■「預貯金離れ」が起きている
「貯蓄から投資へ」――。歴代内閣が長年にわたってキャッチフレーズとして掲げてきた個人金融資産のあり方に変化が見え始めた。
家計の金融資産に占める現金・預金の比率が2025年9月末で、18年ぶりに50%を割り込んだのだ。株価の大幅な上昇や、2024年1月から始まった新NISA(少額投資非課税制度)の利用増が、預貯金離れに拍車をかけている。この傾向はしばらく続きそうだが、預貯金離れが起きている理由を見てみると、必ずしも喜ばしいことばかりではない。
日本銀行の資金循環統計によると、2025年12月末の家計の金融資産残高は2351兆円と1年前に比べて5.3%増え、過去最高を更新した。金融資産が増えていると言うと、日本の家計全体が豊かになっている印象を受けるが、そうとばかりは言い切れない。
家計が持つ「株式等」は342兆円と前年同期比で22.6%も増えたが、背景には株価の大幅な上昇がある。2024年末の日経平均株価は3万9894円で、1年後の2025年末は5万339円なので、1年で26.2%上昇した。つまり、家計が新しく株式を購入したというよりも、保有している株式の価格が上昇したことで、保有残高が増えたと見ることもできる。
■「円」の価値が下落している
もちろん、株価が上昇するということは、日本経済が今後成長するという先行きへの期待がある、という見方もできる。企業の成長を先取りして投資家が株式を買っている、ということだ。だが、一方で、株価を示している「円」の通貨価値が下落しているために株価が上昇しているように見える、と言うことも可能だ。つまり、円の実態価値が下落しているから、見た目の株式等の家計資産が増えていると考えることもできるわけだ。

円ドル為替レートで見ると2024年12月も2025年12月も1ドル=155円前後で大きく変わらない。しかし、ドル通貨もインフレで劣化しているため、ドルと円の単純比較では実態は分からない。日本銀行が毎月公表している「実質実効為替レート」、円の実力を見る指数では、2020年を100とした指数で、2024年12月は71.85、2025年12月は68.26となっている。つまり5%あまり日本円の通貨価値は劣化していると考えられるのだ。
また、人類古来の通貨とも言える金(ゴールド)の円建て価格で見ると、1グラム=1万4746円から2万5019円と70%あまり上昇した。もちろん、金への投資が増えて金価格自体が上がっていることもあるが、金を基軸にした場合、円通貨の劣化を示していると見ることもできる。
■株式を持つ人と持たざる人の格差が拡大
そうは言っても、株価の上昇で恩恵を受けている人が多いのも事実だ。だが、最大の問題は株式を持っている人と持たざる人の格差がどんどん大きく拡大してしまうという点だ。つまり株式等の金融資産が増えて家計全体が潤っているというよりも、一部の資産家の資産がますます大きくなり、そうした人だけが大きな恩恵を受けていると見ることもできる。
こうした株価の上昇が、預貯金から株式などのリスク資産へのシフトを巻き起こしているのも事実だ。
特に少ない資金から簡単に始められるとして若年層などからも人気のNISAは大幅に残高を増やしている。金融庁の発表によると2025年12月末時点のNISAの累計買付額は71兆円と、1年前に比べて36%も増えた。
2024年1月に新NISAとして投資できる金額を年間360万円まで拡大したことによって、個人の新規口座開設が急増。12月末の口座数は2826万口座と1年で10%増えた。
■急速にNISA人気は広まったが…
株価が大幅に上昇したことがNISA人気の大きなきっかけであることは間違いない。インフレが進行する中で、預金金利が上昇しているとはいえ、普通預金金利ではインフレには勝てず、現預金で持っていると目減りしていくことが誰の目にも明らかになってきた。そんな中で株価の大幅な上昇が日々伝えられ、NISAを始めてみようかという若者が増えたと見られる。
ところがである。2026年に入って米国のベネズエラ侵攻やイランへの爆撃など、地政学的リスクが一気に高まったこともあり、株価は大きく乱高下するようになった。2024年以降、NISAを始めた若者の中には株価の下落によって、投資額の元本を割り込む例も出ており、ついに「NISA貧乏」なる言葉まで生まれている。
「NISA貧乏」とは、NISAの枠を使うために、収入の多くをNISAに投じたうえ、持っていた預貯金もNISAに移している結果、貧乏生活を強いられる人が増えているというのだ。そんな一例が、プレジデントオンラインに掲載されている。「『NISA貧乏』が急増するわけだ…FPが見た、年360万円の枠を満額埋めた40代共働き夫婦の“危ない家計”」というタイトルの原稿だ。
■「株は絶対儲かる」という思い込み
しかも、NISAに入れたはいいが、株価が下がって含み損が生じている場合、なかなか売って現金化する決断ができない。
売りたくても売れない事態に直面している人も少なくないという。損をしてまで売りたくないという心理が働くからだ。
なかなか現金化しにくくなるリスクは、長年、株式などを保有している人ならば百も承知、株価が下がっている間、「塩漬け」にしてきたという個人投資家も多い。ところが、ここ数年の株価上昇で、「株は絶対儲かる」といった感覚が広がり、余剰資金だけでなく、生活に必要な資金まで株式や投資信託に投じるという問題が生じているわけだ。
株式のみならず、投資信託にも資金流入が続いている。2025年末の家計が持つ投資信託は165兆円。前年比21.3%増えた。金融資産に占める「株式等」の割合は14.5%、「投資信託」は7.0%に達する。このほか、個人向け国債などの「債務証券」も1年前に比べて9.6%増え、34兆円となった。
■日本企業の成長と株価の上昇が重要
こうしたリスク資産への資金シフトの結果、家計の金融資産に占める「現金・預金」の割合が2025年末では48.5%まで減ったわけだ。ピークは2001年末の55.5%だったので、7ポイントも低下したことになる。
もちろん、金融資産の中で、現金・預金の額自体が大きく減ったわけではない。
2025年末は1140億円と1年前に比べて0.5%増えた。いわば経済成長並みの増加だったと言っていいだろう。
家計の金融資産の中味を見ると「貯蓄から投資」への流れが徐々に始まったようにも見える。それでも現預金の比率が12%の米国に比べればまだまだ預貯金中心の金融資産構成であることは間違いない。米国は株式や投資信託が55%と過半を占めているので、日本の家計の投資へのシフトはまだまだこれからだろう。
もっとも、株式などの資産は短期間に一気に増やす性質のものではない。経済成長とともに投資先企業が成長して株価が上昇していく、あるいは株式分割などで資産が増えていくというのが本来のあり方だ。つまり、日本株で言うならば、日本企業が大きく成長して株価も上昇していくことこそ、重要なのである。
企業も国も豊かになり、その結果、個人金融資産が増えていく。株式は、決して博打のように資産を増やすための手法ではない。日本円の劣化で株価が上昇しているように見えることに一喜一憂するのではなく、日本企業そして日本経済が成長した恩恵を個人も受ける。それが本来の資産立国ということだろう。


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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)

経済ジャーナリスト

千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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