※本稿は、遠藤健司、奥野祐次『こんなに痛いのにどうして「なんでもない」と医者に言われてしまうのでしょうか』(ワニ・プラス)の一部を再編集したものです。
■正しい姿勢は健康寿命に大きく影響する
正しい姿勢を保つことは、身体のバランスや姿勢制御に対する負荷を減らし、骨や筋肉の正常な機能を促進することができます。良い姿勢を保つことによって、身体機能が維持され、日常生活の動作や運動能力が改善される可能性があります。
◎姿勢と首や腰の痛み
悪い姿勢や姿勢の歪みは、慢性的な疼痛や筋肉の不快感を引き起こす原因となります。例えば、猫背や前かがみの姿勢は、首や背中の痛みを引き起こすことがあり、正しい姿勢を保つことは、疼痛の予防や軽減に寄与する可能性があります。
◎姿勢と姿勢関連
疾患長期間にわたる悪い姿勢は、姿勢関連の疾患や障害のリスクを増加させる可能性姿勢は、健康寿命に大きく影響するが高くなります。例えば、前屈性頸椎症や脊柱側弯症などの姿勢関連疾患は、悪い姿勢が長期間続いた結果として発症することがあります。
◎姿勢と心理的な健康
姿勢は心理的な健康にも関連していると考えられています。正しい姿勢を保つことは、自尊心や自信を高め、心理的なストレスの軽減につながることが指摘されています。
以上のような知見から、姿勢と健康寿命の関係は複雑であり、多くの要素が関与していることが示唆されます。正しい姿勢を保つことは、身体的な機能、疼痛の管理、姿勢関連疾患の予防、心理的な健康など、健康寿命に寄与する可能性があると考えられています。
■あなたの体軸はどのレベルか
体軸の不安定性は、気づかない間に少しずつ進行します。
前期 走るときに脚の上がりが悪くなります(この時期は自覚症状なし(50代頃)。
初期 立ち上がりに「よいしょ」となり、手をそえる膝や手すりを探します(60代頃)。
中期 身長が少し低くなり、膝を軽く曲げたまま歩きます(70代頃)。
進行期 床から立ち上がるのに、必ず手すりや壁が必要となります。
座位バランス不良 背もたれなしの椅子に安定して座れなくなります。
体幹バランス消失 寝返りを打つことができなくなります(上半身と下半身の連結ができなくなる)。
中期までは身のまわりの普通の動作に大きな不自由はありませんが、進行期になる姿勢は少しずつ悪くなると転倒リスクが高くなるため、外出が億劫になる、公共の乗り物が利用しづらくなるなどの結果として行動範囲が狭くなってきます。
初期から中期の時点で体軸の不安定性に気づくことができれば、バランス不良が進行していくことをあらかじめ防ぐことができるのです。
■痛みやコリの原因
「ファシア」とは、私たちの体の臓器や骨、血管、そして筋肉などを覆う、全身に張りめぐらされた「ゆるゆるの組織」のことです。実は近年の研究で、このファシアこそが体を滑らかに動かす、つまり「滑走性」を維持するうえで重要な役割を果たしていることがわかってきました。
ファシアというのは「ゆるゆる」だからこそ、その役割を果たすことができます。
なかでも肩甲骨につながる筋肉のファシアは特に「ゆるさ」が失われて癒着しやすいため、多くの人たちが頑固な痛みに悩まされているわけです。
■手術をしても痛みが取れないワケ
腰や膝、肘の手術をしたあとに、いっこうによくならない痛みが存在します。
神経の圧迫は取れ、膝も人工関節を入れてきれいな形になったのに、痛みが残っているケースです。
痛みにはレントゲンやMRIで分析することができない原因が存在します。手術前より痛みで体を動かすことができなかった方は、背骨や関節周囲のファシアが硬くなってしまい、筋肉の動きが悪くなっています。そのため、むくみも強く、周囲の血流が停滞しているのです。
また、痛み自体も関節以外の部分に異常な毛細血管(モヤモヤ血管)ができてしまっている場合があります。画像で異常がなければ安静は禁物です。動かしながら痛みが軽減するのを待ちましょう。
■むくみやすい場所ほど動かすことが大事
気がつくといつもコリや痛みを感じる場所があるとしたら、その付近の筋肉はなんらかの原因でむくみやすい、ということを示しています。
痛みによるストレスは、自律神経の不調を招いてしまう危険性もあり、さまざまな体調不良の原因になるので、ファシアのむくみは予防しておくに越したことはないのです。
そもそも、ある部位の筋肉のファシアが「むくみやすい」のは、その筋肉をあまり動かしていないことの結果です。つまり、むくみやすい場所ほど動かすことが大事なのです。ほとんど動かさない筋肉があると、そこで血流が滞ってしまうため、痛み以ファシアのむくみ予防につながる歩き方外の不調がいつ現れても不思議ではありません。
■なぜ小さな段差でつまずいてしまうのか
もちろん、普段から適度な運動を心がけていれば、全身の筋肉のファシアのむくみ予防も可能です。しかし、忙しい毎日の中でわざわざ運動の時間を確保するのが難しいという方も多いことと思います。
そこでここからは、痛みが出やすい筋肉をターゲットにした、むくみ予防につながる歩き方をご紹介します。押し流しと同様、ターゲットとなる筋肉を意識しながら行なうとより効果的です。
転ばないために、かかとから歩こう
人間の歩き方を分析すると、足が地面についている立脚期と、足を浮かせている遊脚期があります。高齢者の方は、この足を浮かせるときに、思ったほど足が上がっていないことが原因で小さな段差につまずき転ぶことが多いのです。
特に立っている脚の膝が曲がっていると、遊脚期にある反対の脚のつま先を地面から上げるには、さらに大きく股関節と膝、足首を曲げて持ち上げる必要が生じてきます。
円錐の中で歩こう
全身の筋肉が上下に動く「歩く」という動作には、その振動でファシアをゆるませる効果があります。
せっかく歩くなら、逆さまの円錐を身にまとっているイメージで歩いてみましょう。そうすると背筋が自然に伸びるので、見た目の良さと、ファシアのむくみ防止の両方が叶いますよ。
■ウォーキングの4つのポイント
転ばない歩き方を実践することで、転倒やケガの危険を減らすことができます。以下に、安定した歩き方をするためのポイントを紹介します。
①かかと歩きの勧め
かかとから接地して歩幅を広くとると、遊脚期が長くなるため、片足でいる時間が長くなります。その結果、バランスを崩しやすくなるので小さなステップを意識して歩くことが大切です。かかとから足を地面にしっかりとつけ、膝を伸ばし、かかとからつま先までしっかりと踏み込むようにしましょう。
②正しい姿勢を保つ
転ばないようにするためには、体軸をしっかり安定化させて膝を伸ばして歩くことが大切です。背筋を伸ばして、肩を後ろに引いて、頭を直立させた正しい姿勢を保ちます。前かがみや猫背の姿勢では、cone of economyから逸脱し、膝が曲がってしまうため、バランスが崩れてしまいます。
③前を見て歩く
歩きながら、周囲を注意深く観察しましょう。地面を見つめていると体が前に傾き足が上がりにくくなってバランスを崩す可能性があります。視線を正面や前方に向けることが重要です。
④歩く環境に注意する
歩く場所の状態にも注意を払いましょう。障害物や凸凹の地面、滑りやすい地面は避けるようにしましょう。
これらのポイントを意識しながら歩くことで、安全で安定した歩行が実現できます。また、運動不足や筋力の低下などが転倒リスクを高めるので、適度な運動や筋力トレーニングを行なうことをお勧めします。
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遠藤 健司(えんどう・けんじ)
東京医科大学整形外科准教授
1988年東京医科大学卒業。1992年米国ロックフェラー大学ポスドクとして留学(神経生理学を専攻)。1995年東京医科大学茨城医療センター整形外科医長、2007年東京医科大学整形外科講師、2019年准教授。厚生労働省特定疾患対策研究事業OPLL研究班、自賠責保険顧問医、日本腰痛学会評議員なども務める。
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(東京医科大学整形外科准教授 遠藤 健司)