ後で教えてください」と、あくまで個人的な感想を求めるような、柔らかい表現を使っています。
しかも、新入社員自身のスマートフォンで撮影させることで、その写真は思い出として新入社員のスマホに残ります。彼らは自分のスマホを見るたびに強い当事者意識(自分ごと化)を持つことができるのです。
■「この会社の一員になった」自覚を刻み込む
さらに、このスピーチが巧みなのは、なぜ役員たちの愛車を公開するのか、その目的や想いもきちんと伝えている点です。
「今日が大切な日だからこそ、その思い出の真ん中にはクルマがあってほしい。クルマ屋の一員となったことを感じてほしい。そんな想いを込めて、私たちの愛車で皆さんをお迎えすることにいたしました」
この一言があることで、クルマの展示は、単なる演出ではなくなります。クルマを「見せるため」ではなく、新入社員を「迎えるため」の行動へと意味づけされるのです。その結果、新入社員は「やらされている式典」ではなく、自分が「迎え入れられている式典」として、その場を受け取る。「私はこの会社の一員になったのだ」という自覚も刻みこまれていくことでしょう。
つまり、行動の背景にある想いを言葉にすることで、相手の「自分ごと」に変化させることもできるのです。これこそが、人の心を動かすスピーチの本質です。
■意思決定のプロセスにメンバーを巻き込む
では、あなたの組織では、どうすればメンバーの「自分ごと化」を促せるのか。
おすすめは、意思決定のプロセスそのものにメンバーを巻き込んでしまうことです。以下は、実際にクライアントが実施して、社員の満足度と帰属意識を大きく高めることに成功した事例です。
・会社の理念や、年間の数値目標を、ワークショップ形式でみんなで決定する
・部署で使う新しい制服を社員自身に選ばせ、その理由をプレゼンする
・新しいプロジェクトの名称やコンセプトをチーム内で公募し、投票で決める
・会議の進め方について、「どうすればもっと効率的になるか」という視点でメンバー内で議論する
・フリーアドレスのオフィスのレイアウトを、チームで話し合って決める
どれも、大がかりな改革ではありません。
人は、自分が考え、選び、言葉にしたことに対して、驚くほど主体的になります。
ぜひあなたの組織でも、「決める場」に、メンバーを一歩招き入れ、行動を促すための工夫をしてみてください。そしてリーダーであるあなたは、「みんなで決めたことを、代表して語る」役割を引き受ける。そうすることで、一人ひとりの行動を自然に引き出すことができるようになります。
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矢野 香(やの・かおり)
国立大学法人長崎大学准教授/スピーチコンサルタント
NHKで主にニュース報道番組を17年担当した後、現職。専門は心理学・コミュニケーション論。政治家、経営者やビジネスパーソンに信頼を勝ち取るコミュニケーションを伝授。著書に『世界のトップリーダーが話す1分前までに行っていること』(PHP研究所)、『最強リーダーの「話す力」』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。
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(国立大学法人長崎大学准教授/スピーチコンサルタント 矢野 香)

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