東京の不動産価格が上昇し続けている。都内で安く住むにはどうすればいいのか。
不動産事業プロデューサーの牧野知弘さんは「不動産を探すときになんとなく前提にしている諸条件を考え直すだけで、選択肢はいくらでも広がる」という――。
■都心で家を買うのは「無理ゲー」
新築マンションの価格高騰が止まらない。不動産経済研究所が発表した2024年度首都圏(1都3県)における新築マンションの平均価格は8135万円。前年度比で7.5%の上昇を記録。東京都区部に限れば1億1632万円、11.2%の上昇と天井が見えない価格上昇になっている。
東京カンテイの調べによれば、東京都内の新築マンション(70m2程度)を買うには東京都民の平均年収の18倍近くもの資金が必要とのこと。年収からは税金や社会保障で約半分が消え、上がり続ける生活費や教育費の負担を考えるまでもなく、もはや一般市民レベルで東京に家を買うのは無理ゲーなのは明らかだ。
ならば中古住宅を買うしかない。同じく東京カンテイが発表する中古マンション(70m2程度)の平均価格をみると東京都で6746万円、都区部だと7720万円と前年比9.4%の大幅増となっている。これもほぼ無理ゲーだ。
■頼みの綱、賃貸物件も高騰している
家を買うのをあきらめざるを得ない状況下、多くの市民は賃貸住宅に住むしか選択肢はない。ところがアットホームの調べによれば、都区部の50m2から70m2のいわゆるファミリータイプの賃貸住宅の賃料は5年前の2020年比で26.1%の上昇だという。

もはや東京に住める人は富裕層または大企業などに勤めて世帯年収が1500万円を超えるようなパワーカップルに限られるように思う人も多いだろう。しかし、現実には東京都区部には740万世帯、980万人の人が暮らしている。
パワーカップルは全国で40万世帯(ニッセイ基礎研調べ)しか存在しない。純金融資産で1億円以上を所有する世帯は全国で約160万世帯(野村総研調べ)に過ぎない。東京全体がこんなに高いわけでは決してないのである。
ではこんな東京に「安く住む」方法はないのか、考えてみよう。
家を買う・借りる際に、漫然と前提にしている諸条件を少し考え直してみるだけで、実はいくらでも選択肢があることに気づくだろう。
■「高すぎる」のは条件のせいかもしれない
家を買う、あるいは借りる際に条件として立地や周辺環境を挙げる人は多い(図表1)。
しかし、これらの条件をすべて満たすとすれば、家の値段は買うにしても借りるにしても途方もなく高くなってしまう。不動産業者として物件の仲介をお手伝いする際、よく陥るのがこのパターンだ。
すべての条件を満たすに越したことはないのだが、家を買う、借りるにあたっての作業はこのてんこ盛りの諸条件から、どれを「あきらめ」てもらうか決めてもらうことが必須になる。
そうした意味で諸条件をもう一度吟味してみよう。

■いまの社会人に「駅チカ」は必要か?
① マンションなら駅徒歩7分以内
駅に近いと何かと便利ではあるが、絶対条件といえるほどのものではない。駅までの道にもよるが、環境の良いところであれば10分から15分歩くのも悪くない。バス利用であれば歩く距離も短い。昭和のモーレツサラリーマンならいざ知らず、最近は会社に滅私奉公して働くスタイルはほぼなくなり、深夜残業や上司との飲み会はもちろん、会社飲みも少ない。緩和しても良い条件だろう。
② 勤務先まで1時間以内
この条件もリモートとリアル勤務を組み合わせたハイブリッド型勤務が定着する中では以前ほどの絶対条件ではない。休日を自然の豊かな街で暮らしたい人にとっては、この条件を外せば家を選ぶ選択肢はかなり多くなる。
③ 最寄りが急行、特急停車駅
会社に誰よりも早く着いて働くといった理念があれば別だが、最近のサラリーマンは出世意欲が薄く、どちらかといえば公務員的に働くことを良し、と考える傾向にある。そうであるならば何も急いで会社に行く、朝の数分の違いを重視する必要はあまり感じないだろう。
④ 近隣に商業施設
夫婦とも都心通勤であれば、帰りに都心の駅チカで総菜を買う、ネットスーパーを利用するなどの手段があり、必ずしも自分が住んでいる近くにスーパーがある必要はない。休日は車を使って買い出しに行けばよい。車も見栄を張らずに日本独自規格の軽自動車をお買い物車にすれば維持費も安い。
地方都市では普通の光景だ。
■高層階からの眺望はすぐに飽きる
⑤ 保育園、幼稚園などの学校環境
子供に手がかかるのは小さい頃だけ。小学校に入れば送り迎えはあまり必要ではなくなる。最初の数年のためにこの条件を絶対視するのはどうか。むしろ勤務先近くの保育園を利用するほうが便利とも考えられる。
⑥ マンションなら高層階
住むことに虚栄心は邪魔だ。高層階の景色なんて3日もすれば日常になる。友達呼んで自慢する日数も1年のうちほんの数日だろう。それもせいぜい最初の2、3年だ。災害時を考えれば、高層階のお高い住戸に住む費用対効果はあまりない。
⑦ 街のステータス
住んでいる街で商売でもするのならともかく、ステータスのための家選びはお金持ちになってから考えればよい。毎日通勤して、あまり居ることもない街に多くのおカネを払う必要はそもそもない。

⑧ 大手ブランド
大手のマンションに住んでいることの意味もあまりない。大手ブランドに住んでいるからといって偉いわけでもない。大手だから管理がとりたてて良いわけでもない。大手ゼネコン施工だって問題を起こす建物は結構ある。
⑨ 新築・築浅
自動車と一緒で新築も一度住んでしまえば、もう中古。買うにしても借りるにしても築年数にこだわる限り価格は高くなる。建物の築年よりも住戸内の設備が新しければ、日々の生活の満足度は高い。また設備が古くても、今の住宅の水準は日々つつがなく生活するための最低限の条件はおおむねクリアしている。
■1人暮らしなら狭小物件という選択肢も
このように考えていくと、家を買う、借りるために漠然と必要だと思っていた条件のうちのかなりの部分がどうでもよいものであることに気づくはずだ。もちろん、なんでも条件が整っていることは理想的なのだろうが、おカネが有り余っている人はともかく、そうではない人は、もっと堅実に生きる術を磨いていきたい。
上記条件のいくつかを取り除くだけで、いろいろな選択肢が出てくる。
仕事も忙しく、どうしても都心居住にこだわりたい単身者は、狭小マンションを借りればよい。
狭小マンションとは住戸面積が10m2ほどで、シャワールームとトイレがつくだけ。基本的に料理ができるようなガスコンロはない。毎日の食事はコンビニか近くの町中華で十分。ベッドはロフト。
一日のほとんどを職場で過ごす、勤務時間が不規則な人などは家に滞在する時間が短いのでこれで十分。立地は良いのに部屋が狭い分、賃料も安い。
■意外に安く住める「下町三兄弟」
賃料を抑えたいカップルは、都区部では城東地区に住むのがよい。特に賃料が比較的安くて都心へのアクセスがよいのが、江戸川区、葛飾区、足立区で構成される下町三兄弟だ。
賃料が安くて、庶民的な街が多いので、実は暮らしやすい。夜遅くなっても電車の便は多いので生活するには困らない。
借りるだけなら築古物件も十分選択肢になる。都心にあって築50年程度のマンションの賃料は意外と安い。
オートロックなどの設備にこだわらなければ、なお割安になる。家が古くてもアドレスは都心。都心生活をエンジョイするのになんら不自由はない。
■団地、バス便物件に「掘り出し物」
都内の団地も狙い目だ。都心優良立地にはたくさんの団地がある。設備仕様にこだわらなければ1DK、2DK(40m2~50m2)の空き部屋がある。ミニマリストの生活を楽しみながらの団地暮らし。お年寄りとの交流もあったりして意外と生活をエンジョイできる。小さな子供を持つ若いファミリーにとって団地は決して悪い選択ではない。
都区部でも古い街には意外と良い物件がある。世田谷や大田、杉並、練馬といった区でも駅から遠い、バス便物件に古い戸建てがたくさんある。これらの中には相続などで相続人が空き家にして放置している物件もある。
これらを探し出して丹念に交渉し、賃借することも悪くない。私の知人でも文京区の一等地で、相続が発生して空き家になった戸建て住宅を格安の賃料で借りている人がいる。
では安く買うにはどうしたらよいか。駅遠、バス便、築古など条件を緩めていけば、都内には買うことのできる物件は結構多い。だが買いたい人はもうあと5年から10年待つことをおすすめする。絶好の買い場が到来する理由は、これから都内で頻発する相続だ。
■2030年以降、絶好の買い時が訪れる
都内での相続発生件数は2020年で約12万件。2000年で8万4千件だったので20年間で43%も増加している。相続は夫婦のうちの片方が亡くなる一次相続と、残されたほうも亡くなる二次相続があるが、これまでは一次相続が中心だった。
ところが、これから発生する相続の多くが二次相続になることが想定される。国勢調査によれば、都内の後期高齢者単独世帯数は2020年で46万3千人と、2000年の17万5千人と比べて2.64倍になっている。このことからも今後の相続激増は容易に推測できる。
1947年から49年生まれの団塊世代の全員が後期高齢者になった現在、相続発生件数の増加、とりわけ二次相続の激増は彼らの住む都内の住宅が続々とマーケットに供給されてくることを意味している。
家をどうしても安く買いたい人は、今しばらくの辛抱で上記条件をあまりたくさん外さずに、住むための家を手に入れられる可能性が高いのである。当分は安い賃貸で過ごし、リーズナブルになる2030年以降で買う、これが未来の家を持つ合理的な戦略なのだ。

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牧野 知弘(まきの・ともひろ)

不動産事業プロデューサー

東京大学経済学部卒業。ボストンコンサルティンググループなどを経て、三井不動産に勤務。その後、J-REIT(不動産投資信託)執行役員、運用会社代表取締役を経て独立。現在は、オラガ総研代表取締役としてホテルなどの不動産事業プロデュースを展開している。著書に『不動産の未来』(朝日新書)、『負動産地獄』(文春新書)、『家が買えない』(ハヤカワ新書)、『2030年の東京』(河合雅司氏との共著)『空き家問題』『なぜマンションは高騰しているのか』(いずれも祥伝社新書)など。

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(不動産事業プロデューサー 牧野 知弘)
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