■「バカは大学行っても意味ない」ホリエモンも首をかしげる
新型コロナ禍の最中の2020年5月から全国民を対象に一律10万円給付が実施され、12兆6700億円がバラまかれた。元大阪府知事の橋本徹氏はテレビで「給料が減らない公務員、政治家、僕のように今日も仕事をしている人」は辞退すべきだと持論を展開し、(自分には妻と7人の子どもがいるので)「僕のところには90万円くるんですよ。
おかしいじゃないですか」「おかしいですよ、こんなお金の使い方」と述べたが、まさにその通りだろう。
2024年6月から岸田政権下で、一人4万円の定額減税が行われたが、これも年収1000万円を優に超える高額所得者も恩恵を受けるバラマキだった。
高校や大学の授業料の無償化も自治体によって始まっている。しかし、不良養成学校みたいな高校はざらにあるし、都内のFラン大学で講師を務めたことがある筆者の知人は「うちの学生の大半は100の5%が5というのがわからないんだぜ。信じられるか?」と驚いていた。本来行く意味がない人たちが行っている高校や大学の授業料を無償化することは、ホリエモンならずとも、首をかしげるだろう。
■「刷って、配って、取り返す」タコ足財政の悪循環
日本の財政は、国債を発行して日銀が刷った金をバラまき、その分を増税して取り返すという「タコ足財政」の悪循環に陥っている。そのため、平成の時代から国債発行残高が膨張の一途を辿り、政府の総負債残高から政府資産(しかもその大半は簡単に処分できない)を差し引いた純債務残高もGDP比135%(2024年)に達し、IMFが数字を出している世界90カ国中最悪のレバノンに次いで下から2番目である。
財政拡張論者は、日本には個人が保有する金融資産が国債発行額の倍の2230兆円もある(2024年末)から、もっとバラまいても大丈夫だと主張するが、個人金融資産の所有権は個人にあり、国債の償還には使えない。そのため政府は、増税や社会保険料の値上げなど、あの手この手で個人資産を分捕ろうと画策する。
特に、国民年金保険料、健康保険料、介護保険料などの料率は、国会の審議をへずに厚生労働省の一存で決められるので、「ステルス増税」に使われる。
所得に関係なく国民一律でバラまくと富裕層も恩恵を受けるが、社会保険料の値上げなどは低所得層も含めた国民全体を直撃するので、バラマキは結局のところ貧富の差を拡大している。

■「必要な人だけに血税を」と考える英国の違い
筆者が住む英国は、血税はあくまで必要な人たちにだけ給付するという姿勢で、コロナ禍の際の給付金も、コロナの影響で所得が下がった人々に対し、証拠書類を確認した上で支給した(筆者にも政府から案内が来たが、影響は受けていなかったので、申請はしなかった)。
現在、コロナ禍後のインフレ(2023年には年率で一時10%を超えた)や、エネルギー価格高騰による国民負担を軽減するため、冬場の電気・ガス料金の補助が行われているが、年収約9208ポンド(約177万円)以下であることが条件(2024/25年冬季補助の場合)なので、補助を受けられるのは実質的に低所得者だけだ。
英国政府の姿勢に関し、興味深かったのは、コロナ禍の際の、ヴァージン・アトランティック航空への対応である。
■死屍累々の中、のたうち回ったヴァージン・アトランティック航空
ヴァージン・アトランティック航空は2015年まで日本にも就航していた英国の主要航空会社の一つで、創業者で会長のリチャード・ブランソン卿は、鬚に長髪という特徴的な風貌で、冒険家としても知られている。
2020年、コロナ禍で経営危機に見舞われた同社は、5億ポンドの融資を求め、政府に駆け込んだ。しかし、英国財務省は、「血税の投入は、それ以外のすべての手段が尽くされてから」として、首を縦に振らなかった。
ブランソン卿は「われわれが求めているのは融資で、それは金利とともに返済するものだ」と頑張り、同社を顧客とするエアバス社、ロールス・ロイス社(航空機エンジン・メーカー)、ヒースロー空港会社(ヒースロー空港の所有・運営会社)も政府に対して働きかけを行った。一方、ドル箱の大西洋横断路線をめぐって長年ヴァージンと争ってきた、ブリティッシュ・エアウェイズのウィリー・ウォルシュCEOは、こうした動きに批判的だった(ウォルシュ氏は、イタリア政府による旧アリタリア航空への融資も批判していた)。
■カリブ海の自分の島を差し出して資金集めに奔走し…
結局、英国財務省が態度を変えなかったため、ブランソン卿は、懸命の自助努力をするしかなくなり、別荘として所有するカリブ海のネッカー島を担保に差し出して新たな投融資を求めて奔走し、5月に3500人の人員を削減し、ガトウィック空港に保有していた施設を廃止してヒースロー空港にオペレーションを統合し、7機のジャンボ機を売却し、発注済みのエアバスA330-900やA350-1000の受領も延期した。
この間、ヴァージン・アトランティック航空が出資していた英国南西部のエクセターを拠点に63機を就航していた地域航空会社フライビー(Flybe)は、政府に1億ポンドの救済融資を求めたが拒否されて破産を申請し、消滅した。グループ傘下のヴァージン・オーストラリア航空も、オーストラリア政府に14億豪ドル(約1301億円)の融資を断られ、4月に倒産手続きに入り、6月にベイン・キャピタル(米国の投資会社)に売却された。
最終的に2020年9月、ブランソン卿は、ヴァージン・グループから2億ポンド、デヴィッドソン・ケンプナー(米国のヘッジファンド)から1億7000万ポンドを調達し、デルタ航空を始めとするさまざまな投資家などからの分も含めて総額12億ポンドをかき集め、政府の融資を受けることはなかった。

■日本は「まず助ける」、英国は「まず自助努力」
コロナ禍の最中、日本では航空会社に対し、国が管理する空港の国内線着陸料・停留料・航行援助施設利用料の9割減と航空機燃料税の軽減が実施され、2021年度予算に1200億円が計上された(2022年度も支援継続)。また雇用調整助成金や産業雇用安定助成金なども支給した。日本航空などは2010年の会社更生法適用で、金融機関から全体の87.5%の債権放棄を受け、相当身軽であったにもかかわらずである。
一方英国は、ヴァージンの例のように、自助努力をまず求めた。その上で、航空セクターに限らず、企業一般への支援策であるバンク・オブ・イングランドによる短期運転・つなぎ資金の貸し付け、借り入れに対するUKEF(英国輸出信用保証局)による保証、一時帰休者に対する補償の支援、消費税の納付期限の延長といった、(一時帰休者に対する補償の支援以外は)金を使わず、企業側の主体的努力を必要とする支援策を実施した。冷たすぎる感じもするが、納税者から見た納得感は高い。
■日本政府の“分捕り増税”のターゲットは?
毎年180~200兆円という多額の国債償還を抱える日本政府は、今後も個人資産の分捕りに必死で、ありとあらゆる項目で増税してくるのは間違いない。今後、どのあたりが目を付けられるか予想する際、英国の例が一つの参考になるだろう。
英国ではリーマンショックやコロナ禍の際の政府支出増で、政府の借金がGDP比50%前後から101%にまで増えてしまったので、スターマー政権は財政再建へと舵を切り、昨年10月、400億ポンド(約7兆6800億円)の増税案を発表した。官僚機構を15%削減し、病人や障がい者向け給付金の受給資格を厳格化するといった、労働者や福祉重視の党とは思えない、思い切った政策を打ち出している。
■富裕層と企業からは日本でももっと取れるはず
英国の増税の主なターゲットは富裕層と企業だ。
富裕層に関してはキャピタルゲイン税率の4~8%の引き上げ、投資家優遇措置の生涯上限額の1000万ポンドから100万ポンドへの引き下げ、自宅以外の住宅購入に対する印紙税の3%から5%への引き上げ、相続・別荘・プライベートジェット・私立学校に対する税率の引き上げなどを行った。

企業に対する最大の増税は、国民保険料の雇用主負担の引き上げで、これだけで約4兆8000億円相当の税収増につなげる。その他、石油・ガス会社のエネルギー(石油・ガス)利得税率の38%への引き上げなどが行われた。
貧富の差がますます拡大している日本でも、今後、富裕層と企業が重点ターゲットになっていくはずだ。
富裕層は、勤労所得に比べて資産所得(保有資産から上がる収入)が大きいので、まず金融所得の分離課税の廃止が考えられる。日本では孫正義氏のような大金持ちでも、預金金利や投資信託収益については、20.315%の分離課税を払えば済むという、金持ち優遇税制になっている。一方、英国はその他の所得に合算した上での総合課税で、だいたい5万300ポンド(約966万円)以上の収入があると、40%課税される。筆者は苦労して稼いだ金利の40%をごそっと税務署に持って行かれたとき、こんなに取られるのか⁉ と愕然となったものである。
■まず潤っている大企業に課税すべき
また相続税の強化、奢侈品に対する消費税率引き上げ、昨今急騰している高額なホテル代への課税もありだろう(庶民には考えられない1泊5万円もするようなホテルに泊まる人は、金額にあまり頓着していないように思われる)。
企業に関しては、法人税の一律課税(23.2%)を改め、累進制にすることが考えられる。また「隠れ補助金」と批判される租税特別措置法による不透明な税額軽減制度の見直しも可能性がある。
三菱重工などは、政府の防衛費増額によって、2022年度に3652億円だった防衛省との契約額が翌年には1兆6803億円へと激増し、2年前に550円前後だった株価は今や2800円前後と約5倍に跳ね上がった。同社は2020年から2022年にかけ、自民党の政治資金団体に毎年3300万円を寄附し、同社の宮永俊一前会長は、政府の「防衛力の抜本的強化に関する有識者会議」の委員として名前を連ねて政策に影響を与えている。
これも一種の「タコ足」で、こういう会社を増税のターゲットにするのはありだろう。
■「タコ足」の無意味さに国民は気づき始めている
先月、夏の参議院選挙対策に自民党と公明党が国民に一律3~5万円の給付金バラマキを画策しようとした。しかし、野党から一斉に
「集めた税金を給付金でまくんだったら、最初から取るな」(国民民主党榛葉幹事長)

「選挙前の明らかなバラまきだ。国民から見透かされている」(日本維新の会前原共同代表)

「(立憲民主党員で)減税ポピュリズムに走りたいなら、別の党をつくって頂きたい」(立憲民主党枝野元代表)
と、猛反対の声が上がり、読売新聞の世論調査でも回答者の76%が効果を疑問視しているという結果が出て、両党はバラマキを断念した。
このニュースには少しだけ気持ちが明るくなった。さすがに国民も「タコ足財政」が無意味だと感じるようになったということだろう。

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黒木 亮(くろき・りょう)

経済小説家

1957年、北海道生まれ。ロンドン在住。早稲田大学法学部卒業後、カイロ・アメリカン大学大学院(中東研究科)修士号取得。銀行や証券会社、総合商社に23年あまり勤務後、2000年に『トップ・レフト』で作家デビュー。最新刊は『マネーモンスター』。

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(経済小説家 黒木 亮)
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