※本稿は、田口れん太『投資の超プロが教える! カブ先生の「銘柄選び」の法則』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。
■物価が下がることが当たり前だった
日本で物価上昇率の低下傾向、いわゆるデフレが始まったのは1992年からです。
すでにデフレが始まって32年が経過しています。日本の32歳以下の人口は約3500万人ですので、日本の人口の3割は、生まれたときから「物価は下がることが当たり前」の環境で生活してきたことになります。
金融資産をある程度保有しているお金持ちにとっても、デフレが当たり前です。日本の現在の個人金融資産の総額は約2200兆円。図表1のとおり、1980年はわずか372兆円でした。その個人金融資産は、1990年には1980年の2.7倍の1000兆円に膨れ上がりました。その後2004年に1500兆円を突破し、2021年に2000兆円を突破しました。
■多くの日本人がインフレに無防備
1975年に日本が参加する第1回の先進国首脳会議(サミット)が開かれました。1979年には日本を称賛する『ジャパンアズナンバーワン』という書籍が出版されています。
一方で、日本のデフレは1992年からです。日本人がお金持ちになってからのほとんどがデフレ期にあたります。1970年代のインフレ期には金融資産が少なく、金融資産が増えてからはデフレです。
32歳以下はデフレしか知らず、金融資産を保有している高年齢層もインフレ経験が少ない。つまり日本人はデフレがマインドセットされていて、インフレに無防備ということです。これは大変危険な状態です。
■32年もデフレが続くのは異例中の異例
そもそもデフレは例外的な事象です。しかも多くのデフレは短期間で終わっています。30年もデフレが続いた事例は世界でも珍しい現象です。本来はインフレが当たり前で、デフレが例外です。
具体的に日本のデフレの事例を見てみましょう。明治以降の歴史を見ると、松方デフレは1881年から1892年までの12年間です。その後、第一次大戦後の不況と金本位制復帰によるデフレが1920年から1931年までの12年間です。第二次世界大戦後のドッジ・ラインによるデフレは、1949年から朝鮮戦争が始まる1950年までですので、わずか1年です。
明治時代が始まってから156年間のうち、今回を含めてデフレはわずか4回。1992年以前のデフレ期間を合計しても、25年しかありません。このことからも、本来、デフレは例外であり、インフレが当たり前だということがおわかりでしょう。
私たちは、非常に例外的な32年間を過ごしたがゆえに、デフレに過剰適応してしまっている可能性すらあります。
次に、世界のデフレを見てみましょう。イギリスは1873年から1896年までデフレを経験しています。それでも期間は24年です。アメリカでは1929年の暗黒の木曜日から始まった大恐慌がデフレ期です。
世界の歴史を見ても日本の32年デフレは珍しい現象で、デフレしか知らない3500万人とインフレ経験がほとんどない富裕層が大量に存在しているという、珍しい状況にあるのです。
■新NISAが新たな格差を生む
これから所得格差と資産格差は大きく広がっていくでしょう。これは他の先進国がたどってきた道で、それを30年ぐらい遅れて日本が追いかけるイメージです。
たとえば終身雇用が終焉をむかえ、ジョブ型雇用が一般化していくと、能力差が給与格差という形で露骨に反映されることになるでしょう。解雇規制も緩和される可能性があります。会社の業績は良いけど、さらなる好業績を会社が求めて、「人事評価が下位10%の社員は自動的にクビ」などといった、プロ野球チームのような上場企業が誕生するかもしれません。
新NISAも格差要因です。新NISAを積極的にやる人と「政府の陰謀だ」などと妙な疑いをもって新NISAをやらない人との差も大きく広がっていくでしょう。そして、「インフレに備える人」と「そうでない人」のと差も広がっていくでしょう。
■現金や預金は物価上昇に弱い
ここでは、インフレに強い資産と弱い資産について説明します。
インフレに弱い資産の典型は、現金です。
財務省は個人向け国債を「安心、元本割れなし」とアピールして販売しています。確かに元本割れはないでしょうが、特に満期が10年以上の長期債、超長期債については、インフレで目減りしてしまう可能性大です。これらの金融商品はどれも、インフレにより目減りするリスクが極めて高い商品なのです。
資産が目減りする感覚を理解していただくために、東京ディズニーランドの例で見てみましょう。東京ディズニーランドの1デーパスポートの料金は2019年には7500円でした。仮に銀行に1万円預金していたとします(あるいは1万円のタンス預金でも構いません)。2019年時点で、その1万円で1デーパスポートを買えば、2500円のお釣りです。
もしあなたが楽しみを将来にとっておくタイプだったとしましょう。ディズニーに行く機会を数年待っているうちに、2020年に8200円に値上げになりました。
お釣りどころか、1万円では入場すらできなくなってしまいました。こうして考えると、現金や銀行預金などの商品は物価上昇に極めて弱いことがわかるでしょう。
■100年預けても「すずめの涙」
インフレが資産を目減りさせることを示す、もっと分かりやすい例があります。
新潟貯蓄銀行(新潟市、現第四銀行)は1915年に100年定期預金を募集しました。大正天皇の即位を記念したもので、1円を預けた人が多数いたようです(当時の1円は、現在の1万円程度の価値がありました)。
条件を見ますと、100年定期預金の利率は年6%の複利です。1円預けると、満期の2015年には339円になります。実際、2015年には預金証書を受け継いだ子孫から同行へ問い合わせが数件あったそうです。確かに預けた金額の339倍ですが、1円預けた程度では、受け取れる金額は「すずめの涙」です。牛丼1杯食べることもできません。これはインフレによる価値の目減りの典型例です。
令和となった今、現金、預金、国債を保有しているということは、1915年の100年定期預金と同様のリスクを負っているといえるでしょう。
■インフレになると、株価も上がる
金利6%複利でもこんな状況ですが、現金に金利はつきません。現在、銀行の普通預金も定期預金も1%に満たない金利でしょう。2025年3月時点で募集中の国債の利回りは1%程度です。かたや、現在の日本の物価上昇率は2~3%です。すでに目減りは始まっています。
このように今後、現金や預金、国債は、目減りリスクの高い商品だと思います。
インフレに強い資産は株、不動産、金、仮想通貨です。私はこの4つの資産を2つに分けて考えています。「①株と不動産」「②金と仮想通貨」です。
「①株と不動産」がインフレに強い理由は、価格転嫁できるからです。
株について見てみましょう。インフレで原材料費や人件費が上昇したときに、企業は製品価格を値上げすることが可能です。製品価格を値上げすると、売上が増え、利益が増えますので株価は上がります。
たとえば、2024年のアルゼンチン株式市場。24年10月現在、年初来で84%上昇して、世界で最も上昇率が高い株式市場です。前年水準と比較すると株価指数は約3倍になっています。高インフレで有名ですが(足元のインフレ率は前年比で2.3倍〔8月〕)、株式市場はそれ以上の上昇率となっています。
アルゼンチンのような極端な事例でも上記の価格転嫁が行われて、株価上昇につながっています。同様のことはハイパーインフレに見舞われたジンバブエでも起こっています。
■コスト増をカバーできる不動産
不動産も株と同じように価格転嫁が可能な資産です。だから不動産もインフレに強い資産といえます。オフィスビルや賃貸住宅のオーナーはテナントや住宅の居住者の家賃を引き上げることが可能です。地価や光熱費や管理費の上昇に応じて、コスト増を利用者に転嫁できるのです。
株と不動産のどちらもインフレに強いのですが、これらにはもう1つの共通項があります。資産の評価方法であるバリュエーションが確立していることです。
株であれば、本書第2章で説明する4つの評価方法によって「高い安い」の判断がつきます。不動産も同様で、不動産なら年間の家賃収入を購入価格で割り算した「利回り」が一般的な評価方法で、利回りを使って「高い安い」の判断がつく点が特徴です。
■希少性が高い資産はインフレに強い
「②金と仮想通貨」がインフレに強い理由は、その希少性です。金は採掘量が一定で、供給が急増することはほとんどありません。仮想通貨もマイニングが難しいので新規に供給が増えることはありません。どちらも供給が増えないので一定の希少性が保たれることがインフレに強い資産の理由でしょう。
金や仮想通貨の対極にあるのが、ドル、円、ユーロなどの主要国の通貨です。ポピュリズムが隆盛なので、政府は規律を持った財政は難しいでしょう。政府は増税や緊縮財政が難しいばかりでなく、景気悪化につながりかねない通貨供給量の削減や、金融引き締めには後ろ向きです。
インフレ傾向が続くなかで、ドルや円、ユーロの供給は増え続ける可能性が高いと考えます。金や仮想通貨は政府のさじ加減次第で供給が増えることはありません。
■投資先は「株と不動産」がおススメ
「金と仮想通貨」が「株と不動産」と大きく違う点が1つあります。バリュエーションがないのです。利回りや純資産倍率などの指標がありません。ですから、高いか安いかの判断が大変難しいといえます。
価格の下限値として金の採掘コストや仮想通貨のマイニングコストがあるのですが、それは最低限の価格で、しかもその価格に到達するまで下落することはほとんどありません。金と仮想通貨にはチャート分析ぐらいしか分析手段がないのが難しい点です。
これから続くインフレ時代においては、評価基準が確立している「株と不動産」が投資しやすいと私は考えます。そしてインフレに弱い現金や債券などの資産の保有を適切なサイズまで減らし、インフレに強い資産を増やした人が、資産を増やしていくと考えます。
----------
田口 れん太(たぐち・れんた)
日本証券アナリスト協会検定会員
機関投資家向け日本株営業担当として25年超の経験をもつ。1988年、早稲田大学卒業。1990年より大和証券ジュネーブ支店、UBS証券、メリルリンチ証券、バークレイズ証券等に所属し、機関投資家やヘッジファンドのファンドマネージャーから高い評価を得る。2006年、アジアマネー誌にて日本株ベストセールス1位となる。2015年よりみずほ証券に所属し、個人投資家向け株式講演、YouTubeチャンネル出演等に従事。わかりやすい講義が個人投資家より人気を集める。2023年、独立。現在は個人投資家向けに株式講演を行う。カブの被りものを被って講演するスタイルが人気を博している。2018年より日本証券新聞にて投資コラム「私の尻馬投資法」を連載している。
----------
(日本証券アナリスト協会検定会員 田口 れん太)