今田美桜さん主演のNHK朝ドラ「あんぱん」の初回は、NHKプラスの配信で歴代ドラマの中で最多視聴数を記録した。視聴率もじわじわ上昇している。
コラムニスト矢部万紀子さんは「思い出すと今でも目頭が熱くなるシーンがある。脚本を担当する中園ミホさんが、かつて『花子とアン』で痛感したであろう反省が生かされている」という――。
■豪と蘭子が結ばれた
「あんぱん」第6週、放送日でいうと5月8日、豪(細田佳央太)が出征した。豪の詳細は端折るが、とにかく心配だ。翌9日、女学校に戻ったヒロイン・のぶ(今田美桜)は戦地の兵隊さんへの「慰問袋」を思いつく。街頭でも募金集めをするほど熱心に取り組んだのは、豪と妹の蘭子(河合優実)が結ばれたことが大きかったと想像する。
のぶはそれまで、「忠君愛国」に懐疑的だった。が、妹のことがあり、「兵隊さんの武運長久」が身近&切実なものになったから、行動力を発揮したのだろう。街頭でも募金活動をしていたら、「愛国のかがみ」として高知新報の記事に紹介された。とはいえ、銀座からお気楽な電話をしてきた後の夫・嵩(北村匠海)を叱り飛ばしていたから、すっかり忠君愛国派?
という話は、今回は置いておく。豪の武運を心配しているオールジャパンの皆さまを代表し、先行きを推理してみる。
■豪はきっと帰ってくる
その1 のぶが載った高知新報の日付が、「昭和十二年七月二十九日」だった。

真珠湾攻撃まではまだ4年ある。この頃に出征し、無事に帰ってきた人の話は割とよく聞く。我が祖父がそうだったと父から聞いたことがあったし、朝ドラでは「カーネーション」(2011年度後期)の勘助も帰ってきた。「勘助と戦争」は後世に語り継ぐべき物語だがそれとは別に、とにかく豪は帰国する。
その2 5月9日の「あさイチ」のプレミアムトークに豪役の細田さんが出演した。
いわゆる「死亡フラグ」だと、ネットがざわついている。確かに「ちむどんどん」(2022年度前期)でヒロインの父親役だった大森南朋さんは、出演した翌週に死亡していた。であれば、豪は戦死してしまう。
1対1の引き分けだ。が、ここで推理をググッと勝手に進めて、結論を書こう。
その3 脚本家の中園ミホさんにとって、「あんぱん」は2作目。だから、豪は帰ってくる。

全然わからない、というオールジャパンの皆さま、すみません。説明してまいります。
■“花子の幸運ぶり”が解せなかった
中園さんは「あんぱん」の前に、「花子とアン」(2014年度前期)を書いている。『赤毛のアン』の翻訳者である村岡花子をモデルにしたドラマだ。『赤毛のアン』の日本における人気は本国・カナダ以上と言われている。
中園さんは「アン大好き元少女」を主たる視聴者と見定めたに違いなく、ヒロイン・花子(吉高由里子)はアンを重ねた人物像にしていた。ファンはうれしかったに違いないが、解せなかったのが花子の突出した幸運ぶりだった。
兄1人と妹2人の4人きょうだいの中で、本が大好きだった幼い花子を父が東京の女学校に送り込み、そこで花子は英語を身につけた。ところが残り3人といえば、兄(賀来賢人)は奉公に出て、上の妹・かよ(黒木華)は製糸工場へ行き、下の妹・もも(土屋太鳳)は北海道の開拓民のところに嫁ぐ。2人ともとんでもなく過酷な環境に置かれ、共に逃げ出してくるのだ。
一方、花子は夫との結婚でも“幸運力”を発揮する。妻帯者(鈴木亮平)をそうとは知らず好きになるが、妻(中村ゆり)の方から離婚を申し出てくる。
しかも妻はそれから間もなく亡くなり、晴れて2人は結婚する。って、花子の独り勝ちにもほどがある。
■「単独の幸運は避ける」と肝に銘じているはず
と思ったのは私だけではなかったはず(たぶん)で、「花子とアン」は期間平均視聴率が22.6%と高かったわりには「傑作ドラマ」として語られることはあまりない。そしてこのことを、「ハケンの品格」に「ドクターX」など大ヒットメーカーの中園さんが意識していないはずがない。ヒロインのみの突出した幸運、幸福は避ける。そう肝に銘じているはずだ。
のぶに妹が2人いるのも、その証拠といっていいのではないか。「花子とアン」と同じ設定にして、「花子とアン」の妹たちとは違った人生を歩ませる。その決意の第一歩が、蘭子をよくもてる女子にしたことだと思う。口数は少ないが芯は強く、色っぽい。河合さんの確かな演技力が、モテ女ぶりに説得力を与えている。のぶは嵩と結ばれることがわかっている。
ここで豪を死なせたら、不運なかよ&ももの二の舞になってしまう。だから、豪は帰ってくる。
と結論したのだが、どうだろう。第7週のタイトルは「海と涙と私と」だ。涙? 何の? 「帰ってくるは5月12日現在の予想」と弱気に付け足し、豪の武運の話はここまで。「マイ・ベスト・あんぱん」の話をする。
■“パン食い競争のシーン”に感動した
それは12話から13話、今でも思い出すとちょっと目頭が熱くなる。舞台はパン食い競争だ。11話でのぶは、参加の意志を表明する。が、出場はかなわない。女子不可の規則があるのかと尋ねるのぶに、祖父(吉田鋼太郎)は「規則も何も、当ったり前じゃろが」。12話は、のぶが嵩に「女子(おなご)はつまらん」と嘆くところから始まった。

そして当日、パン食い競争参加者の登録ブースにのぶがいる。子どもも大人も(男子が)次々と登録しているところに、小さな女子がトコトコ近づいてくる。
今で言うなら小学校1、2年生くらい、ちょうちんブルマー姿で走る気満々。ブースで名前を書いていると、先生(男子)が「女子は出場できんぞ」と言う。女子がのぶに「そうなが?」と尋ねる。鉛筆を持ったままかたまっている女子の横で、のぶは先生と交渉するが、結論は変わらない。「ちょっと待っちょって」と女子に告げ、のぶはあんぱんを取りにいく。せめて食べさせてやりたかったのだが、あんぱんが足りない。やっと調達して戻ると、そこに女子はいなかった……。
■「ヒロイン独り勝ち時代」の終焉
そこから嵩の、嵩らしい気弱な協力を得て、のぶはパン食い競争に出場、一着になった。
そして13話、「優勝、朝田のぶ」という宣言に続き、「のぶ、失格」と宣告される。そもそも女子に出場資格がないのだ、わかっていただろう。
そう言われ、とぼとぼと歩き出すと、さっきの女子がいる。紅白の垂れ幕の横で、のぶを見ていたのだ。見つめ合う2人。女子が近づいてきて、にっと笑う。のぶもふふっと笑う。そして主題歌。
泣けた。「涙に用なんてない」という出だしを聞きながら、涙がこぼれた。シスターフッドだったから。のぶと少女の「にっ」と「ふふっ」は、世代を超えたシスターフッド、ヒロイン独り勝ち時代の終焉だった。
■「ひよっこ」「虎に翼」にもあった“流れ”
ちょっと話がそれるが、ドラマ「続・続・最後から二番目の恋」(フジテレビ)を楽しく見ている。ヒロイン・千明(小泉今日子)は敏腕TVプロデューサー。テキパキと事を運び、大勢の女子たちを支え、引っ張る。そんな千明が第3話で、専業主婦の典子(飯島直子)としみじみ語り合った。
「働く独身女と専業主婦の対立」のような話になった。あれこれ話した最後、千明がこう言っていた。「でもさ、専業主婦も働く女もちゃんと闘ってきたんじゃないかな。闘う場所が違っただけで」。対立なんかしてなかった、共闘してたんだ、別な場所で。千明はそういうことを言いたかったのだと理解した。
脚本は岡田惠和さん。朝ドラは3本書いている。3本目の「ひよっこ」(2017年度前期)は、振り返れば「独り勝ちでないヒロイン」を意識的に描いた最初の朝ドラ作品だったと思う。以後、心を奪われたドラマは「虎に翼」も含め、その流れだった。
その岡田さんが3度目の「最後から二番目の恋」で、千明にシスターフッドを語らせる。それを思えば、「花子とアン」のかよ&ももから「あんぱん」の蘭子への変化も当然だ。優秀だったり強かったり、そういう女性が勝っているだけでは世の中、変わらない。そのことをみんなわかっている。中園さんだってわかっている。
■“女子”の笑顔に「連帯」があふれていた
最後に、パン食い競争に出られなかった女子の話をしたい。朝ドラを見ていると、おのずと子役ウォッチャーになる。ヒロインの子ども時代を演じる子役は、みんな「選ばれし子役」。うまいものだと毎回感心する。が、ヒロインの子ども時代以外の子役で、こんなに心をわしづかみにされたのは彼女が初めてだった。
走る気満々な背中から一転、出場不可と言われてかたまってしまう。不服と不安がにじんだ様子から姿を消し、のぶの優勝後に見せた笑顔には「連帯」があふれていた。うまい、うま過ぎる。
ヒロインの近くにいた女優が、やがてヒロインになる。朝ドラではよくあることで、「花子とアン」で北海道に嫁がされたももを演じていた土屋太鳳さんは、1年後に「まれ」(2015年度前期)のヒロインになった。
「あんぱん」の公式インスタグラムによると、走れなかった女子を演じたのは、金井晶さんだそうだ。彼女が属する事務所のホームページを見たら、「虎に翼」でも虎子の娘役や虎子の義理の姉のひ孫役を演じていたという。金井さん、2018年生まれの7歳にして、すでに朝ドラ常連。将来の朝ドラヒロイン間違いなし。豪の帰還に続き、そう予測してしまおう。

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矢部 万紀子(やべ・まきこ)

コラムニスト

1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。宇都宮支局、学芸部を経て、週刊誌「アエラ」の創刊メンバーに。その後、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、「週刊朝日」副編集長、「アエラ」編集長代理、書籍編集部長などをつとめる。「週刊朝日」時代に担当したコラムが松本人志著『遺書』『松本』となり、ミリオンセラーになる。2011年4月、いきいき株式会社(現「株式会社ハルメク」)に入社、同年6月から2017年7月まで、50代からの女性のための月刊生活情報誌「いきいき」(現「ハルメク」)編集長。著書に『笑顔の雅子さま 生きづらさを超えて』『美智子さまという奇跡』『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』がある。

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(コラムニスト 矢部 万紀子)
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