お酒を飲みながら健康に過ごすには、どうすればいいのか。92歳の栄養学者で、女子栄養大学副学長の香川靖雄さんは「お酒との付き合い方が大事だ。
私もビールが好きで飲んでいるが、肝臓を保護してくれるおすすめのおつまみがある」という――。
■お酒とは“上手に付き合う”ことが大事
みなさんはお酒が好きでしょうか。私もビールが大好きで、92歳の今となっても週に2回程度はたしなんでいます。また、今もパーティーや学生たちとの飲み会に参加することがあり、その際もお酒をいただきます。赤ワインや白ワイン、日本酒もおいしいですよね。
一方で、日本人全体を見ると、日本人は欧米人と比べるとお酒に弱い人の割合が多いのです。日本人の4~5%は遺伝的にお酒を飲めない体質、いわゆる「下戸」ですので、もしご自身、あるいは周囲の方がそうであるなら、無理にお酒を飲んだり、飲ませたりしないように注意していただければと思います。
では、お酒が飲める体質の人は際限なく飲んでよいかといえば、そういうわけでもありません。飲める人ほど自分の体質を過信して、記憶をなくすまで飲んでしまったり、場合によってはアルコール依存症になってしまったりする可能性もありますので油断は禁物です。
また、多量のアルコールを摂取し続けることは、脳梗塞や認知症のリスクを高めると考えられていますので、体質に限らず、お酒とは上手に付き合うことをおすすめします。
■ビールは1杯、週2回くらいと決めている
かくいう私はといえば、下戸ではありませんが、決してお酒に強いというわけでもありません。そのため、若い頃から記憶をなくすような飲み方はしないように心がけてきました。

ちなみに、ビールは暑い日に汗をびっしょりかいた後で飲む一口目が一番おいしいと私は思っていますので、そんなに大量に飲む必要もないのです。1杯目のビールのおいしさについて数学的に証明した本『1杯目のビールが美味しい理由を数学的に証明してみました。』(堀口智之著、幻冬舎)もありますので、ご興味のある方はお読みください。
話を元に戻しましょう。冒頭にお話ししたように、私は92歳の今でもお酒をたしなんでいます。パーティー等に参加する際は、ビールであればジョッキ1杯、日本酒であれば1合以上飲むことはありません。そのくらいの量であれば、都内で開催されたパーティーでお酒を飲んだ後でも、栃木の自宅まで2時間ほど電車に揺られているうちに酔いもさめて安全に帰宅できてしまいます。
頻度についても毎日飲むのではなく、夏場やビールの美味しい季節でも週に2回ほどにしています(前述の理由から冬は頻度が減ります)。これは肝硬変などのリスクを考慮し、健康を意識しての習慣です。アルコール代謝量の大きい欧米人を被験者とした研究ではありますが、少しくらい飲酒したほうが長生きするという研究結果「Is a Meal without Wine Good for Health? Rifler JP.: Diseases. 16;6(4):105(2018)」もあるので、楽しみながら飲んでいます。
■肝臓の保護には「たんぱく質」
そうした習慣が奏功して、92歳と9カ月で受診した健康診断の肝臓に関連する数値は基準値内に収まっています。
AST(GOT) 19U/L(←基準値13~30U/L)

ALT(GPT) 11U/L(←基準値10~42U/L)

γ-GT 20U/L(←基準値13~64U/L)
会社にお勤めの人であれば、毎年健康診断を受けているはずですので、ぜひ、ご自身の検診結果と比べてみてください。
異常値の場合は「H」というマークが表示されますので、保健師さんに相談することをおすすめします。
とはいえ、読者の皆さんの中には、お仕事柄、お酒の席が多い方もいらっしゃることでしょう。そうした方に酒を飲む際のおつまみとしておすすめしたいのが、肝臓の保護に役立つ「たんぱく質」の摂取です。たんぱく質はさまざまな食品から摂取できますが、ここでは飲食店で注文しやすいもので、私もビールと一緒に食べることの多い食品を3つほど紹介したいと思います。
■おつまみは「枝豆」を食べている
1つ目は「枝豆」です。昔は枝豆といえば「夏」でしたが、今は季節を問わず手に入るようになりましたし、調理の手間も少ないですから、すぐに出てきます。「とりあえずビール!」と注文するのに合わせて「枝豆」もセットで頼むようにしましょう。私もよく食べるおつまみです。
枝豆には良質なたんぱく質が含まれ、体に必要な9種類のアミノ酸がバランスよく含まれます。これが体内での利用効率のよさにつながるのですが、中でもメチオニンという成分には、肝臓を保護する性質があり、肝臓の働きを高めてアルコールの分解を促す効果が期待できます。居酒屋のお通しやパーティーなどでも出てくることもあり、なんとなく食べていた方も多いかもしれません。単なる“ビールと相性のいいおつまみ”というだけでなく、悪酔いや二日酔い防止という観点からも、ぜひともおすすめしたいおつまみです。

また、肝臓の保護という観点では「焼き鳥」もおすすめです。枝豆が植物性のたんぱく質なのに対して、焼き鳥は動物性のたんぱく質になります。
■「レバー」「チーズ」もおすすめ
焼き鳥には、もも、むね、皮、ぼんじり、せせり、はつ等々、さまざま部位があります。なかでも、私が一番おすすめするのは、レバーです。体内でアルコールが分解される際にビタミンB1が大量に消費されるのですが、レバーにはこのビタミンB1が豊富に含まれているからです(ちなみに、枝豆にもビタミンB1が含まれています)。「肝臓を守るには肝臓が一番」と言われており、実際、肝臓の薬には肝臓由来の成分が使われることもあるほどです。
3つ目は「チーズ」です。チーズにも枝豆の際に挙げた良質なたんぱく質が含まれているからです。チーズをはじめとする発酵食品の場合、微生物がたんぱく質を「ペプチド」や「アミノ酸」に分解してくれていますので、消化吸収されやすい形となっており、胃の力が弱まっている人にもおすすめです。
これらの食品は居酒屋メニューにもありますが、コンビニでも気軽に手に入ります。外で飲む機会が多い方だけでなく、自宅で晩食をすることが多い方は、たんぱく質の観点から「おつまみ」を選んでみてはいかがでしょうか。
■歳を重ねるごとに「消化機能」は衰える
余談ですが、日本画家の横山大観は大酒飲みとして有名です。
食事よりも酒を愛し、1日1升以上も飲んでいたとも伝わっています。大観が89歳で亡くなった際、解剖に立ち会った医師が肝臓を確認したところ、肝硬変になっていてもおかしくないにもかかわらず、大変きれいな状態だったという逸話が残っています。
また、詩仙と呼ばれている李白も大酒飲みでありながら、当時としては長生きの部類に入る61歳で亡くなったと言われています。しかし、これらは稀な例であり、一般的には歳を重ねるごとにアルコール代謝機能および消化機能は衰えるという事実も考慮する必要があります。
先ほど「胃の力」について言及しましたが、たとえば、多くの高齢者は萎縮性胃炎を引き起こしています。萎縮性胃炎とは、胃の粘膜が萎縮し、胃酸の分泌が低下する状態で、胃もたれや食欲不振といった症状があらわれると同時に、たんぱく質等の栄養素を分解する働きが弱まってしまいます。消化不良や栄養吸収の低下が起こりやすくなってしまうのです。
ですから、「若い頃に比べて、胃がもたれるようになった……」「昔はもっとたくさん食べられたのに……」と感じるようになっているのなら、普段からチーズ、ヨーグルト、味噌、納豆といった発酵食品を積極的に摂取していただきたいと思います。
■「1日に必要なカロリー」も減っていく
お酒は消化酵素が不要で小腸の手前の胃からも吸収されるため、飲んですぐにエネルギーになるという特徴があります。お酒が飲める体質で、かつ萎縮性胃炎になっている高齢の方にとっては手っ取り早いエネルギー源になり得るともいえます。ただし、横山大観のような例は稀であり、一般的には、加齢によりアルコール代謝機能は低下します。長生きの基本はバランスのよい食事ですから、李白や大観の真似をするのはおすすめできません。

また、加齢とともに1日に必要なカロリーは減少していきます。ですので、元気な20代の頃と同じように飲食する必要はなく、年齢を重ねるにつれてだんだんと減らしていくのが理想です。飲酒によって食欲が増して食べ過ぎてしまうこともあると思いますが、お酒自体にもエネルギーが含まれ、アルコール1gあたり約7kcalを有します。特に40代以降は、肝機能のほかに中性脂肪や内臓脂肪にも注意が必要ですので、お酒の席では飲み過ぎ・食べ過ぎの両方に気をつけたいところです。
唐揚げやポテトフライは酒にあう美味しいおつまみでもありますが、若い頃のように同じ量を食べるのではなく、少し控えめにしたり、先ほど挙げた枝豆や焼き鳥を選んだりするのもひとつの工夫です。時間が長くなる飲み会では、途中に水を挟むこともお酒とうまく付き合うポイントと言えるでしょう。
■日本人は“遺伝子的に控えめ”
最後に日本人の遺伝子とお酒の関係についてお話ししましょう。セロトニン輸送体遺伝子の組み合わせには、「LL型」「SL型」「SS型」の3種類が存在しており、日本人の7割くらいが「SS型」です。SS型の特徴を簡略化してお伝えすると、おとなしくて、控えめな傾向があります。一方、アメリカ人の3人に1人は「LL型」といわれ、自主独立で活力がある傾向にあります。一見すると傍若無人のように感じられる、トランプ大統領のようなタイプを想像していただければと思います。
これは個人的な感覚とも一致します。
私がアメリカのコーネル大学で教鞭をとっていた際、日本流で丁寧に教えていたところ、「先生、そこの説明はもう十分です。あとは自分でやります」と言って、詳しいことを聞こうとせずに、気になることは自分で調べて、研究を進める学生がかなりの数いました。一方の日本はまったく違って、こちらの話を黙ってじっくりと聞く学生が多く、しっかりと説明しながら講義を進めるようにしています。
つまり、SS型の多い日本人は、自分の意見を積極的に言わない控えめな傾向が強く、その抑制をとる手段の1つとして「お酒」が使われてきたのではないでしょうか。神代の昔の話でいえば、天照大神を天岩戸から外に出すために、八百万の神たちが宴を催した際、お酒を飲んで陽気な気分になっていたのではないかと私は考えています。
■親睦を深めるためにも、うまく付き合う
酒を栄養の観点だけで見てしまえば、高エネルギーの食品で、体にとって優れているものとは言えないでしょう。けれども、遺伝子的におとなしいとされる日本人にとって、お酒とは単なる飲食物ではなく、親睦を深めるための大切なツールという側面もあります。本音を引き出すきっかけになるなど、コミュニケーションにおいても重要な役割を果たしてきたと言えるでしょう。
私自身もお酒の席に出向くと、普段おとなしい人からも本音が聞けて、楽しい時間を過ごしています。だからこそ、お酒とうまく付き合うということが、人間関係を築く上でも大事なのだと実感しています。
もちろん体質は人それぞれですし、時代とともにお酒との関わり方も変わってきました。無理に飲む必要はありませんし、最近では低アルコール飲料やノンアルコール飲料などの選択肢も広がっています。お酒の有無に関係なく、交流を楽しめるようにもなっていますから、それはそれで良いと思います。
とはいえ、この記事を読んでくださっている皆さんの多くは、仕事の場でお酒を飲む機会も少なくないはずです。今回紹介したおつまみを取り入れながら、体への負担を減らしつつ、お酒の持つポジティブな力をうまく活かして、お酒との上手な付き合い方を実践していただければと思います。

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香川 靖雄(かがわ・やすお)

女子栄養大学副学長

1932年、東京都生まれ。東京大学医学部医学科卒業、聖路加国際病院、東京大学医学部助手、信州大学医学部教授、米国コーネル大学客員教授、自治医科大学教授、女子栄養大学大学院教授を経て、現在、自治医科大学名誉教授、女子栄養大学副学長。専門は生化学・分子生物学・人体栄養学。著書に『92歳、栄養学者。ただの長生きではありません!』『科学が証明する新・朝食のすすめ』『香川靖雄教授のやさしい栄養学』(以上、女子栄養大学出版部)、『老化と生活習慣』『生活習慣病を防ぐ』(以上、岩波書店)などがある。

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(女子栄養大学副学長 香川 靖雄 構成=池口祥司)
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