たちの悪い相手をうまくかわす方法は何か。コミュニケーション・アドバイザーの森優子さんは「私が銀座ホステスとして働いていたとき、たちの悪いお客さまが発生することがあった。
そんなとき私は、銀座のママから習った術として『困ったちゃん発生!』と心の中で緊急ボタンを押して、気持ちを母親モードに切り替えていた」という――。
※本稿は、森優子『敵をつくらないホンネの伝え方』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■選んでもらうには、強すぎる言い方をしない方が上手くいく
「競争心や闘争心をむき出しにしないこと」
これは、本音を上手に伝えるための大きなコツだと言えます。
営業でも接客業でも、よい意味で負けたくない強さを秘めておくことは大事なことですが、「あなたにお願いしたい」と、お客さまから選んでもらうには、強過ぎる言い方をしない方が上手くいきます。
なぜなら、強引な営業方法だと相手に感じさせてしまうからです。
世の中に次々と強力な求人サイトが現れ、競合他社との営業最前線の中で自社を選んでもらうことは、営業マンにとっては毎日が闘いのようであり、相当のプレッシャーがありました。
「リクルートさんにはもう少し安いプランはないの? 実は他社からも色々話を聞いているんだよね」という言葉を、何度お客さまから聞かされたことでしょう。
例えばそんなとき、「弊社は少し高いかもしれませんが、お客さまの満足度は他社よりかなり高いです」「いい人が登録しているのでまずはやってみることをおすすめします」とアプローチするのと、「他社さまからもお話を聞いていらっしゃるのですね。御社にとって最善の方法で結果に繋がることを望んでおりますので、じっくりご検討していただければと思います」と、オブラートに包んだ言い方で答えるのとでは、どちらが強引に感じるでしょうか? 答えは言うまでもありませんね。
もちろん後者のように答えるには、本心からお客さまに寄り添う気持ちを持たなくてはなりません。「それならどうぞ他社でやってみてください」のようなトゲのある言い方では、競争心がむき出しです。
決めるのはお客さまです。
そのように言いたくなっても、その本音をいったんお客さまファーストというオブラートに包みましょう。すると、お客さまの心にオブラートが溶けていき、あなたの本音という薬がじわじわと効いてくるのです。
■銀座の世界でお客さまに継続して来店いただくには
私は秘かにこれを「本音の処方箋」と呼んでいます。
つまり、本音を上手に伝えるための薬です。
私が自分によく出していた本音の処方箋は、「他社からもご提案があるのですね。承知いたしました。御社にとってよい結果に繋がる手法を選んでいただくことを私も望んでおります。お決まりになるまで、ご不明点やご質問がございましたら何なりと申し付けてください」でした。
その後、「ぜひお願いします」という嬉しいお返事をいただくこともあれば、「申し訳ないが今回は他社でやってみることにした」と、お断りのお返事のときもありました。ですが、残念な結果でも知らせてくださったお客さまの誠意を嬉しく思ったものでした。
その誠意に対して、御礼と感謝の気持ちを伝えたら、数カ月後に「お願いします」という朗報が飛び込んでくることがあり、本音の処方箋は、このように後から効いてくることもあるのだと実感しました。
そしてこの処方箋は、銀座の世界でも効力を発揮していました。

お客さまに継続してご来店していただくためには、その気持ちを強く出し過ぎては逆効果です。
夜の並木通りで、目くじらを立てて「なんで来てくれないのよ!」と電話で叫んでいる女性を何度も見たことがあります。
その顔つきは鬼の形相であり、思わず鏡を差し上げて、「今のご自分の顔つきを見てごらんなさい」と言いたくなるほどでした。
■しばらく足が遠のいているお客様へ笑顔で伝える言葉
人は、畳みかけるように追いかけられると逃げたくなる生き物です。電話の向こう側にいるお客さまの心情が痛いほど伝わってくるようでした。
しばらく足が遠のいているお客さまへ、本音を上手に伝えるコツを知っているホステスは、笑顔の声で次のように言います。
「モテモテで困ってらっしゃるでしょう? どこで浮気しても(お店のこと)かまわないから、そのかわりいいお店があったら教えてくださいね」
いかがでしょうか。
もし皆さんがお客さまだとしたら、目くじらを立てて叫んでいた女性と、どちらの女性に会いたくなりますか?
繰り返しますが、決めるのはあくまでもお客さまです。
営業でも接客業でもお客さまに選んでいただくためには、競争心や闘争心をむき出しにするのではなく、お客さまファーストというオブラートに包んで、本音をじわじわと効かせていきましょう。
■たちの悪いお客さまを一発でコントロールする方法
夜の接客業でホステスを悩ませるのは、たちの悪い酔っ払いです。
お酒が出る環境で働くのですから、仕方がないと言えばそれまでですが、たちの悪い酔っ払いには、ほとほと参ります。
これはホステスに限らず、飲食業界で働く人の大きな悩みの1つだと言えるでしょう。
敷居が高そうなバーやクラブだからといって、きれいな飲み方をするお客さまばかりではないのです。
私が働いていた銀座のお店にも、たちの悪いお客さまが発生することがありました。そんなとき私は「困ったちゃん発生!」と心の中で緊急ボタンを押して、気持ちを母親モードに切り替えていました。これは、銀座のママから習った術です。
例えば、お酒が強くないのにお酒に飲まれ泥酔してしまうタイプのお客さまの多くは、鼓膜が破れるほどの大声で話すため唾が飛んできます(汗)。
おつまみのピーナツが混ざった飛沫のときもあります(泣)。慣れていないホステスが、顔には出さないけれど、思わずハンカチや手で自分の口を押さえてしまうのも無理はありません。
慣れているホステスは、瞬時に気持ちを母親モードに切り替えます。
「あらあら○○さま、お子ちゃまですねえ。唾が飛びまくってますよ」と笑顔で言って、おしぼりでお客さまの口元をそっと拭って差し上げるのです。するとどうでしょう。
必ずそこで数秒間、お客さまは固まるのです(笑)。
会社で立場のある男性が、ここではされるがままの幼児のようになっている様子はいささか滑稽です。
■いくつになっても、母親の力は大きい
また、自分がどれだけ飲んでいるのかわからなくなり始めたお客さまには、お酒をストップさせないと危険なことになりかねません。お水を用意し、ホステスはお酒をつくることをやめます。
それでも空になったグラスを何度もエア飲みし、お酒のお代わりを要求してくることがあります。慣れていないホステスが固まってしまうと、「何やってるんだ、早くつくりなさいよ」と暴言を吐き出す始末です。
このようなときも、慣れている一流のホステスは、瞬時に母親と化します。
「本当に困ったお子ちゃまですねえ、ほらほらお水を飲んで!」と、グラスをお客さまの口元へ運んでお水を飲ませて差し上げるのです。そうでもしないとお水を飲んでもらえないからです(グラスが割れたら危ないという理由もありますが)。
すると、堪忍したように両手をだらりと下げたまま(笑)、ごくごくとお水を喉に運ぶのです。
お酒を飲んでいるときに口元を拭いてもらったり、お水を飲ませてもらうことは、大人になってからは、ほとんどの人が無いに等しいでしょう。
それだけに、プライドも何もかも捨てたその瞬間だけ、面倒を見てくれているホステスに母性を感じるのかもしれません。
いくつになっても、母親の力は大きいのです。

■セクハラまがいのことをしてきたら「出禁」をちらつかせる
人にはタイプがありますから、一概には言えないかもしれませんが、会食の席などで困った人が発生したら、心のモードを母親に切り替えて、子どもを諭すように対応してみてはいかがでしょうか。
もちろん、セクハラまがいのことをしてきたら、それはアウトです。
「ここはそういう場所ではありませんよ」「お店を間違えていますよ」と言って、そっと手を振り払いましょう。
それでもしつこかったら、頼りがいのある先輩や上司にすぐに報告をして助けてもらいましょう。
そうそう、銀座では、セクハラまがいのことをされたお客さまには、「出禁」をちらつかせていました。お客さまは大切ですが、同じくらいお店で働くホステスも大切だからです。

----------

森 優子(もり・ゆうこ)

コミュニケーション・アドバイザー

マリアージュコンサルタント事務所代表。短大卒業後、西武ライオンズ・西武鉄道のチアリーダーに従事。結婚、離婚を経てシングルマザーになり、(株)リクルート、(株)リクルートキャリアにて求人広告の企業営業を担当。入社2年目には、通期を通して「売上、新規売上、新規社数」の目標を完全に達成した者だけに与えられる「グランドスラム賞」を取り表彰される。ほかにも、月間MVP賞や月間売上トップ賞をたびたび獲得。その一方で、生活のため夜は銀座のクラブホステスとして14年間働く。
2013年、両親の介護のためにホステスを引退。2015年より現職。著書に『感じのいい人は、この「ひと言」で好かれる』(三笠書房)、『雑談が上手い人 下手な人』『嫌なことを言われた時のとっさの返し言葉』『会話が上手い人 下手な人』(以上、かんき出版)

----------

(コミュニケーション・アドバイザー 森 優子)
編集部おすすめ