なぜビジネスパーソンはいつも疲れているのか。産業医の池井佑丞さんは「職場の心理社会的ストレスや長時間労働、デジタル機器の過度な使用といった現代人特有の働き方は疲労を引き起こす大きな要因になっている」という――。

■慢性的な疲労は集中力や判断力を奪う
現代のビジネスパーソンは、日々の業務の中で「疲労」と切っても切れない関係にあります。長時間労働やプレッシャーの高い職場環境の中で、慢性的な疲労を抱えている方は少なくありません。2023年の調査によると、日本人の約8割が疲労を自覚していることが報告されています(日本リカバリー協会,2023)。
疲労を「ただの疲れ」として放置してしまうと、心身に悪影響を及ぼし、仕事や生活の質を著しく低下させる可能性があります。特に管理職や、キャリアアップを目指すうえで成果が求められる若手社員にとって、慢性的な疲労は集中力や判断力を奪い、パフォーマンスの低下や健康障害、結果的にはキャリアへの悪影響にまでつながりかねません。
今回は「疲労」とは何か、どのように見極め、どう対処すべきかを解説します。
■強いストレスにさらされ続けると疲労感や意欲の低下が起きる
働く世代が慢性的な疲労を訴える背景には、社会的・環境的要因が複雑に絡み合っています。なかでも、職場の心理社会的ストレスや長時間労働、デジタル機器の過度な使用といった現代人特有の働き方は、慢性疲労を引き起こす大きな要因といえるでしょう。
まず注目すべきは職場における心理社会的ストレスです。たとえば「常に強い緊張感を求められる」「上司や同僚との関係がうまくいかない」「休みが取りづらい」「成果主義のプレッシャーが重くのしかかる」といった状況に、心当たりのある方も多いのではないでしょうか。こうした職場のストレス要因は、慢性的な疲労と明確に関連していることが報告されています(Rose et al., 2017)。
人はストレスを感じると、副腎皮質からコルチゾールというホルモンが分泌されます。
これは、身体がストレスに対処するための正常な反応です。しかし、強いストレスにさらされ続けると、コルチゾールの分泌リズムが乱れ、疲労感や意欲の低下を引き起こすことが生理学的にも裏付けられています(Lisa R. Starr et al., 2019M. Kumari et al., 2009)。つまり、ストレスによる疲労は“気のせい”ではなく、明確な身体反応として現れているといえるでしょう。
■「常時オンライン」によるデジタル疲労
さらに見逃せないのが「常時オンライン」によるデジタル疲労です。PCやスマートフォンを手放せない働き方が常態化する中で、視覚や姿勢への負担だけでなく、情報処理の過剰による「脳の疲れ」も深刻化しています。最近の研究では、1日の中での「過度なデジタル接触」が精神的・身体的疲労を高め、生産性の低下や心身の不調につながる可能性があることが示唆されています(Supriyadi et al., 2025)。
また、「働き過ぎ」によって疲労を感じることは自明のことですが、国内の大規模解析でもその傾向が裏付けられています。この調査では、通常の労働時間(月140~180時間)と比較して、月205時間以上の就業では疲労感や活力の低下が有意に増加し、長時間労働群ではイライラや抑うつ、疲労の訴えが非長時間労働群に比べて3倍以上多かったと報告されています(Ochiai et al., 2023)。
■疲労の蓄積は作業効率の低下と関連する
現代のビジネスパーソンにとって、疲労は単なる「だるさ」ではなく、仕事の質や安全性、さらには心の健康にも深刻な影響を及ぼす要因といえます。
特に、体調が万全でないまま働き続ける「プレゼンティーズム」の状態では、自覚がないまま集中力や判断力が低下し、業務効率が著しく損なわれることが指摘されています。実際、疲労と生産性の関係についての研究では、疲労の蓄積が作業効率の低下と密接に関連していることが示されています。例えば、建設業の現場では、疲労が進行するにつれて作業効率が低下し、10名からなるチームの場合、疲労による生産性低下による平均コストは年間5万ドルであることが判明したといいます(O’Neill et al., 2013)。

また、前述のように、慢性的な疲労は身体と心の健康にも大きな影響を与えることが分かっています。ある研究では、持続的な疲労がうつ病や不安症状の発症と強く関連しており、精神疾患の前駆症状や共通症状として現れることが多いことも示されています(McCallum et al., 2019)。
■事故や怪我のリスクも高める
さらに、疲労は事故やけがのリスクを高めるという点も見逃せません。韓国で行われた研究では、疲労の程度が中等度または高度である男性労働者において、労働災害による欠勤のリスク(オッズ比)がそれぞれ約2倍(2.06)、約3.6倍(3.65)に増加することが示されています(Ju et al., 2021)。とくに車の運転や機械の操作など、高度な注意力が求められる業務においては、疲労による集中力の低下が、重大な事故につながるおそれがあります。疲労は単なる「だるさ」ではなく、安全にも直結する重要なリスク因子なのです。
■「まだ大丈夫」なうちからのセルフケア
慢性的な疲労を防ぐには、日々の生活習慣だけでなく、働き方そのものを見直すことが大切です。体調に異変を感じてからではなく、「まだ大丈夫」と思えるうちから、自分自身のコンディションに目を向けることが、健康を守る第一歩です。
ここでは、実践しやすいセルフケアの工夫をご紹介します。
1.まずは体調を“記録”してみる:疲れを主観で終わらせない
毎日なんとなく「疲れている」と感じているだけでは、変化に気づけません。
シンプルな体調メモ(起床時の疲労感・昼の集中力・夜の眠気)を1週間つけてみてください。
客観視することで、「自分にとっての疲労のサイン」に気づきやすくなります。

「仕事のピーク前後で疲れ方に差がある」「睡眠時間は足りているのに朝がつらい」「週末に寝ても疲れが取れない」こんな変化は、見逃してはいけないサインです。
2.疲れを抜く「3つのリズム」を整える
疲労対策は、気合や根性ではなくリズムの設計で決まります。「睡眠」「食事と水分」「休息」の3つを意識してみましょう。
まず、睡眠の質を高めることが基本です。寝る時間の90分前にぬるめのお風呂に入ることで自律神経が整い、深い睡眠に入りやすくなります。また、寝室ではスマホを使わず、リラックスした環境を整えることがポイントです。十分な睡眠は、判断力や集中力を保つために欠かせません。
次に、食事と水分補給が疲労管理に大きな影響を与えます。ビタミンB群(豚肉、納豆、卵)や鉄分(赤身肉、レバー)を意識的に摂取することが重要です。また、コーヒーよりも白湯や常温の水をこまめに摂ることで、自覚のない脱水を防ぎ、集中力を高めることができます。
さらに、1時間に一度、軽い休息を取りましょう。目を閉じて深呼吸をするだけでも、脳の疲労をリセットできます。
また、エレベーターではなく階段を使うことで、軽い運動が脳に新たな活力を与えてくれます。
3.“がんばらない働き方”は、生産性を落とさないどころか上げる
日本人の労働時間は先進国でもトップクラスですが、生産性はOECD平均を下回ります。
その大きな要因が、「休まない働き方」の常態化です。
「タスクを詰め込みすぎて、逆に判断ミスが増える」「疲れを見逃して、数週間後にパフォーマンスダウン」といったことを避けるには、「意識して休む」「あえて手を止める」戦略が必要です。予定の詰め込みを防ぐバッファ時間を1日30分確保したり、残業する日は翌朝を遅めに設定するなど、リカバリープランを先に立てる、「昼食を社外でとる」「15分だけ外に出る」など、物理的に仕事から距離を取る時間を意識的に入れるといった工夫をすることも大事です。
■危険な疲労――見逃してはいけないサイン
疲労の背景で触れたように、慢性的な疲労の中には、病気の前兆や重大な体調不良が隠れていることもあります。ここでは、放置してはいけない「危険な疲労のサイン」について解説します。次のようなサインが見られる場合は、疲れを甘く見ず、医師への相談を検討してください。
1.休んでも回復しない疲労感

睡眠や休日をとっても疲れが抜けず、日中の眠気や集中力低下が続く場合は、後述の慢性疲労症候群(CFS)や睡眠障害の可能性があります。
2.気分の落ち込みが2週間以上続く

疲労感とともに気分の沈みや意欲の低下が続く場合は、うつ病などのサインかもしれません。
3.集中力や判断力の低下

ミスの増加、会話が頭に入らない、考えがまとまらないなどは、脳の疲労の表れです。事故やトラブルにもつながりやすくなります。

4.複数の身体症状がある

頭痛、筋肉痛、関節痛、睡眠障害、喉の痛みなどが重なり、日常生活に支障をきたす場合は、慢性疲労症候群(CFS)などの疾患の可能性もあります。医療機関での相談が推奨されます。
こうした「疲れの陰に潜むリスク」を知ることは、重大な疾患の早期発見にもつながります。その代表例が「慢性疲労症候群(CFS)」と呼ばれる病態です。最後に、CFSの具体的な実態についてみていきましょう。
■「慢性疲労症候群(CFS)」という疾患がある
しっかり休んでも強い疲労感が取れず、日常生活に支障をきたす状態が6カ月以上続く場合は、「慢性疲労症候群(CFS)」という疾患の可能性があります。
CFSは、かつて“怠け病”などと誤解されたこともありましたが、現在では国際的に医学的な疾患として認識されています。日本人を対象にした調査では、CFSの診断基準を満たす人の割合は約0.3%とされ、推定患者数は約24万人にのぼるとの報告もあります(倉恒弘彦,2010)。
CFSの原因はいまだ明らかになっていませんが、ウイルス感染、免疫異常、ストレス、睡眠障害、ホルモンバランスの乱れなど複数の要因が複雑に関与していると考えられています(吉原一文,2017倉恒弘彦,2006)。近年の研究では、脳内の炎症や構造・ネットワーク異常が起こることで、強い疲れや頭の働きにくさ、痛みなど多様な症状を引き起こすことが明らかになってきました。つまり、CFSは脳の機能的・器質的な異常が背景にある疾患であると言えます(Fujii et al., 2020 ; Sato et al., 2021 ; Barnden et al., 2011; 倉恒弘彦,2014)。
■一般的な「慢性疲労」と「慢性疲労症候群」の違い
一般的な「慢性疲労」とCFSとの違いは、「回復のしにくさ」と「生活機能の著しい低下」にあります。
CFSの主な特徴は、「原因不明」「休んでも回復しない」「生活機能が著しく低下し、社会生活に支障をきたす」といった状態が続くことがあげられます。加えて、思考力の低下、筋肉痛、睡眠障害、長時間の立位で倦怠感・めまい・動悸を引き起こす、軽い運動や活動の後に生じる極度の疲労感など、複数の症状が重なって現れます。一方、仕事や家庭環境など疲労の原因が明確で、十分な休息によって回復する場合は、CFSではなく「慢性疲労」と分類されます。
CFSでは、たとえ軽度の活動であっても症状が悪化する傾向があり、重症化すると寝たきりに近い状態となり、通院すら困難になることもあります。そのため、明確な原因がないまま疲労が6カ月以上続き、日常生活に支障をきたしている場合には、できるだけ早く医療機関を受診することが推奨されます(遊道和雄,2015)。
CFSの明確な予防法は確立されていませんが、過労、睡眠障害、心理的ストレスなどのリスク因子に早期に対処することが、発症や悪化防止につながると考えられています。
疲労は目に見えないからこそ、つい無理を重ねてしまいがちです。しかし、自分のコンディションに耳を傾け、必要に応じて立ち止まることは、決して甘えではなく「健やかに働き続けるための技術」といえるでしょう。
「疲れている自分」に気づき、いたわることは、これからの人生と仕事を大切にする姿勢そのものです。

※参考資料

・厚生労働省「健康づくりのための睡眠ガイド」2023

・厚生労働省「日本人の食事摂取基準」2020

・Pellicer-Caller et al.「Influence of Exogenous Factors Related to Nutritional and Hydration Strategies and Environmental Conditions on Fatigue in Endurance Sports: A Systematic Review with Meta-Analysis」2023

・国土交通省「健康のため水を飲もう推進運動」2023

・倉恒弘彦「みえてきた慢性疲労のメカニズムとその対処法」2006

・古賀麻奈美ほか「深呼吸によるストレス緩和効果」2009

・厚生労働省「休養・こころの健康」2020

・厚生労働省「職場における心の健康づくり」2023

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池井 佑丞(いけい・ゆうすけ)

産業医

プロキックボクサー。リバランス代表。2008年、医師免許取得。内科、訪問診療に従事する傍らプロ格闘家として活動し、医師・プロキックボクサー・トレーナーの3つの立場から「健康」を見つめる。自己の目指すべきものは「病気を治す医療」ではなく、「病気にさせない医療」であると悟り、産業医の道へ進む。労働者の健康管理・企業の健康経営の経験を積み、大手企業の統括産業医のほか数社の産業医を歴任し、現在約1万名の健康を守る。2017年、「日本の不健康者をゼロにしたい」という思いの下、これまで蓄積したノウハウをサービス化し、「全ての企業に健康を提供する」ためリバランスを設立。

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(産業医 池井 佑丞)

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