■売上高2兆円超の巨大ドラッグストア誕生
ドラッグストア業界トップのウエルシアと2位ツルハは2027年度に経営統合し、売上高2兆円超の巨大ドラッグストアが誕生することになっていたが、先頃その統合時期が2025年12月に前倒しされることが発表された。これを受けて、2025年4月17日時点でのウエルシアとツルハの時価総額は合算すると業界トップ、ということになった。だが、2024年2月末での時価総額からわかるとおり、逆に言えば、それまでは1位、2位企業が統合する、といっても市場からはトップだと評価されてはいなかった、ということでもある(図表1)。
この業界の現時点での覇者と評価されているのは、マツキヨココカラであり、それに次ぐのはコスモス薬品とされているのだ。マツキヨココカラといえば、ドラッグストアを世に広めた老舗マツモトキヨシと、同じく老舗都市型ドラッグの連合体であるココカラファインの連合軍であり、売上1兆円規模でウエルシア、ツルハと並ぶ大手企業ではある。なぜ評価がこんなに違うのだろう。背景についてご存じではない方も多いと思うので、ざっくりと説明してみよう。
■「大都市部の一等立地」を持つマツキヨココカラの強み
マツキヨココカラの評価が高い理由は、①収益力が高い②安定した大都市基盤を確立している、ということになるだろう。図表2が大手ドラッグストアの最近の決算状況だが、マツキヨココカラの収益力が他社比で高いのは見ての通り。
これは、マツキヨココカラが、収益幅の大きい化粧品、医薬品(薬粧)の販売力がずば抜けて高いことによる。
■郊外や地方で繰り広げられてきた陣取り合戦
出店余地の乏しい大都市部より、出店余地のある郊外や地方で店舗を増やすことが成長戦略となるのであり、コスモス薬品に加えて、ウエルシア、ツルハ、スギHD、サンドラッグといった大手各社は、ここで陣取り合戦を繰り広げている。ただ、ここは場所はあるだけに、正にレッドオーシャンの極みである。郊外では大都市中心部と違って、店の前を多くのお客が通っているといった環境にはないため、どうやってクルマで通りかかる人に、クルマを停めて店に入ってもらうのか、というハードルがある。
このため、ドラッグストア各社は日用消耗品や飲食料品を低価格販売する、という競争をしてきたのであり、それを勝ち抜いた企業が、今の大手ドラッグストアということになる。ただ少し前と違うのは、寡占化が進んだことで、地場中小チェーンのシェアを大手が奪っていく、という構図がなくなり、大手同士の競争になってきたことだろう。大手同士の競争は勝ったり負けたりで、簡単にはシェアアップ出来る状況ではなくなってきた、ということである。
■コスモス薬品に代表される「フード&ドラッグ」
そんな中、今、競争力を強めてきたのが、スーパーに引けを取らない広い食品売場を備えた、フード&ドラッグという新業態だ。食品の低価格販売で急速に成長力を高めており、その代表格がコスモス薬品である。多くのドラッグ大手は、M&Aによる成長に依存しているのだが、コスモス薬品は自前出店だけで今期売上1兆円を達成する見込みであり、この成長力は他社を圧倒している。
他にもクスリのアオキ、ゲンキー、ダイレックス(サンドラッグ系)などといったフード&ドラッグが各地で勃興しているが、みな高い成長力を有し、既存大手ドラッグの成長速度を凌駕している。
フード&ドラッグという業態はその出自からドラッグストアに分類されてはいるのだが、消費者にとっての役割期待は、既にドラッグストアの域を超えた生活必需品ワンストップショップといった位置付けになっている。ワンストップショッピングという言葉を聞くと、古い人ならそれは、イオンやイトーヨーカ堂などに代表される総合スーパーを想起する方が多いかもしれない。
■「ワンストップショッピング」のニーズは強い
総合スーパーというと、かつての20年ほど前にはダイエー、西友、マイカルなどが相次いで経営破綻に追い込まれ、最近では最後まで残っていたイトーヨーカ堂が大量閉店するなど、時代遅れの業態だという印象が強いと思う。その通りで、総合スーパーは急速に世の中から姿を消しつつあり、衣料品、家具、雑貨などの売場を縮小して、「総合」から「食品」へと品揃えを絞り込んで、生き残りを図っているというのが現状ではある。しかし、それは総合スーパーという形が求められなくなった、ということであって、一カ所でなんでも揃うワンストップショッピングニーズがなくなった、ということではない。どういうことか。
ざっくり言えば、ワンストップは、①時間消費ワンストップ②コスパ+ワンストップ③タイパ+ワンストップ、に分化して今でも存続しているのである。例えば、①は大型ショッピングセンター(SC)、②はドンキやトライアルのようなディスカウントストア、③はフード&ドラッグ、だと思って貰えばいいかもしれない。
我々は休日や時間がある時には、家族でゆったりした時間を過ごすために様々な専門店が集まった大型SCに行って、ウィンドウショッピングやイベントを見ながら買物をすることもある。また、生活必需品をコスパよくまとめ買いするために大型ディスカウントストアで買いまわることもある。そして時間がないとき、品揃えは大型店ほどではないが、最低限必要十分な品揃え(食品、生活雑貨、医薬品など)を一カ所に集めたフード&ドラッグで、補充を必要とするものを短時間で買い揃える、いわばタイパショッピングを迫られることもある。
ワンストップニーズはあるが、このどれにも適さなくなった総合スーパーが選ばれなくなった、だけなのである。
■共働き世帯、高齢者のニーズをつかむ「フード&ドラッグ」
なかでも、フード&ドラッグが取り込みつつある生活必需品のタイパ+ワンストップニーズは、今後縮小することが予想される国内小売市場の中でも拡大することが期待できる有望な市場である。背景には、①共働き世帯の一般化②高齢化による機動力の低下③人口減少によるスーパー閉店跡地の増加などが考えられる。
今や就労世帯の多くが共働きとなっているため、平日の買物に割ける時間は全体として少なくなっている。忙しい共働き世帯にとって、買物におけるタイパは極めて重要な要件であり、クルマで通勤する人が多い地方、郊外では帰り道にあるフード&ドラッグは選ばれる可能性が高くなった。
地方、郊外に住む高齢者にとっても重要なのは近くにあることだが、ドラッグより損益分岐点が高いスーパーは、人口減少が進めば閉店せざるを得ない。ちなみに各業態の店舗損益分岐点は、スーパーで5、6億円~10億円(広さによるが……)、に対して生鮮も買えるクスリのアオキやゲンキーといったフード&ドラッグは3億円台(財務データ等から筆者推計)である。ちなみにコンビニが平均2億円弱であることを考えれば、フード&ドラッグが利便性の割に縮小耐性が高いことがわかっていただけるだろう。
■クスリのアオキの帰趨が決め手になる
と、かなり横道にそれたので、話を戻せばドラッグストア業界において成長していくためには、郊外、地方におけるシェアアップが必要であり、そのためには一般型とフード&ドラッグの両方を備えておく必要がある、ということである。その意味では、ウエルシア、ツルハの統合は現段階では、まだ覇者としての要件を備えてはいない。ただ、それは大都市のマツキヨココカラ、フード&ドラッグ首位のコスモスも同様であり、ワンフォーマットしか持ってはいない。
つまり、現在の業界覇権は比較優位に過ぎないことがわかっていただけるであろう。
■これは決勝リーグ開始の先触れに過ぎない
今は妄想ではあるが、ウエルシア・ツルハに、クスリのアオキ、が加わったイオン連合軍が出来るとなれば、その時は、マツキヨココカラもコスモスも安穏とはしてはおられまい。つまり、先手を打つのであれば、対イオンでさらなる大手同士の合従連衡がありうる、ということである。
さらに妄想するならば、現在の非イオン大手、マツキヨココカラ、コスモス薬品、スギHD、サンドラッグなどが軸となって、大手同士、フード&ドラッグ企業との合従連衡が論理的には想定されるストーリーだということになる。といった本格的な再編劇を想像するならば、ウエルシア・ツルハの統合前倒しは、決勝リーグ開始の先触れに過ぎない、と勝手に思ったのである。
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中井 彰人(なかい・あきひと)
流通アナリスト
みずほ銀行産業調査部を経て、nakaja lab代表取締役。執筆、講演活動を中心に、ベンチャー支援、地方活性化支援なども手掛ける。著書『図解即戦力 小売業界』(技術評論社)、共著『小売ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)。東洋経済オンラインアワード2023ニューウエーヴ賞受賞。
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(流通アナリスト 中井 彰人)