■彼らの本分はステージでの“芸事”にある
活動休止中だった嵐が再始動し、そしてツアー後に活動を終了することが発表された。なぜ、嵐はツアーをもっての終結という形を選んだのだろうか?
メディアやSNSでは「ファン思い」の行動と受け止められている。
もちろんその通りなのだが、それだけではない。嵐の歴史を踏まえると、そこに、彼らが“テレビタレント”ではなく“ジャニーズ事務所のアーティスト”として生を終えようという誇りと覚悟を感じるのである。
拙著『夢物語は終わらない 影と光の“ジャニーズ”論』(文藝春秋)で詳述したが、そもそもジャニーズ事務所から生まれたタレントたちは “テレビタレント”ではなく“アーティスト”である。もともと、テレビに出るタレントを量産しようとして作られた事務所ではなく、ステージに立つスターを生み出そうとしたことが事務所の原点にある。コンサートを大事にし、多くのオリジナルのミュージカルを上演しているのもその延長線上にある。テレビ番組やCMなどの“芸能界”に生きるのではなく、ステージで“芸事”を追究していく。それが、彼らの本分なのである。
■松本主演の『花より男子』で大ブレイク
だが、SMAP以降、彼らは“テレビ売れ”をするようになっていく。
アイドルがゴールデン・プライムタイムにバラエティー番組を持っても成功するはずがないと考えられていた時代に誕生した「SMAP×SMAP」(フジテレビ系)は高視聴率を獲得し続けるお化け番組となり、91年のSMAP以降にデビューしたTOKIO・V6・KinKi Kidsは早い段階でバラエティーの冠番組を持つことで、お茶の間での知名度を高めていった。
2000年代以降は、グループの数も多くなり、すべてのグループがいきなり冠番組を持つわけではなくなっていったが、1999年にデビューした嵐は、SMAP以降の90年代のこの“テレビ売れ”の流れにギリギリのっていたと言っていいだろう。
嵐のメンバーは自分たちのブレイクを松本潤主演のドラマ『花より男子』(TBS系)がきっかけだったとしており、“テレビでブレイク”したことは紛れもない事実である。
実は活動の初期は都内1館だけで公開されるインディーズ映画を作ったり、東京グローブ座ではメンバー主演の小規模な舞台も行ったりするなど、必ずしもテレビというメジャーでの活動がメインではなかった。
大野智主演の演劇もシリーズ化されるなどの動きもしていた嵐だったが、ブレイク後は演劇とは距離が離れ、テレビの仕事が激増していく。
■“テレビの中で終わった”SMAPとは対照的
グループとしてのレギュラー番組も2本あり、CMクライアントも多数、NHKの紅白歌合戦の司会もグループとして5年連続で務めるという前代未聞のことを成し遂げた。2020年の活動休止時点では、最強のテレビタレントだったと言っていいだろう。事務所の各グループがテレビよりだったのかステージよりだったのかは、ここで改めて分類して詳述することは控えるが、少なくともブレイク後の嵐はテレビを主軸とした活動を行っていたのだ。
だが、そんな彼らが、今回、ステージで自分たちの活動を終えることを選んだ。それは、“ジャニーズ事務所のアーティスト”としての矜持なのではないだろうか。
もちろん、さまざまな事情があっただろうが、結果的に解散コンサートも行われることなく「SMAP×SMAP」の最終回がその最後の姿となってしまった、つまり“テレビの中で終わった”SMAPとは対照的である。
今回の発表の中では「株式会社嵐を設立したこともあり、新たなスタッフの方と新しい形を組み立てる可能性を模索した時期もありましたが、これまで20年以上にわたりお世話になってきた多くのスタッフのみなさんと共にその景色を作り上げていきたい」と、述べられている。それは旧ジャニーズ事務所の流れを継ぐスタッフたちとともに仕事をするということであり、ここでわざわざ言及するのは大きな意味のあることだろう。ジャニーズの流れにあるスタッフと組むことを明言したのは、彼らが“ジャニーズアーティストとしての嵐”として自分たちを終わらせようとしているようにも思える。
■もう5人をテレビで見る機会はほぼない?
さらに言えば、この流れからすると、筆者としては、正直、テレビ出演はないか、あってもそう多くはないのでは、と推察している。
現時点の発表を見る限り、少なくとも今回の復活はテレビ出演をメインにしたものではない。
嵐の活動の終え方は、コンサートツアーであり、現状ではメディアでの活動は宣言されていない。当然、テレビ出演を期待する声もあがるだろうが、彼らはそこに時間を過度に割くのではなく、ツアーやファンクラブのコンテンツを通してファンと向き合う道を選ぶのではないだろうか。
周知の通り、嵐というグループ自体が、別個に株式会社嵐を設立しており、現在はSTARTO ENTERTAINMENTとその株式会社嵐がエージェント契約を結んでいるという状況だ。松本と二宮は個人としても独立している。
■休止中に事務所もプロデューサーもいなくなり…
その変化の発端となったのが2023年以降に取り沙汰されたジャニー喜多川の性加害問題である。ジャニーズ事務所は解体を余儀なくされ、現在多くのタレントたちはSTARTO ENTERTAINMENTに移籍している。嵐の育ての親であり、出演作品も含め多くのプロデュースを担ってきた藤島ジュリー景子氏は、性加害の当事者ではないが、報道でもSNS上でも大きなバッシングにあい、代表取締役社長の座を辞任。そのエンタメプロデューサーとしての才能を活かすことはなくなっている。
発表の文章でも「私たちを取り巻く環境は変化し、それぞれの環境も以前とは形を変える中で、なかなかその答えにたどり着くことは簡単ではありませんでした」と、事務所の形が変わり、グループやメンバー各々の契約形態も変わっていることが、今回の結論に影響を与えたことが示唆されている。
2020年大晦日の活動休止時点では、再開しようとしたときに自分たちが所属していた事務所が存在せず、恩人もプロデューサーとしての立場にいない――なんてことは彼らも予想だにしなかっただろう。そして、その急激な変化や、変化を余儀なくさせた世間の空気は恐怖すら感じるものだったはずだ。
例えば、二宮和也はジャニーズ事務所から独立する際に「怖くなった」など、性加害報道後の周囲の変化がそのきっかけとなったことを匂わせている。

■大衆の“掌返し”を肌で感じた日々だったはず
松本潤は、2023年はNHKの大河ドラマ『どうする家康』に主演していたが、その放送期間中に、当のNHKはジャニーズ事務所所属タレントの新規出演の停止を決定。最終回を前に松本がNHKの情報番組「あさイチ」に出演した際は「自分たちが現場で作った作品がオンエアできないんじゃないかとか、今日も『あさイチ』も出演できないんじゃないかみたいなことも考える時期もありました」とその苦悩を語っていた。実際に、松本に密着していた「プロフェッショナル 仕事の流儀」の放送がなくなったという報道もある。
櫻井はニュースキャスターとして矢面に立たされ、コメントしないこと自体が多くの世間の批判の声を浴びた。その後、溢れる感情をこらえながら熟慮した言葉を発しても、そこに対してもなお、刃のような言葉が向けられていった。
芸能活動自体を休止していた大野以外の4人は複数のCM契約が解除になってもいる。2023年から2024年にかけては、彼らにとって、テレビ局やスポンサー、ひいては大衆の“掌返し”を肌で感じた日々だったはずだ。
国民的アイドルであり、テレビタレントしての大成功者といってもいい彼らですら、このようなことになったのだ。この時期に、彼らはテレビという土壌が、脆く崩れやすいものであることを悟ったのではないだろうか。
■5人がテレビよりもステージを選んだ本当の理由
そんな掌返しを目の当たりにし、危機を感じた彼らにとって、もう一度テレビとしっかりと組むという選択肢は心躍るものではないだろう。
「VS嵐」(フジテレビ系)や「嵐にしやがれ」(日テレ系)といった冠番組の後継番組として始まった「VS魂」や「1億3000万人のSHOWチャンネル」が継続していれば、まだ出演する義理もあったかもしれないが、その2番組も騒動の渦中に終了している。
テレビに出演するということは、大衆と対峙しなければいけないということでもある。
大衆が空気で態度を変えることの怖さ、それに過度にテレビ局が影響を受けることの怖さは、ジャニーズ事務所のタレントたちはこの2年間でひしひしと感じてきたはずだ。
一方、ジャニーズ事務所のタレント全体が叩かれていた騒動の渦中でも、コンサートやミュージカルは変わらず盛況を呈しており、現場ではファンを熱狂の渦に巻き込んでいた。自分たちの手で作ったステージは、簡単なことでは崩れないしっかりとした土壌なのだ。
さらに、嵐には活動を休止していても、また、事務所が逆風にさらされても、4年半近くの間、ファンクラブ会員を辞めなかったファンたちが大勢いる。ファンへの感謝を忘れない嵐のメンバーたちは、その重みもひしひしと感じていることだろう。
■松本が演出する「ジャニーズらしい」ステージになるか
コロコロと態度を変える不安定な大衆とテレビを通して対峙するくらいならば、自前で作ることのできるコンサートとファンクラブのコンテンツで、今まで信じて待ってくれていたファンに対してしっかりと向き合うというのは賢明な判断と言えるだろう。
そもそも、嵐のライブはプラチナチケットなだけではなく、ライブシネマの形でひとたび上映すれば、2021年の劇場公開映画の興行収入ランキングで実写映画第1位になるほどの力を持っている。テレビの力を借りるまでもないはずだ。
もちろん、内容面にも期待は高まる。先に、嵐の活動中期以降は、テレビよりの売れ方をしていったという話を書いたが、そんな中でも、松本潤は演出として嵐のステージのクオリティーを担保し、多くの人を魅了し続けていった。「ジャニーズらしさ」を追求した2015年のライブツアー「Japonism」などの例を挙げるまでもなく、“ジャニーズ演出”に意識的な人でもある。嵐のみならず、“ジャニーズ事務所の創るステージ”への思いは強いはずで、後輩にも演出術を伝授していたという。

■ジャニーズ解体は「テレビの終焉」である
松本の所属タレントとしての最後の仕事は「WE ARE! Let's get the party STARTO!!」という事務所のグループ14組が大集合し、新事務所の始まりを宣言するコンサートだった。先日のSnowMan国立競技場での初のライブも、松本が演出の監修を務めたとSnowManメンバーが明かしている。
一連の問題を受けてのジャニーズ事務所の解体は、“ジャニーズ”の終焉に見えて、実はテレビの終焉である――というのが筆者の、書籍執筆時からの一貫した主張である。
嵐が、自分たちの最期の舞台としてテレビではなく自分たちのステージを選んだこと。そして名前こそなくなってしまった“ジャニーズ”の魂を、ステージの上で引き継ぐこと。この数年で本当の終焉に近づいたのは果たしてどちらだったのか――。これは、その答えの象徴的な出来事のようにも思えるのである。

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霜田 明寛(しもだ・あきひろ)

作家/チェリー編集長

1985年生まれ・東京都出身。早稲田大学商学部在学中に執筆活動をはじめ、『面接で泣いていた落ちこぼれ就活生が半年でテレビの女子アナに内定した理由』(日経BP社)など3冊の就活本を出版。企業講演・大学での就活生向け講演にも多く登壇する。4作目の著書『ジャニーズは努力が9割』(新潮新書)は6刷・3万部突破のロングセラーとなり、『スッキリ』(日本テレビ系)・『ひるおび』(TBS系)等で紹介された。静岡放送SBSラジオ『IPPO』準レギュラーをはじめ、J-WAVE・RKBラジオなどラジオ出演多数。
Voicy『シモダフルデイズ』は累計再生回数200万回・再生時間15万時間を突破している。

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(作家/チェリー編集長 霜田 明寛)
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