なぜ日本のコンビニは評判が高いのか。流通アナリストの中井彰人さんは「日本のコンビニは独自の進化を遂げてきた。
その背景には、世界有数の大都市圏の存在がある」という――。
※本稿は、中井彰人・中川朗『小売ビジネス 消費者から業界関係者まで楽しく読める小売の教養』(クロスメディア・パブリッシング)の一部(中井彰人氏執筆部分)を再編集したものです。
■世界で最も人口が多い大都市圏
世界で最も人口が多い大都市圏(大都市とその影響下にある地域)が、いまだに東京都市圏(≒首都圏1都3県)であることをご存知でしょうか。国連統計データ2024年によるランキングは、1位東京都市圏(3711万人)、2位デリー(インド 3380万人)、3位上海(2987万人)、以下、4位ダッカ、5位サンパウロ、と続き、11位には近畿大都市圏(≒京阪神1896万人)も入っています。日本が、いかに大都市集中居住の国かを示すデータであり、その結果、小売市場が地域的に偏在しているという、この国の特殊性の表れでもあります。
この日本の2大都市圏内の人の動きをつないでいるのが、世界屈指といわれる稠密な公共交通網です。東京の中心である山手線環状の内側には、地下鉄が張り巡らされ、そこから放射線状の鉄道路線が郊外に向かって伸びています。この鉄道網が高い頻度で、都市圏周辺部との行き来を支えているため、東京はその都市圏を世界一の規模に拡張することができたのです。
このような公共交通網を基盤とした地域では、人の動線は多層なハブ&スポーク構造となります。都市圏全体のハブは新宿、渋谷、池袋、東京駅などの巨大ターミナル、そこから放射状鉄道が乗り換え拠点である横浜、北千住、大宮などの地域ターミナルを結んでいます。そして各鉄道駅が街のハブとして、住宅地に向けて放射状スポーク(バス路線)が出ていく構造、といったイメージでしょうか。
■東京の巨大ターミナルは世界有数の優良商業立地
こうした動線においては、人は必ずハブを通って移動するため、ハブには乗降客数に応じて商業立地が形作られます。
つまり、世界一の巨大都市圏である東京の巨大ターミナルは、世界有数の優良な商業立地であり、インバウンド訪日客にも有名な渋谷スクランブル交差点のあの風景は、こうした日本の交通構造の象徴であり、だからこそ日本の風景として映えるのです。
東京の主な駅には、鉄道会社グループが運営する商業施設が設置されています。沿線住民に対して商業機能を提供することは鉄道会社の事業の柱のひとつとなっており、ターミナルには百貨店や駅ビルを、住宅地の駅にはスーパーを併設している、というのが定番かもしれません。鉄道会社が沿線住民向けの小売事業を運営し、有力な小売事業者に名を連ねているというのもこの国特有のビジネスモデルかもしれません。こうした鉄道系商業ビジネスを創り出したのが、阪急電鉄の創業者、小林一三であると言われています。
■日本独特の「鉄道系小売ビジネス」
小林は、1910年に箕面有馬電気軌道(現 阪急宝塚線・箕面線)を創立すると、空気の悪い大阪に住むのではなく、郊外に住んで大阪で仕事をする、という生活スタイルを提案し、池田市など沿線郊外に住宅開発を行いました。また、並行して阪急電車のデスティネーションとして宝塚歌劇団を創設したことはご存知の話かもしれません。そして1929年になると、終点である大阪梅田に阪急百貨店を開業し、大成功させたのです。
こうして沿線開発、小売事業、テーマパーク事業、映画事業(東宝)を並行して運営することでシナジーを生み出し、総合的に沿線価値を高める、というビジネスモデルを成立させました。
このモデルは、全国の私鉄経営のモデルとなりました。東急、小田急、京王、西武、東武、近鉄、阪神、名鉄という冠の鉄道系百貨店はこうして生まれたのです。また、西友、東急ストア、東武ストア、近商ストアなどの鉄道会社を祖としたスーパーも後に誕生しました。
そして戦後、高度成長による大都市への急激な人口集中を経て、大都市レールサイドにおける鉄道系商業ビジネスは、国内小売市場に確固たる存在感を築きました。日本に住む人には違和感のない鉄道系小売ビジネスですが、これも日本独特のものなのです。
■米国のコンビニは約8割がガソリンスタンド併設
コンビニエンスストアといえば、2024年9月頃、あの世界最大のコンビニ企業セブン&アイ・ホールディングスが、米国で2位のアリマンタション・クシュタール(ACT社)から買収提案を受けたということで、大きな話題になりました。その顛末はさておき、この両社はコンビニという同業として語られているのですが、そのビジネスモデルが180度違う、ということをご存知でしょうか。
コンビニという業態は米国発祥であり、セブン‐イレブンも元々は米国企業であったのですが、かつて、イトーヨーカ堂によって日本に導入された後は、日本独自の小売業として進化して成長し、その後、イトーヨーカ堂がブランドごと買い取ることになりました。
ACT社を始め、米国の本家コンビニは、約8割がガソリンスタンドに併設されていて、その売上の6割はガソリンが占めているのです。ざっくり言えば、次の補給地まで何時間かかるかわからない砂漠のオアシスのような場所で、食料と燃料を供給しているハイウエイの売店、だと思っていいでしょう。こうした選択肢のない状態で独占的な商売が可能な立地は、閉鎖商圏と呼ばれますが、言い値で売ることができるため、収益性も高い、「売り手に都合がいい商売」だと言えるでしょう。
■閉鎖商圏ビジネスとしてのNewDays
片や、ご存知、日本のコンビニはどうでしょうか。既述の通り、世界有数の密集居住国である東京、大阪の大都市圏から始まった日本のコンビニ。数百メートルおきに店舗を出店するドミナント戦略という密集店舗網で顧客に近づきつつ、商品やサービスの充実によって自社を選んでもらうというチェーンです。
セブン‐イレブンのキャッチフレーズが「近くて便利」というのはダテではなく、近くにあること、商品、サービスの質(≒便利)が高い、ことによって競合に勝つ、という戦略の宣言なのです。
日米のコンビニの外観はよく似ていますが、そのビジネスモデルは真逆だといっても過言ではありません。
日本でも閉鎖商圏ビジネスは存在していて、JR東日本グループが展開しているエキナカコンビニ、NewDaysは、駅構内という閉鎖商圏で選択肢のない乗客を相手としたコンビニを運営しています。その平均日販(一日あたりの店舗平均売上)は、大手3社のトップに常に君臨してきたセブン‐イレブンさえも上回ります。しかし、その出店可能場所は一定以上の乗降客数のある駅に限られているため、その売上規模は全国展開している大手3社とは比較にもなりません。
また、高速道路のサービスエリアも閉鎖商圏の一種ですが、十数キロ置きに立ち寄り場所が整備されている日本の高速道路では、米国のハイウエイのような危機感はありません。人口密集地かつ交通網も充実している日本では、閉鎖商圏は限られた場所にしか存在しないのです。
■日本型コンビニが高い評価を受ける理由
こうして日本独自のスタイルに進化したコンビニは、大手3社が、商品、サービスの熾烈な競争を続ける中で、その「コンビニエンス」を磨いてきました。最近ではインバウンド訪日客の間でも、この日本型コンビニの利便性、品質の高さは評判になっており、「自国にも出店してほしい」という高い評価を受けています。
ただ、なぜ海外にそんなにはないのか、と言えば、日本型コンビニ密集店舗網が立地できる大都市圏は、世界の中でも限られた場所にしかなく、世界の大半は米国本家型のほうが向いている立地だから、と言うことになるでしょう。また、商品開発、サービス改善に継続的な投資を要する日本型コンビニは、生産性という面では、手を掛けずに売れる米国型には敵わないのです。世界中から評価されている日本のコンビニも、株主資本主義から見れば、非効率ビジネスにしかみえないかもしれません。

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中井 彰人(なかい・あきひと)

流通アナリスト

みずほ銀行産業調査部を経て、nakaja lab代表取締役。
執筆、講演活動を中心に、ベンチャー支援、地方活性化支援なども手掛ける。著書『図解即戦力 小売業界』(技術評論社)、共著『小売ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)。東洋経済オンラインアワード2023ニューウエーヴ賞受賞。

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中川 朗(なかがわ・あきら)

デロイトトーマツ ファイナンシャルアドバイザリー/DTFA Institute主任研究員

大阪大学大学院文学研究科文化表現論修了。シンクタンク、金融機関などで産業調査・国内消費の分析業務に従事。みずほ銀行産業調査部では小売・消費財産業のアナリストとしてサブセクターヘッドを担う。北海道から沖縄、海外は韓国・香港まで幅広く、大手流通や専門店、卸、EC、テック企業を調査。消費の構造変化と企業戦略について産業調査レポート・記事を執筆。2025年5月設立されるデロイトトーマツ戦略研究所に参画予定。

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(流通アナリスト 中井 彰人、デロイトトーマツ ファイナンシャルアドバイザリー/DTFA Institute主任研究員 中川 朗)
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