スペイン・ポルトガルの大停電でテクノロジー社会のもろさが明らかになった。ATMが止まり、Googleマップも使えず、通信も遮断。
そんななか被災者を支えたのは、いまの日本人が見落としがちな“レトロ家電”だった――。
■ATM、鉄道、病院…社会インフラがすべて止まった
イベリア半島を襲った停電は、現代インフラ史上でも前代未聞の事態だ。広大な地域が暗闇に包まれたこの事例は、地震やそれに起因する停電が大いに考えられる日本でも教訓にできることが多い。病院や公共交通が相次いで機能不全に陥るなか、人々の助け合いの精神が光ったと海外メディアが報じている。
米CNNによると、スペインとポルトガル全土の大停電はフランスの一部にまで波及。スペインのペドロ・サンチェス首相は、わずか5秒で国内電力需要の約60%に当たる15ギガワットが失われたと説明した。
原因の究明は難航している。スペイン政府は当初サイバー攻撃も視野に調査したが、現時点でその可能性は否定された。英BBCは停電発生後、未曾有の停電を受けスペイン・ポルトガル両国の政府が非常事態を宣言し対応に追われていると報じた。
電力業界からは、異常性を指摘する声が上がっている。米AP通信によると、スペインの電力会社レッド・エレクトリカの運営責任者エドゥアルド・プリエト氏は「例外的かつ特異な事態」と表現。停電から8時間半以上が経過した時点でも、エネルギー需要の35%しか回復しない状態であった。

BBCによるとスペイン電力会社は、停電からおよそ23時間後の現地時間午前11時15分、電力が通常の状態に復旧したと発表した。その後も一部で影響は残り、AP通信は通勤列車の一部が、電力供給が安定しないとして運転を見合わせたと報じている。
■人工呼吸器をつけた患者が犠牲に
停電で最も危機的な状況に見舞われた場所のひとつが、医療施設だ。スペイン南東部の歯科医ロシオ・ビラプラナ氏は、米ニューヨーク・タイムズ紙に対し、口腔内手術中に停電に見舞われた際の緊迫した状況を語る。
「あらゆる機器が一斉に警告音を鳴らし始めました」と彼女は振り返る。幸い、非常用発電機が作動し緊急照明が点灯したため、手術への影響は最小限に食い止められると判断できた。「きちんと縫合を終えよう」と自分に言い聞かせたことで冷静さを取り戻し、繊細さが要求される処置を完遂したという。
だが、残念ながら全ての患者が無事だったわけではない。英BBCは、バレンシアで人工呼吸器に頼っていた40代女性が停電で亡くなった可能性があると報じている。BBCによれば、この女性は肺に疾患を抱えており、停電で人工呼吸器を使えなくなったことで死亡したと地元警察はみている。
非常電源は多くの病院に備えられており、こうした場所は停電下での貴重な拠点となった。英インディペンデント紙は、バルセロナの病院が電力を維持していたため、院内のATMから現金を引き出そうと多くの市民が列をなしたと伝えている。

市民のアレックス・ロペス氏は同紙に、「病院は電力が通じている数少ない場所だったので、念のため現金を確保したいと思いました」と語った。キャッシュレス化が進む現代社会において、電子決済システムが使えない停電下で、現金の需要が急増したことは一つの教訓となりそうだ。
■交通網は完全麻痺、3万5000人が列車に閉じ込められる
鉄道では、数万人が足止めされる事態となった。AP通信によると停電で100本以上の列車が線路上で立ち往生し、スペインの救急隊と鉄道職員らは乗客約3万5000人の救出活動に追われた。サンチェス首相は、夜11時の時点でもなお11本の列車に乗客が取り残されていたと明かしている。
混乱が広がるなか、土地勘のない観光客らは旅程の大幅な見直しを迫られた。インディペンデント紙は、英グラスゴー出身の観光客ウィル・マグリフ氏の体験を伝えている。バルセロナ近郊の小さな町から飛行機に乗るため、3本の列車を乗り継ぐ予定だったというこの男性は、「バルセロナまで3時間かかりました」と疲れた表情を浮かべた。「列車に1時間ほど乗っていましたが、運行停止と告げられました。(停電のため)Googleマップも使えず、目的地への行き方を探すためあちこち歩き回った」という。
列車だけでなく、地元のドライバーたちも混乱状態となった。米CNNによると、マドリードでは停電で信号機が止まり、道路は車であふれたという。
ドライバーのルイス・イバーニェス・ヒメネス氏はCNNに、「運転していたところ、突然すべての信号が消えました……まるで原始時代のようでした」と混乱の瞬間を振り返る。車の流れが雑然とするなか、不意に接近してきた大型バスを急加速してやり過ごすなど、身に危険を感じる場面もあったという。
自動車は列車と異なり、停電の瞬間に動力を失うことはない。それでも信号の消灯などの影響を受け、通常では考えにくい危険が迫り来ることもある。緊急の必要性がなければ運転をひかえるのが最善だが、すでに路上にある場合は周囲の状況に応じて徐行運転をするなど、通常よりも慎重な行動が求められるだろう。
また、インディペンデント紙は、ガソリンスタンドが営業できず、停電で給油ポンプが動かないほか支払い処理もできない状態だったと伝えている。日本では政府主導で、災害時にも運用できる「住民拠点SS(サービスステーション)」の設置が進んでいる。自宅や職場近くの住民拠点SSの場所を確認しておくことも、災害時に落ち着いて行動する備えとなるだろう。
■「まるで80年代」ラジオが人々の輪の中心にあった
スペイン・ポルトガルの停電では、こうした移動インフラの機能不全に加え、情報網の遮断が不安をいっそう増幅させた。米CNNによると、停電で照明や電源が消えただけでなく、携帯電話も不通となった。市民は突然ネットに接続できなくなり、情報源は途端に限られたという。
米ニューヨーク・タイムズ紙によれば、マドリード南側に広がるアルガンスエラ地区では、住民が通りに出て、圏外の携帯電話をぼうぜんと見つめ途方に暮れる様子がみられた。
こうしたなか、昔ながらのある機器が重要な役割を果たしたという。ラジオだ。
記事によると、同地区の大通りを一本入ったところに位置する自動車修理工場では、オーナーのフェルナンド・パラシオ氏が機転を利かせた。修理中の車の車載ラジオを活用してニュースを流し、人だかりができたという。パラシオ氏は「みんながラジオに釘付けで、まるで1981年のクーデター未遂の時のようでした」と語っている。
ほか、英インディペンデント紙も、突然の停電に見舞われ事態を把握しようとした人々が、路上でラジオを囲んだと報じている。人々は店舗前に集まり、ラジオに聞き入りながら情報を共有し合ったという。
■発電機の落とし穴…一酸化炭素中毒での死亡例
人々が励まし合うなか、停電で命を落とす人もあったと報じられている。スペイン市民警備隊によると、スペイン北西部タボアデラでは、一家3人が亡くなった。非常用発電機の誤った使用法が原因だとみられている。
BBCはスペイン紙エル・パイスを引用し、亡くなったのは夫婦と成人した息子だったと報じた。遺体は翌火曜日、介護スタッフがベッド上で発見。
当局は、発電機から漏れた一酸化炭素が死因とみて調べている。
火災による死者も出た。BBCは地元メディアによる情報として、マドリードに住む50代女性が停電中、ろうそくが原因とみられる火災で亡くなったと伝えた。ほか、市の緊急情報部によると、13人が煙を吸い込み、うち5人が病院に搬送された。
家庭でも使える非常電源として、ガソリンまたはソーラーで駆動するポータブル電源が日本でも販売されている。とくにガソリンで発電するタイプの場合、室内で使用すると短時間で急激に一酸化炭素濃度が上昇する。2018年と2020年には北海道と鹿児島県でそれぞれ死亡事故が起きており、屋内や換気を確保できない環境では絶対に使用してはならない。
■見知らぬ人同士の助け合いも
危機が広がる一方、スペイン社会は冷静さを保った。英インディペンデント紙のコメント欄では、あるスペイン人が「実際はそれほど混乱はありませんでした」と述べている。「一部で買いだめが起き、交通機関には長い列ができたけれど、緊急対応チームは見事に機能し、市民は指示に従っていました。治安関連の事件や暴力行為はまったくありませんでした」
在スペインの外国人居住者も、非常時において冷静な市民に感銘を受けたという。2020年にイギリスからマドリードに移住したルディ・フォラー氏(28)は、英BBCに、「混乱しつつも、スリリングで不思議な」ものだったと語っている。

停電直後こそ、市中心部が警察のサイレンとヘリコプターの音で埋め尽くされ、フォラー氏は「何時間続くのか、何日続くのか分からない状況は、奇妙な喪失感をもたらした」という。だが、現地の人々は努めて明るく振る舞っており、冷製のサンドウィッチを現金で購入したり、気分を盛り上げるために多少のビールで喉を潤したりと、思い思いの時間を過ごしていた。
「人間性が終始輝いていました。人々は互いに助け合っていました」と語るフォラー氏。自身も、列車の運休で帰るに帰れなくなったバルセロナからの旅人を自宅に上げ、使っていなかったベッドで一晩休ませたという。
「スペイン流というのでしょうか。営業しているテラス(カフェやレストランの屋外の飲食スペース)さえあれば、これ幸いと一杯ひっかける口実にする人もいたほどです」と笑う。日暮れ時になって電気が復旧すると、街中から歓声が上がった。
■あらためて停電時の備えを
誰もが困難な状況にある災害時だからこそ、見知らぬ人々を助けたい――。人間の根底にある強さが、スペイン・ポルトガルの大停電で輝きを放った。キャッシュレス決済の停止や携帯の不通などで最新テクノロジーが一斉に沈黙するなか、人々の支え合いが市民生活を支えた。
日本も地震などの災害時に驚くべき治安を維持できる国として、海外でしばしば報じられている。停電への備えを日頃から進めると同時に、互助の精神を引き続き心の奥底に留め置きたい。

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青葉 やまと(あおば・やまと)

フリーライター・翻訳者

1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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