接待を成功させるにはどうすればいいのか。ノンフィクション作家・野地秩嘉さんの連載「一流の接待」。
第1回は神楽坂のレストラン「ラリアンス」熊谷誠社長が語る「食事中のマナー」(後編/全2回)――。
■会食のプロが伝授する「食べるマナー」
接待における会話の内容に触れる前に、会食のうちの「食べる」部分の接待マナーを記しておく。
達人の熊谷氏は次のように丁寧に教えてくれた。
「いちばん重要なのは、お客さまのペースに合わせるということです。お客さまが早く召し上がる方だったら、そのスピードに合わせてさっさと食べる。接待の場合は和食でもフランス料理でも、コース料理ですから、食べるのが遅いとサービスの人間は次のお皿を持ってくることができません。
逆に、食べるのが遅いお客さまであれば、そのペースに合わせていかないといけない。ホスト側はゲストの主賓の食べるスピードに合わせることです。
なかには話に夢中になってまったく食べない方がいらっしゃいます。一皿の遅れはお声がけしませんが、二皿も溜まってしまう方には『お済みですか?』と声をかけて、お皿を下げます。『まだ食べてる』と言われたら、その場合はお皿を下げることはいたしません。ただし、声をかけるのはサービスの人間にまかせるべきです。
接待する相手に向かって、『早く食べてください』と言うことはありません」
■意外とやりがちな“言ってはいけないこと”
「フランス料理の場合、お皿の上にフォークとナイフを揃えておいたら、『片付けていいですよ』というサインになっています。ただ、そうしたサインを覚えなくても、サービスの人間はお腹いっぱいなのか、それとも嫌いで残したのかはほぼわかります。サービスの人間にまかせてください。
そして、サービスするスタッフに気を遣わず、ホストの方、ゲストの方は和気あいあいで食事してください。それをサポートするのが私たち、サービスの人間です。
ホストの側は好き嫌いなく楽しく食べる。時々、ホストの方で場を盛り上げるために『どうですか? この店の得意料理なんですよ、これ。おいしいでしょう』と言う方がいます。
これは言わないほうがいい。基本的にはゲストが『おいしいですね』と言ってから、ホストが『はい、ここの得意料理なんです』と後を引き取る。そうでないと会話が続かないし、ゲストに『おいしいだろ』と強要していることになってしまいます。そして、ゲストが何も言わなかったら、その時初めてホストが『お口に合いますか?』『いかがですか?』と聞く。
すると、ゲストは何かしら答えます」
■唯一の例外は、シェフがあいさつに来たとき
「ホストが先に『おいしい』と言わないほうがいいのですが、例外があります。高級店の場合、シェフや支配人、時には経営者が常連のお客さまに挨拶に来ることがあります。シェフが『今日はありがとうございました』と挨拶する。
それに対して、常連でホストの方が『ありがとう。いつもよりおいしかった。あなた、私より今日のお客さんのほうが好きでしょ』などと言うのはまったくかまいません。ゲストのお客さまは喜ぶと思います。店の人間があいさつに来た場合は、ホストの方が『おいしかった』と言うことです」
気をつけるべきはゲストに対して料理の感想を聞くタイミングだろうか。最初に運ばれてきたアミューズもしくは前菜の段階からゲストに向かって、「いかがですか? この店の前菜は抜群においしいでしょう」と話しかけるのはおかしい。かといってメインが出てくるまで待つと時機を逸する。前菜が終わった後の料理を食べてから、「どうでしょう?」と切り出すのがちょうどいい。
■会話の秘訣1:自分の話は3割にとどめる
接待の会話で気をつけることはなんといっても話し過ぎないことだ。
接待の席は演説やレクチャーの場ではない。会社や自分の宣伝の場でもない。相手を知り、自分という人間を見てもらうためのショールームだ。自分が話すのは3割、7割は相手の話を聞く。
もっと言えば聞き上手になること。かつて、タレントのテリー伊藤さんと会った時、彼はこんなことを言っていた。
「接待では聞き上手になること。野球で言えば名キャッチャーになること。パーンといい音をさせてボールを捕球すればピッチャーは自信がつきます。取引先の人の話を聞いて、『素晴らしいです、部長』と大げさに反応することですよ。芸能界で言えば明石家さんまさんのような人が接待上手です。しゃべるのもうまいけれど、聞くのが上手です」
さすがテリー伊藤さんだなと思った。
今、芸能界で売れているタレントはネタが面白いだけでなく、リアクションがすごく面白い。接待上手になるにはお笑いタレントのリアクション芸を見ることだ。明石家さんまさんの相槌の打ち方、ユーモアを参考にすればいい。一方で、ブラックユーモアや毒舌芸人とされている人のリアクションは参考にしてはいけない。ゲストは怒って帰ってしまう。
■会話の秘訣2:正面が切れない人間になるな
芸能界に習う例をもうひとつ挙げておこう。亡くなった落語家の立川談志は高座に上がる弟子に「正面が切れない落語家になるな」と教えた。それは人に向かって話をする時は正面を向って話せ、人の目を見ながら話をしろということだ。
弟子のひとり、立川談春の著書『赤めだか』(扶桑社)に以下のような談志の言葉が載っている。
「(高座に上がったら)お辞儀が終わったら、しっかり正面を見据えろ。焦っていきなり話しだすことはない。堂々と見ろ。
それができない奴を正面が切れないと云うんだ。正面が切れない芸人にはなるな。客席の最後列の真ん中の上、天井の辺りに目線を置け」
接待の席では「天井の辺りに目線を」置かなくていい。相手の話を聞く時も、こちらが話す時も微笑を浮かべながらゆっくりと話す。当たり前のことだけれど、ものを口の中に入れている状態で話をしてはいけない。
■会話の秘訣3:プロ野球以上に避けるべき話題
接待の時、禁忌とするべき話題についてである。
「政治、宗教、プロ野球の贔屓球団について」はするものではないと昔から言われてきた。政治と宗教についてはその通りだろう。だが、プロ野球の贔屓球団についての話はどんどんするべきだと思う。通常、話をする相手が巨人や阪神のファンだからといって怒り出す人はいない。
まして今やプロ野球と言えばメジャーリーグが大きな話題だ。大谷翔平選手、ムーキー・ベッツ選手といったドジャース所属の選手の話題を出したら、会食は大いに盛り上がる。
ドジャースの話題に限らず、サッカーのワールドカップ、ラグビーなどすべてのスポーツについて、個人的な「推し」があるのならどんどん話題にしていい。
では、本当に避けるべき話題とは政治、宗教の他にあるのか。
わたしはプライベートについての話題だと思う。
■結婚・子供の有無、居住地、持ち家か賃貸か…
「独身ですか?」

「お子さんは何人ですか?」

「お子さんの学校はどちらですか?」

「どちらにお住まいですか?」

「賃貸ですか?」

「持ち家ですか?」
こうした話はいずれも聞いてはいけないし、話すのもやめておいたほうがいい。
「うちの息子が東大受かりました」みたいなことを言う人はいるが、子どもがいない夫婦もいる。いたとしても東大に入っていないことのほうが多い。自分の家族についても、相手の家族についても話題にしないほうがいい。これは接待の場でなくとも、職場でももはや話はするべきことではなくなった。
加えて、避けるべきなのは内輪の人間だけが理解できる話だ。この手の話をする人は多い。
「とうきび畑さん、ほら、僕とあなただけが知ってる赤坂にあるウガンダ料理店のマスターだけど、最近、国に帰ったらしいよ」
とうきび畑さんというのは実在しないと思われる苗字である。赤坂のウガンダ料理屋も創作だ。ただ、これに類した話をする人はいる。話しかけられたとうきび畑さんだって、他の人の手前、熱心に話に乗るわけにはいかない。話している人は悪気はないのだろう。
だが、接待や会食で話すことはそこにいる全員が理解できる話だ。一部の人たちだけが盛り上がっても、周りは白ける。また、相手は「この人は周囲のことを考えていない人だな」「狭い視野の人だな」と思う。
■会話の秘訣4:説教はするな、夢は語るな。
40代、50代の頑張るおじさんと食事をしていると、いつのまにか若手に説教を始める人がいる。
「若いうちは苦労をしたほうがいい」

「夢を持て。夢を持って頑張れ」

「毎日、僕は一行でもいいから日記をつける。日記には10年後のことを書いている。日記のおかげで、すべて、うまくいっている」
若手に説教をぶちかましながら、その人自身は自己陶酔に陥っている。わたしはそういう人と何度も一緒に食事をしたことがある。中年以降のマスコミ関係者には自己陶酔の末に説教を始める人が多いように思う。
だが、わたしは一度たりとも「キミ、そんな話はやめたまえ」とは言ったことはない。胸の内で次のように思うだけだ。
「夢を持って頑張れと他人に言う前に、自分の夢に向かって頑張ったらどうかね」と。
夢、夢と連呼する人ほど、夢を持っていない。
老化していると思われるだけだ。
■会話の秘訣その5:禁句の「3つの話題」
接待に限らず、どんな時でも次の3つは言わないこと。
愚痴、他人をうらやむ、俺は世間には評価されているんだという3つである。話すだけでみっともない。
では接待の席では何を話せばいいのか。それはリアクションに尽きる。ホストであればゲストの話にリアクションする。
「えっ、そうなんですか。教えてください」

「ほんとですか。すごいなあ」

「その店、おいしいのですか。詳細、送ってください」
ホストはとにかく相手の話を聞き、さらに話を展開させ、引き出していくのが役割だ。もし、ゲストの話題が尽きてきたら、会食している店の料理、ワインについて話をする。料理とワインについては話は尽きない。接待する側がフランス料理店を選ぶのはワインを話題にすることができるからだ。
ただ、ワインの話は、できればゲストにしてもらう。ホストの側が料理やワインについて長々と話すのはこれもまたみっともない。接待の席でゲストが話をし、料理やワインについての話をすれば時間はあっという間に過ぎてしまう。
最後に一言。接待の席で感銘を受ける話、涙を流す話、まるで偉人が話すような高尚な話はいらない。
「今日の宴会は盛り上がったな」と思う時、たいてい、話の内容は忘れている。接待は雰囲気がいいか悪いかがすべてだ。
人に感銘を与えるための有意義な集まりが目的ではない。ひととき、気分がよければそれでいい。リラックスして楽しむことだ。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)

ノンフィクション作家

1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「巨匠の名画を訪ねて」を連載中。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
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