JR東日本が2027年4月に久留里線の末端区間を廃止する。東京からおよそ60キロ圏内の“通勤圏”にありながら、乗客はわずか1日76人。
長年「走れば走るほど大赤字」という異常事態に陥っていた。なぜ東京近郊でこんな事態が起きたのか。フリーライターの宮武和多哉さんが現地を取材した――。
■100円稼ぐのに1万9110円かかる
「東京から60km圏内」といえば、秦野市(神奈川県)熊谷市(埼玉県)つくば市(茨城県)など。充実した鉄道網が敷かれ、都内まで1時間程度の通勤圏だ。だが、おなじ60キロ圏内でも(最大で)5時間に1本しか列車が走っていないエリアも存在する。
木更津市・君津市(千葉県)のJR久留里線だ。
ローカル赤字路線の経営状況をはかる際に、「営業係数」(100円の営業収入を得るために必要な営業費用)が指標として使用される。久留里線は、2021年の時点で「100円を稼ぐ経費が1万9110円」という、手の施しようがない赤字ローカル線であった。
その後、廃止を回避すべく行われた取り組みによって多少の利用回復があったものの、2027年4月をもって末端の久留里駅―上総亀山駅間(9.6km)が廃止となることが、正式に発表されたばかりだ。
なぜ久留里線は「都心に近い」という立地条件を生かせず、一部廃止に至るのか。長らく赤字に苦しむ久留里線の、営業成績を見てみよう。
(2024年度)
・木更津駅―久留里駅

営業係数 1253 1日利用者数 1021人 年間赤字 7億6700万円
・久留里駅―上総亀山駅

営業係数 6694 1日利用者数 76人 年間赤字 1億9990万円(2027年3月末で廃止予定)

乗客は1987年時点と比べて、30年少々で8割~9割も減少しているが、ローカル線によくある「沿線の過疎化」「クルマ社会化」だけが原因ではない。
背景には「勝ち筋のない高速バスとの競争」「利用をためらう、前近代的な鉄道設備」など……まとめていうと「長年にわたって放置された『役に立たない鉄道』としての姿」があった。
■アクアラインに完敗、通勤客を失う
JR久留里線は、木更津駅から高低差90mの丘を駆け上る、1時間ほどで乗りとおせる山岳路線だ。開業当時は、あと10少々の延伸で木原線(現・いすみ鉄道いすみ線)に接続して房総半島を横断する予定だったが、計画は自然消滅。終点はいまも、山あいの小さな集落にある「上総亀山駅」のままだ。
久留里線まわりの鉄道で不思議なのは「通勤利用の少なさ」。列車が接続する「木更津駅」には内房線経由・東京駅方面の快速列車が発着しているのに、東京まで乗り通す通勤客は少ない。かつ、近郊に通勤する人々もあまり見かけず、全体的に「学生以外にあまり利用されていない」感がある。
久留里線が通勤客を獲得できていない最大の要因は、東京湾を横断する「アクアライン」を経由する高速バスの存在だ。
木更津―東京間の鉄道利用は、東京湾を迂回するため列車で80~90分もかかるうえに、東京側の京葉線・総武線の混雑も激しく、ぎゅうぎゅう詰めで乗り心地は最悪。
しかし高速バスなら座ったまま1時間で東京駅に到着できるため、1997年のアクアライン開業をきっかけに、東京方面への通勤客が鉄道→高速バスに移動手段を切り替えてしまったのだ。もちろん、内房線に接続する久留里線の利用も、つられて減少する。

■Suicaも使えない「時代遅れ駅」
こうして高速バスは開業20年で4倍にも増便し、最短で「2分に1本」は東京方面行きが発着する。一方で、鉄道は利用者減少・減便つづきといった「鉄道衰退」が起きてしまった。もちろん、木更津で東京方面に乗り換えるために、久留里線を利用する人々の減少にも繋がった。
さらに久留里線は、時代遅れと言わざるを得ない「鉄道としての使いづらさ」に難を抱えていた。
郊外の鉄道は、駅の近くに駐車場を設置して「クルマ+鉄道利用」(パークアンドライド)で、通勤利用者を獲得する場合が多い。しかし久留里線の場合は、駐車場はおろか駐輪場さえも少なく、列車待ち環境も屋根があればまだよい方。バリアフリーはおろか交通系IC「Suica」も非対応で、全体的に「時代遅れ」感が否めない。
一方、高速バスなら木更津金田ターミナルで快適にバスを待てる。周辺には格安の駐車場も次々と造成された。
高速バス通勤なら「早くて、クルマを駐車できて、列車待ちも移動中も快適」。久留里線経由の鉄道移動は「遅くて、クルマを停める場所もなく、隙間風が吹く古い駅舎で列車を待ってギュウギュウ詰め」。
久留里線での「高速バスvs鉄道」の差は、通勤時間のQOL(時間の過ごし方の質)の違いとして如実に出てしまう。
これでは、いっせいに鉄道離れが起きても致し方ないだろう。
■不便すぎて「通院・通学・買い物客」も失う
廃止が予定されている久留里駅―上総亀山駅(9.6km)には、さらなる不利な条件があった。状況が複雑で、いろいろな面で説明しづらいのだが……地元の方に伺った限りでは「交通機関として、使えないにも程がある!」そうだ。
この区間は、わずかな平地を国道465号と久留里線が分け合うように並行している。久留里駅から先は平山駅・上総松丘駅・終点の上総亀山駅と3駅あるが、駅から5kmほど離れている集落も多く、地元の方いわく「駅へのアクセス手段がないので、使い物にならない」のだとか。
かつ、地域の中心地である久留里駅から病院、スーパーは軒並み離れており、学校再編で集約された小・中学校はスクールバス完備、最初から鉄道をアテにしていない。久留里駅―上総亀山駅は、公共交通のメインである「通院」「通学」「買い物」の手段として、もはや用を成していない……東京の近郊なのに「鉄道移動」が選択されなくなり廃止に至るのは、「ひたすら不便」としか言いようがない事情があるのだ。
■住民が選んだのは、400円のタクシー
そして現在、「鉄道駅が遠すぎる問題」の解決策として、予約制のデマンドタクシー「きみぴょん号」の利用者が増加しているという。
地元の利用登録者なら400円で、自宅近くのスポットまで来てくれて、駅から遠い町医者・スーパーや、郊外のゲートボール場(松丘スポーツ広場)に行けるとあって、利用者は1日平均で「30.5人」(2022年)。同年の久留里駅―上総亀山駅間の利用者が「1日69人」(地元以外の鉄道ファンの乗車が多い)であることを考えると、生活の足として「きみぴょん号」を利用する方が、相当数にのぼることが伺える。
久留里線はほかにも、「高速バスがピッタリと並行」「木更津駅エリアの商店街シャッター街化」「私立高校のスクールバスに通学利用者を取られた」など……「移動手段として使えない」理由は列挙にいとまがないので、これくらいにしておこう。
■「JRの責任」だけではない
首都圏に近いにもかかわらず、久留里線が消えゆく背景には「交通機関としての機能が低すぎる」、一言で表現すると「役に立たない」「使いようがない」という事実がある。

実際に現地を巡っても、目の前に総合病院があるのにバリアフリーがなく動線が凸凹の「上総清川駅」、台風で屋根が吹き飛んだのにまともに修繕されず、子供を送迎する際の駐車スペースすらない「東横田駅」など、「哀愁を誘う昭和のローカル鉄道」といえば聞こえはいいが、実態は「放置されて時代に遅れただけ」とも言える。
アクアラインとの競合に晒されてもまともな利用促進をせず、設備改修もダイヤ改善も行わなかったからこそ、久留里線は「役に立たない鉄道」と化し、長期間にわたって利用者を削られ続けてきた。
その責任はJR東日本だけでなく、「JRが何とかしてくれる」とばかりに、ひたすら久留里線を放置していた木更津市、君津市にもあるだろう。
先に述べた通り、木更津駅―久留里駅間も年間7億円以上の赤字を出しており、今後とも安閑としていられないはず。
末端区間(久留里駅―上総亀山駅)の廃止が決定した以上、木更津高・君津青葉高校といった公立高校の通学輸送に必要な木更津駅―久留里駅間の改善にリソースを使い、最低限でも「ちゃんと駅で待てる」「駅までアクセスできる」環境を整えていただきたいものだ。
■1057億円の“善意”で維持される赤字線
JR東日本の中でも、鉄道として営業成績がよろしくない「ご利用の少ない線区」(1日当たり利用者2000人以下)は、36路線、71区間。ほかJRでは西日本九州北海道でも同様の資料を公表しており、存続が危ぶまれているローカル鉄道は、全国至るところに存在する。
久留里線と同様、もしくはそれ以上に「鉄道としての存続に意義がない」路線も多く、実例として「駅と市街地が離れすぎて、いちいち乗り換えが必要」「土砂災害が頻発するため、時速15km程度の徐行つづき」など……バスやデマンドタクシーと比べて鉄道にさっぱり優位性がなく、ピッタリと並行する国道に路線バスを走らせれば数千万円の赤字で済むところを、何億円もの年間赤字を出して「鉄道である必要がない鉄道」を存続しているのだ。
もっとも各路線は「黒字路線の収益を内部補填で回す」という“善意”で赤字ローカル線の運行が成り立っており、沿線では当事者意識や危機感がきわめて薄い。結果として、必要のない鉄道を哀愁・愛着といった論調だけで存続させるために、JR東日本が790億円、JR西日本が267億円もの赤字負担を強いられているのだ(各社「ご利用の少ない路線」対象線区から集計)。
■「赤字ローカル鉄道のトリアージ」が必要だ
こういった事態の解決策として、そろそろ「赤字ローカル鉄道のトリアージ」が必要ではないか? 必要な路線はできるだけ長く経営できるように投資のうえで残し、既に必要がなくなった鉄道は、その地の輸送のサイズに見合ったバスなどへ置き換える。すべての鉄道は存続できないが、優先順位付けはあった方が良い。

久留里線のように、「鉄道として存続する意味がない鉄道」は依然として多い。どうしても存続させたい場合は、2022年に災害から復旧した「JR只見線」、2033年ごろに運行再開予定の「肥薩線」のように、一定の地元負担と「今後の誘客への協力」を条件にしても良いだろう。各地には、自治体からの出資で、経営がある程度好転した鉄道もある。
ローカル線の在り方を事業者・沿線自治体・国が協議する「再構築協議会」制度が、2023年に始まった。しかし、制度化はされたものの、適用1件目のJR芸備線(広島県)以外では協議が進んでいないのが現状だ。
不要となった鉄道インフラに1057億円を投じるなら、いっこうに本数が増えない通勤電車の増便や車両の更新、交差する幹線道路があるなら高架化など……なにより、過酷な労働環境にある現場の方々の待遇改善にも、しっかり使われてほしい。
ローカル線問題の「トリアージ」は、沿線だけの話ではなく、「鉄道がある街」の暮らし全体にも関わってくる話だ。JRの善意だけの話、地方の話だと、切り捨ててはいけない。

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宮武 和多哉(みやたけ・わたや)

フリーライター

大阪・横浜・四国の3拠点で活動するライター。執筆範囲は外食・流通企業から交通問題まで、元・中小企業の会社役員の目線で掘り下げていく。各種インタビュー記事も多数執筆。プライベートでは8人家族で介護・育児問題などと対峙中。


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(フリーライター 宮武 和多哉)
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