■「失われた30年」がついに終わる
日本経済は長らく、賃金の上がらないデフレの時代に苦しんできた。その氷の時代に今、ようやく春が訪れようとしている。
1980年代、自動車や電子機器で世界を席巻した日本の製造業は、各国の羨望の的だった。東京の不動産価格は天井知らずに高騰した。だが、1990年代にバブルが崩壊すると、政府も銀行も対応が後手に回り、「失われた10年」はいつしか「失われた30年」へと延びていった。
米金融情報サービスのブルームバーグはウェブ番組で、かつて最大6.7%を記録した成長率はその後0~2%まで沈み、20年超にわたるデフレのなかでGDPはドイツに抜かれ、世界第4位に転落したと総括する。日経平均株価が最高値を更新するまでに、実に34年を要した。
長い冬の時代を終わりに導いたのは意外にも、国外からやってきた異変だった。コロナ禍でサプライチェーンが混乱し、ウクライナ戦争をきっかけにエネルギー価格が急騰する。石油輸入に頼る日本はとりわけ深刻な打撃を受け、企業はコスト上昇分を小売価格へ転嫁し始めた。それまで「企業努力」で吸収してきた物価上昇が、ようやく店頭価格に反映され始めたのだ。
■物価は上がらないという常識が覆る
米大手投資ファンド、アポロ・グローバル・マネジメントのマーク・ローワンCEOと植田栄治アジア太平洋地域代表は、ブルームバーグの同ウェブ番組に出演。長年ゼロ近くやマイナスが常態化していた消費者物価指数(CPI)は約3%まで跳ね上がり、物価は上がらないという常識がついに覆ったとの見方を示した。
物価の上昇は、コロナ後も維持されている。2025年2月の国際通貨基金(IMF)の報告書によれば、消費者物価上昇率は日銀目標の2%を2年以上上回り続けている。深刻な人手不足を背景に、賃金の伸びも1990年代以来の高水準に達した。約30年のゼロインフレ時代を経て、日本経済はいま、新たなフェーズへと動き始めている。
コロナとウクライナのショックで始まった雪解けは、以前から日本社会が抱えていた少子高齢化の人口構造により、奇しくも加速した。
日本の合計特殊出生率は1.15にまで落ち込み、生産年齢人口(15歳以上65歳未満の人口)も1995年のピークから減り続けている。だが、深刻な人手不足の状況にあるからこそ、企業は賃上げに追い込まれ、生産性の低い企業はそのコストに耐えきれず淘汰される。労働者はより生産性の高い企業へ流れ、残った企業は省力化のため設備投資を加速させる。こうした歯車がいま、一斉に回り始めた。
■少子高齢化が生み出したポジティブな連鎖
まず動いたのは、賃金だった。
賃金が動けば、人も動く。事実、同行の分析では正規雇用者の転職が増えており、とりわけ若年層で目立つという。賃上げに対応できない中小企業は廃業や合併に追い込まれ、そこから放出された労働者が、より生産性の高い企業へ吸収されていく。人手不足で賃金が上がり、賃金が上がるから人が動き、人が動くから経済全体の生産性が底上げされていく。
また、労働人口が足りなければ、機械化などの技術で補うしかない。同行によると、宿泊・飲食・小売といった労働集約型の産業を中心に、ソフトウエアへの投資が他セクターを上回る勢いで伸びている。
AIの活用はまだ緒に就いたばかりだが、人手不足が深刻な日本では人間の仕事を奪うのではなく、足りない人手を補うポジティブな立ち位置となりうる。実際、若年失業率は30年ぶりの低水準にあり、働き口不足の傾向は見えない。
■女性の労働参加率で米国を逆転
人口減少を受け、働きたい人々がより積極的に機会を見いだせる状況が整いつつある。
中でも注目されるのが、女性の労働参加率だ。日本銀行が2025年8月に公表した分析によると、15~64歳の女性の労働参加率は同年6月時点で78%に達した。2000年代初頭には約60%だったから、20年余りで18ポイント近く伸びたことになる。
背景として、保育の受け入れ枠が広がり、パートタイム労働者にも社会保険が適用されるようになったことも大きいだろう。
世代別に見れば、変化はいっそう鮮明だ。ハーバード大学のメアリー・C・ブリントン教授は2024年、オーストラリア政策フォーラムのイースト・アジア・フォーラムへの寄稿で、30~34歳の日本人女性の就業率が2006年の約60%から2023年には80%に跳ね上がったと指摘した。いまやアメリカを上回る。
ブリントン氏は、企業が仕事と家庭の両立を支える制度を拡充したことで、既婚女性が働き続けやすくなったとみる。実際、育児休暇は対象となる母親のうち約80%が取得し、その後職場に復帰している。出産を機にキャリアを離れるのが当然とも受け止められていた時代は、過去のものになりつつある。
高齢者の労働機会も広がりつつある。
■バフェットが見抜いた「見えない強さ」
復活の兆しは、実は昨日今日の話ではない。マクロ経済の統計を紐解けば、「停滞」と捉えられていた30年間、日本企業は水面下で産業構造を強かに変革してきた。
1990年代後半、韓国・台湾・中国が低コストを武器に台頭し、家電での優位が崩れると、大手各社は半導体製造装置、精密化学品、炭素繊維、特殊鋼といった模倣の難しい上流技術へ軸足を移した。
事業の中核をシフトし、時代に適応した例もある。富士フイルムは写真用フィルムで培った化学技術を、医療・先端素材へ転用。日立製作所は家電中心の総合電機メーカーから、社会インフラ・ITサービス企業へと大胆に転換した。
かつて看板事業だった領域を潔く手放し、事業ポートフォリオを大きく組み替えたのだ。アジア新興国の台頭は当初脅威だっただろうが、むしろ収益を拡大する機会に昇華した。
こうした「見えない強さ」を見抜いた投資家がいる。
■GDPには反映されない「日本の底力」
バフェット氏が繰り返し口にするのは、外からの圧力に流されず我が道を行く日本企業の強さだ。トヨタはEVへの全面転換を迫る声を退け、ハイブリッド戦略を貫いて5年連続で世界販売首位を守った。任天堂も自社ハードを捨てスマホ向けソーシャルゲームへの移行を求める声をよそに、「Nintendo Switch」で累計1000億ドル超(約15兆5000億円)を売り上げている。
こうした独自の強さは、国際指標にも裏づけられている。UCSD政策大学院ニュースサイトのGPSニュースが紹介するハーバード大学グロースラボの調査によると、輸出品に求められる技術の高度さを測る「複雑性」指標で、日本は世界首位に立つ。GDPの数字には反映されない独自の力を、日本企業は「失われた」とさえ言われる30年をかけて、着実に育て上げてきた。
■公的債務残高は大きな不安要素
もっとも、日本経済の復活シナリオには無視できないリスクがまだ残っている。
最大の懸念は、財政の持続可能性だ。
高齢化で医療・介護費は膨らみ続け、利払い負担も重くなる一方だ。2030年頃からは債務比率が再び上昇に転じ、利払い費だけでも2030年までに現在の2倍に達する見通しだ。
債券市場では、こうした財政リスクがすでに織り込まれ始めている。ブルームバーグ(2025年12月26日)によると、長期金利の指標となる10年物国債利回りは2025年12月に2.1%まで上昇し、27年ぶりの高水準をつけた。これだけの債務を抱えたまま歳出を増やし続ける日本に対し、投資家は警戒を強めている。
金融システムも、金利上昇と無縁ではいられない。IMFは銀行収益の増加など全体の底堅さは認めつつも、前回審査時に比べてシステミック・リスク(金融機関の破綻などが経済全体に波及するリスク)はやや高まったと分析する。中小企業の倒産が増え、金利上昇で有価証券の含み損も膨らんでいる。さらには、米ドル調達に伴う外貨エクスポージャー(為替変動リスク)の大きさも見過ごせない。
労働市場にも課題は残る。女性の就業機会は増えたものの、その多くが非正規雇用にとどまる上、男女の賃金格差はいまだOECD平均を上回る。
もっとも、30年間凍りついていた経済が動き始めたのは事実だ。リスクを乗り越え、良い方向への変化を維持できるかが試されている。
■「GDPの成長を犠牲に、社会的な安定を得た」
少子高齢化こそ日本経済の起爆剤であるとの逆説は、にわかには信じがたい。果たしてどこまで的を射ているのか。
カリフォルニア大学サンディエゴ校のウリケ・シェーデ教授は、2023年にアジア政策シンクタンクの全米アジア研究局へ寄せた分析で、人口減少とDX(デジタルトランスフォーメーション)が同時に到来することは「ラッキーモーメント」であると論じた。
たしかに生産年齢人口は、現在の7400万人から、2050年には約5000万人へと縮小する見込みだ。だが、ちょうどこの時期に、AI・自動化が実用段階に入った。他国なら「雇用を奪う」と警戒される技術が、人手不足に苦しむ日本ではむしろマッチする。
もっとも、ここに至るまでの助走は長い。ウリケ・シェーデ氏は2025年のGPSニュースへの寄稿で、日本が終身雇用制を段階的に軟化してきた約30年の過程を読み解いている。あえて30年の時間をかけて転職市場を育て、法制度を整え、急激なリストラによる混乱を避けた。「日本は30年分のGDPの成長を犠牲に、社会的な安定を得た」と評している。アメリカ式の性急な再編を行ってしまうと、長い目でコストはかえって高くつくと論じる。
■「失われた30年」は成長への助走
そもそもGDPの数字だけで、国の豊かさは測れるのか。シェーデ氏は同じ寄稿で、GDPが重視されるのは、「測定可能な唯一の指標だから」にすぎないと指摘する。日本が誇る優れた地下鉄網の資産価値のように、成長率では捉えきれない豊かさがある。「経済成長と社会の安定を両立できる、より優れたシステムが必要だ。日本は(30年を費やした緩やかな変化という)その一つの形を見いだした」と、シェーデ氏はそう結ぶ。
ブルームバーグによると、日本は2025年12月、28年ぶりに基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化の見通しを示した。世界が「失われた」と断じたあの30年は、次の時代への長い助走だったのかもしれない。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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