職場の若手社員にどう接するのが正解なのか。公認心理師の柳川由美子さんは「上司に質問できない、分からないと言えない人が増えている。
こういうタイプは重大なミスをしても隠してしまう傾向があるので、上司や先輩が気にかけてあげる必要がある」という――。
■なぜ重大なミスを隠してしまうのか
今年2月、三重県の総合病院に勤務する20代の男性看護師が、入院患者40人に処方すべきだった内服薬を自分のロッカーに隠していたことが発覚し、ニュースになりました。男性看護師は「怒られたくなくて隠した」と話しているそうです。
読売新聞〈入院患者40人に薬投与せず、自分のロッカーに…看護師「怒られたくなくて隠した」〉(2025年2月8日)
このニュースを聞いて、「どうせ大ごとになってしまうのだから、怒られることを恐れずに言えばいいのに」「なぜ、こんな重大なことを相談できないのか」と思った人は多いかもしれません。しかし、公認心理師としてさまざまなクライアントさんと向き合ってきた立場からすると、これはどの職場でも起こりうることです。
実は私も同じような話を聞いたばかりです。
友人が勤めるイベント関係の会社で、30代の女性社員にイベントに使用するパンフレット制作の取りまとめを任せていたそうです。ところがイベント間近になって、完成には程遠い状態だということが判明。「要確認」で止まっている情報が多く、女性社員は「分からない部分が多すぎて、どうすればいいか分からなくなってしまった」と告白したそうです。部署内は大騒ぎになり、結局、女性社員は直後に退社してしまったということでした。
■「モンスター社員」の悲しい共通点
この女性社員のように「分からないことを聞けずに大きなミスに発展してしまう」人も、男性看護師のように「怒られたくなくてミスを隠してしまう」人も、決して責任感に乏しいわけではありません。一見、理解できない極端な行動のベースにあるのは、怒られることや相手が嫌な顔、面倒くさそうな顔をすることへの過剰な恐れです。

こうした人に共通するのは「過去の嫌な経験」を忘れられずにいること。失敗を厳しく叱責されたり、質問することで「そんなことも分からないの?」と否定されたりする経験を重ねたことによって自己肯定感が下がっている人は非常に多いです。
逆に優等生として常に完璧を求められてきた、もしくはそう思い込んでしまったために、質問すること=自分が分かっていないということであり、それは恥ずかしいことだと思い込んでいる人もいます。カウンセリングに訪れる人にはこのケースもとても多いです。
また、「怒られるのが怖い」ではなく、「自身の評価が壊れるのが怖い」という人も少なくありません。実力以上に評価され続けてしまったために、それがプレッシャーになってしまい、「できるふり」を覚えてしまったというケースもあります。
■「質問できない子」がそのまま大人に
実際、職場で上司に質問するのが怖い、頼まれた仕事について分からないと言えずにいる、と訴えるクライアントさんは多いです。今後、こういうタイプの人は増えていくのではないかと感じています。
増えている背景は5つあると考えています。
まず、不安障害を抱える人が増えていることです。不安障害とは不安や恐怖感が続き、日常に支障が出ている状態を言います。質問が怖い、分からないと言えないと訴えるクライアントさんは、その解決のためだけにカウンセリングを受けているわけではありません。
人によってさまざまですが、それ以外に多くの不安や生きづらさを抱えています。
2つ目は、家庭内で悩みや問題を相談できないまま成長してしまっていることです。この場合、職場などでも同様に相談や報告が難しくなる傾向があります。家庭内で安心して相談できる親子関係が築けていないと感じるクライアントさんは非常に多いです。
これは親が子どもにきつく当たることが理由とは限らず、過保護で先回りして何でも決めて(答えて)しまう、感情的で子どもが気軽に質問できないというケースもあります。
■「失敗が許されない文化」の弊害
3つ目は、質問や確認に慣れていない世代が社会に出るようになったことです。人に聞かなくても検索やSNSで解決できる場面が増え、「質問力」が育っていない人が増えているのでしょう。
4つ目の背景として、パワハラやセクハラが問題視されるようになり、直接的な対話や対人関係を避けたいと考える人が増えていることも大きいと思います。
そして5つ目は、日本にある「失敗が許されない文化」「恥の文化(恥をかくと他人から見下される)」ではないでしょうか。それが失敗を過度に恐れる人を作り出していると感じます。
前出のイベント会社の友人によると、上司やまわりの社員は辞めてしまった女性社員について「もっと早く聞いてくれればよかったのに」と嘆いていたそうですが、私が感じたのは「ふだんから職場で信頼関係を築けていなかったのではないか?」ということです。
■結局、重要なのは職場の雰囲気
社員が隠蔽を続けたことによって重大なミスを生まないために、問われるのは上司をはじめ職場のメンバーの「あり方」です。
まず「質問しても大丈夫」という心理的安全性を構築することが重要で、そのためには「大丈夫だよ」「いつでも聞いてね」など気遣う気持ちが大切になります。
イベント会社の友人も「確かに転職してきて1年ぐらい経っていたから、もう慣れたはずと決めつけてしまったかもしれない。今思えば進捗確認のミーティングの時も、大丈夫だよね? という聞き方をしてしまっていた気がする」と反省していました。
ただ、どんなに優しい言葉を伝えていても、根本に相手を受容する気持ちがなければ意味がありません。あなたが職場で分からないことを質問されたと仮定して、どんな気持ちになるかを想像してみてください。「こんなこともわからないのか?」とイライラするでしょうか。それとも穏やかな気持ちで「教えてあげよう」と思えるでしょうか。
人間の脳には「ミラーニューロン」という神経細胞があり、他者の行動や感情をまるで自分も経験したかのように認識してしまいます。さらに他者の感情が周囲にも伝わる「情動伝染」という現象もあるため、自分のあり方は無意識に相手や周りに伝わってしまいます。
そのため、まずは上司をはじめ、周囲のメンバーがニュートラルで感情に振り回されない状態でいられることが大切になります。
■「頼りにしている」と褒めたつもりが…
その上で次のような点に気をつけて接するとよいでしょう。
【ふだんから心がけたい対応】

・質問は決して悪いことではなく、「良い仕事へのステップ」であることを伝える

・質問や相談をしやすいよう、仕事以外の雑談で安全な関係性を先に作っておく

・ミスをしてしまった場合、それを咎めるより、「この段階のミスで助かったよ」とフィードバックする(その後、改善方法を一緒に考える)
【NGな言動】

・「前も言ったよね?」

「指導」よりも「責め」が強くなってしまう
・「○○さんはもう終わっているよ」

他人との比較で劣等感を刺激することによって、意欲を下げてしまう
・「しっかりしてるね」「頼りにしているよ」

一見、褒め言葉に見えることが「もうミスできない」とプレッシャーになるケースもある(前出の優等生として完璧を求められてきたタイプや自身の評価が壊れるのが怖いタイプに多い)

※上記のようなタイプには「ここまでやってくれて助かるよ」「質問してくれると安心する」や「充分やってくれているから、無理のない範囲で」など安心と価値付けの言葉が効果的

■情報処理には「3つのタイプ」がある
過去に部下や後輩が仕事でミスをしたり、やるべき仕事を理解できていなかったりした場面で、「きちんと説明したのに」「あんなに丁寧に教えたのに」と不満に感じたことはないでしょうか。

もしかしたらあなたの説明が、実は相手にはうまく伝わっていなかった可能性があります。なぜなら「優位感覚」は人によって異なり、自分と相手の優位感覚が異なることを理解できていないとミスコミュニケーションが生まれやすくなるからです。
優位感覚には視覚(Visual)、聴覚(Auditory)、体感覚(Kinesthetic)の3つがあり、頭文字を取って「VAKタイプ」とよばれています。それぞれのタイプの特徴を簡単にまとめました。
①視覚優位タイプ(V)
・物事をとらえるときや会話のときに、絵や映像をつくりながら理解したり話したりする

・会話においては絵や映像として描写されることを大切にするため、会話のときに身振りや手振りが多く、出来事を今あるかのように話す

・表現が大枠で、言葉に省略が多いのも特徴

・話すときに視線は上に向く傾向がある
■会話中、理解に時間がかかるタイプも
②聴覚優位タイプ(A)
・言葉を大切にする。話が順序立てて整理されていたり、論理的であったりすることが重要

・物事を分析するのが得意で、頭の中が整理されるような会話を好む

・話す内容は論理的で、使う言葉に熟語が多いのも特徴

・会話においては手を耳、眉間、口元に置くことが多い

・話すときに視線は左右に向く傾向がある
③体感覚優位タイプ(K)
・感情表現や感覚的な物事のとらえ方を大切にする

・会話から得た情報は一度、身体の感覚に落とし込んでから表現するので、言葉になるまで時間がかかることがある

・手のひらを自分のほうに向けたり、身体の一部に触れたりしながら話をする人が多く、ゆっくりしたテンポで話すのが特徴

・話すときに視線は下(自分)に向く傾向がある
■自分の説明がうまく伝わらない理由
例えば上司が聴感覚優位タイプで、部下が体感覚優位タイプだった場合を考えてみましょう。上司は論理的にたくさんの言葉を使って分かりやすく説明したつもりでも、部下は自分に落とし込んでから理解するのに時間がかかっているかもしれません。
必ずすべての人が3つのタイプのどれかに当てはまるわけではありませんし、どのタイプが優れているということもありません。しかし、お互いに優位性が違うことを理解し、相手により伝わりやすい方法を考えるだけで伝わりやすくなるはずです。
ここまで読んで、「質問できない、失敗を隠してしまう社員のために、上司やまわりのメンバーがここまで考えなければいけないのか」と感じた方も少なくないと思います。
確かにご自身も忙しい中で大変だと思いますが、質問できない、失敗を隠す人たちの背景には、相手を信頼できず、質問できなかった過去、そして責められることへの恐怖があります。
もし、ミスが発覚しても「なぜ聞かなかったの? 言わなかったの?」と責めるのではなく、「言うまでにどれだけ怖かったのか」を想像してほしいと思います。
心理的安全性のある職場であれば、不安を抱える人も自然と声を出せるようになります。
■職場で困っている人の“兆候”
また、職場では「まじめ」「静かで何も言わない」人は見過ごされがちですが、質問しないのではなく、できないことのサインかもしれません。最も困っている人ほど黙ってやり過ごしている可能性があります。
同じように「報連相ができない」「気が利かない」と言われがちな人の中に、言えずに不安を抱えている人が紛れていることも考えられます。
特に気にかけてほしいのは次のような言動がみられる人です。
・表情が硬く、反応に乏しい。注意や質問をすると緊張、萎縮する

・指示に対して確認を取らず「はい」とだけ答える

・必死にメモを取るが、後から何も確認してこない

・進捗やトラブルの報告がいつもギリギリ

・雑談に消極的で、周囲と打ち解けようとしない
では、「怖くて質問できない」という人はどうすればいいのでしょうか。
私のカウンセリングでは、心理学者イローナ・ボニウェル博士が考案した、ネガティブな思い込みを「犬」に例えてコントロールする方法を伝えることが多いです。
■ネガティブ感情は「犬」のせいにする
例えば「私は悪くない」は「批判犬」、「私なんて役に立たない」は「負け犬」というようにネガティブな思い込みを7つの「○○犬」に分類。そして、「ただ、犬が心に住み着いただけだ」と考える方法です。
怖くて質問できない人の多くは、私が悪いから仕事を中断させてしまうのは申し訳ないとか、自分は役に立たないと思っているから見下されそう……と考えてしまうのです。
前者は「謝り犬」、後者は「負け犬」が住み着いていることになりますが、「今は“○○犬”が吠えているだけだ」と考え、あなたの中の“思い込み犬”をなだめてハウスに帰ってもらいます。

このように思い込みを「思い込み犬」として捉えることによって、客観的に捉えることができてコントロールし易くなります。自分は犬ではなく、飼い主だということがポイントです。この時、正確にどの犬か分類できなくても大丈夫です。「何か犬が吠えている……」と気づき、その犬(思い込み)に巻き込まれることなく、飼い主として距離を取ることが大切だからです。
そして、吠えている犬を否定することなく受け止めて「こういう状況だったら吠えたくなったり、怒りたくなったりするのも当然だよ」「自分を責めたり、悲しい気持ちになったりもするよね」となだめてあげます。
気持ちが落ち着いてきたら、さらに「励まし犬」を登場させて「私にはこんな長所もあるのだから、自信を持って大丈夫」と自分を力づけてあげられれば完璧です。
■「励まし犬」を登場させられれば一安心
どんな犬が吠えているのかを観察することで自分の思い込みに気づくこと。それを受容した上でどんな犬を登場させればいいのかを考えて、セルフコンパッション(自分自身を大切に思う)を育んでいくことが大切です。
そして、質問できる段階になったら、相手をよくキャリブレーション(相手の心理状態を言葉以外のサインから読み取る)して声をかけるタイミングを考えたり、何と声をかけるのかを前もって考えて練習しておいたりすることもアドバイスしています。
これによって次のカウンセリングの時に、「声をかけられました!」と報告してくれるクライアントさんはとても多いです。これは自分にブレーキをかける「思い込み犬」に気づき、励まし犬を登場させることができるようになると、さまざまな不安がなくなり、心の中に安心感が広がっていくからです。
そして、自己肯定感も上がることが大きいと思います。気負わず、「練習をして、声をかけられるタイミングがあればやってみよう!」と気楽に考えることが大切です。

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柳川 由美子(やながわ・ゆみこ)

公認心理師

臨床心理士、産業カウンセラー、不安専門カウンセラー。鎌倉女子大学児童学部子ども心理学科卒業。東海大学大学院前期博士課程(文学研究科コミュニケーション学専攻臨床心理学系)修了。義母の末期がんの看病をきっかけにピアノ教師からカウンセラーを志し、自身の不安症の克服経験から、大学院等で「脳は心を解き明かせるか」「脳から見た生涯発達と心の統合」を学ぶ。2005年より大学やメンタルクリニック、企業研修などの活動を開始し、現在は「メディカルスパ西鎌倉」「メディカルスパみなとみらい」でカウンセリングを行う。1万回以上の個人セッション経験を通して相談者の共通パターンを発見。独自メソッドで解決に導いている。著書に『晴れないココロが軽くなる本』(フォレスト出版)、『不安な自分を救う方法』(かんき出版)。

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(公認心理師 柳川 由美子)
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