神奈川県発祥の食品スーパー「ロピア」が全国展開を進めている。強みは何か。
※本稿は、中井彰人・中川朗『小売ビジネス 消費者から業界関係者まで楽しく読める小売の教養』(クロスメディア・パブリッシング)の一部(中井彰人氏執筆部分)を再編集したものです。
■きちんと儲けながら安さを提供するPPIH
ディスカウントストアと言えば、筆頭はご存知ドン・キホーテの運営会社であるパン・パシフィック・インターナショナルHD(PPIH)ということになるでしょう。2024年6月期決算で、小売業界では5番目となる売上高2兆円越えを達成、2025年6月期は上場前を含めて、36期連続増収増益(営業ベース)を達成する見込みという、驚異的な成長を続けています。
この会社、単に価格が安いというだけではなく、商品をうず高く積み上げる圧縮陳列という手法を駆使して、会社が「魔境」と称する独特な宝探し空間を作り出すことで、インバウンド訪日客のデスティネーションにもなっており、2023年度では大手百貨店を上回る、隠れた免税売上高日本一という存在でもあります。
一般的に、ディスカウントをウリにする小売業は、薄利多売を基本としていることが多いので、相対的に利益率は高くない場合も多いのですが、PPIHは営業利益率6.7%と小売業としては高い収益率を稼ぎ出しており、きちんと儲けながら安さを提供するビジネスモデルも備えています。
■薄利多売ディスカウントストアの王道「トライアルHD」
PPIHの有価証券報告書を見ると、商品別の販売額と仕入額が開示されているので、商品別の粗利率を推計することができます。それを見ると、確かに購買頻度の高い食品は19%ほどと薄利なのですが、「魔境」を主に構成している日用雑貨は32%、その他の主力商品は35~38%と相応の粗利率を稼ぐ構造となっています。全社ベースでの粗利率31%超は、小売業界において薄利とは言わない水準だと思います。
宝探しの中で面白い商品を掘り出してしまうと、つい買ってしまいますが、魔境商品は原価から考えると決して安い訳ではなく、エンタメ空間としての場所代はキッチリ貰っているのです。その意味ではPPIHのビジネスモデルは、商品価値+エンタメ空間提供価値によって稼ぐオンリーワンのビジネスモデルであるようです。
薄利多売のディスカウントストアということならば、2024年に上場を果たしたトライアルHDこそ、まさに王道を行く企業と言えるかもしれません。九州から興ったこの会社は、世界一の小売業であるウォルマートが米国を制覇した、スーパーセンターというタイプの店舗に倣った、生活必需品なら何でも揃う平屋の大型店舗を展開することで、地方ロードサイドで成長し、2024年6月期で売上高7179億円、経常利益197億円と、今やディスカウントストアでPPIHに次ぐ存在となっています。しかし、その粗利率は19/8%と正に薄利の極みであり、運営コストを抑えるインフラなしでは利益が出ない薄利だと言えます。
■ベンチャースピリットという共通点
トライアルのビジネスモデルは、ある意味では低価格を実現するための仕組み作りに、愚直に没頭していることが特徴だと感じています。創成期からの自社物流による物流効率化へのあくなき追求、オリジナル商品開発への地道な努力、そしてレジカート(カートで買物しながらバーコードを読み込み、レジでは確認作業だけで通過できてしまう仕組み)に代表される、DXを駆使した省人化の取り組みなど、特徴的なチャレンジを数多く行っていますが、すべては消費者にどこよりも安く商品を提供するためだと言えます。
このようにビジネスモデルは全く異なる、PPIHとトライアルという2社が牽引するディスカウントストアですが、共通する点をあえて見つけるとすれば、ベンチャースピリットということかもしれません。チェーンストアの歴史もほぼ還暦を回った今の日本の小売業では、初期の創業経営者の多くが代替わりしている中、小売のカリスマ創業者は少なくなってきました。共に、今でも創業者が経営に参画しているPPIH、トライアルのベンチャースピリットこそ、今後の小売の発展には必要なのかもしれません。
■ナショナルブランドを他店より安く提供するオーケー
経済産業省の産業分類によれば、総売上に占める食品売上の割合が7割以上のスーパーを食品スーパーとしているのですが、こうした食品スーパーの中にも、食品ディスカウンターとも言うべき、価格訴求型のグループがあります。その代表格といえば、オーケーとロピアということになるのだと思います。首都圏の16号線の内側に集中展開し、2024年秋には大阪進出するオーケー、湘南の精肉店チェーンから発祥して今や全国展開を進めるロピア、共に本店を神奈川県(オーケーの発祥は大田区)においている両社ですが、そのビジネスモデルはかなり異なっています。
オーケーの特徴は、生鮮、惣菜以外の商品、いわゆるメーカー製造食品に関して、自社ブランド(PB)をほとんど扱わず、ナショナルブランド(NB)中心で品揃えし、その希望小売価格の○割引きであること、地域最安値を保証することなどによって安さをアピールして集客していることです。
日本の消費者は、メーカーブランドへの信頼が厚く、小売PBが価格の絶対値では安くても、その品質をなかなか信用してくれない傾向があります。そのためオーケーは、品質の担保されたNBを他店より安くすることで、消費者にコスパの高さでアピールしています。NBは他店との価格比較も容易なので、本当に安いかどうかを消費者自身が体感できるからです。
■首都圏16号線の内側に出店を集中
常に競合店よりメーカー品が安い、と認識してもらえると、実際に競合店の何倍もの来店客に来てもらえるため、オーケーの1店舗あたり売上は、業界トップクラスで、競合店の2~3倍の約40億円となっていることがわかっています。ただ、これだけでは十分な収益は稼げません。そこで、同じもので横比較ができない生鮮、惣菜に関しては、相応の粗利率を確保しながら販売しています。全体としては高い利ザヤを乗せないのですが、薄利多売を実現していると言っていいでしょう。
このビジネスモデルは多売が前提となるため、オーケーは首都圏16号線の内側という出店エリアに集中しているのです。こうした背景を聞けば、数年前、オーケーが京阪神に展開する関西スーパーを巡って、H2Oリテイリングと争奪戦を繰り広げた理由もわかります。京阪神が首都圏に次ぐ人口密集地であり、多売を実現できる国内の数少ない市場だったからなのです。
■精肉の圧倒的安さと「売り場の鮮度」が強みのロピア
ロピアも、オーケー同様、店舗あたり約40億円の売上があり、業界トップクラスの集客力を誇る強力なスーパーです。強さの源泉は、出自である精肉店チェーンとしての、精肉商品の圧倒的な安さと品揃えにあります。
ロピアでは、精肉を始めとする各売場が専門店として機能し、全体で昔の市場を構成することを目指した店作りがされており、その結果、売場同士が競い合い、日々少しずつ変化していくという「売場の鮮度」が実現されています。地域最安値が魅力なのは間違いないのですが、それ以上にこの売場の鮮度が、変化のない一般的なスーパーより、期待感、ワクワク感を感じさせてくれるのです。
最近は、ロピアはイトーヨーカ堂の北海道、東北の撤退跡地を引き受けるなど、積極的な全国展開を進めようとしています。かつて関西スーパーの買収に失敗したオーケーは、2024年11月には、自前で東大阪に出店しますが、そのビルの最上階には関西攻略の拠点となる関西事務所が設置されています。この両社の競争力は業界でもズバ抜けており、新たな進出地の同業は、相当な影響が避けられないでしょう。
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中井 彰人(なかい・あきひと)
流通アナリスト
みずほ銀行産業調査部を経て、nakaja lab代表取締役。執筆、講演活動を中心に、ベンチャー支援、地方活性化支援なども手掛ける。著書『図解即戦力 小売業界』(技術評論社)、共著『小売ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)。東洋経済オンラインアワード2023ニューウエーヴ賞受賞。
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中川 朗(なかがわ・あきら)
デロイトトーマツ ファイナンシャルアドバイザリー/DTFA Institute主任研究員
大阪大学大学院文学研究科文化表現論修了。シンクタンク、金融機関などで産業調査・国内消費の分析業務に従事。
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(流通アナリスト 中井 彰人、デロイトトーマツ ファイナンシャルアドバイザリー/DTFA Institute主任研究員 中川 朗)
流通アナリストの中井彰人さんは「出自である精肉店チェーンとしての、精肉商品の圧倒的な安さと品揃えにある。それに加えて、来店客に期待感を与える店作りがある」という――。
※本稿は、中井彰人・中川朗『小売ビジネス 消費者から業界関係者まで楽しく読める小売の教養』(クロスメディア・パブリッシング)の一部(中井彰人氏執筆部分)を再編集したものです。
■きちんと儲けながら安さを提供するPPIH
ディスカウントストアと言えば、筆頭はご存知ドン・キホーテの運営会社であるパン・パシフィック・インターナショナルHD(PPIH)ということになるでしょう。2024年6月期決算で、小売業界では5番目となる売上高2兆円越えを達成、2025年6月期は上場前を含めて、36期連続増収増益(営業ベース)を達成する見込みという、驚異的な成長を続けています。
この会社、単に価格が安いというだけではなく、商品をうず高く積み上げる圧縮陳列という手法を駆使して、会社が「魔境」と称する独特な宝探し空間を作り出すことで、インバウンド訪日客のデスティネーションにもなっており、2023年度では大手百貨店を上回る、隠れた免税売上高日本一という存在でもあります。
一般的に、ディスカウントをウリにする小売業は、薄利多売を基本としていることが多いので、相対的に利益率は高くない場合も多いのですが、PPIHは営業利益率6.7%と小売業としては高い収益率を稼ぎ出しており、きちんと儲けながら安さを提供するビジネスモデルも備えています。
■薄利多売ディスカウントストアの王道「トライアルHD」
PPIHの有価証券報告書を見ると、商品別の販売額と仕入額が開示されているので、商品別の粗利率を推計することができます。それを見ると、確かに購買頻度の高い食品は19%ほどと薄利なのですが、「魔境」を主に構成している日用雑貨は32%、その他の主力商品は35~38%と相応の粗利率を稼ぐ構造となっています。全社ベースでの粗利率31%超は、小売業界において薄利とは言わない水準だと思います。
宝探しの中で面白い商品を掘り出してしまうと、つい買ってしまいますが、魔境商品は原価から考えると決して安い訳ではなく、エンタメ空間としての場所代はキッチリ貰っているのです。その意味ではPPIHのビジネスモデルは、商品価値+エンタメ空間提供価値によって稼ぐオンリーワンのビジネスモデルであるようです。
薄利多売のディスカウントストアということならば、2024年に上場を果たしたトライアルHDこそ、まさに王道を行く企業と言えるかもしれません。九州から興ったこの会社は、世界一の小売業であるウォルマートが米国を制覇した、スーパーセンターというタイプの店舗に倣った、生活必需品なら何でも揃う平屋の大型店舗を展開することで、地方ロードサイドで成長し、2024年6月期で売上高7179億円、経常利益197億円と、今やディスカウントストアでPPIHに次ぐ存在となっています。しかし、その粗利率は19/8%と正に薄利の極みであり、運営コストを抑えるインフラなしでは利益が出ない薄利だと言えます。
■ベンチャースピリットという共通点
トライアルのビジネスモデルは、ある意味では低価格を実現するための仕組み作りに、愚直に没頭していることが特徴だと感じています。創成期からの自社物流による物流効率化へのあくなき追求、オリジナル商品開発への地道な努力、そしてレジカート(カートで買物しながらバーコードを読み込み、レジでは確認作業だけで通過できてしまう仕組み)に代表される、DXを駆使した省人化の取り組みなど、特徴的なチャレンジを数多く行っていますが、すべては消費者にどこよりも安く商品を提供するためだと言えます。
このようにビジネスモデルは全く異なる、PPIHとトライアルという2社が牽引するディスカウントストアですが、共通する点をあえて見つけるとすれば、ベンチャースピリットということかもしれません。チェーンストアの歴史もほぼ還暦を回った今の日本の小売業では、初期の創業経営者の多くが代替わりしている中、小売のカリスマ創業者は少なくなってきました。共に、今でも創業者が経営に参画しているPPIH、トライアルのベンチャースピリットこそ、今後の小売の発展には必要なのかもしれません。
■ナショナルブランドを他店より安く提供するオーケー
経済産業省の産業分類によれば、総売上に占める食品売上の割合が7割以上のスーパーを食品スーパーとしているのですが、こうした食品スーパーの中にも、食品ディスカウンターとも言うべき、価格訴求型のグループがあります。その代表格といえば、オーケーとロピアということになるのだと思います。首都圏の16号線の内側に集中展開し、2024年秋には大阪進出するオーケー、湘南の精肉店チェーンから発祥して今や全国展開を進めるロピア、共に本店を神奈川県(オーケーの発祥は大田区)においている両社ですが、そのビジネスモデルはかなり異なっています。
オーケーの特徴は、生鮮、惣菜以外の商品、いわゆるメーカー製造食品に関して、自社ブランド(PB)をほとんど扱わず、ナショナルブランド(NB)中心で品揃えし、その希望小売価格の○割引きであること、地域最安値を保証することなどによって安さをアピールして集客していることです。
日本の消費者は、メーカーブランドへの信頼が厚く、小売PBが価格の絶対値では安くても、その品質をなかなか信用してくれない傾向があります。そのためオーケーは、品質の担保されたNBを他店より安くすることで、消費者にコスパの高さでアピールしています。NBは他店との価格比較も容易なので、本当に安いかどうかを消費者自身が体感できるからです。
■首都圏16号線の内側に出店を集中
常に競合店よりメーカー品が安い、と認識してもらえると、実際に競合店の何倍もの来店客に来てもらえるため、オーケーの1店舗あたり売上は、業界トップクラスで、競合店の2~3倍の約40億円となっていることがわかっています。ただ、これだけでは十分な収益は稼げません。そこで、同じもので横比較ができない生鮮、惣菜に関しては、相応の粗利率を確保しながら販売しています。全体としては高い利ザヤを乗せないのですが、薄利多売を実現していると言っていいでしょう。
このビジネスモデルは多売が前提となるため、オーケーは首都圏16号線の内側という出店エリアに集中しているのです。こうした背景を聞けば、数年前、オーケーが京阪神に展開する関西スーパーを巡って、H2Oリテイリングと争奪戦を繰り広げた理由もわかります。京阪神が首都圏に次ぐ人口密集地であり、多売を実現できる国内の数少ない市場だったからなのです。
■精肉の圧倒的安さと「売り場の鮮度」が強みのロピア
ロピアも、オーケー同様、店舗あたり約40億円の売上があり、業界トップクラスの集客力を誇る強力なスーパーです。強さの源泉は、出自である精肉店チェーンとしての、精肉商品の圧倒的な安さと品揃えにあります。
グループでの取扱量をバックに、1頭丸ごと仕入れて売り切ることができる独特のノウハウを持っており、一般のスーパーにはできない驚異的な安さに多くの来店客が訪れます。
ロピアでは、精肉を始めとする各売場が専門店として機能し、全体で昔の市場を構成することを目指した店作りがされており、その結果、売場同士が競い合い、日々少しずつ変化していくという「売場の鮮度」が実現されています。地域最安値が魅力なのは間違いないのですが、それ以上にこの売場の鮮度が、変化のない一般的なスーパーより、期待感、ワクワク感を感じさせてくれるのです。
最近は、ロピアはイトーヨーカ堂の北海道、東北の撤退跡地を引き受けるなど、積極的な全国展開を進めようとしています。かつて関西スーパーの買収に失敗したオーケーは、2024年11月には、自前で東大阪に出店しますが、そのビルの最上階には関西攻略の拠点となる関西事務所が設置されています。この両社の競争力は業界でもズバ抜けており、新たな進出地の同業は、相当な影響が避けられないでしょう。
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中井 彰人(なかい・あきひと)
流通アナリスト
みずほ銀行産業調査部を経て、nakaja lab代表取締役。執筆、講演活動を中心に、ベンチャー支援、地方活性化支援なども手掛ける。著書『図解即戦力 小売業界』(技術評論社)、共著『小売ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)。東洋経済オンラインアワード2023ニューウエーヴ賞受賞。
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中川 朗(なかがわ・あきら)
デロイトトーマツ ファイナンシャルアドバイザリー/DTFA Institute主任研究員
大阪大学大学院文学研究科文化表現論修了。シンクタンク、金融機関などで産業調査・国内消費の分析業務に従事。
みずほ銀行産業調査部では小売・消費財産業のアナリストとしてサブセクターヘッドを担う。北海道から沖縄、海外は韓国・香港まで幅広く、大手流通や専門店、卸、EC、テック企業を調査。消費の構造変化と企業戦略について産業調査レポート・記事を執筆。2025年5月設立されるデロイトトーマツ戦略研究所に参画予定。
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(流通アナリスト 中井 彰人、デロイトトーマツ ファイナンシャルアドバイザリー/DTFA Institute主任研究員 中川 朗)
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