中国が目指す台湾統一が達成されるとどうなるか。スタディサプリ講師の村山秀太郎さんは「現在、最先端半導体の製造のほとんどが台湾のTSMC一社に集中している。
もし中国が台湾に侵攻し、支配下に置いた場合、世界経済は瞬時にして機能不全に陥ることになる」という――。
※本稿は、村山秀太郎監修『2時間 de 資源史』(秀和システム新社)の一部を再編集したものです。
■中国の台頭で「平和な時代」は終わった
1990年代から2000年代にかけ、世界はグローバリゼーションの恩恵を謳歌していました。
日米欧の先進国が技術革新をリードし、アジアの新興国が安価な労働力でそれを生産する。国境を越えて協力し、最も効率的な場所でモノづくりを行うことが正義とされていました。
しかし、その平和で効率的な時代は、ある一つの国の爆発的な台頭と、それに伴う地政学的な対立によって、終わりを告げます。
その国の名は、中国。
頭脳である半導体は、今や21世紀の石油と呼ばれるだけでなく、AIや軍事技術の優劣を決定づける戦略兵器そのものと化しました。
ここからは、現代の米中覇権争いの最前線であるチップ戦争の構造と、なぜ世界が「台湾」という一つの小さな島を、息を呑んで見つめているのかを解き明かしていきます。
■半導体産業は「グローバル水平分業」
現在のチップ戦争を理解するためには、まず、その戦場がいかにアンバランスな構造の上にあるかを知る必要があります。
かつて、インテルのように設計から製造までを一社で行う(垂直統合)のが主流だった半導体産業は、1990年代以降、大きくその姿を変えました。
それは「グローバル水平分業」と呼ばれる、極めて効率的で、極めて脆弱なエコシステム(生態系)です。

この分業体制は、大きく分けて4つのプレイヤーによって成り立っています。
【設計】アメリカ

○企業の形態:ファブレス(=工場を持たない)

○企業例:NVIDIA、Apple、Qualcomm、AMD

○役割:チップの設計図を描くことに特化。AI用やスマートフォン用など、最も付加価値の高い頭脳をデザインする。
【製造】台湾・韓国

○企業の形態:ファウンドリ(=製造企業)

○企業例:TSMC、Samsung

○役割:アメリカなどのファブレス企業から設計図を受け取り、それを物理的なチップとして製造することに特化。特にTSMCは、世界中の最先端チップの製造シェアの90%以上を握る。
【製造装置開発】アメリカ・オランダ・日本

○企業の形態:製造装置メーカー

○企業例:Applied Materials、ASML、東京エレクトロン

○役割:「【製造】の企業がチップを作るための機械」を製造・販売。
【素材】日本

○企業の形態:素材メーカー

○企業例:信越化学工業、SUMCO、JSR、東京応化工業

○役割:チップの基板となるシリコン素材や、回路を描くための感光材といった、超高純度な化学素材を供給。
■伝説のエンジニアが創業したTSMC
この水平分業は、長らくWin-Winの関係でした。アメリカが設計に、台湾は製造に集中し、日蘭がそれを支える。各国が得意分野に特化することで「ムーアの法則」に沿った驚異的な進化と低コスト化を実現してきたのです。
この水平分業体制の核となったのが、台湾のTSMCです。その創業者こそ、フェアチャイルドやTI(テキサス・インスツルメンツ)で活躍した伝説のエンジニア、モリス・チャン(張忠謀)です。

1980年代半ば、台湾政府に招かれた彼は、ある画期的なビジネスモデルを考案します。それがファウンドリ、すなわち「製造専門の会社」です。
当時、インテルのような企業は、自社で設計し、自社で製造していました。しかし、半導体工場の建設・維持には、数千億円(今や数兆円)という天文学的な費用がかかります。
彼は、Appleのような優れた設計図は描けるが、工場を持つ資金はないという無数のベンチャー企業の代わりに製造を請け負う会社を作れば、巨大なビジネスになると見抜いたのです。
「お客様の設計図を預かり、黒子として製造する。そしてお客様とは絶対に競合しない(=自社ブランドで設計はしない)」
この製造への特化という誓約が、AppleやNVIDIAといったアメリカの天才たちの信頼を勝ち取り、TSMCは世界中の設計図が集まる唯一無二の鋳造所へと成長しました。
モリス・チャンのこの決断が、グローバル水平分業というシステムそのものを生み出し、そして皮肉にも、台湾を世界で最も地政学的に危険な場所へと変えてしまったのです。
■「iPhoneの組み立て工場」の危機感
この平和な分業体制を揺るがしたのが、中国です。
中国は世界の工場として、AppleのiPhoneをはじめ、世界中の電子機器の組み立てを担うことで、驚異的な経済成長を遂げました。
しかし、中国の指導者たちは、その繁栄が砂上の楼閣であることに気づいていました。
いくらiPhoneを組み立てても、その中身の最も高価で重要な頭脳(CPUや通信チップ)は、アメリカが設計し、台湾(TSMC)が製造したものに依存している。

もし、アメリカや台湾がチップを売らないと言い出せば、中国のハイテク産業は即座に崩壊してしまう――。
これは、国家のアキレス腱とも言える、巨大な戦略的脆弱性でした。
このアキレス腱を克服するため、中国政府が2015年に高らかに打ち出した国家戦略が「中国製造2025」です。
■カネとヒトと情報を総動員
その中核的な目標が、「半導体の自給率を、2025年までに70%に引き上げる」という、極めて野心的なものでした。
その手段は、まさに国家総動員でした。
○莫大な国家補助金

○人材の引き抜き(千人計画)

○サイバー攻撃・産業スパイ
中国は、このカネとヒトと情報を総動員した戦略で、先進国を猛追し始めます。
中国のこの露骨な野心に対し、アメリカは当初、静観していました。しかし、2010年代後半、アメリカは二つの脅威に直面し、ついに目を覚まします。
■アメリカ「中国のハイテク産業を叩き潰す」
脅威①:軍事・AIへの転用
中国の半導体技術の進化は、単に経済的な脅威に留まりませんでした。
中国人民解放軍が開発する、台湾侵攻用の極超音速ミサイルや、少数民族を監視する監視カメラ(AI顔認証システム)、最新鋭のステルス戦闘機――。これら軍事・監視技術の頭脳に、NVIDIAやAMDといったアメリカ企業が設計したAIチップが使われていることが明らかになったのです。
アメリカの技術が、アメリカの覇権を脅かす兵器を生み出している。
この自己矛盾に、ワシントンの安全保障関係者は震撼しました。
脅威②:ファーウェイ(Huawei)という存在
2018年頃、中国の通信機器メーカーファーウェイは、5G(第5世代移動通信システム)の基地局技術で世界を席巻し、スマートフォンでもAppleやSamsungを凌駕する勢いでした。
そのスマホの頭脳には、ファーウェイ傘下の「ハイシリコン」が設計した、世界最高峰の「麒麟チップ」が搭載されていました。
アメリカは、5Gという次世代インフラと、AIという次世代技術の両方で、中国に王手をかけられる寸前に追い詰められたのです。
ここにおいて、アメリカはついに半導体は兵器であると断定。中国のハイテク産業を叩き潰すための戦争を決意します。
その最初の標的が、ファーウェイでした。
2019年から2020年にかけ、トランプ政権(当時)は、ファーウェイに対し禁輸措置を発動します。
これは、アメリカの技術やソフトウェアを使って製造された半導体を、ファーウェイに輸出することを原則禁止する、というものでした。
この一撃は、ファーウェイのアキレス腱を正確に射抜きました。
■半導体を握った国が勝利する時代へ
ファーウェイは、自社で設計はできても、製造は台湾のTSMCに100%依存していました。そして、そのTSMCは、製造装置の多くをアメリカの技術を使っていたのです。
TSMCは、最大顧客の一つであったファーウェイからの受注を停止せざるを得ませんでした。
その結果、ファーウェイのスマートフォンの頭脳であった麒麟チップは在庫が尽き、ハイエンドスマホ事業は壊滅的な打撃を受け、世界シェアから一気に転落します。
この「ファーウェイ事件」こそ、現代のチップ戦争の開戦を告げる号砲でした。
それは、グローバリゼーションの終わりと、半導体の武器化を世界中に見せつけた瞬間でした。
トランプ政権が始めた戦争は、バイデン政権によって、さらに高度で、より冷徹な地政学的な封じ込め戦略へと引き継がれました。
彼らの戦略は、中国と全面戦争をするのではなく、中国がAIやスーパーコンピュータといった最先端技術を進化させるために絶対に欠かせない、ごくわずかなチョークポイント(窒息点)をピンポイントで締め上げることです。
■オランダSML社の唯一無二の技術
そのチョークポイントとは、次の3つです。
①AIチップの禁輸
現代のAIの開発には、NVIDIAが設計するH100やA100といった超高性能なGPU(画像処理半導体)が不可欠です。アメリカ政府は2022年10月、これらの最先端AIチップの中国への輸出を厳格に禁止しました。
②製造装置の禁輸
中国が自国で最先端チップを製造しようとしても、そのための機械がなければ不可能です。
特に、最先端の回路を焼き付けるために不可欠な装置は、世界で唯一、オランダのASML社しか製造できません。
アメリカ政府は、オランダ政府と日本政府に強力に働きかけ、同盟国として足並みを揃えさせ、ASMLの装置はもちろん、東京エレクトロンなどの旧世代の装置に至るまで、中国への輸出を禁止させました。

③最先端チップの設計ソフトの規制
そもそもチップの設計図を描くためには、アメリカ企業が独占するEDA(自動電子設計)と呼ばれる特殊なソフトウェアが不可欠です。アメリカは、このEDAソフトの最先端版も中国に使わせないよう、規制をかけています。
これは、中国に対して(低性能な)自動車や家電用の半導体は作ってもよい。しかし、スーパーカーや戦闘機のエンジンを作ることは、金輪際許さないと宣言する、明確な技術的封じ込めです。
■もし中国がTSMCの工場を狙ったら…
アメリカがこれほどまでに強硬な手段に出る背景には、中国の軍事的脅威と並んで、もう一つの悪夢のシナリオがあります。
それが台湾有事――すなわち、中国による台湾侵攻のリスクです。
ここまでお話したように、世界中の頭脳、すなわちiPhoneやNVIDIAのAIチップ、自動車の制御チップといった最先端半導体の製造は、その90%以上が、台湾のTSMC一社に集中しています。
もし、中国が台湾に侵攻し、TSMCの工場が破壊されたり、中国の支配下に置かれたりすれば、何が起きるでしょうか。
その瞬間、世界中のハイテク産業のサプライチェーンは寸断され、AppleはiPhoneの新製品を出荷できなくなり、トヨタやGMは自動車を生産できず、データセンターは増設できなくなり、世界経済は瞬時にして機能不全に陥ります。その被害額は、リーマンショックやコロナ禍の比ではありません。
この「台湾リスク」と中国への「技術的封じ込め」という二つの動機が組み合わさった結果、各国政府は「経済安全保障」の大号令のもと、半導体サプライチェーンの自国回帰、あるいは同盟国回帰へと、一斉に舵を切りました。

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村山 秀太郎(むらやま・ひでたろう)

スタディサプリ講師、世界史塾バロンドール主宰

早稲田大学大学院社会科学研究科修士課程修了。予備校で教鞭をとりながら百余国を歴訪し、昨今の国際情勢にも精通している。主な著書・監修に『これ1冊!世界各国史』(アーク出版)、『東大の世界史ワークブック』(かんき出版)、『地政学で読みとく「これからの世界」』(世界文化社)、『イッキにわかる!国際情勢』(二見書房)、『絵本のようにめくる世界遺産の物語』(昭文社)などがある。

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(スタディサプリ講師、世界史塾バロンドール主宰 村山 秀太郎)
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