安いことは本当にいいことなのだろうか。かつて500円のワンコイン定食で人気を集めた「さくら水産」が、価格を上げたにもかかわらず客数を伸ばしつつある。
■「安さ」を武器に事業を急拡大
「500円ランチをやっていた時は、『美味しかったよ、ごちそうさま』なんて言葉をいただけなかったと思います。でも、今はお客さまが本当に喜んでくれています」
こう回想するのは、居酒屋チェーン「海鮮処 さくら水産」を運営するテラケンで営業部/商品部部長を務める佐々木泰晶氏。以前は店長として働いていたこともあり、現場の酸いも甘いもよく知る。だからこそ、その変貌ぶりに顔をほころばせる。
さくら水産といえば、「安さ」を武器に事業を急拡大していった飲食店として知られる。最大のキラー商品は「ワンコインランチ」。500円で日替わり定食が腹一杯食べられるということで、昼時になると店にはビジネスマンを中心に大行列ができていた。夜も安価な居酒屋メニューがずらりと並ぶ。最安値は魚肉ソーセージの50円で、一番高くても380円。
事業規模がピークだった2008年ごろは全国約170店舗にまで増えた。しかしながら、ビジネスモデルは既に崩壊を始めており、その後は転落の一途を辿った。2015年にテラケンは投資ファンドのアスパラントに買収され、さらに2019年には現在の親会社である梅の花グループの傘下に入った。店舗数は13店舗にまで縮小した(2025年4月時点)。
このように時代の波に翻弄されたさくら水産は今、高価格路線に転じ、業績は着実に上向いている。例えば、昼の平均客単価は、コロナ禍前が500円だったのに対して、現在は1200~1300円程度と倍以上になった。
さくら水産はいかにして安売りと決別することに成功したのだろうか。
■アルバイトだけの店舗も
今でこそ見かけることはほとんどなくなったが、かつては街中に「250円均一」「270円均一」と書かれた居酒屋の看板が溢れていた。先鞭をつけたのは大手居酒屋チェーンだったが、後を追ってさくら水産もその低価格市場に身を投じた。
「創業者(寺田謙二氏)は高くても380円までというコンセプトを掲げていました」と佐々木氏は話す。
ただし、ライバル店も安さを前面に出していたため、ますます価格競争は激化。どこもが泥沼にはまっていった。当時の状況を佐々木氏はこう吐露する。
「出店を急ぎすぎて、教育が追いついていませんでした。店長不在の店もかなりあったし、アルバイトだけで営業している店も少なくなった。とにかく店舗のマネジメントが弱かったです」
そうなると何が起きるか。飲食店での基本であるQSC(クオリティ、サービス、クリーンリネス)の低下が如実に表れていった。しかし、それでも出店攻勢は止まらない。
「出店すれば売り上げが伸びるからですよ。ただ、これは主観ですが、出店する地域を真剣に選んでないなと感じていました。150店舗を過ぎたあたりからは、2年も持たない新店が続出しました。
現場は大混乱に陥った。
商品やサービスの質に目を向ける余裕がないどころか、議論すらほとんど起きなかったという。例えば、食器類も落としても割れない白のプラスチック皿などを使っていた。
「とにかくお客さんはガーっと押し寄せてくるので、流れ作業のように働いていました」(佐々木氏)
そうした状況でスタッフのモチベーションを上げるというのも無理があるだろう。
■ワンコインランチは残り続けたが……
ついに限界を迎えた2015年1月、投資ファンドのアスパラントがテラケンを買収。それを契機に不採算店舗を次々と閉めていった。その数は数十店舗に上った。
並行して商品価格の見直しを図り、380円を超えるメニューも出すように。冷凍の寿司ダネを使ってはいたが、刺身の盛り合わせもできた。
ただし、ワンコインランチをやめることはなかった。そのころには魚の仕入れ値も上がっていて、500円ではとても採算が取れる状況ではなかったが、さくら水産の“アイデンティティ”にこだわり続けた。
業績は回復することはなく、買収後のテラケンの2016年2月期決算は、売上高が75億7500万円、営業利益は1億6800万円の赤字となった。その後も、17年2月期は売上高が59億7900万円、営業利益は1億6600万円の赤字。18年2月期は売上高が52億3700万円、営業利益は2億6500万円の赤字と低迷した。
そして2019年5月には、再び親会社が代わり、大手外食チェーンの梅の花がテラケンの筆頭株主になったのである。
現在のテラケン社長である野田安秀氏は30年ほど梅の花グループで働いてきた外食業界のベテラン。買収した当時の状況を次のように振り返る。
「2019年には40店舗ぐらいありましたが、100人とか180人とか入るような昔ながらの大型店舗が多く、ランニングコストがかかりすぎていました。そうした店を中心に手を入れていきました」
■「もう安売りでは限界が見えている」
さくら水産が進むべき方向は明白だった。
「もう安売りでは限界が見えている。どこかで事業転換しなければならない状態でした。梅の花は客単価で4000~5000円ほどでしたから、同じように量より質でお客さまに来てもらえる店にしていこうと舵を切りましたね」
すぐさま手をつけたのが昼のメニューだ。ファンドが買収してもやめられなかった“伏魔殿”のワンコインランチをついに廃止した。
次なる改革を検討していたとき、新型コロナウイルスがまん延し、店は休業を余儀なくされた。
「いきなりコロナが襲ってきたので、いろいろなことがペンディングになりました。なかなか営業ができない中で、ますます安売りでは無理だということになりました」
不幸中の幸いと言うべきか、コロナ禍で客がいないタイミングに20店舗近くを一気に閉店するとともに、事業変革を推進して、価格のアップに踏み切ったのだった。
■値段を上げたら客数は伸び、女性客も増えた
当然、ただ価格を上げればいいわけではない。どのようにして客を惹きつける工夫をしたのだろうか。野田社長は、結局のところは質の向上に尽きるという。
「メニューはすぐに高くできるわけですが、お客さまがついてくるかどうかは別問題。やはり提供する商品やサービスのクオリティを上げなくてはならないですよね。実は元々料理に使っている魚自体の質は悪くなかったので、表現の仕方をどう変えていくのかを考えました」
そこで魚の仕入れ方法などはそのままで、スペックを変えて、朝締めした魚や、冷凍ではなく生のマグロを取り入れるなど鮮度を最優先にした。そして、その取り組みを客に伝えるために、マグロの解体ショーや、スタッフによる来店客へのコミュニケーション強化などを図った。
現在のランチは「お刺身5点盛り定食」が1480円。それと並んで1150円の「生あじフライ定食」も人気。
ワンコインランチの時代と比べて価格は倍以上になっているが、客数は伸びている。2023年から24年にかけては110%成長した。さらに客層にも変化が見られる。以前はほぼ男性客しかいなかったが、今は女性のグループ客も目立つようになった。
「女性が増えたことに加えて、談笑しながらゆっくりと食事をとられているのが印象的です。昔は着席してから“0分提供”といった形で回転させていたので、立ち食いそばのように掻き込んで食べている人たちばかりでした」(佐々木氏)
■スタッフが創意工夫するように
商品やサービスの質向上によって、スタッフの仕事の自由度にも広がりが見られるようになった。
「今は仕入れによって毎日魚種が異なります。変な話、店長たちも何がくるかわからない。ですから、来た魚をどうやって売るかを考えて、どんな魚でも対応できる調理レベルにまで技術を磨いたり、お客さまが料理を楽しんでもらえるよう魚種を説明できるようにしたり。そういったことを店舗で徹底してくれています」(野田社長)
その中で1年ほど前に生まれたのが「裏メニュー」だ。仕入れた魚によって調理内容が変わるため、担当者の創意工夫で店独自の商品を出すようになった。
「冷凍を使っている店舗よりも大変でしょうけれど、自分で料理を考えたり、ある程度値付けにも裁量を持つことができたりする。自由度の広がりにやり甲斐を感じてくれているスタッフはいます」と野田社長は意気込む。
やる気があればアルバイトでも魚をさばいたりしている。誰もが活躍する機会が生まれているのだ。
■課題は“安かろう悪かろう”のブランドイメージ
改めて振り返ってみて、“安売り路線”からの脱却をどう捉えているのだろうか。
「まずはランチメニューを変更しましたが、やはり怖かったですよね。店がほぼ変わっていない中で価格を上げるわけですから。客数は確かに半分ぐらいになりました。でも、良い商品を出し続けていることで、半分になった客数が6割、7割と戻ってきています。客単価は以前よりもボンと上がっているため、昼の売り上げはコロナ禍前よりも大きく上昇しました」
野田社長がそう説明すると、佐々木氏も続いた。
「(値上げするということで)最初はお客さまが来ないんじゃないかといった懸念もありましたが、実はメニューを変えたことでお客さまの反応は良くなりました。客数が減っても売り上げはガタ落ちせず、むしろ利益が出るようになりました。500円ランチの時はほぼ利益がなかったわけですから」
他方で課題も残っている。
「ブランドイメージですね。今もそうなのですが、さくら水産イコール安かろう悪かろうという認識が根付いています。それをどう払拭していくのかが課題です。そのために新しいブランドを立ち上げて業態転換しています。それによって130%ほど売り上げが伸びている店舗もあります」(野田社長)
特にビジネス街の店舗は苦しいためリブランディングを急いでいる。横浜日本大通り店、西新宿駅前店、九段靖国通り店は、さくら水産から「魚がイチバン」というブランドに変えた店舗だ。
■利益が生まれ、次への投資ができるように
現在さくら水産は13店舗あるが、基本的にはリニューアルしている。食器類を変え、インテリアも白を基調にして女性でも入りやすい雰囲気にした。
安売りをやめ、利益を確保できるようになったことで、次への投資ができるようになったという。その結果、さらなる質の向上やブランド刷新、人材育成などにつながっていると野田社長は胸を張る。
「安売りを継続していけばどんどん疲弊すると思います。人への投資もできなければ、店舗への設備的な投資もできない。そうなると会社としては衰退せざるを得ない。ある程度単価を上げつつ、質を上げつつ、お客さまが離れないくらいの距離感を保つこと。これが大切だと身をもって感じています」
さくら水産は過去、安さを追求することで顧客の満足度を高めていた。しかし、これからは、喜んでもらえる商品やサービスの質によって客の満足を得ていく。それが生まれ変わったさくら水産の目指すべき道なのだ。
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伏見 学(ふしみ・まなぶ)
ライター・記者
1979年生まれ。神奈川県出身。専門テーマは「地方創生」「働き方/生き方」。慶應義塾大学環境情報学部卒業、同大学院政策・メディア研究科修了。ニュースサイト「ITmedia」を経て、社会課題解決メディア「Renews」の立ち上げに参画。
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(ライター・記者 伏見 学)
店舗数は170から13へと大激減。それでも生き残ったのは“安さ”を手放したからだった。フリーライターの伏見学さんが運営会社トップに取材した――。
■「安さ」を武器に事業を急拡大
「500円ランチをやっていた時は、『美味しかったよ、ごちそうさま』なんて言葉をいただけなかったと思います。でも、今はお客さまが本当に喜んでくれています」
こう回想するのは、居酒屋チェーン「海鮮処 さくら水産」を運営するテラケンで営業部/商品部部長を務める佐々木泰晶氏。以前は店長として働いていたこともあり、現場の酸いも甘いもよく知る。だからこそ、その変貌ぶりに顔をほころばせる。
さくら水産といえば、「安さ」を武器に事業を急拡大していった飲食店として知られる。最大のキラー商品は「ワンコインランチ」。500円で日替わり定食が腹一杯食べられるということで、昼時になると店にはビジネスマンを中心に大行列ができていた。夜も安価な居酒屋メニューがずらりと並ぶ。最安値は魚肉ソーセージの50円で、一番高くても380円。
破格の安さだった。お世話になった読者の方も少なくないだろう。
事業規模がピークだった2008年ごろは全国約170店舗にまで増えた。しかしながら、ビジネスモデルは既に崩壊を始めており、その後は転落の一途を辿った。2015年にテラケンは投資ファンドのアスパラントに買収され、さらに2019年には現在の親会社である梅の花グループの傘下に入った。店舗数は13店舗にまで縮小した(2025年4月時点)。
このように時代の波に翻弄されたさくら水産は今、高価格路線に転じ、業績は着実に上向いている。例えば、昼の平均客単価は、コロナ禍前が500円だったのに対して、現在は1200~1300円程度と倍以上になった。
さくら水産はいかにして安売りと決別することに成功したのだろうか。
■アルバイトだけの店舗も
今でこそ見かけることはほとんどなくなったが、かつては街中に「250円均一」「270円均一」と書かれた居酒屋の看板が溢れていた。先鞭をつけたのは大手居酒屋チェーンだったが、後を追ってさくら水産もその低価格市場に身を投じた。
「創業者(寺田謙二氏)は高くても380円までというコンセプトを掲げていました」と佐々木氏は話す。
この戦略は消費者から歓迎され、昼・夜を問わず、さくら水産の店舗は客でごった返していた。
ただし、ライバル店も安さを前面に出していたため、ますます価格競争は激化。どこもが泥沼にはまっていった。当時の状況を佐々木氏はこう吐露する。
「出店を急ぎすぎて、教育が追いついていませんでした。店長不在の店もかなりあったし、アルバイトだけで営業している店も少なくなった。とにかく店舗のマネジメントが弱かったです」
そうなると何が起きるか。飲食店での基本であるQSC(クオリティ、サービス、クリーンリネス)の低下が如実に表れていった。しかし、それでも出店攻勢は止まらない。
「出店すれば売り上げが伸びるからですよ。ただ、これは主観ですが、出店する地域を真剣に選んでないなと感じていました。150店舗を過ぎたあたりからは、2年も持たない新店が続出しました。
売り上げが下がってくると今度は人件費にメスが入る。創業者が人件費を減らせと叫び、コストをいかにかけないかを重視するようになりました」(佐々木氏)
現場は大混乱に陥った。
商品やサービスの質に目を向ける余裕がないどころか、議論すらほとんど起きなかったという。例えば、食器類も落としても割れない白のプラスチック皿などを使っていた。
「とにかくお客さんはガーっと押し寄せてくるので、流れ作業のように働いていました」(佐々木氏)
そうした状況でスタッフのモチベーションを上げるというのも無理があるだろう。
■ワンコインランチは残り続けたが……
ついに限界を迎えた2015年1月、投資ファンドのアスパラントがテラケンを買収。それを契機に不採算店舗を次々と閉めていった。その数は数十店舗に上った。
並行して商品価格の見直しを図り、380円を超えるメニューも出すように。冷凍の寿司ダネを使ってはいたが、刺身の盛り合わせもできた。
ただし、ワンコインランチをやめることはなかった。そのころには魚の仕入れ値も上がっていて、500円ではとても採算が取れる状況ではなかったが、さくら水産の“アイデンティティ”にこだわり続けた。
業績は回復することはなく、買収後のテラケンの2016年2月期決算は、売上高が75億7500万円、営業利益は1億6800万円の赤字となった。その後も、17年2月期は売上高が59億7900万円、営業利益は1億6600万円の赤字。18年2月期は売上高が52億3700万円、営業利益は2億6500万円の赤字と低迷した。
そして2019年5月には、再び親会社が代わり、大手外食チェーンの梅の花がテラケンの筆頭株主になったのである。
現在のテラケン社長である野田安秀氏は30年ほど梅の花グループで働いてきた外食業界のベテラン。買収した当時の状況を次のように振り返る。
「2019年には40店舗ぐらいありましたが、100人とか180人とか入るような昔ながらの大型店舗が多く、ランニングコストがかかりすぎていました。そうした店を中心に手を入れていきました」
■「もう安売りでは限界が見えている」
さくら水産が進むべき方向は明白だった。
「もう安売りでは限界が見えている。どこかで事業転換しなければならない状態でした。梅の花は客単価で4000~5000円ほどでしたから、同じように量より質でお客さまに来てもらえる店にしていこうと舵を切りましたね」
すぐさま手をつけたのが昼のメニューだ。ファンドが買収してもやめられなかった“伏魔殿”のワンコインランチをついに廃止した。
次なる改革を検討していたとき、新型コロナウイルスがまん延し、店は休業を余儀なくされた。
「いきなりコロナが襲ってきたので、いろいろなことがペンディングになりました。なかなか営業ができない中で、ますます安売りでは無理だということになりました」
不幸中の幸いと言うべきか、コロナ禍で客がいないタイミングに20店舗近くを一気に閉店するとともに、事業変革を推進して、価格のアップに踏み切ったのだった。
■値段を上げたら客数は伸び、女性客も増えた
当然、ただ価格を上げればいいわけではない。どのようにして客を惹きつける工夫をしたのだろうか。野田社長は、結局のところは質の向上に尽きるという。
「メニューはすぐに高くできるわけですが、お客さまがついてくるかどうかは別問題。やはり提供する商品やサービスのクオリティを上げなくてはならないですよね。実は元々料理に使っている魚自体の質は悪くなかったので、表現の仕方をどう変えていくのかを考えました」
そこで魚の仕入れ方法などはそのままで、スペックを変えて、朝締めした魚や、冷凍ではなく生のマグロを取り入れるなど鮮度を最優先にした。そして、その取り組みを客に伝えるために、マグロの解体ショーや、スタッフによる来店客へのコミュニケーション強化などを図った。
現在のランチは「お刺身5点盛り定食」が1480円。それと並んで1150円の「生あじフライ定食」も人気。
アジは冷凍を使うのではなく、店舗でさばき、パン粉をつけて一尾ずつ揚げている。タルタルソースも手作りだ。ここまで手間をかけるとオペレーションは煩雑になる。だからこそ、正規の価格にしなければならないと野田社長は訴える。
ワンコインランチの時代と比べて価格は倍以上になっているが、客数は伸びている。2023年から24年にかけては110%成長した。さらに客層にも変化が見られる。以前はほぼ男性客しかいなかったが、今は女性のグループ客も目立つようになった。
「女性が増えたことに加えて、談笑しながらゆっくりと食事をとられているのが印象的です。昔は着席してから“0分提供”といった形で回転させていたので、立ち食いそばのように掻き込んで食べている人たちばかりでした」(佐々木氏)
■スタッフが創意工夫するように
商品やサービスの質向上によって、スタッフの仕事の自由度にも広がりが見られるようになった。
「今は仕入れによって毎日魚種が異なります。変な話、店長たちも何がくるかわからない。ですから、来た魚をどうやって売るかを考えて、どんな魚でも対応できる調理レベルにまで技術を磨いたり、お客さまが料理を楽しんでもらえるよう魚種を説明できるようにしたり。そういったことを店舗で徹底してくれています」(野田社長)
その中で1年ほど前に生まれたのが「裏メニュー」だ。仕入れた魚によって調理内容が変わるため、担当者の創意工夫で店独自の商品を出すようになった。
「冷凍を使っている店舗よりも大変でしょうけれど、自分で料理を考えたり、ある程度値付けにも裁量を持つことができたりする。自由度の広がりにやり甲斐を感じてくれているスタッフはいます」と野田社長は意気込む。
やる気があればアルバイトでも魚をさばいたりしている。誰もが活躍する機会が生まれているのだ。
■課題は“安かろう悪かろう”のブランドイメージ
改めて振り返ってみて、“安売り路線”からの脱却をどう捉えているのだろうか。
「まずはランチメニューを変更しましたが、やはり怖かったですよね。店がほぼ変わっていない中で価格を上げるわけですから。客数は確かに半分ぐらいになりました。でも、良い商品を出し続けていることで、半分になった客数が6割、7割と戻ってきています。客単価は以前よりもボンと上がっているため、昼の売り上げはコロナ禍前よりも大きく上昇しました」
野田社長がそう説明すると、佐々木氏も続いた。
「(値上げするということで)最初はお客さまが来ないんじゃないかといった懸念もありましたが、実はメニューを変えたことでお客さまの反応は良くなりました。客数が減っても売り上げはガタ落ちせず、むしろ利益が出るようになりました。500円ランチの時はほぼ利益がなかったわけですから」
他方で課題も残っている。
「ブランドイメージですね。今もそうなのですが、さくら水産イコール安かろう悪かろうという認識が根付いています。それをどう払拭していくのかが課題です。そのために新しいブランドを立ち上げて業態転換しています。それによって130%ほど売り上げが伸びている店舗もあります」(野田社長)
特にビジネス街の店舗は苦しいためリブランディングを急いでいる。横浜日本大通り店、西新宿駅前店、九段靖国通り店は、さくら水産から「魚がイチバン」というブランドに変えた店舗だ。
■利益が生まれ、次への投資ができるように
現在さくら水産は13店舗あるが、基本的にはリニューアルしている。食器類を変え、インテリアも白を基調にして女性でも入りやすい雰囲気にした。
安売りをやめ、利益を確保できるようになったことで、次への投資ができるようになったという。その結果、さらなる質の向上やブランド刷新、人材育成などにつながっていると野田社長は胸を張る。
「安売りを継続していけばどんどん疲弊すると思います。人への投資もできなければ、店舗への設備的な投資もできない。そうなると会社としては衰退せざるを得ない。ある程度単価を上げつつ、質を上げつつ、お客さまが離れないくらいの距離感を保つこと。これが大切だと身をもって感じています」
さくら水産は過去、安さを追求することで顧客の満足度を高めていた。しかし、これからは、喜んでもらえる商品やサービスの質によって客の満足を得ていく。それが生まれ変わったさくら水産の目指すべき道なのだ。
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伏見 学(ふしみ・まなぶ)
ライター・記者
1979年生まれ。神奈川県出身。専門テーマは「地方創生」「働き方/生き方」。慶應義塾大学環境情報学部卒業、同大学院政策・メディア研究科修了。ニュースサイト「ITmedia」を経て、社会課題解決メディア「Renews」の立ち上げに参画。
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(ライター・記者 伏見 学)
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