健康で長生きするために受けたほうがいい検査は何か。国際医療福祉大学三田病院 糖尿病・代謝・内分泌内科 部長/同大学医学部教授の坂本昌也医師は「50代以上は健康診断の“異常なし”が最も怖い。
病気の予兆を見逃さないためには血液の“声”に耳を傾けてほしい」という――。(聞き手・構成=医療・健康コミュニケーター高橋誠)
■50代は健康の分かれ道
つい先日、上皇陛下が検査入院の結果、「無症候性心筋虚血」と診断され、「動脈硬化の進行」が指摘されたという報道がありました。このニュースは、私たち医療関係者にとって非常に象徴的な出来事でした。というのも、上皇陛下は普段から健康に留意され、きちんと定期健診も受けておられる方です。
それでも血管の老化は避けられず、静かに進行する動脈硬化が見つかった。まさにこれは、「症状が出ないうちに、検査で見つける」ことの大切さを物語っています。特段の自覚症状がなくても、身体の内部でじわじわと静かに起こる変化。そしてある日突然、心筋梗塞や脳梗塞が──これは、誰にでも起こりうる現実です。
50代の方々は、健康診断で異常を指摘されても「たまたま」「まだ若い」と軽く流してしまう。この年代は加齢による代謝の低下、ホルモンバランスの変化が確実にあります。しかし体調に明らかな異常が出にくい、これが一番怖い、だから検査が必要と認識してください。
■血液は臓器の“声”を伝える翻訳装置
私は、血液とは「全身の臓器の声を映し出す翻訳装置」、また現代の医療はある意味臓器の老化との戦いともお伝えしています。

例えば、血液検査の悪玉(LDL)コレステロール値は、心筋梗塞や脳梗塞など動脈硬化が原因となる病気のリスクを示します。高いまま放置されると血管内に「プラーク(粥腫)」ができ、それがある日突然破裂して血栓をつくります。つまり動脈硬化が痛くもかゆくもないまま進行し、心筋梗塞や脳梗塞につながる可能性があるということが推測できるのです。これは食事での改善はかなり難しいことも各種学会で報告されています。
血液が発する微かな異変は、臓器からのささやきです。こうしたささやきに耳を傾け、適切に読み解くことが、予防の第一歩です。皆さんに渡される血液検査結果表は「注意報」です。血液が告げてくれる各臓器からの「声」を正しく理解することで、早期発見、早期治療が可能になります。
■特にチェックしておきたい検査項目7つ
以下は、特に病気の予兆や進行度合いを示す重要な7つの指標です。
・悪玉(LDL)コレステロール:動脈硬化のリスクを直接示す。心筋梗塞・脳梗塞の予測因子。

・善玉(HDL)コレステロール:同上

・HbA1c:1~2カ月の血糖の平均を表す。
糖尿病の診断や予備軍の早期発見に有用。

・eGFR:腎機能の指標。年齢とともに自然低下するため、経年変化のチェックが大切。

・尿酸値:高いと痛風だけでなく、腎機能や心血管疾患にも影響。

・ALT:肝機能マーカー。脂肪肝や肝障害の早期発見に。

・BNP:心不全の兆候をとらえるホルモン。高齢者や息切れが気になる方は特に重要。

・CRP:体内の炎症の程度を見る指標。慢性炎症はがんや動脈硬化の隠れリスク。
動脈硬化のリスクはLDLコレステロール、血糖コントロールの乱れはHbA1c、腎機能の低下はeGFRの数値として現れます。関節炎や腎障害のリスクは尿酸値、肝臓の異変はALT、心不全リスクはBNP、がんの可能性はCRPの値で見ることができます。
これらはすべて、目に見えない変化を可視化する手がかりです。
■「リスクの重なり」が突然死を招く
著名な科学系会誌『ネイチャー』が2年前、「50歳以上の人はほぼ必ずどこかの臓器がやられている」ことを遺伝的に突き止めました。「うちの家系は循環器系」、「うちは消化器系」、「うちは癌系」などが必ず出てくるのです。寿命も「この人は長生きしそう」とかは遺伝で、統計学的に推測できます。
高血圧、高血糖、脂質異常、肥満、ストレス、遺伝歴──これらの6つのリスク因子が一つでもあれば注意が必要です。複数重なると事態はより深刻です。1つ1つは軽度でも、重なればリスクは何倍にも跳ね上がります。
例えば、私の患者さん(50代)は血圧が140/90、LDLが160mg/dL、HbA1cが6.4%、BMIが28というように、すべて「ギリギリ正常」のライン。「症状は特にない」とおっしゃいました。でも、医師の立場から見ると、この5つのリスクが同時に存在しているということは、もはやすでに心筋梗塞や脳梗塞の「予備軍」の最前線です。
複数のリスクが重なると、後ろ向きに歩いて振り返った時に、すぐそこが崖っぷちかもしれません。すぐに薬が必要かもしれないし、生活習慣を戒めないといけない。
崖かどうかは、医者にも誰にも分かりません。それを推し量るのが6つのリスクの重なりです。
■血液の「推移」を読む重要性
血液検査の結果を一回の数値のみで判断してはいけません。悪玉(LDL)コレステロールが毎年10ポイントずつ上がっている、eGFRが年に5ずつ下がっている──こうした「推移」「静かな変化」にこそ、リスクの実態が表れます。
正常値の範囲内であっても、右肩上がり・右肩下がりの傾向を見逃してはいけません。「異常なし」よりも、「去年と同じか、悪化していないか」、見逃しがちな軽微な変化にこそ病気の芽が潜んでいる、と注意を払うべきなのです。
私はひと月およそ700~800人の患者さんを診察しています。また全国12万人の患者データを常にウォッチして検証しています。いわばデータベースが私の中に蓄積されています。そのため、こういう数値の変化だとおそらくこの先どうなっていくのか予想できます。私の診察室では変化を丁寧に説明して注意喚起するので、つい診察時間が長くなってしまうこともあります。
健診の結果はスナップショット、単年の写真に過ぎません。
しかし、病気のリスクは連続した映像の中に潜んでいます。毎年のデータを記録し、横に並べて比較することで、自分の体の傾向がより鮮明に浮かび上がってくるのです。
■血管の詰まり、内臓ダメージを精密に「診る」検査
血液検査だけでは捉えきれない情報もありますので、私は次のような検査も併用することを勧めています。
・頸動脈エコー(超音波):動脈硬化の“現場写真”のようなもの。血管壁の厚さ(IMT)やプラークの有無がリアルに見える。

・腹部エコー(超音波):脂肪肝や腎臓の形の変化、胆石なども見逃さない。

・尿検査:タンパク尿や潜血があれば、腎臓や膀胱のトラブルのサイン。

・眼底検査:網膜の血管状態から糖尿病網膜症や高血圧による血管の変化をとらえる。
こうした「視覚的な検査」と「数値による検査(=血液検査)」の両方を行うことで、実際の血管の詰まりや内臓のダメージを立体的に精密に「診る」ことができるのです。
画像診断を併用することで、患者さんもリスクを可視化でき、生活習慣改善のモチベーションにもつながります。実際、上皇さまも頸動脈エコーにより動脈硬化が進んでいることがわかったのだと推察されます。
■なぜ“50代以降”が重要なのか
男性と女性では、50代以降の体の変化に違いがあります。
更年期障害にともなう睡眠障害や気分の変調のほか、閉経によって女性ホルモンの分泌が急激に減少し、悪玉(LDL)コレステロールが上昇しやすくなります。これにより、脂質異常症や骨粗鬆症のリスクが高まります。
一方の男性は、前立腺のトラブルや、中性脂肪の増加と肝機能の低下、尿酸値の上昇と腎臓結石といった代謝異常が目立ち始めます。
これらはすべて、定期的な検査によって早期に発見できる可能性があります。画一的な検査項目ではなく、性別や体質に合わせた個別化された検査戦略が重要です。
■検査は、20年後の自分を守る「自己投資」
診察室で患者さんが「いま忙しいし、検査を受けて“何か”見つかったら怖い」とおっしゃるとき、私はこう返します。「いま見つかれば、変えられます。今なら間に合います。病気は症状が出てからでは、治療も複雑になります。だから検査を受けて欲しいのです。今、検査を受けることは、未来の自分を守ることです」
「忙しいから」「結果を見るのが怖いから」「会社の健診で十分」――こうした理由で精密な検査を受けずに過ごすことは、言い換えれば自分の健康を守ることを先送りにしているのです。通院しているだけで健康意識は高い。プラスワンで必要な時に必要な精密検査をして、初めて「合格」です。
たった1時間の血液検査、エコー、眼底検査、尿検査──で、体の内部状態を多角的に見られる。自分の体の「今」と「これから」を予測できる。費用も1万円前後。それで10~20年後の健康を守れるなら、これほど費用対効果の高い自己投資はありません。金融庁の新NISAのパンフレットを見て、老後資金の自己投資を始めた人は、同時に健康への自己投資も始めましょう。
心筋梗塞や脳卒中は、発症すれば命に関わるだけでなく、後遺症や介護が必要になるケースも非常に多い病気です。つまり、「健康寿命」が一気に縮まります。こうした例を私は何度も見てきました。そして、これらの疾患は認知症やうつ、転倒・骨折などの「二次障害」にもつながります。
■健康長寿は「質のいい血液」が不可欠
検査によって数値として可視化されることは、生活改善の強力な動機づけです。例えば、「HbA1cが6.0を超えたから、夜の間食をやめよう」「γ-GTPが高めなので、週に2日は休肝日にしよう」というように、行動を明確に、的確に変えることができるのです。数値が悪いからといってやみくもに不安になるのではなく、行動を変えるきっかけにするのです。
私が強くお勧めしている3つの習慣があります。
1.年に1度は必ず血液検査を受ける 会社の健診だけで安心せず、必要があればエコーや尿検査、眼底検査も組み合わせましょう。

2.数値を「推移」で見るクセをつける 過去の数値と「比較」すること。同じ項目を5年間並べてみるだけで、身体の傾向が明らかになります。

3.小さな生活改善を今すぐ始める たとえば、「夕食後に10分歩く」「階段を1階だけ登る」「間食を1日おきにする」「スクワットを5回だけでもやる」──これだけでも、血液の質は確実に変わっていきます。
こうしたできることから始める姿勢こそが、50代からの健康寿命延伸への鍵。これまで健康に無頓着だった人も、始めるのに遅くはありません。トラック1周の徒競走でいえば、50代はまだまだ第2コーナーを回ったところ。今は、70代・80代を超えて長生きする時代です。
昔は「LDLが高くても、寿命で先に亡くなる」ことが多かった。でも今は高い数値のまま30年生きる時代です。その間、脳や心臓、腎臓にずっと負荷がかかり続けます。どんな人でも、定期的な検査を受け、生活習慣を整えれば、病気のリスクは大きく下げられる。
私たち医師ができるのは、そのための“気づき”を与えることです。あとは、一人ひとりが自分の体と未来に向き合う意志を持てるかどうか。「今は元気だから大丈夫」ではなく、「元気なうちに行動する」。それが、これからの「健康診断の新常識」になることを願っています。
※次回は、【ボロボロ血管を防ぐ】悪玉血液とは何か。悪玉血液の重大リスクと原因を坂本医師が解説します。

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坂本 昌也(さかもと・まさや)

国際医療福祉大学三田病院 糖尿病・代謝・内分泌内科 部長

国際医療福祉大学 医学部教授。国際医療福祉大学三田病院 糖尿病・代謝・内分泌内科部長。東京都出身。東京慈恵会医科大学医学部卒。東京大学・千葉大学大学院時代より、糖尿病、心臓病、特に高血圧に関する基礎から臨床研究に渡るまで多くの研究論文を発表。日本糖尿病学会認定指導医・糖尿病専門医、日本内分泌学会認定指導医・内分泌代謝専門医、日本高血圧学会認定指導医・高血圧専門医、日本内科学会認定指導医・総合内科専門医、厚生労働省認定臨床研修指導医、日本医師会認定産業医、厚生労働省指定オンライン診療研修、臨床研究協議会プログラム責任者養成講習会を修了。現在も研究を続けながら若手医師や医学部生の指導も担当している。

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高橋 誠(たかはし・まこと)

医療・健康コミュニケーター 病院広報コンサルタント

1963年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。ミズノスポーツ広報宣伝部、リクルート宣伝企画部、米国西海岸最大の製函会社でのパッケージ・デザイン営業・マーケティング(LA12年)、ゴルフ場経営(山梨2年)、学校法人慈恵大学広報推進室長(東京16年)を経て、2020年より現職。日米複数法人通算40年の広報宣伝業務を通じ、メディア・医療関係者と幅広い交流網を構築。現職にてメディアと医師をつなぐ。プレジデントオンライン「ドクターに聞く“健康長寿の秘訣”」、月刊美楽「幸せなおじいちゃん、おばあちゃんになろう」、月刊源喜通信「食と健康」で医療・健康コラムを連載中。主な出版プロデュースは『世界一の心臓血管外科医が教える 善玉血液のつくり方』(2025年、渡邊剛著、坂本昌也監修、あさ出版)、『心を安定させる方法』(2024年、渡邊剛著、アスコム)。趣味はゴルフ、ワイン(日本ソムリエ協会ワインエキスパート#58)。

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(国際医療福祉大学三田病院 糖尿病・代謝・内分泌内科 部長 坂本 昌也、医療・健康コミュニケーター 病院広報コンサルタント 高橋 誠 聞き手・構成=医療・健康コミュニケーター高橋誠)
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