勉強や仕事をする場所を選べるとしたら、どこでの作業が最も集中できるのか。明治大学法学部教授の堀田秀吾さんは「書店や役所などの静かな場所より、カフェやファミレスのような『ちょっと雑音のある場所』のほうが、パフォーマンスが高くなるという研究結果がある」という――。

※本稿は、堀田秀吾『決めることに疲れない 最新科学が教える「決断疲れ」をなくす習慣』(新潮社)の一部を再編集したものです。
■「ナッジ」で行動を自然に誘導する
「ナッジ」という行動経済学の用語があります。アメリカの行動経済学者、リチャード・セイラーらが提唱する「行動科学の知見を利用し、人々の選択の自由を損なうことなく、環境を整えることで本人や社会にとって好ましい行動を実現させる方法」のことです。
実際、私たちの生活には、ナッジがたくさん導入されています。
たとえば、コロナ禍の際に、ソーシャルディスタンスを保つために足元に靴跡のマークが描かれているケースが多数ありました。みなさん、無意識にマークに足を置いたはずです。これが、まさにナッジを活用した事例です。
また、飲食店などのトイレに貼ってある「いつもきれいに使っていただいて、ありがとうございます」という貼り紙。こうした貼り紙を見ると、不思議と「きれいに使わなければいけない」と感じてしまうのもナッジを応用したものです。
ナッジは、自然に人々の行動を誘導する仕掛けです。そのため抵抗感を覚えることなく、自分の意思を誘導することができます。
■ご褒美を用意してやる気を高める
自宅で集中して作業をしなければいけないなら、スマホを机の端に置くのではなく、違う部屋に充電する場所を作って、作業を始める前にそこにセットする。
さらにその際、推しのアクリルスタンドを接着したスマホホルダーなどを用意して、そこにセットするなど、スマホを手放すことを「気持ちの良いこと」だと脳が認識できるような仕掛けがあるとなお良いでしょう。
他にも、スマホホルダーの横に100円玉(500円玉)の貯金箱を置いて、セットしたら100円(500円)を貯金するといった方法があります。報酬を設定すると、脳からドーパミンが分泌され、やる気を覚えるようになります。
私たちの意思決定は、自分が置かれている環境に大きく依存しています。それを上手に活用してみましょう。
■環境は適度に変えたほうがいい
豪メルボルン大学のミードらの実験では、「環境を変えることが、決断疲れを回復させるのに一定の効果がある」ことが分かっています。
実験は、2つのグループで行われました。同じ部屋で大量の選択作業をしてもらい、1つのグループは同じ部屋で、もう1つのグループは部屋を移動してから、新たな選択作業をするというものでした。
その結果、別部屋に移動したグループは、前の作業からの疲労を引きずらずに、高いエネルギーレベルで次の作業をはじめた一方で、同じ部屋にとどまったグループは、明らかに決断疲れが見られたといいます。
脳は慣れてしまうと刺激を受けづらくなる“馴化”という状況に陥ってしまいます。最初はどれだけ刺激的なことでも、繰り返すうちに慣れてしまい、いわゆる“マンネリ化”してしまうのです。同じ場所にいると、仕事や作業の集中度はどうしても低下してきます。
その低下が、さらなる決断疲れや注意力の散漫化を引き起こし、パフォーマンスをどんどん悪化させてしまうのです。
それを防ぐためにも、適度に自分が作業している環境そのものを変えることで、脳に新鮮な印象を与え、疲弊しづらくするというわけです。だからこそ、作業する場所を変えるだけでも効果てき面です。
■うるさい場所に暮らす人は太りやすい
では、どんな場所に移動するといいのでしょうか?
当たり前ですが、騒音の激しい場所にいるとイライラしてしまいます。騒音の刺激を受けると、ストレスによってコルチゾール、すなわちストレスホルモンが分泌されます。過剰なコルチゾールの分泌は、プランニングや論理分析に関与する脳の前頭前野の働きを阻害するとも言われています。音がうるさくて集中力が欠けてしまうのは、こういった理由によるからなのです。
スウェーデンのカロリンスカ医科大学のエリクソンらの研究では、さらに「騒音の大きいところに住むと太る」ということも明らかになっています。
5156人を対象に統計的に調べたところ、空港、鉄道、大きな幹線道路などの近くに住む人は、相対的に体脂肪の量が多かったそうです。個人差もあるでしょうが、女性だけで言えば、騒音が5デシベル上がるごとにウエストが1.51センチ増えることも明らかになったといいます。
コルチゾールが増えると食欲が増え、睡眠の質も下がります。そのため、太りやすくなってしまったそうです。

■静かすぎる場所よりも「ちょっとうるさい場所」
一方で、雑音が数多く意識に入ってくる環境は、創造性を与えるとも指摘されています。
イリノイ大学のミータらの研究によると、
・比較的静か(50デシベル/書店の店内や役所の窓口周辺など)

・適度な周囲の雑音(70デシベル/カフェの店内、ファミレスの店内など)
前記2つを比べると、「適度な周囲の雑音」のある場所のほうが、創造性を求められる仕事において、被験者たちのパフォーマンスが向上したという報告もあります。ただし、騒音に近い雑音(85デシベル/パチンコ店内やゲームセンター内など)ではパフォーマンスが低下してしまうという結果も明らかになっています。
つまり、実は「ちょっとざわついている」くらいの環境のほうが脳にとってはいいということです。仕事や課題に取り組むときは、決断の連続です。意識的に場所を変えて、脳に刺激を与えてみましょう。
ちなみに、マイアミ大学のヘラーらの研究によると、場所の変化が多いほど、ポジティブな感情が高まったそうです。また、場所の変化とポジティブな感情に関わる脳の活動との関連を探ったところ、環境の新しさと脳の報酬系部位(喜びを感じる部分)の活性化は、密接に関わり合っていることがわかりました。新しい環境にいるだけで、モチベーションが上がることが示されたわけです。

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堀田 秀吾(ほった・しゅうご)

明治大学法学部教授、言語学博士

1968年、熊本県生まれ。シカゴ大学言語学部博士課程修了。ヨーク大学ロースクール修士課程修了・博士課程単位取得満期退学。
専門は、司法におけるコミュニケーションの科学的分析。言語学、法学、社会心理学、脳科学などのさまざまな分野を横断した研究を展開している。テレビのコメンテーターのほか、雑誌、WEBなどでも連載を行う。『最先端研究で導きだされた「考えすぎない」人の考え方』(サンクチュアリ出版)、『誰でもできるのにほとんどの人がやっていない 科学の力で元気になる38のコツ』(アスコム)など、著書は50冊を超える。

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(明治大学法学部教授、言語学博士 堀田 秀吾)
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