良質な睡眠をとるにはどうすればいいのか。スタンフォード大学医学部の西野精治教授は「睡眠は脳をクールダウンさせるものなので、物理的に頭を冷やすことが大切だ。
通気性が悪くて熱がこもるような枕は、避けたほうがいい」という――。
※本稿は、西野精治『スタンフォード大学西野教授が教える 間違いだらけの睡眠常識』(PHP文庫)の一部を再編集したものです。
■気温が上がってくると寝苦しいワケ
室温も、体温をコントロールする大事な要素のひとつです。
真夏の暑い時期に寝苦しいのは、気温が高いために深部体温も下がりにくいからです。
高齢者のなかには「エアコンは身体によくない」といってエアコンをつけて寝ることを嫌がる人がいますが、高齢になるほど体温が下がりにくいので、暑苦しくて眠れない状態をよりいっそう感じやすくなります。
ひと晩中つけておかなくても、寝るしばらく前からエアコンをつけて室温を下げておき、1~2時間後に切れるようにタイマーをセットしておくと眠りやすくなります。
寒い季節には、朝、起きにくいと感じることが増えます。これは、室温の低さで深部体温の上昇が阻害されてしまうからです。
改善する簡単な方法としては、起きる1時間くらい前に暖房が入るようにタイマーをセットして部屋を暖めておく。深部体温が上がるのを室温がサポートしてくれるので、起きやすくなります。
■季節によって入眠・起床ルーティンを整える
こういった室温管理は、心筋梗塞や脳出血などの発症も抑えてくれる可能性があります。というのは、血管性の病変は、深部体温のいちばん低い明け方の3時ごろによく発症することが報告されているからです。

これらを踏まえて、季節によって入眠・起床ルーティンを整えるといいでしょう。
室温は、一般に夏場なら24~26℃、冬場なら22~23℃くらいが快適だといわれていますが、湿度や外気温との差によっても、体感温度は変わります。
自分は室温何度くらいがもっとも快適さを感じるかは、知っておいたほうがいいと思います。
体温も大事な生体リズムのひとつ。体温調節という視点をもつことで、睡眠はよりよいものになります。
体温を下がりやすくして、すんなりと眠りに入れるようにすることは、寝入りばな、最初のノンレム睡眠を最高のものにするため、脳をすみやかにクールダウンさせるための重要な条件といえそうです。
■タオルケットは「日本らしい寝具」
昔は、分厚くて重い綿のふとんが一般的でした。もともと日本には屋内全体を暖めるという感覚があまりなく、局所暖房が当たり前でしたから、家のなかが寒かった。だから、寝るときには分厚く重いふとんをかけて、身体の熱が奪われないようにする必要があったのです。
しかし、いまは暖房設備も充実し、室内を暖かくするようになったので、寝具の条件も様変わりしました。
冬場でも一定の室温が保たれている環境では、重いふとんはまったく必要ありません。軽くて保温性が高く、かびの心配が少ない羽毛ぶとんが人気なのは、当然といえるでしょう。

高温多湿の日本らしい寝具だと私が思っているのは、タオルケットです。タオルケットとは和製英語で、ブランケットのような肌掛けを、夏用に吸水性のいいタオル地で作ったらいいのではないか、と日本で考えられたものです。いまは欧米にもバスシーツといってタオル素材のものがありますが、もともとは海外にはありませんでした。
赤ちゃん、子どもは特に体温の変動が激しいですし、就寝中に大量の汗をかきます。タオル素材なら手軽に洗濯できますから、非常にいい。
■筆者がつねに持ち歩いている「素材」の衣料
大人は、ひと晩にコップ1杯程度の汗をかきます。発汗することで皮膚から熱を放出し、深部体温を下げているのです。
寝具にはいろいろ好みがあると思いますが、体温変化という見地からいうと、寝るときは、熱放散しやすい状態が望ましいので、「通気性のよさ」は大事なポイントです。
マットレスや敷ぶとん、掛ぶとんや枕も、あるいは身に着けるパジャマ類も、自然な体温の変化を妨げない通気性のよいもの、そして汗をかいたらよく吸ってくれる吸水性に富んだものがいちばんいいのです。
ちなみに、私がここ数年たいへん気に入って、どこに行くにもつねに持ち歩いている素材の衣料があります。
3M(スリーエム)社の「シンサレート」という素材。
私が愛用しているのは、登山用品で有名なモンベル社がウィンタースポーツウエア用に開発したものです。
これが、薄くて、非常に暖かく、かつ通気性がいいのです。
微細な繊維のなかがマカロニのように空洞になっていて、そこに空気が封じ込められるため保熱効果がある。これはシロクマの体毛の構造からヒントを得たものだそうです。
■「寿命が10年延びるかもしれない」
羽毛は洗濯など手入れに神経を使いますが、シンサレートは合成素材なので家庭で手軽に洗えます。またダウンジャケットは持ち歩くのにかさばりがちですが、シンサレートはとにかく薄くてコンパクトなので重宝です。
通気性がいいから、暑いときに蒸れるような感じもなく、保温性が高いので、急激に体温が下がるのも防いでくれる。私はインナージャケット、ベスト、アウターなど何枚も用意して、夏場以外はいつも持ち歩いていますし、パジャマにも使っています。室温をコントロールできない飛行機のなかでのアウターとしても、お勧めです。
私はよく冗談で、「シンサレートのパジャマ着用で、風邪など引かなくなったので、寿命が10年延びるかもしれない」と言っていますが、まんざら冗談とはいえないかもしれません。
最近では、シンサレートは寝具にも使われるようになっています。
これらの文面をモンベル社の広報の方が見てくださり、その縁でモンベルの社長である辰野岳史氏にお会いしたことがあります。辰野氏は睡眠の重要性についての私の説明を熱心に聞いてくださった後で、「私たち山男はどんなひどい環境でも眠れるので、自身で睡眠の問題を抱えたことはないんですよ」とおっしゃっていたのが印象的でした。
しかし、万人がそうであるわけではないため、良質な睡眠が得られるキャンプ用寝具などを共同で開発できればという話で盛り上がりました。
■枕選びの鉄則、頭は冷やせ
睡眠の質には、枕選びも大切です。
高さ、首の角度のフィット感、材質や硬さ、仰向け寝か横向き寝かの違い……枕に求めるものは千差万別。いろいろ買ってみるけれど、なかなか理想の枕にめぐり合えないという人もけっこういます。
私は日本に帰ってくると、各地のホテルに宿泊することが多いので、たくさんの枕を試すいい機会だと思っています。ホテルによっては、枕が何種類か用意されているところもあります。
いろいろ試してみた結果、ひとつはっきり言えるのは「私には低反発枕は合わない」ということです。
高密度のウレタン素材を使った低反発枕は、柔らかな感触でその人の頭の形にフィットするところから、寝心地がいいと人気があるようですが、熱がこもりやすいという欠点があります。
脳の温度は、身体の深部体温と一緒です。より正確に言えば、脳の温度が下がるから、眠くなるのです。
睡眠は脳をクールダウンさせるものですから、物理的にも冷やしたほうがいいわけで、冷やせば睡眠が促進されます。
■低反発枕の「弱点」とは
通気性が悪くて、熱がこもるような感じの枕は、あまり睡眠の質を上げてくれないように思えます。

体温は熱産生と熱放散で調節されていると前述しましたが、生活環境下の体温調節において外的環境因子によって熱がこもる「うつ熱」を、第三の因子としてあげる研究者もいます。
低反発を謳っているものは、枕でもマットレスでもそうですが、身体のラインに沿うように密着しやすいという特徴をもっています。ですから、身体にフィットするという心地よさを感じる一方で、密着性が高い分、蒸れやすいということにもなります。特にウレタン素材というのは、通気性がよくありません。また、吸湿性はあっても蒸発しない。
■良い枕の「3つのポイント」
では高反発のものはどうかというと、高反発でもウレタン素材を使っているものは非常に多いです。新しいファイバー素材を用いた高反発の枕も開発されてきましたが、それらは通気性が良くても頭のすわりが悪く、寝ている間に頭がずれ落ちてしまいやすいのです。
ウレタン系の素材を使っていても通気性や吸湿性のよいものもあるのかもしれませんが、一般的な傾向としては熱がこもってしまいやすいといえると思います。
これらの経験を生かして、私が創業し研究顧問を務めるブレインスリープ社では、ファイバー素材で頭の部分とその周辺に頭の形状に合わせて何段階もの硬さのグラデーションをつけて頭のすわりを良くした枕を開発しました。すなわち通気性のよい高反発で頭のすわりが良い枕です。「脳が眠る枕」として高い評価を得ています。
この開発は、創業以来20年以上にわたり特殊マットの研究と革新を重ねてきた大分県玖珠町にあるエコ・ワールド社の江口ゆかり社長との共同開発による成果です。
ブレインスリープの枕にも用いた「E-CORE」は、ポリエチレンが原料で100%リサイクル可能でエコ・ワールドの社名の由来にもなっている素材です。
■アスリート100人の「マットの嗜好性」
エアウィーヴ社がアスリートの睡眠サポートにたいへん力を入れている関係で、2014年のソチ五輪に出場した日本人アスリート100人の、マットの嗜好性を解析したことがあります。
ひとことでいうと、体重の重い人は硬めのマットを好み、体重の軽い人は柔らかめのマットを好むという傾向が出ました。
もちろん、これは体重だけの問題ではありません。体格の違い、つまりやっているスポーツの種類による筋肉の付き方、体型なども関係していました。たとえば、細身の体型でしなやかな筋肉を持つフィギュアスケートの選手と、大柄でがっしりとしたボブスレーの選手とでは、快適だと感じるマットの質はかなり異なりました。
一流のアスリートほど、自分の身体のコンディションの整え方をよく把握しています。そして、睡眠の質をどうやって高めるかということもよく考えています。だから、よい眠りのための条件についても、気づきが多いのです。
いずれそういうデータもまとめて、運動パフォーマンスを上げる睡眠のとり方についてのエビデンスを出したいと考えています。
好みというと、主観的、感覚的で曖昧なもののように思えますが、その人が好む理由は、体格や体型にも左右されます。どんな職業に就いているか、つまりどこの筋肉が疲労し、緊張しやすいかによっても違うでしょうし、年齢によっても変わってきます。
睡眠研究というと、とかく睡眠障害の機序の解明と治療法に関する研究のように捉えられがちです。もちろんそれは重要な研究ですが、一般の人々の睡眠の質を考えることも、重要な研究の一環だと私は考えています。多くの人が睡眠の悩みを抱えている現状を考えると、その社会的意義は非常に大きいと思います。

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西野 精治(にしの・せいじ)

スタンフォード大学医学部精神科 教授、スタンフォード大学睡眠生体リズム研究所(SCNL)所長

医師、医学博士、日本睡眠学会専門医。大阪医科大学卒業。1985年大阪医科大学大学院より新技術開発事業団早石修プロジェクト出向。1987年スタンフォード大学留学。2019年ブレインスリープ創業、2021最高研究顧問就任。2022年NOBシフトワーク研究会設立、会長就任。著書に「睡眠負債」の実態と対策を明らかにしベストセラーとなった『スタンフォード式最高の睡眠』(サンマーク出版)、『スタンフォード大学教授が教える 熟睡の習慣』(PHP新書)、『睡眠障害』(角川新書)、『スタンフォード式 お金と人材が集まる仕事術』(文春新書)、『眠れなくなるほど面白い 図解 睡眠の話』(日本文芸社)、『スタンフォードの眠れる教室』(幻冬舎)などがある。

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(スタンフォード大学医学部精神科 教授、スタンフォード大学睡眠生体リズム研究所(SCNL)所長 西野 精治)
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